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ひまわりさんの日々の信仰日記と再臨信仰のエッセンスについてご紹介しています

二つの契約 26

2013年04月03日 | 日記

    

      ひまわりさんより(4月2日)          フラワー&ガーデンショウにて

神学校の最終学年になった息子は、卒業論文のテーマに、ジョン・ウエスレーの「完全論」を選んだそうです。今日そのことについて少し話をしてくれました。ウエスレーが教えていることは、まず、「福音における罪の赦しとは聖化であること」、それは、私たち一人一人を罪から離れさせることであり、キリストは私たちの罪を取り去るために来られたこと、私たちが罪を憎み恵みにおいて成長し、清めの状態に到達するのであることを教えたのだそうです。また、キリスト者の完全を、積極的には「愛における完全」と主張し、消極的には、「罪を犯さなくなる完全」と表現したのだそうです。そして、キリストへの真の信仰の結ぶ実は、「自分の罪に打ち勝つこと」と、罪の赦しによってもたらされる「絶えざる心の平安」と言ったのだそうです。これらは、すべて、デビット・カン先生が教えておられることそのもので、罪への勝利をもたらさない安易な赦しとは全く違うと思いました。

    古い契約 26

古い契約とは何でしょうか。神の律法は正しいものであると知っているので、それを守らなくてはならないと思うのです。でも、本当の意味では、それに心から従おうとは思っていません。従わなければいけないと思っていても、本当に心から喜んで従おうとは思っていないのですね。しかし、私たちが真の回心の経験をしたならば、聖霊が私たちの心のうちに、思いのうちに、律法を書きつけてくださいます。 『キリストの実物教訓』370ページに、「絶対に間違う余地のないはっきりした言葉で、永遠の命に入るためには、戒めに従わなければならないことをお示しになった。これは、堕落前のアダムに要求されたのと同じ条件である。主は、エデンの園で人間に要求なさったのと同じ完全な服従と、しみのない義とを今も求めておられるのである」。ここに書いてあることは、神様だけがおできになります。私たちにはできません。


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