『ヨハネ伝』についてn覚え書き-その1-
四つの福音書の中で『ヨハネによる福音書』(『ヨハネ伝』。以下『ヨハネ伝』と書かせていただく)は特別である。特に高校生から大学生の頃は、ぼくの聖書はこれ一つとばかりにもっぱら『ヨハネ伝』を読み、『ヨハネ伝』の記述についての考察を好んだ。
『ヨハネ伝』はそのすべてが命題で埋めつくされている感がある。命題の連続は読む者に強い緊張を強いるものである。そのような緊張から脱出したいときには、素朴な『マルコ伝』をぱらぱらとめくった。その素朴なイエスの物語にホッと一息ついたものである。これがじつは若い頃ばかりでなく、いまも同じであると気づいた。
ここのところ三共観福音書をもっぱら読んでいたのは、『ヨハネ伝』はしんどいという思いがあったからである。確かにしんどいのである。命題だらけだから、気が休まらない。常に心と頭脳とを働かせていないと、わけがわからなくなる。だが『ヨハネ伝』は避けては通れない。いや、それ以上にヨハネの読みを深めねばならない、と感じている。
若い頃と違い、さまざまな思想や哲学に触れてきた後である今ならば、『ヨハネ伝』の命題にある種の光を当てることができそうだからである
●『ヨハネ伝』の位置はどこにあるか
最近の研究では『ヨハネ伝』の最初の筆を執ったのはあの十二使徒のひとり、主イエスに最も愛されたというゼベダイの子、見目麗しいヨハネではないという。ヨハネは主イエスからその母マリアを託されて、ともに小アジアのエフェソスに住みそこで終焉(おわ)ったとされている。そのエフェソスはだから、原始キリスト教団では、エルサレムなどと並ぶ有力なグループを形成していたようである。ヨハネ教団とでも言うべきグループである。その「ヨハネ教団」の中で徐々に形作られていた「原ヨハネ伝」をヨハネの弟子たちが数人で、あるいは一人で執筆したのが『ヨハネ伝』であるという。
だから、当然ヨハネの生前に完成したものではなく、ほぼ1世紀末から2世紀初頭にかけての時期の成立であるとするのが有力である。他の三つの共観福音書は最も遅い『ルカ伝』でも紀元80年代の成立と言われているから、さらにそれより遅い時期になってから使徒ヨハネをかたって新たに福音書を著す意味、あるいは必要性があったのであろう。その執筆の主題が明らかに他の三福音書と異なっていると目されるからである。
他の共観福音書にもそれぞれの成立事情があったように、『ヨハネ伝』にも固有の成立事情があったと考えるのは当然のことであるが、『ヨハネ伝』と三共観福音書との決定的な違いは、神学の違いである。
『ヨハネ伝』では、イエスは最初から「神」である。
他の共観福音書においては、イエスは「人」である。あるいは「人」であることを印象づけるかのように描かれている。「神」であることよりも「人」としての面が大きな要素となっているのである。「神」に最も近い、「人」として「父なる神」から人間救済の使命を負わされてこの世にやってきた「人」、それがイエスであった。つまり、「神人イエス」か、「聖化された人イエス」かの違いである。三共観福音書、わけても最初に成立した『マルコ伝』におけるイエスはどうひいき目に見ても、エリアなどと並ぶ預言者の一人であり、その上に立ってメシアとしての資格が与えられているように読める。『マルコ伝』ではキリスト・イエスはまだ「神」ではないと言ってよい。そのような意識あるいは認識でこの福音書は書かれていないと考えられる。時代が下るに従って、キリスト・イエスはどうしても「神」でなくてはならなくなる。その意識が芽生えているのが『マタイ伝』である。護教的にイエスは「神」でなければならないと意識されるようになったこの時にあっても、まだ描かれるイエスは「神人」と「人」との間を行きつ戻りつしている。「預言者イエスがメシア」という思いがぬぐい去れないのである。
『ルカ伝』にいたってようやくキリスト・イエスが「神」であるという認識が定着する。それでもなお、描かれるキリスト・イエスには人間としての成長や苦悩の跡が見られる。人間はすべからく成長するものである、という認識の上に立ってイエスを捉えている。「神」であるイエス、しかれども人間としての面を失わない。人間(じんかん)に降り立った神。卑俗な肉をまとった救済者、神ならぬ神イエスである。
カトリック教会が『マタイ伝』をトップに持って来たがるわけは、つまりそこにある。『マルコ伝』には神なる主イエスの意識がないか非常に希薄だからである。どうしても神なる主イエスを前面に押し出すには、『マタイ伝』から始めなくてはならないのである。
『マルコ伝』から『マタイ伝』、それから『ルカ伝』へと神学上の展開を想定することができるが、パウロの書簡に見出されるパウロの神学的展開は、このような見方を補強してくれる。パウロの書簡群についてはまた別の機会に書いてみようと思う。ちなみに、原始キリスト教の神学的出発がパウロの書簡群にあることは忘れてはなるまい。パウロもまた神なる人キリスト・イエス認識に到達している。そしてこれらの神学上の進展の最後尾に、別格のごとく『ヨハネ伝』が位置する。この『ヨハネ伝』の神学的位置づけについては、カトリック・プロテスタントはほぼ共通の認識を持っているようである。
実際、現在の共同訳聖書では、『マタイ伝』が新約聖書の筆頭に出されている。成立順で並べるなら、先にも書いたように最も素朴な『マルコ伝』が最初に来るべきである。だが、共同訳聖書を編纂することになって、いちばん最後までもめたのが、この四つの福音書のうち、『マルコ伝』と『マタイ伝』を並べる順序であった。『マルコ伝』が最初か『マタイ伝』が最初かである。この二つの福音書の順序が決まればあとはおのずから順序は決まる。
カトリック教会は『マタイ伝』を筆頭にしたいと頑強に主張した。プロテスタントはもちろん成立順にと、『マルコで』をいちばん最初にするべきだと主張した。カトリック教会には『マルコ伝』がトップでは教義上、不都合だという意識があるからである。先にも書いたように、イエスが神であるという認識がマルコにはたぶんなかったらしいということを、カトリック教会は読者に印象づけたくないのである。極めて宗教政策的な理屈がそこにはある。実際にカトリック教会の教義や祭典などはおもに『マタイ伝』を基本としている。その『マタイ伝』では足りない部分を『ルカ伝』の記述によって補完しているのである。よく知られているのは、聖母マリアによる「マニフィカト(Magnificat)」=「聖母マリアによる讃歌」である。これは『マタイ伝』に記述がない。
大学生の頃、ぼくはだからこの『マタイ伝』が理由もなく好きになれなかった。どこか押しつけがましい。やたらに旧約と関連づけたがる。預言の実現」を強調したがるのは、キリスト教がいかにもユダヤ教そのもの、ないしはユダヤ教の子であることを印象づけようとしているようで、不快だったこともある。若い頃のぼくはユダヤ教と一緒にしないでくれ、という迷惑意識があったからである。
『マタイ伝』に比べれば、『マルコ伝』はよほど素朴である。護教的にみても「すき」だらけの気がしたものである。だからぼくは、神なるイエスを読みたいときには『ヨハネ伝』を、素朴なイエスの物語を読みたいときには『マルコ伝』をもっぱらい愛読した。『マタイ伝』はどこか「臭い」と感じていた。『ルカ伝』はとかく理屈をつけたがっていると感ぜられて、その理屈っぽさに好ましさを感じたりもしていた。若い頭脳は、論理的にしろ、歴史的にしろ、合理的整合性を好むものである。
●『ヨハネ伝』への神学事情
『ヨハネ伝』は福音書最後尾に置かれる。
このことはカトリック・プロテスタントともに同じである。
その理由は先にも書いたが、福音書の成立が最も新しいこと。成立には諸説あるが、ばあいによっては1世紀でなく、その次の世紀にまたがっている可能性もあるとされている。そして、どうやら現在最も有力な説は、1世紀と2世紀の変わり目のころの成立ではないかというものである。
そして『ヨハネ伝』固有の神学である。
人の中にまじった神、というよりも、人とともにある神としてイエスは描かれている。
『ヨハネ伝』は、イエスの物語ではなく、イエスの神学を語ろうとしていると言ってもよい。
それゆえである。
『ヨハネ伝』から受ける印象は、他の三共観福音書とはまるで違う。
『ヨハネ伝』のイエスはすでに神となった人である。他の共観福音書は、どこか、イエスを人と見ているおもむきが拭えない。著者にイエスは神という意識があったにせよである。そこでは、神はイエスという一人の人の外にあり、神がイエスとして肉化したというわけでないかのごとくに読むことができる。三共観福音書が信徒でない人にもとっつきやすいのはそのせいである。
三共観福音書からなら、「人」としてのイエス、偉人としてのイエスをうまく紡ぎ出すことができる。人間のなかにあって、人間と共に生きる魂の導き手としてのイエスが浮かび上がる。
けれども、『ヨハネ伝』では、そうではない。
イエスは、人間の世界の外にいる。けっして人間の世界と交わらないというわけではないが、いつもどこかにそのような側面を持って人間と接している。どこか「人間」であることが拒絶されているおもむきがある。第12章には、「イザヤはイエスの栄光をを見たので」(41節)とある。旧約世界の預言者イザヤが、「イエスの栄光」つまり「復活」を見た、というのである。イエスは時間を超えた存在とされているのである。もしそれが人間であるなら、あまりにも完成された超越的人間である。彼には迷いがない。人間からは何も受け取らず、ただ彼は与えるためだけに来た。人間に「言葉」を与えるためにである。
この福音書のテーマはだから、『創世記』を意識している。いや、読者に意識させようとしている。
かつて、父なる神は、物質世界を造られた。その父なる「神の言(ことば)」によってである。その後、物質世界の片隅に、物質世界をすべなう権能を代理させるために、人間を造られた。それはしかし、「言葉」に拠らず、「息吹き」によった。土塊(アダマ)から造られた人の形のものに「命の息を吹き入れられた」(『創世記』第2章7節)とある。
物質世界が造られた世界の最初の出来事にぴったりと照応するがごとく、『ヨハネ伝』の冒頭ではこう語られる。
「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言にならずに成ったものは何一つなかった。」(『ヨハネ伝』第1章1節~3節)
冒頭で、読者はいきなり、『創世記』の記述を思い起こさせられる。ここには、『創世記』冒頭に書かれてあることについて、新たな解釈が行われることの高らかな宣言を見ることができる。「天地創造神話」の読み替えが示唆されるからである。
それはすぐ次に続く節でさらに深められる。
「言のうちに命があった。命は人間を照らす光であった。」
ここで、「万物」は「命」へと読み替えられる。その「命」は、肉の命というより、「魂の命」とでも言えそうなものである。人間の「魂の命」、それがイエスである、という宣言でもある。
そして、次に『ヨハネ伝』のテーマの一つが記される。
「光は暗闇のなかに輝いている。暗闇は光を理解しなかった。」(5節)
ぼくが学生のころ、この節に潜む命題は、現実のものであった。
ミッションスクールに学び、日曜日は教会やその活動に過ごし、部活を共にする友人たちはほとんどがクリスチャンであるような、キリスト教が絶対多数の世界に過ごして来た者が大学に入ると、そこはまったくの別世界であった。どこにもキリスト教を理解する人間はいないように思われた。
まさに「暗闇は光を理解しなかった」ように思われたのである。
思えば、あの頃、隣に座った友もまた『ヨハネ伝』を愛読していた。だれもが「初めに言があった」の魔力にとらえられていた。『ヨハネ伝』にこそ、真理が隠されている。ほのめかされている。その思いが、他の共観福音書の軽視につながった。
けれども『ヨハネ伝』を全面的に受けとめるためには、その生活のすべてをキリスト教の世界奥深くに潜ませ、沈ませなければならなかった。修道院にこの身を置くしかないのである。日本ではそれ以外に道はなかった。
神としてのイエスではなく、人としてのイエスを語ること。
それは『ヨハネ伝』ではなく、共観福音書に多く物語られている。素朴な『マルコ伝』、理屈の『ルカ伝』、それからすこぶる典礼儀式向きの『マタイ伝』。この三つから、特に素朴な『マルコ伝』から、人間イエスを語り出すほか、日本ではなすべき道はない、かのように思われたのである。それはつまり、妥協である。偉人イエスを語ること。けっしてイエスに神の姿を見ないこと。『ヨハネ伝』はずっとずっと後ろに引き下がった。「今はあなたの出番じゃない」。
『ヨハネ伝』から遠ざかりながら、それでもその特別さを心から払いのけることはできなかった。ぼくの本棚を見ると、『ヨハネ福音書のキリスト論』(間垣洋助著、1984年)など、ヨハネの神学論が何冊か開かれもせず、背表紙を見せている。
今、もう一度『ヨハネ伝』に戻る気になった。
なぜかわからぬが、その気になった。この世と妥協する気がなくなったのかも知れない。妥協する必要がなくなったのかも知れない。
イエスは言われた。「光は、今しばらく、あなたがたの間にある。暗闇に追いつかれないように、光のあるうちに歩きなさい。暗闇の中を歩く者は、自分がどこへ行くのか分からない。光の子となるために、光のあるうちに、光を信じなさい。」(『ヨハネ伝』第12章35~36節)
であるから。