よっちゃんのおててつないで

よっくんとカブの夫婦ウオーキングブログです。
2017年10月オールジャパンカップ達成。





長崎街道を歩いています№11(佐賀宿~神埼宿)

2011-05-27 15:40:22 | 長崎街道歩き
5月22日
久しぶりの街道歩きです。
今日は、朝から小雨が降り、出発を少し遅らせた。
10時には、佐賀駅に着き、それから前回のゴール地旧古賀銀行まで歩く。
古賀銀行は、前回の時遅かったので中には入れなかったが今回中に入ってみた。
入るとガイドさんが細部に渡って案内してくれる。
おまけに2階の商工会長の部屋で私と家内の写真も撮って頂いた。

旧久富家、旧福田家を見て廻りいよいよ今回の街道歩きです。
思案橋を過ぎると構口橋があります。
ここは佐賀城下東の入口になっており、番所が設けられていました。


牛島橋を渡るとここからは旧街道がなくなっています。
従って国道264号線を歩きます。

雨が少し強くなってきました。
見るとイオンのスーパーがあります。
とりあえずこのスーパーで雨宿りすることにしました。
あまり歩いていないのにお腹がすいてきます。時計を見ると12時前。
店内でお茶とおにぎりを買って休憩所の椅子で頂きます。

雨が上がったのを見て再びスタートします。
然しこの雨、私達が歩き出すと降ってきます。意地悪でもしているようです。
正面に大型家電店が見えてきました。また、ここで雨宿りです。
この大型電気店で雨具を用意し、再びスタート。
しばらく歩くとどうも地図と違う。目印の巨勢神社を探すが見つからない。
スマートフォンのナビを見ると大型電気店から右折しなくてはいけなかったが、
まっすぐ来てしまった。すぐ引き返した。
巨勢神社の所が「牛島宿」になっている。
宿場らしいものが残っていないのでパスする。



佐賀は、クリークが発達しており、これが穀物地帯佐賀平野を潤しているのだろう。
畑には麦が植えられており風が吹くと麦の穂がゆらゆら揺れる。
「麦秋」とはこういうものだろうか?





一里塚橋を渡り、左手に行くと「郡境石」がある。






ここから、昔の神崎郡になる。
そのまま264号線に合流するとこのあたりが「境原宿」。エビス像がある「原の町」の信号から左に入った「若宮神社」が休憩地になっている。
道路標識を見ると下村湖人生家の看板がある。湖人というと僕らが子供の頃テレビで見た
「次郎物語」、ここが彼の生家だったんだ。

街道は、264号線を神埼方面に向かってまっすぐ走っている。
ショッピングセンターの手前に「六地蔵」が建っている。
これは、佐賀の乱で戦死した人を供養する為に作られたもので以前は堀の中に
あったのだが、区画整理のためか、ここに移っている。


雨も上がって西の方には雲が切れている。
「高橋」から左折し、矢代橋を渡ると右側にJA佐賀の乾燥施設がある。
街道は、佐賀平野の中を走っている。
畑は「麦畑」ばっかりだ。
多分、今から行く「神埼宿」が素麺が有名だからこの麦、素麺になるのだろうか?
城原川沿いの土手を歩く。
川からの風が気持ちよい。土手を見るとアザミが咲いている。



5kmぐらい土手を歩いただろうか、国道34号線と合流する。
合流した所が「神埼橋






神埼橋を渡って右に行くとここが神埼宿の東構口になっている。
その構口を左に進むと真光寺まで一本道。
所々、「神埼素麺」の看板が上がっている。

「神埼素麺」は、小豆島から行脚してきた僧雲水がこの地で病に倒れた。
この地の「伊之助」が手厚く看護したため、お礼にと手延素麺の作り方を
教えたことから始まる。
どこか、素麺を食べさせてくれる所は無いかな・・・・と探すが、どこの店も
販売ばかり。ではお土産にと一軒の素麺屋さんに立ち寄る。
素麺と冷やし麦を買いDバックに入れる。



真光寺を左折すると櫛田宮まで真っ直ぐ通じている。
所々には古い家が立ち並んでいる。
歩いていると何かお寺が多い。



先ず、櫛田宮に行く。略記を見ると、
櫛田宮は、約1900年前当地方に荒神があって人を害したが景行天皇が櫛田宮を
創建されてから人民は幸福になったのでこの地を「神幸郡(かむざき)」と呼ぶ
ようになった。
鎌倉時代弘安4年蒙古襲来の時、本宮の神剣を博多櫛田神社に奉還して異賊退散を祈り
霊験あらたかなものがあったので厄除け開運の神と崇敬されるようになった。



この「神幸郡(かむざき)」から「神埼(かんざき)」になったという。
境内に入ってみると1000年は越すといわれる「琴の楠」、「肥前鳥居」、
太鼓橋、そうめんの碑、それと今回は見なかったが「オランダ砲」などがある。
また、そうめん碑の横には、祇園社があったが今年5月火事に遭ってしまった。





櫛田宮を出て町の方に行くと勤労者体育館の所に本陣が、祇園宮の前に脇本陣がある。
神埼は、櫛田宮の参道に二日町、七日町、八日町とありそれぞれ市が開かれていたそうです。





時間を見るともう4時過ぎ。
今日はこれから「吉野ヶ里」に行く予定だったが時間も無くこの次の機会に行く
ことにした。それにしてもここ神埼に来て素麺を食べないわけがない。
お店を探して入ってみる。出された素麺はちょっと固めではあるが、やはり本場で
食べる素麺、うまかった。


このあと神崎駅へ行き4時38分の電車で佐賀に戻った。






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「佐賀錦」(街道番外編)

2011-05-26 08:36:17 | その他
先日長崎街道「佐賀宿」を歩いていたら旧福田家で佐賀錦の実演を行っていた。


この佐賀錦は、肥前国鹿島藩9代目藩主夫人が病に伏せ、部屋の天井の網代(あじろ)組みを
見るうちその美しさに惹かれこれを何か形に残すことは出来ないかと側近の方に相談されて
出来たものです。それから代々鹿島藩女中に受け継がれていきました。

佐賀錦は、金、銀漆を貼った特製の和紙を細かく裁断したものを経糸(たていと)とし、
絹の撚糸を染色したものを緯糸(よこいと)として丹念に織り上げられたもので
紋様は、網代、紗綾、菱形など多様なものがあります。
根気の要る手仕事で1日に2cmほどしか編むことができません。

50cmぐらいの織り機で糸を1本1本織っていきます。
出来上がった佐賀錦は絢爛豪華です。

佐賀錦は、帯地などに使われますが、現在では、ストラップ、財布,アクセサリーなどもあります。











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ブラシの木とトケイソウ

2011-05-23 12:40:10 | 自然観察
【ブラシの木】
近くの家にブラシの木の花が咲いたので見に行った。
例年、5月中旬ぐらいに咲くのだが、今年は1週間ぐらい遅れている。














この花はオーストラリア原産です。
花言葉は「恋の火」
なるほどうなずけます。

【トケイソウ】
普通ですと6月10日の時の記念日あたりに咲く「トケイソウ」ですが、
街道歩きの途中で咲いていた。
ブラジル原産のこの花は、時計に似ています。
それからこの名がついたのでしょう。
尚、花言葉は、「聖なる愛」「宗教的な情熱」だそうです。




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白玉饅頭(佐賀市大和町川上峡)

2011-05-23 10:01:35 | 食いしん坊
今、長崎街道を歩いてますが、ここは別名「シュガーロード」と呼ばれた街道です。
長崎に着いた砂糖がこの街道から全国に広まりました。
長崎カステラに始まり、佐賀の丸ボーロ、福岡のひよこ、千鳥饅頭、・・・・・

ここで紹介するのは「白玉饅頭」です。
九州の嵐山という川上峡の名物です。
由来は、神功皇后の妹、与止日女(よどひめ)が川上を訪れた際、荒ぶる川を
鎮めたあとこの地に住み、白い玉のような男の子を産んだことから
この饅頭が出来ました。
※与止日女は、与止日女神社としてこの地で祀られています。

白玉饅頭を作っているのは、ときわ屋、池の家、吉野屋、などがあります。

※ここは、吉野屋です。

6個入り438円を買って持って帰ろうとしましたが、この白玉饅頭賞味期限が
作ったその日です。
折角ですので、お店の中で頂くことにしました。


お饅頭というより、餅に近いです。
一口サイズで中には漉し餡が入っています。
そんなに甘くも無く、美味しくてすぐ完食しました。

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韓国・浦項(ポハン)の日本人町通り

2011-05-21 19:38:09 | 韓国旅行
5/4は、韓国浦項(ポハン)に行ってきた。
数年前、地元の新聞で1900年ごろ、この浦項に日本人が造った町があると知った。
その記事に興味を示し、いつか機会があれば訪ねてみたいと思った。
今回その念願が叶い行くことになった。


普通,韓国で○○に行きたいと思えばネットなどでツアーの申し込みが出来るが、
今回は、自分たちの足で行くことにした。

午前8時ホテルを出発。
地下鉄終点老圃まで行き、そこから浦項行きの高速バスに乗り込む。
約1時間半、浦項に到着。料金は7700w(約600~610円)。
浦項は、現大統領「李明博大統領」の出身地でもあります。

浦項バスターミナルの前から九龍浦(クリョンポ)行きのバスに乗り換える。
バスは、韓国最大の鉄鋼メーカー「ポスコ」を通り山間を抜け約1時間で九龍浦に到着。

バスを降りたあと、近くの人に「日本人町」はどこかと尋ねるとそこまで一緒に
行ってくれた。今回の韓国旅行、韓国の方の優しさに触れた旅でもある。

案内された所は九龍浦日本人家屋通り展示館となっており、約100年前に日本人が
住んでいた住居だった。

家の造りは日本家屋でこの方(橋本氏)は四国の出身でしょうか、壁が黒壁に
なっている。

2階の展示場には、その頃使っていた酒樽、急須、学校の教科書などが飾られ
当時を偲ばせる。





この日本人村の全盛期は1930年から敗戦となった1945年までの間で
この間日本人が900人ほど住んでいたという。
日本人町には、料理屋さん、旅館、回船問屋、学校、郵便局などがあり「町」を作っていた。

屋敷の裏手にある公園に上るとここが昔の神社だった所。
狛犬も残っており、記念碑は多分「忠魂塔」と書かれたのでしょうか、もうセメントで
消されており文字も読めない。




街中を歩くと建物に昔の写真がつけられている。
もう韓国風に改築されていますが、それでも建物の一部に日本人家屋の名残が
残っています。




街中を歩いていると「古里」という日本語で書かれた喫茶店があります。

興味半分で中に入ってみると日本のお守りや人形、山笠の写真が飾ってある。
店の中を一通り見ているとここのお店のオーナーは、福岡の韓国領事館に
勤務されていたそうです。今日は所用があってお留守でした。
私達、今回の韓国旅行でDバックに「鯉のぼり」をつけてきました。
記念にとその「鯉のぼり」を置いて飾ってもらうよう店の方にお願いしてきました。


その店を後に通りに出てみると急にサイレンの音。
車が一斉に停車しています。
何事かな?と思って調べましと今日5/4は防災訓練の日で日本で地震が起こり
津波が韓国に押し寄せてきたという設定の訓練でした。
訓練は15分ほどで終わり平常に戻りました。

韓国での日本人村を脳裏に焼きつけ次の目的地に向かいました。







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箱根空木(卯の花)

2011-05-20 12:52:55 | 自然観察
近くの空き地に「箱根空木(うつぎ)」が咲いた。
この花は、白からピンクそして赤と変わっていく。
花言葉を見ると「移り気」、確かにそうだ。

空木の花は、卯の花とも呼ばれており、唱歌「夏は来ぬ」にも歌われている。

  ♪卯の花の匂う垣根に
   時鳥早も来鳴て
   忍び音もらす 夏は来ぬ

   五月雨の注ぐ山田に
   早乙女が裳裾ぬらして
   玉苗植うる 夏は来ぬ


近くの田んぼではお百姓さんが田植え前に田んぼを機械で耕している。
来月になると一斉に田植えが始まります。
夏もすぐそこです。
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浦項の虎尾串(ホミゴッ)

2011-05-11 14:38:09 | 韓国旅行

浦項の九龍浦から虎尾串(ホミゴッ)まで行きたいので喫茶店「古里」の人に
バスか何か無いかと聞きましたが「それだったらタクシーで行ったらいい。私が頼んで
あげる」とタクシー会社に電話をしてもらいました。
すぐ、「普通20000w(日本円1600円)を10000w(800円)で行ってくれるそうです。」と
笑顔で教えてくれました。「それは有難い」
九龍浦から虎尾串までは、約10km。
このタクシー制限速度80kmの所を130kmぐらいで走り、赤信号の所もノンストップ。
いくら熟知した道でもそれはないだろうなどと思いました。
タクシーは、約5分で虎尾串に到着。勿論10000wでした。
虎尾串」とは、韓国の地図を虎にたとえるとちょうど尻尾の所がこの虎尾串です。
(串は先端)韓国でも一番東側に属し、韓国で一番早く日の出が見れるスポットです。
私達が行った時は、もうお昼でしたので日の出はみえませんでしたが、
ここの名物は海にある「右手」のオブジェから日が昇るところです。

   

この「手のオブジェ」は、高さ5mぐらいでしょうか、海の中に立っています。
また、陸地側は公園で、陸地側にも「手のオブジェ」があります。こちらは左手です。

   



公園には、「延鳥郎と細鳥女」の記念碑も建っています。
この延鳥郎と細鳥女の伝説は次のようなものです。
 「新羅第八代阿達羅王、四年丁酉 東海のほとりに延鳥郎と細鳥女夫婦が住んでいた。
 ある日延鳥が浜辺で海藻を採っていると急に一つの岩が現れ彼を乗せて
日本へ運んで行った。その国の人々はただならぬ人物だと思い王に迎えた。
細鳥は、夫が帰ってこないので海辺に探しに行った所、夫の履物が岩の上にあった。
履物をとろうと岩に上がるとまた前と同じように動き出し日本に連れて行った。
その国の人達は彼女を見て驚き、王に報告した。夫婦は再会し細鳥は、
貴紀に定められた。
 この時、新羅では太陽と月の光が消え去った。
日官は「わが国にいた日月の精が 日本に行ってしまったためこのような異変が起こった。」
と奉上した。 
王は使者を日本に送り帰国するよう頼んだが、延鳥は応じなかった。
 「私がこの国に来たのは天命によるものである。従って帰ることは出来ないが、
我が貴紀が織った絹があるのでこれをもって行き天を祭れば
日月の光が戻るであろう」と言い、絹の織物をくれた。
使者は帰国しその通り祭ると日月の光が戻った。
絹の織物を王宮の 倉庫に保管 国宝とし、その倉庫を貴紀庫と呼んだ。
 祭典した所を「迎日懸」又は「都祈野」と名付けた。

 



この伝説を、日本の歴史学者は天照大神、スサノオノミコトなどの説がありますが、
無知な私にはわかりません。ただ、高貴な神様ではないかと思われます。

虎尾串公園には、灯台もあり、灯台記念館などもあります。
1周して見ますと海の中に韓国語で「竹島は韓国の領地だ」と書かれた垂れ幕も
あります。この日本海(韓国では東海)の東の方は、島根県なんです。

   



一通り回り、浦項に帰ろうと思い、バスの時間を公園の受付の方に聞いてみると
九龍浦行きのバスが12時40分に出ると言われ、バス停を教えてもらいその場所に行く。
然し、12時40分になってもバスが来ない。よくよく見るとこの時刻表始発点の時間を
書いてます。ですからこの公園前には、いつ着くかわかりません。

この公園には、自家用車が入ってきています。
そこで考えました。ヒッチハイクです。
日本では、よく外人さんがヒッチハイクをしていますね。
私もここでは外人、その真似です。(笑)
「浦項」と韓国語で書き、公園から出る車に見えるように掲示します。
殆どの車は無視していきますが、1台だけ止まってくれました。
「何人だい?」と韓国語で言ったのでしょうか、すぐさま「2人」と返事というか、指で2の
マークをします。すると止まってくれた車、1人だったら乗れるけど2人は定員オーバーだ
と走り去りました。  残念です。

そのあと、このバス停に一人のおばさん(オムニ)がやってきました。
現地の人だったらこのバスの時間がわかるのではないかと家内に
片言の韓国語で聞いてもらいます。
このオムニ 家内の韓国語が通じなく、しばし無視されます。
また、家が近いのかすぐ家に帰りました。
しばらくするとまたこのバス停にやってきます。
また家内の片言の韓国語で聞いてみますが、ようやく我々のことがわかってくれた
ようでバスは行ったばかりであと1時間ぐらい待たなくてはいけないと
いうようなことを教えてくれました。そして、今から娘の所に海産物を持って
行くところだ。なども言われました。タクシーがあればタクシーで行くのだが
このあたりはタクシーがつかまらない。
といってまた自宅に戻られました。5分後小さな荷物を持ってまたバス停へ。
その荷物我々にあげるといわれるんです。
中を見ると「干し若布」です。私は海女でこれは、私が海で採って来たものだ。
と言われる。ここで干し若布をいただけるなんてもう想定外です。
私も何かお返しにとバックにつけていた大阪の「ビリケン」のストラップを
「お金が貯まるもの」といって渡しますが、受け取っていただけません。
日本語で言うところの「気持ちだけ」という意味でしょうか、そんなジェスチャーを
されます。いやぁ、あんなに黙っていたオムニがこんなに親切だなんて・・・・・

今回の韓国旅行、家内が毎日韓ドラを見て、少々の韓国語がわかってきたみたいで
家内の片言の韓国語が通じるかどうかの試しの旅でもありました。
然し、こんな贈り物をいただけるなんて本当に有難かったです。
韓国の方は本当に親切です。

このあとですが、、オムニが知っているタクシーが来ましたので
割り勘で九龍浦まで行きました。これも10000wでした。(我々が払ったのは5000w)
タクシーを降り、オムニにお礼を言い、九龍浦から出ているバスセンター行きのバスに
乗って帰りました。

   

 

   

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還暦夫婦の韓国旅行(その1)「釜山へ」

2011-05-11 08:30:10 | 韓国旅行

5月の連休は、夫婦で韓国に行ってきました。

韓国は、これで16回目です。


いつもは、高速船を利用していましたが、今回初めて飛行機で行きました。
5/2福岡空港を午後7時45分発の大韓航空便に乗り、一路釜山へ。

福岡~釜山は、飛行時間たった30分の国際線です。
離陸後、シートベルトのサインが消えるとキャビンアテンダントの方が
一斉に走り出します。
機内サービスの始まりです。
30分の飛行時間どんなサービスが出るか楽しみでした。
これです。

おにぎりとお水。
思わず笑っちゃいました。

食べ終わると飛行機は釜山上空に差し掛かります。
8時20分。釜山金海空港に到着です。

到着後、乗客は放射能汚染モニターの所を通ります。
福岡は、福島原発から離れているのにやはり日本→放射能のイメージでしょうか?

空港から釜山中心部までは、バスを利用します。
本当はリムジンバスを利用したかったのですが、いくら待っても来ないし
やむなく路線バスに乗る事にしました。
路線バスでも約30分で釜山西面のロッテデパート前に到着します。料金は1750ウォン(日本円約140円)。
かなり安いです。

さて、ここで問題発生。
西面からホテルまでの地図を持ってくるのを忘れたのです。
前日プリントしていたんですが・・・・・
ホテルは、東横イン西面です。
東横インは、釜山に2店あり、6月には海雲台にもオープンするそうです。
仕方なく、韓国の方に聞くことにしました。
聞くっていったって私、韓国に16回も行ってますが韓国語で知っているのは
「アニョンハセヨ」と「カムサハムニダ」ぐらいです。
然し、韓国の方って親切ですね。
ホテルに提出する予約書を見て、身振り手振りで教えてくれます。
最後には、ホテルの近くまで案内してくれました。
本当に感謝しています。

ホテルでチェックインし、お腹はそんなに減ってはいませんでしたが、
1年ぶりの釜山の町、ちょっと散策したくなり町に出ました。


おいしいキムチ鍋の店は、もう時間も遅く閉まっていましたが
目についたのが「屋台」。
韓ドラでは、屋台で焼酎をチビリチビリ飲むシーンがありますね。
あれをしたくなり屋台のオムニに「焼酎」でなく、ビールを注文しますが
この屋台、ビールがなくオムニは、すぐ近くのコンビニに行って
ビールを買ってきてくれました。いやぁ、嬉しかったです。
韓国のビールは、hite、OB,といったのがありますが、
私も最初飲んだ時は、日本のビールに比べ味が薄く、何か発泡酒を
飲んでいる感じでした。でも慣れてくるとそれはそれでおいしく感じるように
なりました。

屋台では「天ぷら」「トッポギ」「おでん」をいただきました。
特に面白いのは「キムパッ」の天ぷらもあります。


料金は、天ぷら1個500w(35~40円)、トッポギ1皿2000w(150~160円)です。
こうして釜山の一日目が暮れました。



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浜野浦棚田の夕日

2011-05-08 06:08:32 | 日記

昨日(5/07)、福岡地方は、曇りで午後には小雨も降っていました。

それでも4時ごろには雨も上がり、西の空が明るくなってきました。

ひょっとして先日の「浜野浦棚田」の夕日が見えるかな?と

かすかな期待をもって、車で現地に出かけました。

福岡から1時間半、6時半に現地到着。

あいにく夕日が沈む水平線には厚い雲がかかっており、残念ながら

夕日は見ることができませんでした。

然し、水田が鏡のように少しではありますが光っていました。

現地には、カメラマンがいっぱいでした。

「先日の昼間の棚田」

「5/07午後6時半の棚田」

 

 

また、チャレンジしたいと思ってます。

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恋人の聖地「浜野浦棚田」(佐賀県玄海町)

2011-05-06 12:03:54 | 日記

佐賀県玄海町に日本の棚田百選」に選ばれた「浜野浦棚田」があります。

浜野浦の地名は、急斜面になっている海岸、緩やかな丘、入江にある集落ということで
この地が名づけられました。
この浜野浦海岸に流れ込む延長1,5kmの浜野浦の浜野浦川によって形成された
侵食谷に営々と築かれてきた棚田です。
面積11.5haに大小283枚の田んぼがあります。

また、夕陽が棚田に映る様は、オレンジ色に輝きとてもとてもきれいです。
夕陽スポットには、もう何人かのカメラマンが待機していました。
夕陽を見たかったのですが、私は、夕方他の用事があり、残念ながら見ることができませんでした。

 

 


ここ「浜野浦棚田」には、もう一つ「恋人の聖地」があります。

 

 

 


このハート型に夕陽が入ると恋が叶うといわれています。
恋人の聖地の記念碑には、こう書いてあります。
             はじめてこれを目にした時
             恋しいひとを想い
             夕陽に染まる
 
             次に訪れし時
             夕陽に染まった
             実を口にす
             愛する人の温もりを感じ
             いつの日にかここで
             永遠の愛を誓う
             哀しみは海に流
             満天の星に願いを


なんてロマンチックなんでしょう。
実際、ここで挙式をされたカップルもいらっしゃるそうです。
コメントボードには、カップルの想いをこめたものが掲示されていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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