よっちゃんのおててつないで

よっくんとカブの夫婦ウオーキングブログです。
2017年10月オールジャパンカップ達成。





2016今年参加したウオーキング大会

2016-12-27 12:27:35 | ウォーキング

2016年もあと残り数日となりました。今年参加したウオーキング大会を振り返ってみます。

1/23~24 いぶすき菜の花マーチ(鹿児島県)

1日目25km(会場フラワーパークかごしま)

  

2日目22kmを予定していましたが、指宿は前夜から大雪。交通機関も止まる恐れがあるため、急遽キャンセルして帰りました。

  

3月19日 唐津虹ノ松原ツーデーウオーク(佐賀県)1日目15km

  

2日目は、私の膝の具合がよくなく、キャンセルしました。

3/26~27 第17回古河まくらがの里花桃ウオーク (茨城県) 1日目20km、2日目15km

前日、旧」東海道を歩き、三重県関から青春18きっぷで茨城県古河に移動しました。

  

 

4/9~10 第10回下総・江戸川ツーデーマーチ (千葉県) 1日目18km、2日目20km

桜が満開の時で江戸川沿いのウオーキングでした。

  

4/15~16 第19回久留米つつじマーチ (福岡県)

※4/11に発生した熊本地震の為中止になりました。後日参加賞が送ってきました。

  

5/21~22 第5回きのくに海南歩っとウオーク (和歌山県)  1日目24km、2日目18km

熊野古道を歩くルートでしたが、急な坂道が多く少々バテました。ただ地元のみなさんのお接待がよく楽しく歩けました。

  

  

5/28~29 第14回飯能新緑ツーデーマーチ (埼玉県) 1日目20km、2日目15km

金曜日の飛行機で行く予定でしたが、福岡空港で大韓航空の事故があり空港が閉鎖になり、急遽最終の新幹線で埼玉に向け出発しました。宿泊地の所沢には、午前2時到着しました。

 

 

7/31~8/1 縄文の杜あおもりツーデーマーチ(青森県) 1日目32km、2日目20km

八甲田山、三内丸山遺跡を歩くコース。ゆっくり歩いていたらアンカーさんに追いつかれました、2日間ともアンカーさんと一緒でした。

   

 

8/20~21 第19回いわて花巻イーハートーブの里ツーデーマーチ (岩手県) 1日目20km、2日目20km

1日目は、宮島賢治の愛したコース、2日目は花巻温泉コースでした。途中、日ハム大谷選手、西武菊池選手の母校「花巻東高校」の前を通りました。

また、1日目の夕方花火大会を見に行きました。

  

  

9/3~4 第17回日光ツーデーウオーク (栃木県) 1日目20km、2日目20km

高校の修学旅行以来の日光。初日は日光街道今市宿折り返しコースでしたが、2日目の稲荷川堰堤までのコースは、急坂の連続でバテました。

   

   

10/8~9 第10回ひらどツーデーウオーク (長崎県) 2日目16km

2日目16kmだけの参加強風の為平戸大橋でトレードマークの風車が飛ばされそうになりました

    

10/22~23 氷見キトキトウオーク (富山県) 1日目30km、2日目10km

初めての富山県。氷見は、藤子不二雄Aさんの出身地。商店街には、漫画ロードといって藤子さんの漫画であふれていました。

ウオーキング終了後、立山に行きました

  

  

12/10~11 第29回なごやんばるツーデーマーチ(沖縄県)1日目40km、2日目23km

今年最後の大会。また初めての沖縄です。歩いていて沖縄の海の美しさにただただ感動しました。

大会終了後2日間沖縄観光を楽しみました

  

  

来年は、指宿からスタートします。

このほかにも個人的に歩いている旧東海道も京都から出発し、現在木曽川を越え愛知県に入りました。来年中に日本橋へゴールできるかな???

 

 

 

 


 

 

 

 

 

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世界遺産【首里城】へ(沖縄県那覇市)

2016-12-22 15:26:02 | ウォーキング

12/13(金)沖縄旅行最終日。那覇地方では雨の予報。ちょっと蒸し暑くいつ雨が降ってもおかしくないくらいです。

ホテルで朝食をいただき、近くにある「牧志公設市場」までミニ散歩。

国際通りに隣接する公設市場は戦後のヤミ市から続いており、市場内は新鮮で色鮮やかな魚や、豚の足(テビチ)やバラ肉(三枚肉)豚の顔の皮(チラガー)まで売られています。

2階には、食堂があり、市場で買ったものをここで調理して食べさせてくれます。営業時間は8時からですが、開いている店舗は、まばら。

この市場は、沖縄の台所と言われるくらいですので年末に向けお客さんで賑わうでしょうね。

  

ホテルに戻り荷物をまとめチェックアウト。これからこの沖縄旅行最後の訪問地「首里城」に向かいます。

首里城は、「琉球王国のグスク及び関連遺産群として2000年に世界遺産に登録されました。

  

琉球王国は、1429年(日本では室町時代)~1829年(江戸時代文政年間)までの450年間にわたり存在した王政の国です。

中国や日本、東南アジアとの盛んな交易により琉球独自の文化が育まれました。その王国の政治・外交・文化の中心として栄華を誇ったのが首里城です。(首里城案内文から抜粋)

首里城は小高い丘の上に立地し、曲線を描く城壁で取り囲まれ、その中に多くの施設が建てられています。いくつもの広場を持ち、また信仰上の聖地も存在する。これらの特徴は、首里城に限られたものではなく、

グスクと呼ばれる沖縄の城に共通する特徴でした。他のグスクは首里城との競争に敗れ滅んでしまったが、首里城はグスクの特徴を保持しながら新たな発展を遂げました。

首里城は内郭(内側城郭)と外郭(外側城郭)に大きく分けられ、内郭は15世紀初期に、外郭は16世紀中期に完成しています。

正殿をはじめとする城内の各施設は東西の軸線に沿って配置されており、西を正面としている。西を正面とする点は首里城の持つ特徴の一つです。

中国や日本との長い交流の歴史があったため、首里城は随所に中国や日本の建築文化の影響を受けている。正殿や南殿、北殿はその代表的な例です。

首里城は国王とその家族が居住する「王宮」であると同時に、王国統治の行政機関「首里王府」の本部でもありました。また、各地に配置された神女(しんじょ)たちを通じて、

王国祭祀(さいし)を運営する宗教上のネットワークの拠点でもありました。さらに、首里城とその周辺では芸能・音楽が盛んに演じられ、美術・工芸の専門家が数多く活躍していました。

首里城は文化芸術の中心でもあったのです。(首里城案内文より抜粋)

先ず、守礼門から入ります。この守礼門は、二千円札のデザインにも使用されています。

今日は、修学旅行の生徒が多く、いくつもの学校の生徒さんがここを訪れています。

守礼門の守礼とは、礼節を守るという意味です。真中には、「守礼之那」と書かれており、琉球は礼節を重んじる国という意味です。

これから正殿に行くには、いくつもの門を通らなくてはいけません。

  

園比屋武御嶽(そのひやんうたき)石門】  (世界遺産)

石門とその奥の森を園比屋武御嶽石門といい、王府の祈願所でした。石門は神社でいう拝殿にあたりますが、本殿に相当する建物はなく、石門の後に広がる森がこれに当たります。

石門は竹富島の西塘の作。石材は主に琉球石灰岩を用いました。

歓会門

歓会(かんかい)門は、首里城の城郭内に入る第一の正門。中国の使者「冊封使」などを歓迎するという意味です。又、「あまの御門」とも言われます。

門の両側には、一対のシーサーが飾られています

   

【龍樋】

龍の口から湧水が湧き出ていることから名づけられました。王宮の飲料水として使われていました

【瑞泉門】

瑞泉(ずいせん)」とは「立派な、めでたい泉」という意味です。

門の手前右側にある湧水が「龍樋(りゅうひ)」と呼ばれ、それにちなんでこのように名付けられました。

 

 

【漏刻門】

漏刻(ろうこく)」とは中国語で「水時計」という意味。ここは第三の門で、別名「かご居せ御門(うじょう)」ともいう。

当時、身分の高い役人は駕籠(かご)にのって首里城へ登城したが、高官でも国王に敬意を表し、この場所で駕籠から下りたということからそのように呼ばれています。創建は15世紀頃です。

門の上の櫓(やぐら)に水槽を設置し、水が漏れる量で時間を計ったといわれています。時刻を測定すると係の役人がここで太鼓を叩き、それを聞いた別の役人が東(あがり)のアザナと西(いり)のアザナ

および右掖門(うえきもん)で同時に大鐘(おおがね)を打ち鳴らし、城内および城外に時刻を知らせました

【廣福門】

広福(こうふく)」とは、「福を行き渡らせる」という意味です。「広福門(こうふくもん)」は別名「長御門(ながうじょう)」といい、第四の門です。建物そのものが門の機能をもっており、

この形式も首里城の城門の特徴です。

ここからの眺めは、いいのですが、今日は曇っていて遠くの山をみることができません。中央の建物は、沖縄芸術大学です。

【奉神門】

「神をうやまう門」という意味で、首里城正殿のある「御庭(うなー)」へ入る最後の門です。1562年には石造欄干(せきぞうらんかん)が完成したという記録があることから創建はそれ以前。

奉神門を潜るとようやく「正殿」です。

   

正殿】

正殿は琉球王国最大の木造建造物で国殿または百浦添御殿(ももうらそえうどぅん)とよばれ、文字通り全国百の浦々を支配する象徴として最も重要な建物でした。

正殿を二層三階建てとすることや装飾化した龍柱は日中にも類例がなく、琉球独自の形式といってよいでしょう。

首里城正殿の壁等の彩色塗装には、桐油が塗られています。なお、下地の一部は漆です

正殿の中に入ります。正殿の中は、撮影禁止(一部例外を除き)です。

鎖之間に来ると有料で琉球王朝時代のお茶とお茶菓子が味わえます。310円を払い中へ。

【鎖之間】

鎖之間は琉球王朝時代、王子の控所であり諸役の者たちを招き懇談する施設と言われておりました

   

お茶とお茶菓子をいただきながら鎖之間の説明をしていただきました。さんぴん茶とは、ジャスミン茶のことです。ちんすこうは、今でも沖縄を代表するお菓子です。ここでは、写真撮影OKでした。

    

正殿を出て、首里城公園を少し散策しました。

  

  

  

日本の道百選に選ばれている所に来ました。ここは、石畳の道です。先ほど少し雨が降りましたので滑らないようゆっくり歩きます。

ふと、道の端にハブに注意!」      沖縄には、猪もいないから住むにはいい所・・・と思っていましたが、ハブは、いますね。

   

  

  

  

時間も11時半近くになりました。Mさんご夫妻も今日の便で下関に帰られるそうでここでお別れをします。

僕等の飛行機は、15:10.まだ少し時間があるので那覇市内をゆっくりドライブしてから帰ろうと思います。

福岡空港には、17:00ごろ到着。福岡は雨が降っていて少し寒いです。

あっという間の5日間の沖縄の旅でした。初めての沖縄で食べ物に少し不安がありましたが、沖縄料理もおいしかったし、大満足の旅でした。

ウオーキングの沖縄マーティングリーグは、名護、久米島、浦添の3大会がありますが、いつか、この3大会を制覇したいです。また沖縄に来ます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 


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ライブハウス島唄・・・・・ネーネーズ(沖縄県那覇市)

2016-12-21 05:46:30 | その他

15:00 美ら海水族館を後にし、今夜の宿泊地那覇に向け出発しました。

那覇までは、高速を使うと1時間弱で行けますが、沖縄の海を見ながらのんびり一般道を通って行くことにしました。

恩田村、嘉手納、宜野湾(普天間)、浦添を経由して17:30那覇のホテルに到着。

ライブハウス島唄は、宿泊するホテルのすぐ近くにありました。7時からの予約を入れていましたがちょっと早いかもしれませんが、入ってみることにしました。

このライブハウスの主役は「ネーネーズ(お姉さんという意味)」です。

   

開演までの時間で少し食事をします。沖縄の料理コースを注文しました。

  

午後7時ネーネーズのライブ開始です。僕等は早めに予約していましたので席は一番前。

  

ライブは、19:00、20:30、22:00と3回に分けて行われます。入れ替え制はありませんので3回全部見ることができます。

 

 

私、音楽には全くの音痴の方ですが、沖縄衣裳もさることながら、三線に合わせた音楽には私にも何か心に響いてきます。

ライブの最後には、皆で踊ったりもしました。

  

    


 




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美ら海水族館へ(沖縄県国頭郡)

2016-12-20 11:41:11 | 日記

ホテルで朝食を食べチェックアウトして次の目的地「美ら海水族館」に行きました。

美ら海水族館は、沖縄本土復帰記念事業として1975年(昭和50年)に本部町で開催された沖縄国際海洋博覧会において、海洋生物園が出展された。

その後、博覧会跡地に国営沖縄海洋博覧会記念公園を整備するにあたり、博覧会施設を受け継いで1979年(昭和54年)8月に開館した。開館当時、水量1,100トンの水槽は世界最大であった。

  

私、水族館に行くのは、何十年ぶりかな??もう忘れしまっています。この水族館は、ジンベイザメの飼育などで有名です。

先ず、記念写真。

  

  

  

巨大水槽では、8,6mのジンベイザメやマンタ、サメが泳いでいます。

見学していると、餌を与えるシーンがありましたが、迫力満点です。

  

  

  

巨大水槽を動画にしてみました。こちらです。↓ ↓ ↓ コードをコピーして貼り付けてください。

ジンベイサメ、マント Youtube

https://youtu.be/s6Od1LIQg1w


時間も1時近くになり、外にある「おきちゃん劇場」に行きました。ここではイルカショーが行われます。

  

  

 

約30分程のショーでしたが、イルカの演技に会場の皆さん拍手喝采でした。

4分ほどですが、このイルカショーを動画にしました。こちらです。↓ ↓ ↓ コードをコピーして貼り付けてください

オキちゃん劇場イルカショー

https://youtu.be/2gndT5t47lU


このあと、熱帯ドリームセンター(植物園)に行きました。

ここには、ランを始め、様々な熱帯・亜熱帯の花々が咲いています。一緒に行ったMさんのご主人は、自宅でランを栽培しているそうで花の名前も詳しかったです。

  

  

  

  

ここで私のコンデジが電池切れを起こしてしましました。今日は朝からたくさんの写真、動画を撮ったからでしょう。

しばらく観賞後、今宵の宿、那覇市に向かいました。










 

 

 

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備瀬(びせ)のフクギ並木(沖縄県国頭郡本部町)

2016-12-19 17:07:37 | ウォーキング

12/12(月)ホテルの朝食は7時からですが、朝飯前にホテル近くを散歩しました。

ホテルの廻りにはきれいな花が咲いていて私達の目を楽しませてくれます。職員の方でしょうか、朝早くから清掃し木や花の手入れを行っていました。

私達が綺麗と感じるのはこの方たちの影の力があるからでしょうね。

  

ホテルの近くには、備瀬のフクギの並木というのがあってそこに行ってみました。

備瀬集落のフクギ並木のことを案内板には、次のように書かれています。

備瀬集落は本部半島の先端部に位置し、南北のへ連なる碁盤目型のフクギ並木とその間を通る白砂の道で形成されている。美しい景観を残していることが大きな特徴です。

今から約400年程前備瀬に形成され、約350年程前に完全な集落になったとされています。

神アサギ(祭礼の時、神事を執り行う祭場)を中心に集落が形成され、伝統文化を大切にする風習が強く、備瀬集落より行事や祭事の多い所はないと思われるくらいに

一月の初祈願に始まり、十二月まで毎月のように行事が行われています。集落の発祥が古い所以と思われ、主に五穀豊穣、無病息災を祈願する行事です。

集落のフクギは、琉球王朝時代の250年以上前に国策として風水思想に基づく海岸域から里山にかけての森つくりと風害に悩まされた海辺に住む人達の暮らしを守るために

フクギが植えられたと思われます。フクギは直立した大樹になり、防風、防潮、防砂、防災などの最適な樹木として、現在でも先人から受け継がれたフクギを

住民は守り続けています。

  

まるで緑のトンネルですね。

風の多い沖縄ではフクギは防風林として古くから活用されてきました。備瀬の並木は規模も大きくて立派。備瀬崎までおよそ1kmの並木道になっています。 

中には樹齢300年以上と推定される物もあり、緑の迷路を作っています。

備瀬地区は、村落内が海岸沿いに碁盤の目のように区画されており、230戸あまりの住宅のほとんどは繁茂したフクギに囲まれています。また、防風林の役目だけではなく垣根としても立派に役割を果たしています。

注)フクギ(福木):オトギリソウ科の高木。フィリピン原産。葉は広楕円形、革質で甚だ強靭。花は小形、黄色。熱帯の海岸に生じ、沖縄では防風の目的で石垣とする。樹皮から黄色染料をとる。

   

フクギ並木は、歩いてはもちろん、レンタサイクル、水牛車に乗って(有料)廻れます。

フクギ並木の中には、今ではあまり見かけなくなった古い沖縄の民家があります。この中には民宿として営業されている所もありました。

     

   

    

フクギは、成長が遅く、この高さになるには、約300年かかっているそうです。先人たちが未来に残した遺跡とでもいうものでしょうか。

これは、フクギの実でしょうか?

  

海岸へ出てみました。正面には、伊江島、左の方には、水納(みいな)島が見えます。(水納島は空から見るとクロワッサンの形をしているそうです)

    

何かパイナップルに似た形の植物を見つけました。あだん(阿檀)というそうです。

浜辺を歩いているとご婦人が歩いてこられました。話を聞きますと備瀬の歴史を研究されているとのこと。この「あだん」もこのご婦人から教えていただきました。

  

  

はまぼう(黄槿)かと思いましたが、少し葉っぱが違いますね。こちらの方が大きいです。花ははまぼうと全く同じです。

  

ボウズサンゴの石垣もありました。 

  

樹齢380年の「フバルシ」

     

9時近くになりましたのでホテルに戻ります。ホテルから見る光景も素晴らしいですね。

   

ホテルでちょっと遅めの朝食をいただき、次の目的地「美ら海水族館」に向かいました。

 

 

 

 

 

 

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本部(本部)リゾートホテルへ(沖縄県国頭郡)

2016-12-18 16:01:15 | 旅行

12/11 名護やんばるツーデーマーチゴール後、下関・Mさんご夫妻と合流するため、本部のリゾートホテルに向かいました。

Mさんご夫妻とは、翌日ご一緒に「美ら海水族館」へ行くことになっています。

21世紀森公園から国道429号線を北上。

途中コンビニでお金を引き出したところ、2千円札が出てきました。もうここ数年見かけませんが、沖縄ではまだ出回っていたのですね。

2千円札は、2000年の沖縄サミットの時に発行されました。沖縄首里城の守礼門がデザインされています。

 

本部(もとぶ)港では、伊江島行のフェリーが停泊していました。また、この少し先の渡久地港では、水納(みーな)島行の船が出ています。

  

明日行く美ら海水族館を通りすぎると今夜の宿の「オリオンモトブリゾートホテル」です。部屋は最上階ですのでここからのロケーションは最高です。

  

  

夕方Mさんご夫婦と合流し、ホテル1階のレストランで食事します。

 

   

  

  

30度の泡盛もいただきすっかり酔ってしまいました。明日は、美ら海水族館に行きます。

下の写真は、早朝3時ごろ月の明かりが綺麗でしたので撮ってみました。

 

 

 

 

 

 

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名護やんばるツーデーマーチ2日目23km(沖縄県名護市)

2016-12-17 16:20:27 | オールジャパンウオーキングカップ

12/11(日)

今日も名護は暑いです。第29回名護やんばるツーデーマーチ最終日。当初は30kmにエントリーしていましたが、今日昼から下関のMさんご夫妻と合流する予定ですので

急遽23kmコースに変更しました。23kmコースは、「名護湾・大浦湾ちゅらながみコース」です。

 

   

23kmのスタートは、8時から。出発式まで時間があったので車を公園内に停め、会場近くの21世紀の森公園へ散策。

 

  

8:00 23km出発。今日は札幌のSさん、山口・下松のKさんと一緒に歩きます。

  

20分ぐらいで「オリオンビール名護工場」に到着。沖縄唯一のビール産業オリオンビールは、1957年(昭和32年)名護にて創業。(本社は浦添市) 

沖縄の飲食店は、ほとんどこのオリオンビールが置かれています。

  

オリオンビール工場のすぐ先の山手には、「名護城跡」があります。城壁などは残っていませんが、桜の名所百選に選ばれています。

このあたりが県道18号線。名護城大橋、幸地大橋とコースは上り坂になっています。

  

高架橋の欄干には、名護市の花「鉄砲百合」、名護市の木「ガジャマル」、「寒緋桜」が描かれています。

  

緩やかですけどまだまだ上りは続きます。

  

トンネルを抜け山の方を見ると、樹木が枯れたように見えます。これがイタジイ(正式名スタジイ)。こんな光景は見たことがありません。

写真は撮っていませんが、他にもシダみたいな「ヒカゲヘゴ」なども多いです。県道18号線最後のトンネル「番越トンネル」を通ります。

  

大川公民館を過ぎると右側に「大浦のマングローブ林」があります。マングローブとは、海水、淡水が入り混じる沿岸に生育する植物群のことです。

この大浦のマングローブは、メヒルギ、オヒルギで構成されています。

  

マングローブの近くで釣りをされている方を見ると、何かコノシロ(コハダ)みたいな魚が釣れていました。

   

現在このマングローブ林には、遊歩道があり、林の中を自由に散策することができます。

  

大浦の所を左折。ここから国道329号になります。

11,7kmの「わんさか大浦パーク」がチェックポイントです。目の前には、大浦湾が広がっています。素晴らしい光景です。

この大浦湾の右手が「辺野古」、左側が先日、米軍オスプレイが不時着した安部地区になります。政治のことに関してはここでは書きませんが、この沖縄の自然を今後とも守ってもらいたいです。

   

    

   

ブルーシールのソフトを食べ、再び出発します。

   

【アコウの木】

クワ科の半常緑樹。高木。樹高はおよそ10m~20mになり、きめ細かな樹皮を持つ。幹は分岐が多く、枝や幹から多数の気根を垂れ、岩や露頭に張り付いて成長する。

国内では紀伊半島および四国南部、九州などの気候の温暖な地域に自生する。年に数回、新芽を出す前に短期間の落葉がある。

   

先を進むと橋の所に「名護親方程順則」の説明文があります。

程順則は、1663年、那覇の久米村に生まれた。順則というのは中国名で、沖縄の名前では「寵文(ちょうぶん)」という。近世の沖縄を代表する政治家である。

66歳のとき、名護間切の総地頭(そうじとう:今の市長)となり、名護親方と称するようになるが、その功績や人徳から尊敬を集め、名護聖人とも呼ばれた。

彼は、また文学者、教育者としても名高く、漢詩集を出したり、1718年には琉球で初めての学校「明倫堂(めいりんどう)」を設立している。
程順則は、20代の頃から5回中国に渡って学問を深めている。程順則が中国から琉球に持ち帰った教訓書である「六諭衍義(りくゆえんぎ)」には、人が人として守らなければならない六つの教え(六諭)が

分りやすくまとめられている。この本は、八代将軍吉宗に献上後、和訳され、江戸時代の寺子屋の教科書として全国に広く普及し用いられた。彼が亡くなったあと、名護間切番所(今でいう市役所)では、

毎年旧暦の元旦に「御字拝み(ミジウガン)」といって、「六諭」の書を掲げ、遺徳を偲んでいる。

孝順父母「父母ふぼに孝順こうじゅんなれ」  父母に孝行しなさいという教え

尊敬長上長上(ちょうじょう)を尊敬(そんけい)せよ」 目上の人を尊敬しなさいという教え

和睦郷里「郷里きょうりは和睦わぼくせよ」 村里にうちとけなさいという教え

教訓子孫「子孫しそんを教訓きょうくんせよ」 子孫を教え導きなさいという教え

各安生理おのおの)生理せいり)に安(やす)んぜよ」 各々の生業にあまんじなさいという教え

毋作非為「非為(ひい)を作(な)すなかれ悪いことをしてはならないという教え

   

国道58号線に合流しました。コースはここから右折します。

  

ミフクラギとは、沖縄のキョウチクトウです。5月ごろ白い花が咲きます。

歩いていると5kmコースのキッズと出会いました。写真を撮らせてというと、ポーズを決めてくれました。

    

名護のぴんぷんガジャマル

「ぴんぷん」とは、屋敷の正面と母屋の間に設けられた屏風状の塀のことで外からの目隠しや悪霊を防ぐものと言われている。ぴんぷんカジュマルの名は、隣に建つ「三府龍脈碑」が

ぴんぷんの形に似ていることからこのように呼ばれるようになりました。

 

21、7地点が名護市営市場。ここではチョコ餅がサービスです。

   

13時05分23kmゴール。

  

 

これでオールジャパン43県達成しました。あと4県です。

この後下関Mさんご夫妻と合流するため、本部(もとぶ)のリゾートホテルに向かいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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名護やんばるツーデーマーチ1日目40km(沖縄県名護市)

2016-12-16 14:25:57 | オールジャパンウオーキングカップ

12/10(土)今年最後のオールジャパンウオーキングカップ大会の「第29回 名護やんばるツーデーマーチ」に参加しました。

第一日目は、「古宇利・ワルミ・屋我地三大ブリッチコース」40km。 昨年9月に膝を痛め久しぶりの40km。完歩できるかどうか少し心配です。 

山原やんばる)は、沖縄県沖縄本島北部の、山や森林など自然が多く残っている地域である。また、沖縄本島の名護市以北を単にさすこともある。明確な区分はないが、

恩納村と金武町を含んで以北がおおよその範囲である。これは、三山時代の北山の領地にほぼ等しい。中心都市は名護市。(ウィキペディアより)

    

5時半あたりはまだ暗く、街灯の明かりを頼りに会場の21世紀の森屋内体育館に行きます。6時15分出発式。

出発式には、稲嶺名護市長も駆けつけてくれました。

  

会場では、他の沖縄マーチングリーグ1月開催「久米島のんびりウオーク」2月開催「浦添てだこウオーク」の紹介がありました。沖縄マーチングリーグは、この3大会です。

    

6時半、名護桜太鼓でスタート。

  

朝6時半は、まだ暗い。7時ぐらいになるとようやく明るくなってきました。

  

歩いていると街路樹や庭には、沖縄らしい木や花が咲いています。

  

6,5km、中山公民館が最初の給水地。ここは、スルー。

   

民家の庭には、パパイヤの実が・・・・・・。

「ハブとマングース ショー」・・・・・・・ちょっと恐いですね。コースは今帰仁村に入ります。

  

路次楽(るじがく)は、琉球王国の中国伝来の宮廷音楽。俗に「ガク」「ガクブラ」「ピーラルラー」などとも呼ばれる。宮廷の室内楽であった御座楽(うざがく)に対して、

路次楽は、国王の行列が行進しながら吹奏する「道中楽」であった。沖縄県の県選択無形民俗文化財として選択されている。この湧川地区では今もなおこrっを受け継いでいます。

 

  

海岸線に出てきました。この海は、羽地内海。対岸は、屋我地島です。

沖縄は、お米は作っていないのでしょうか?サトウキビ畑はよく見ますが、田んぼはほとんど見られません。

  

沖縄の家に見られる魔よけの「シーサー」です。よく見ると、神社の狛犬の「阿・吽」みたいですね。

カンムリワシを飾っている家もありました。

  

また、民家をみると、「石敢當(いしがんとう)」と表札みたいに掲げている家もあります。石敢當という姓の方かな?と思い、一緒に歩いている沖縄の方の聞きましたら、この石敢當とは、

市内を徘徊する魔物は、直進する性質を持つためT字路や三叉路などの突き当りにぶつかると向かいの家に入ってきてしまうと信じられている。その為T字路や三叉路の突き当りに石敢當を設け、

魔物の進入を防ぐ魔よけだそうです。

古宇利島まであと6,5km。道の両側には、サトウキビ畑です。

    

橋の駅リカリカワルミ」に来ました。ここが17km地点。リカリカというのは、行こう行こうという意味だそうです。ここで少し休憩します。

店内には、今帰仁村産のスイカも売られていました。

ここには、展望台があり古宇利島の絶景が見られます。

  

再び歩き出します。

ワルミ大橋」は、2010年完成。本部(もとぶ)半島と屋我地(やがじ)島を結ぶ全長315mの橋です。

眼下には、ワルミ海峡を望みます。

  

コースは、屋我地島に入りました。

 

20km地点が「美らテラス」です。ここがチェックポイントかなと思いましたが違いました。給水所でした。

ここから「古宇利(こうり)大橋」を渡ります。

   

古宇利(こうり)大橋は、2005年(平成17年)2月に開通。屋我地島と古宇利島を結ぶ全長1960mの橋です。

橋の両側にはきれいな海が広がっています。今では、沖縄本島の絶景スポットとして多くの観光客が訪れています。

歩いていると沢山の観光バスが行き交っています。やはりここは、僕等ウオーカーのようにゆっくり歩いてこの景色を味わいたいですね。

それにしても綺麗です

  

古宇利島の中央にみえるのは、「オーシャンタワー」です。

  

コースは、古宇利島から折り返します。

  

古宇利島から屋我地島に戻ります。橋を渡り200mぐらいから左折し、農道を歩きます。

いつの間にか、ウオーカーの姿が見えなくなりました。僕らが一番最後かな??今までは、前の人についていけばよかったのですが、ここからは一人旅、矢旗を見逃さずに歩こうと思います。

   

屋我のコバテイシは、県道110号線の海岸線に沿う距離126mの並木でコバテイシ13本の大径木が生育しています。かつては、その木陰で年中行事の後に青年たちが沖縄角力をとったり、

村の大切な取り決めや申し合わせなども行われました。また、明治末年までこの海浜に村共有の黒糖製造小屋がありその憩いの場として、バスの待合所として木陰が利用されました。

  

屋我地大橋を渡ります。橋の手前には、ここに飛来する鳥が紹介されています。歩友の東京のホロホロさんが若し見られたら喜ばれるでしょうね。

  

屋我津波被災地跡は、1960年(昭和35年)5月、地球の裏側南米チリで起こったM9,5の地震で大津波が発生し沖縄久志村、羽地村(現名護市)、石川市等で数回にわたって来襲し甚大な被害を被りました。

当地には、真喜屋小学校がありましたが津波によって全校舎、校地が破壊され移転を余儀なくされました。この被災を教訓に地震・津波の防災の為に生かしたい。

ここでは、防災施設の建設が行われていました。

  

31,1km地点の道の駅「羽地の駅」がチェックポイントです。時間は、12:45

ここに来るとようやくウオーカーの方の姿が見えるようになりました。あと約9km。

   

ここからは国道58号線を歩きます。名護の今日の気温は22℃、空気が乾燥しているのか、喉が渇きます。

地図を見ると、ゴールまで給水所がありません。コンビニを探しますが、見つかりません。

コンビニと言えば、沖縄には、ローソン、ファミマーがあるだけでセブンイレブンはありません。意外でした。

コース上にスーパーがありましたのでそこに立ち寄り「ガリガリ君」を購入。

   

    

名護市役所に来ました。いよいよゴールです。市役所の建物も面白い形をしています。

14:55ゴール 

久々の40kmでしたが、そんなに膝の痛みも感じずゴールすることができました。あとはもう少しスピードを上げることですね。

  

ゴールでは、オリオンビールがプレゼントされました。渇いた喉には最高ですね。

   

16:30からは、ウオーカー交流会です。

ここで埼玉・Iさんご夫妻が沖縄マーチングリーグで表彰されました。抽選会では、私、沖縄・森のガラス館のグラスセットが当たりました。

  

ウオーカー交流会名桜大学

https://youtu.be/T5iPWpwr0JE

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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沖縄 「今帰仁城跡」

2016-12-15 10:19:19 | 旅行

12/9(金)

12/10~11の名護やんぱるツーデーマーチ参加の為福岡空港から沖縄へ向かいました。

福岡を飛び立つときは、雨模様でしたが、沖縄に近づくにつれ晴れてきて上空から沖縄の地形が見えてきました。海の色がとっても綺麗です。

約2時間のフライトで沖縄・那覇空港に到着。那覇の気温は22度。

    

那覇空港からレンタカーを借り、ウオーキング会場の名護市へ沖縄自動車道を通り向かいます。沖縄は他県ナンバーの車はほとんどなく、レンタカーが非常に多いです。

約50分で許田(きょだ)IC下車。道の駅許田がありましたのでここで「沖縄そば」「ソーキそば」をいただきます。

沖縄そばとソーキそばの違いは、トッピングの違いです。沖縄そばは、上にかまぼこや豚の三枚肉をトッピング。対しましてソーキそばは、ブタのスペアリブがトッピングされています。

また、そばといってもそば粉から作るのではなく小麦粉からです。うどんと同じですね。味は、出汁も良く(なんでとっているのかな?)美味しかったです。

  

明日からの大会に備え、今日13時から事前受付が行われます。

会場の屋内体育館の前には、「トックリキワタ」の花が向かえてくれます。見ていると桜が咲いたように見えます。

  

受付後、沖縄最初の観光として世界遺産の「今帰仁(なきじん)城跡」に行きます。途中の嵐山展望台からの光景です。素晴らしいですね。

明日のウオーキングでは、ワルミ大橋、古宇利大橋を歩いて渡ります。

 

古宇利島には、「沖縄版アダムとイブ」の神話があるそうです。 

昔、古宇利島に空から男女二人の子供が降ってきた。彼らは全くの裸であり毎日天から落ちる餅を食べて幸福に暮らしていた。最初はそれに疑問を抱かなかったがある日餅が降らなくなったらどうしようという

疑念を起こし、毎日少しずつ食べ残すようになった。ところが二人が貯えを始めたときから餅は降らなくなった。二人は天の月に向かい声を嗄らして歌ったが餅が二度と降ってくることはなかった。

そこで二人は浜で生活するようになり、魚や貝を捕って生活と労働の苦しみを知り、ジュゴンの交尾を見て男女の違いを意識し恥部をクバの葉で隠すようになった。

この二人の子孫が増え琉球人の祖となった、と云う神話である。(ウィキペディアより)

 

今帰仁城跡に着きました。今帰仁城跡は、2000年「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の中の一つとして世界遺産に登録されました。(注:グスクとは、本土でいう「城」です)

 

  

今帰仁城跡は、14世紀琉球王国成立以前に存在した北山の国王北山王の居城でした。北山は、尚巴志に1416年滅ぼされますが、滅ぼされた後も旧北山統治の要所として引き続き使用され、

北山監守が派遣されました。1609年薩摩藩による琉球侵略の際、その攻撃の第一目標にもなりました。

   

   

 

  

  

 

沖縄本島やその周辺離島には、420か所ものグスク(城)があるそうです。今帰仁城跡などの大型のグスクとともに豪族の屋敷規模も含まれるそうです。

沖縄の城は、東南アジア、中国、日本、琉球の文化を取り入れて、独自の文化を創っていました。

今帰仁城跡を出ると、サトウキビがたくさん積まれています。サトウキビは、戦後間もなく福岡でも栽培されていました。5歳ぐらいの頃、サトウキビをおやつ代わりに食べた記憶があります。

今帰仁村歴史文化センターがあります。ここでは、今帰仁村の歴史が展示されています。残念ながら館内は撮影禁止でした。

  

今夜の宿泊地は、ウオーキング会場から近くのホテルです。ホテルの目の前は、名護球場です。プロ野球日本ハムが春のキャンプに使っています。

このホテルが日ハムの宿泊ホテルになっていて、フロントには、日ハムナインの色紙などが飾られています。

大谷選手人気でファンの方もたくさん来られるでしょうね。

  

さて、今夜の夕食は、ホテルの方から聞いた「ゆきの」。沖縄料理もありました。

先ずは、沖縄の地ビール「オリオンビール」。

  

海ブドウ、島らっきょは初めての食感です。それと本場の「ゴーヤチャンプル」。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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