三浦俊彦@goo@anthropicworld

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2006/12/4

2000-02-21 01:45:36 | 映示作品データ
『ゆきゆきて、神軍』

 「靖国神社」と聞いたとたんに、奥崎は逆上して山田元軍曹に殴りかかる。相手は老いた病人である。手術したばかりの体である。止めもせず淡々と撮っているカメラもすごい。
 ドキュメンタリーとは何か、を考える手掛かりがたくさん詰まっている映画だ。
 古清水元中隊長をはじめ、多くの上官や戦友を訪ねて得た証言がそれぞれ食い違っているありさまは、芥川龍之介の「藪の中」を思わせる。(「藪の中」は、黒澤明の『羅生門』(1950年)として映画化され、戦後の日本映画を一気に世界レベルに引き上げた。ぜひ観てほしい映画である)。

 『ゆきゆきて、神軍』が公開された1987年は、昭和62年。つまり天皇ヒロヒトはまだ生きている。在位中の天皇本人を「ヒロヒト」と呼び捨てにし罵倒し続ける奥崎の心理は、私たちには推測しがたいものがある。私(三浦)自身も、物心ついたときにはすでに天皇を「天ちゃん」と呼ぶような時代だったし、学生時代にこの映画を初めて観たときも天皇を罵ること自体については何とも思わなかったが、徹底した天皇制絶対主義のもとで教育された元皇軍兵士奥崎にとっては、天皇を罵り続けることは、全実存を賭けた生涯の仕事であるに違いない。戦争中の意識そのままに靖国神社で戦友を弔う山田元軍曹との違いが際立っている。二人とも、それぞれの真剣な気持ちで弔いをしているのだろうが……。

 なお、ニューギニアで人肉を食ったという話に「驚いた!」と書いていた人が何人もいるが、「白ブタ、黒ブタ」と称して敵兵の肉を食っていたのは、太平洋戦争の常識に属する。問題は、日本兵の死体も食べていたのか、さらには食うために殺していたのではないか、というところだ。
 映画の中でアナキスト大島が言っていたように、戦争というのはカッコいいものでも勇ましいものでもなく、惨めでブザマで汚いものなのだと宣伝されねばならないだろう。太平洋戦争での日本兵の7~8割は、餓死か病死、日本兵同士の処刑と殺人だったと言われ、勇ましく戦って死ぬことのできた兵士は少数派だったということを知らねばならないだろう。まともな戦闘になっていなかったわけである。
 奥崎の執念深い恨みつらみと暴走も、そういう観点から見なければならない。