
山江村の松本さんから便りがありました。連休だというのに稲の種まき、農業用水路の共同作業や野菜の手入れとほとんど連休中は仕事をされていたようです。一日だけ最愛の奥様と熊本市に出かけ美術館やデパートを楽しんだようです。私も随分前は百姓の弟子入りをしたのですが、長続きせず今はとうとう全面的に松本さんにお任せ状態です。
10年ほど前、私は松本さんに今でいうエコツーリズムを提案、私自身が百姓修行をしながら都市の住民の皆さんを呼んで来るという共同事業を実践しました。まだ世にツーリズムというものはそんなには出てなかったと思います。何しろ我々のは100%オリジナルの発想で、都市住民が山江村に癒しに来るというものではなく、最初から農業や林業、炭焼きを村の人たちに学び、自然との付き合い方を身に付けようというものでした。
「田舎の贅沢体験塾」と名づけましたが、松本さんは贅沢?という言葉がどうしてもぴんと来ない感じでした。私からすると山江村に通い、村民の皆さんと一緒に焼酎を飲んで朝まで語り、イノシシの鍋や鹿の刺身がしょっちゅう食べられるのは贅沢そのものでした。食事やコーヒーは軒先のテーブルに乗せ、太陽の光を浴びながらいただくのは本当に美味しいものでした。村の方々と暮らしているとまさにこれこそ贅沢という体験をいっぱいさせていただいたので、ごくごく普通に浮かんだ名称でした。
当時は現内山村長がまだ役場では認められてない時代で、我々も100%身銭を切ってこの事業をスタートしました。勿論、参加者集めやマスコミPRなどは私の担当、米作り、体験メニューの準備は松本さんにお願いしました。来られた皆さんは松本さんの笑顔と山江村の空気、村民の皆さんの温かさに触れ贅沢を満喫していました。・・・つづく。
10年ほど前、私は松本さんに今でいうエコツーリズムを提案、私自身が百姓修行をしながら都市の住民の皆さんを呼んで来るという共同事業を実践しました。まだ世にツーリズムというものはそんなには出てなかったと思います。何しろ我々のは100%オリジナルの発想で、都市住民が山江村に癒しに来るというものではなく、最初から農業や林業、炭焼きを村の人たちに学び、自然との付き合い方を身に付けようというものでした。
「田舎の贅沢体験塾」と名づけましたが、松本さんは贅沢?という言葉がどうしてもぴんと来ない感じでした。私からすると山江村に通い、村民の皆さんと一緒に焼酎を飲んで朝まで語り、イノシシの鍋や鹿の刺身がしょっちゅう食べられるのは贅沢そのものでした。食事やコーヒーは軒先のテーブルに乗せ、太陽の光を浴びながらいただくのは本当に美味しいものでした。村の方々と暮らしているとまさにこれこそ贅沢という体験をいっぱいさせていただいたので、ごくごく普通に浮かんだ名称でした。
当時は現内山村長がまだ役場では認められてない時代で、我々も100%身銭を切ってこの事業をスタートしました。勿論、参加者集めやマスコミPRなどは私の担当、米作り、体験メニューの準備は松本さんにお願いしました。来られた皆さんは松本さんの笑顔と山江村の空気、村民の皆さんの温かさに触れ贅沢を満喫していました。・・・つづく。