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ひまわりさんの日々の信仰日記と再臨信仰のエッセンスについてご紹介しています

罪から逃れる道 ソン・ケムン 第14回

2017年12月21日 | 日記

多くの人たちが、イエス様が十字架で何をされたか知っていて、神様がエデンの園で殺されたにもかかわらず、人間は依然としてアダムの罪の代価を支払っていて、アダムの罪の責任を負わなければならないと信じています。それで彼らの魂には平安がありません。

 罪をどう考えるかによって、全く違う福音の結論が出ます。ほとんどのクリスチャンが信じている、罪とは選択ではなく、遺伝的に受け継いだ堕落した本性だとすれば、そのような神学では絶えず赦しを必要とします。勝利の喜びが何なのか、全く味わうことができない教えです。罪から解放される瞬間がないのに、どうして勝利を語ることができるでしょうか? 絶えず赦されなければならない罪人です。 存在自体が罪人です。

しかし、もしそうなら、たとえ私たちが罪を犯すよりは死ぬことを選んだ時でも、神様に反逆している時と何一つ変わらず、私たちの本性的な罪のために罪人と宣告されるのです。

人は罪の傾向を持つ本性、堕落した本性を持って生まれてきました。それはアダムの罪の結果ですが、罰を受けるべき罪ではありません。 


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