豊胸手術と猫のおどり
「ただいま」
旦那様が帰ってきた。私は胸躍る気持ちで、彼の上着を脱がせた。
「ご飯にしますか、それともオフロ?」
「それじゃ、メシにしようか」
旦那様はいつものように素っ気なく、私にそう言った。
今日、私は豊胸手術をした。旦那様は胸の大きい女性が好きだと言っていたから。私たちの夫婦関係がよくならないのは、もしかすると、私の胸が小さいからかもしれない。ずっと誰にも言えず、そう思っていたの。
私はひとりで病院に行き、手術を受けてきた。手術なんて初めてだから、とても緊張した。でも手術が終わってから、私は自分の体を見て、うっとりしてしまった。何だか人生が変わった気分。きっとこれなら旦那様も気に入ってくれると思う。私は、胸の形がよく見えるセーターを着て彼の帰りを待っていた。
だけど、全然見てくれない。
「今日も会議で疲れたよ。部長がさ、また変なことを言って」
私は旦那様の煙草に火をつけ、彼の機嫌を損ねないように、言わなきゃ。
「実はね、私、今日・・・」
と言いかけたとき、飼い猫のミャーが部屋に入ってきた。旦那様の足に体をすりつけ、にゃあにゃあと媚を売る。私は猫が嫌いだったから、青ざめた顔でその光景を見ていた。早くどっか行けばいいのに。本当に泥棒猫なんだから。旦那様は猫を抱き上げ、幸せそうな顔をした。
「おー、ミャーちゃんか。かわいいなぁ。高い高い」
旦那様と猫の間には、私が入り込めないつながりがある。たかが獣のくせに。
私は気を取り直して、
「今日、実はね。病院で・・・」
でも、そこまで言った時、猫が突然奇妙な踊りを始めた。
「にゃっ、にゃっ、にゃんくるにゃーん」
それはまさに媚態と言うにふさわしい、吐き気のするようなものだった。しかし旦那様は、
「ミャー、どうしたんだいきなり。すごい踊りじゃないか。かっわいいなあ」
と言って嬉しそうに猫を抱きしめた。
そしてその晩、私は豊胸の話をすることはできなかった。
翌日、旦那様が会社に行ってから、私はひとり家に残され、人知れず泣いた。私にとって結婚とは何だろう。旦那様にこんなに尽くしているのに、猫にかけるほどの愛情も、旦那様からもらえない。
「にゃー」
猫が私を無視して、台所を横切る。猫は私と全くコミュニケーションしようとしない。
「この子さえいなければ」
私は猫に対する憎悪が沸々とわきあがるのを感じた。そして、台所にある大きな包丁を手に取り、リビングで丸くなっている猫の背後に、その包丁をつきたてた。
「ぎにゃ」
猫は一瞬体をびくっと震わせたが、すぐに動かなくなった。包丁を刺したところから、赤い血が流れ出し、床の上にじわじわと広がっていく。私はその血を雑巾で拭いた。そして今度は猫の死体を黒いごみ袋に入れ、きつく結んだ。それから私は、そのごみ袋を車に乗せて、山に捨てに行った。できるだけ遠くに捨てようと思っていたけど、私は方向音痴だし、車の運転も苦手だから、家からさほど離れていない、小学校の裏山に捨てた。
そのあと私は、昨日の病院に行って、胸を元に戻してくれるように頼んだ。
「昨日手術したばかりなのに、元に戻すって。ちょっと考え直したほうがいいんじゃないですか、奥さん」
医者は戸惑った顔で私を見ていたけれど、私は頑なに「お願いします」とだけ言って、無理に手術してもらえることになった。
「ありがとう、先生」
手術が終わり、私は少し軽くなった自分の胸に手を当ててみた。私は何だか疲れてしまって、ため息もでなかった。
私はそれからペットショップに行き、猫を1匹買った。できるだけミャーに似ている猫を。
相変らず猫とは、何と醜悪な生き物だろう。できればこの子も殺してしまいたい。だけどだめなの。
そして、家に帰り、ガソリンで家を燃やした。火はごうごうとまたたくまに家を焼き尽くし、無残な骨組みだけが後に残された。私は煤けた顔で猫を抱きながら、救急隊員に運ばれ、今は病院のベッドの上。それを聞きつけた旦那様はすぐ病院に来てくれたの。そして私を抱きしめてくれた。私は嬉しくなって、ちょっと涙も出ちゃった。
「ただいま」
旦那様が帰ってきた。私は胸躍る気持ちで、彼の上着を脱がせた。
「ご飯にしますか、それともオフロ?」
「それじゃ、メシにしようか」
旦那様はいつものように素っ気なく、私にそう言った。
今日、私は豊胸手術をした。旦那様は胸の大きい女性が好きだと言っていたから。私たちの夫婦関係がよくならないのは、もしかすると、私の胸が小さいからかもしれない。ずっと誰にも言えず、そう思っていたの。
私はひとりで病院に行き、手術を受けてきた。手術なんて初めてだから、とても緊張した。でも手術が終わってから、私は自分の体を見て、うっとりしてしまった。何だか人生が変わった気分。きっとこれなら旦那様も気に入ってくれると思う。私は、胸の形がよく見えるセーターを着て彼の帰りを待っていた。
だけど、全然見てくれない。
「今日も会議で疲れたよ。部長がさ、また変なことを言って」
私は旦那様の煙草に火をつけ、彼の機嫌を損ねないように、言わなきゃ。
「実はね、私、今日・・・」
と言いかけたとき、飼い猫のミャーが部屋に入ってきた。旦那様の足に体をすりつけ、にゃあにゃあと媚を売る。私は猫が嫌いだったから、青ざめた顔でその光景を見ていた。早くどっか行けばいいのに。本当に泥棒猫なんだから。旦那様は猫を抱き上げ、幸せそうな顔をした。
「おー、ミャーちゃんか。かわいいなぁ。高い高い」
旦那様と猫の間には、私が入り込めないつながりがある。たかが獣のくせに。
私は気を取り直して、
「今日、実はね。病院で・・・」
でも、そこまで言った時、猫が突然奇妙な踊りを始めた。
「にゃっ、にゃっ、にゃんくるにゃーん」
それはまさに媚態と言うにふさわしい、吐き気のするようなものだった。しかし旦那様は、
「ミャー、どうしたんだいきなり。すごい踊りじゃないか。かっわいいなあ」
と言って嬉しそうに猫を抱きしめた。
そしてその晩、私は豊胸の話をすることはできなかった。
翌日、旦那様が会社に行ってから、私はひとり家に残され、人知れず泣いた。私にとって結婚とは何だろう。旦那様にこんなに尽くしているのに、猫にかけるほどの愛情も、旦那様からもらえない。
「にゃー」
猫が私を無視して、台所を横切る。猫は私と全くコミュニケーションしようとしない。
「この子さえいなければ」
私は猫に対する憎悪が沸々とわきあがるのを感じた。そして、台所にある大きな包丁を手に取り、リビングで丸くなっている猫の背後に、その包丁をつきたてた。
「ぎにゃ」
猫は一瞬体をびくっと震わせたが、すぐに動かなくなった。包丁を刺したところから、赤い血が流れ出し、床の上にじわじわと広がっていく。私はその血を雑巾で拭いた。そして今度は猫の死体を黒いごみ袋に入れ、きつく結んだ。それから私は、そのごみ袋を車に乗せて、山に捨てに行った。できるだけ遠くに捨てようと思っていたけど、私は方向音痴だし、車の運転も苦手だから、家からさほど離れていない、小学校の裏山に捨てた。
そのあと私は、昨日の病院に行って、胸を元に戻してくれるように頼んだ。
「昨日手術したばかりなのに、元に戻すって。ちょっと考え直したほうがいいんじゃないですか、奥さん」
医者は戸惑った顔で私を見ていたけれど、私は頑なに「お願いします」とだけ言って、無理に手術してもらえることになった。
「ありがとう、先生」
手術が終わり、私は少し軽くなった自分の胸に手を当ててみた。私は何だか疲れてしまって、ため息もでなかった。
私はそれからペットショップに行き、猫を1匹買った。できるだけミャーに似ている猫を。
相変らず猫とは、何と醜悪な生き物だろう。できればこの子も殺してしまいたい。だけどだめなの。
そして、家に帰り、ガソリンで家を燃やした。火はごうごうとまたたくまに家を焼き尽くし、無残な骨組みだけが後に残された。私は煤けた顔で猫を抱きながら、救急隊員に運ばれ、今は病院のベッドの上。それを聞きつけた旦那様はすぐ病院に来てくれたの。そして私を抱きしめてくれた。私は嬉しくなって、ちょっと涙も出ちゃった。