羊日記

大石次郎のさすらい雑記 #このブログはコメントできません

ヤロカ火 44

2016-06-26 14:18:20 | 日記
「ガパオライスっ?!」
「いい? 三瀬真澄、千石結衣、工藤香織。この三者はカレーで言ったら『ルー』『ライス』『福神漬け』くらいにガッチガチに固まってんの? わかる?」
「あ、ああ、何となく」
 聡がたじろぐと、ムー太郎を白目を剥いて畳み込んできた。
「ガパオライスごときが出る幕じゃないのよっ!! あんたは大人しく、無自覚にっ! 孤独なっ! 職場の同僚と普段会うことも無いっ! 実家と連絡途絶えがちなっ!『絶対こんなヤツと結婚しない』みたいなヤツには妙にモテるっ! 相手の男にも『絶対こんなヤツと結婚しない』と思われてるっ! 自分の為だけの家事に耐え難い虚無感を知った都会の夜等と思っている一人暮らしの若い自意識だけは一人前な困ったちゃん女に食べられてなさいよぉおおおおっ!!! 目玉焼きも乗せられてぇっ!」
「ええっ?! 何かガパオライスが優しく思えてきたぁあああっ?!!」
 おののいた聡はそのまま後ろに倒れ込んだ。夕日の差し掛かった空を見上げる。
「・・・一回くらい工藤に告白しときゃよかったなぁ」
 ふざけるのをやめて呟く聡を二本足で立ったまま見下ろし、ふんっと小さく息を吐くムー太郎。
「大間、行っとく?」
「オオマ?」
 顔だけ上げる聡。
「青森の大間よ。マグロを釣るの」
「俺が?」
「そう。あたし、お腹空いたわ。お供えしなさいよ。一切れくらいなら分けてあげるわよぉ?」
「凄ぇ上から目線だな」
「神様だからね」

ヤロカ火 43

2016-06-26 14:18:14 | 日記
「工藤香織にとって三瀬真澄はただの元彼じゃ『ニャ』いのよ」
「『ニャ』いのか?」
「『ニャ』いわっ! 元彼であり、幼馴染みであり、初恋の相手であり、記憶は消してるけど過去に数回、三瀬真澄とセットで化生関連のトラブルにも遭遇してる。縒りを戻したいワケじゃないでしょうけど、繋がり強めなのよ」
 二本足で立ったまま知った顔で解説するムー太郎。
「んん? その『縒りを戻したいワケじゃない』ってのがさっぱりわからない」
「『私も元気だよ!』ってアピってんのよ」
「それ必要か?」
「不必要よ! でもしちゃうじゃない? また三瀬って『良い子』だから油断すると気を使ってくるでしょう?」
「こんなんアピったら余計気を使わないか? 千石だって」
「だから不必要だけどしちゃうって言ってんでしょ? この、互いに微妙に意識して気を使いあって変な感じなってゆくワケよ、立ち入り過ぎた男女の人間関係ってのはね」
「面倒だなぁ」
 腕を組む聡。
「聡」
「ん?」
「あんた無関係だよ?」
「おおっ?」
「おおっ? じゃないよ。何、ちょっと『しょうがないから俺がフォローしてやろうか?』みたいなリアクションしてんの? びっくりするわ」
「いや、友達として」
「ここ友達とかいらないから。あんた、この男女のトライアングルに一切入ってないからっ。ファミレスで食べるカレーライスで言ったら、あんたは隣の席で家事をしない一人暮らしの若い女が夜中に寂しいと自覚も無いままに一人で食べてるガパオライスくらいのポジションだからねっ!」

ヤロカ火 42

2016-06-26 14:18:08 | 日記
紫と橙の仮面と変化を解いて鞘に納まった小刀の状態の奇尾丸は傍らに無造作に置かれ、雲の先端辺りには普通の猫の姿をしたムー太郎が座って空の先を退屈そうに見ていた。
「なぁ、ムー太郎」
「あたし今、ただの猫だから。喋らないよ」
「喋ってるじゃん」
「・・・な~にぃ~?」
 心底面倒そうに聡を振り返るムー太郎。
「これ、どう思う? 何アピールかな?」
「ああん?」
 聡は見ていたスマホの画面をムー太郎の方に向けた。SNSに工藤香織が彼氏の出羽辰彦との植物園デートを『超楽しい』と写真付きで連投していた。銀木犀と香織と辰彦、萩と香織と辰彦、ダリアと香織と辰彦、多数咲いたルクリアと香織と辰彦、併設の甘味喫茶で寛ぐ香織と辰彦、甘味喫茶の今月のお勧めメニュー、秋桜園の前で辰彦の頬にキスする香織、等々。
「何アピールって、ラブラブアピールでしょ? 植物園はちょっと渋いけど」
「俺達のグループの所に上げまくらなくてもよくないか?」
「何もう? 知らないけどっ。最近結衣と真澄が仲良過ぎるから対抗してんじゃないの?」
「何でだよっ!」
 聡が急に大声を出した為、ムー太郎は体をビクッとさせて驚いた。
「うるっさいわよっ。あんたね、猫は大きい物音立てる人間が嫌いなのよ? まずデリカシーが」
「工藤は剣道部と付き合ってるじゃんかよ?!」
「出羽辰彦ね」
「何で、千石に対抗すんだよっ? 意味わからんしっ」
「だーかーらーっ」
 ムー太郎は前触れなく、二本足で立ち上がり、左手を腰に当て、爪のある右手の人指し指でスマホの画面を指差してきた。

ヤロカ火 41

2016-06-26 14:18:01 | 日記
そろそろ記憶を調整するのも限界なのかもしれない。例え本人が望んでいたとしても。宏一が異常に悪意ある化生の類を寄せる特質を持つ理由も一度調べ直す必要もあった。
「結衣」
「何? わっ?!」
 真澄が真顔で顔を寄せてきて結衣は仰け反った。
「あ、ごめんっ。何か深刻な顔、してたから」
「そ、そう? 何でもないわっ。それより! 真澄。このままさっき話してたエクレア、食べに行こうよ」
「いいよ。マロンか、行こう」
 真澄が微笑んで同意して先に歩き出すと、結衣は至って簡単に感動してしまった。『狩り手』をする限り命の保証はない。今、彼氏が普通に優しい。こんな贅沢なことはなかった。
「待ってよ」
 少し甘ったれて真澄に続こうとすると、下方の中庭から視線を感じた。窓を見ると、貴代が凶悪な変顔で結衣を挑発してきていた。隣の宏一はワケがわからないまま大ウケしている。
「あいつ!」
「結衣?」
「うん、何でもない。行こ」
 結衣は笑顔を作って気付いていない真澄に続いた。記憶の調整を拒否して『関係者』になってから、貴代は以前より結衣に対して強気になった。何なら隙あらばイジってくるようになってきており、結衣は内心頭にきていた。
 次、妖怪関連でトラブったら助けるのちょっと待ってやろう。真澄の腕に自分の腕を絡めながら、結衣はそう密かに企むのだった。

 霞ヶ丘の少し夕日の掛かった空の鰯雲に紛れて、一つの霞を引く雲があった。大きさはセダン車程度のその雲の上で、宮司とも山伏とも陰陽師ともしれない装束を纏った聡が胡座をかいてスマホを見ていた。

ヤロカ火 40

2016-06-26 14:17:55 | 日記
「この間、椿の通ってるジムの体験コースに行ってきたよ」
「え?」
 のんびり、話を聞いていたら急に聞き捨てならないことを話しだす真澄。
「椿って、教えるの上手いんだな。最近暇だし、ちょっと通ってみようかな。あ、そうそう、ジムに行った時、椿の彼女さんも来ててさ」
「あんまり無茶しない方がいいわっ!」
 意図せず大きな声で言ってしまい、真澄を少し驚かせる結衣。
「あ、ああ。別にボクサー目指さないよ?」
 苦笑する真澄。結衣は慌てた。
「うんっ、違う違うっ! アレだよ、事故とか、危ないでしょう?」
「そだね」
「そうそうっ、そうだよ。ね?」
 結衣は何とか誤魔化し、そこから強引に霞ヶ丘駅近くの洋菓子屋の秋のスィーツの話題を振った。椿岳も早坂寧々もどちらかと言えば『こちら側』だった。椿は元々幼馴染みだが、これまで以上に真澄があの二人に接近するのは避けたかった。
「メープルマロンエクレアか、いいね。お? またサボりか?」
 立ち止まった真澄が廊下の窓から中庭を見下ろしていた。
 結衣も窓から覗くと、中庭の片隅で貴代とバスケ部のジャージを着た宏一が菓子パンと校内の自販機で売ってる安いパック飲料を手に、気だるそうに何を話すでもなく座り込んでいた。
「ダレてるなぁ、一時期ラブラブな感じじゃなかったっけ?」
「あの二人はあんなものよ」
 結衣は大雑把に応えたが、貴代はともかく、最近宏一が以前はそれなりに真面目に取り組んでいた部活等に関心を余り示さなくなってきているのは少し気になった。