秋の日ざしの中で

　　　秋の日ざしの中で

　秋の日ざしのまぶしい昼下がり。
　光の中で思わずぼくは睡魔に襲われる。
　日向に寝そべるどこかの野良猫のように、
　あんまりのあたたかさに導かれて、
　ぼくはこれからしばらくうたた寝するのだろう。
　ああ。こんなよい時候にお昼寝なんて、
　ああ。もったいない。
　そう思いつつ、ぼくの意識は遠ざかる。
　つむったまぶたの中はでも、
　光に包まれる。
　光を浴びている夢なんだ。
　まぶしい夢なんだ。
　葡萄畑の光の中の夢なんだ。

　そう、それは――

　光の中を子供らが歩いている。
　光の斜面を子供らが登っていく。
　葡萄畑はもう枯れ葉の季節だ。
　心に障害を負っていても、
　心に傷を受けていても、
　光の中にいれば、
　秋の日ざしを浴びれば、
　葡萄の葉が舞い落ちる午後には、
　心は晴れやかになる。
　魂は大きな大きな伸びをする。
　そうさ、今年もいい葡萄酒が、
　芳醇で純情一途のおいしい葡萄酒が絞れたんんだもの。
　じっくり酵母といっしょに今は熟睡さ。
　だから子供らよ、きみらもほんのちょっぴり、
　お昼寝のご褒美あげよう。

　いつのまにやらぼくは、
　北関東の、とある丘近く
　葡萄畑を一望する広いデッキに出ていた。
　目の前には光を浴びて散り初める、
　今年の葡萄の木が空を仰いで並んでいる。
　風に舞った枯れ葉には、ちゃんと書いてある。
　今年もたくさん実った、ごくろうさん、
　今年もすてきに実った、ありがとさん。
　ぼくらもしばらくお休みさ。
　来年のためにひっそりかんとお休みさ。
　だから、しばらく眠りを妨げないでおくれ。
　寒い風が吹こうと、
　冷たい霰（あられ）が降り敷こうと、
　ぼくらはひたすら眠る。
　大地に抱かれて、空に愛されて。

　ぼくはと言えば、今年の新酒にすっかりご機嫌。
　発酵を始めたばかりの今年の葡萄酒たんと、
　たんと召し上がれって、
　子供らが進めるのだもの。
　葡萄畑の守り爺（もりじい）までが、進めるんだもの。
　守り爺は飲んべえ、
　葡萄酒には少しも目がなくて、
　頑固者のほお骨して、
　一徹者の額を突き上げ、
　耕せ、植えよ、接ぎ木せよ、
　草とれ、虫とれ、鳥を追え、
　働き者の無骨な手を光にかざし、
　労働は神の賜物、
　実りは労働の報酬。
　愛するこころが豊かに実るんだ。

　――そうさ、そう

　秋の眠りはいつも葡萄畑の思い出の中、
　美しい葡萄の木々の斜面を望んで、
　あの逞しい守り爺と飲んだっくれたこと。
　あのやさしい爺さんと二人、
　「いいねぇ、うれしいねぇ」
　そればっかりを繰り返し、
　そのたんびにグラスを掲げ、
　どちらからともなく「かんぱぁい」、それから
　どちらからともなく深い吐息が漏れる。
　舞い落ちる葡萄の葉っぱに光が当たり、
　くるくる影が地面に落ちる。
　あんぐり口開け見つめる子らの前、
　ひなたぼこする野良猫よりは、
　少しは上品かしらと思いつつ、
　うたた寝したのは一再ならず、
　夕べの風に我に返ったものだった。

　午睡の時がもう終わったんだよと、
　傾く日ざしがぼくの額に教えてくれた。
　今日の小春日、豊かに実れ、
　葡萄畑のようにたっぷり実れ。
　目覚めたときは空行く風が、
　ほろほろ、ほろほろ、雲と転（まろ）んで、
　さよなら、さよなら、
　さよなら三角、また来て四角。
　明日も思いは光の中に、と、
　祈りは思い出残し、幸せ残し、
　遠ざかっていく日暮れ時。
　葡萄のように丹精こめて、
　葡萄のお酒のように願いをこめて、
　今日も、慰め多い夢を見たんだ。
　深いやさしさ夢を見たんだ。

　［記］
　秋の日ざしの中でよく思い出すのが、栃木県足利市にある「こころみ学園」という自閉症の子供たちのための学苑。その学苑の中に、葡萄畑はある。ココ・ワイナリーのワインヤード。園長先生はもう車いすだよりの生活になって、学園の指導もワイナリーの指導も娘さんに譲ったと言うけれど、園長先生とワイングラスを傾けた日の思い出は忘れられない。
　平均斜度42度の急斜面に作られた葡萄畑を目の前にして、デッキチェアーに寝そべりながら飲んだのだけれど、秋の日ざしの中で、この葡萄畑を前にしたら、もう言葉はいらない。

　今日もそんな日を思い出してしまった。
　「光」のことを少し書きたいと思ったのだけれど、心に現れてきたのは「光の中」で飲んだくれていた思い出だった。
　ココワイナリー。今年もいい葡萄酒が仕上がっただろうか？
　ココの葡萄酒の実り多かれと祈る。


　Exciteにブログ「フランシスコのしおり」から転写。2009.11.07up
　2010.10.20小さな修正を施した。