ひろし君の読書や旅日記

昨日より今日が少しは面白くなるかな て思って

関西を通って山陰・島根に神を訪ねる

2023-10-17 11:22:48 | 旅日記
毎年、関西にいる友人に会うために甲府の私と埼玉の友人でこの時期に遊びに行ってます。今年も、異常な高温の夏が終わって来たので先日関西に行ってきました。
    甲府から大阪・神戸を巡る
甲府からはお馴染みの高速バスで関西に行きます。甲府から大阪までの運賃を考えると、JRの運賃は行く経路にも拠りますが、新幹線の自由席でも約16000円位です。高速バスは、現在甲府から大阪方面は一社しか運行していません。この会社の運賃は、甲府から大阪・なんばまでで8000円ですので半額と言う安さです。僕は新幹線の小さな窓からチラチラと風景を見ているよりは、バスの大きな窓でゆったりと風景を楽しむ方が好きで昼便のバスが有る時はバスを選びます。朝の7時半に甲府を出て、途中昼食を取って午後3時過ぎには大阪・なんばのバスターミナルに着きます。この日の宿は、道頓堀そばのホテルですので歩いて15分位で着きました。串揚げで一杯やって、翌日は大阪の友人の車で神戸の異人館南京町を歩きました。それにしても神戸の坂道を歩くのは、疲れてしまいました。幾つかの異人館を見ましたが、英国館が一番見どころが有った感じです。神戸の中華街はコンパクトにまとまった所で、お昼ご飯をたべましたが味は個人的には中華料理の日本人向けの味付けと言う感じだと思います。夜は有馬温泉に行って泊り、翌日に僕は出雲市に向かいました。
     出雲にどうして出雲大社が有るのだろうか?
出雲大社に付いては、色々と解釈されているけれどもスッキリしない事が色々と有ると思います。何故あの場所に造営されたのでしょうか?何故神社ではなくて大社と呼ばれているのでしょうか?何故45mもの巨大な本殿の造営を必要としたのでしょうか?この辺を、「出雲大社宝物殿」と隣の「古代出雲歴史博物館」を巡りながら考えましたが、あまりスッキリしませんでした。謎は深まるのでした。翌日は、この地域にある弥生時代後期の様々遺跡・遺構を巡りました。まずは「西谷墳墓群」です。ここは前方後円墳などが現れる前の四隅が突き出た墳丘墓が有ります。ここか数キロ離れた所に、荒神谷遺跡が有ります。同じく弥生後期の遺物の銅剣が、同じ所になんと358本も整然と埋められていたのです。この銅剣の数は全国で300本余りし見つかっていない事を考えると、異様な数と言えます。最後に銅鐸が39個も纏まって出土した加茂岩倉遺跡も見ました。たまたま農道の工事で見つかったらしですが、見つかった場所は山間の傾斜地で本当にここに有ったの?て感じてしまいました。この三つの遺跡は、数キロの距離であり時代的にも近い事を考えるとこの周辺にはかなり有力な勢力を持った集団がいたのでしょう。この事と、古事記の国譲り神話を関連して夢想すると出雲のこの地域が、特別な色彩を帯びて浮かび上がってくるように思いました。

帰りは、松江のお城小泉八雲旧宅を訪ねて幕末・明治の雰囲気を味わって岡山経由で帰って来ました。岡山で一泊したのですが、大きな街なのでビックリでした。なんと言っても市電が走っていて、夕方なんか綺麗でしたよ。