よっちゃんのおててつないで

よっくんとカブの夫婦ウオーキングブログです。
2017年にオールジャパン完歩目指しています。





『グリーンパーク薔薇祭』(北九州市若松区)

2013-05-21 18:31:40 | お花
5月18日昨年に引き続き北九州若松のグリーンパークバラ祭りに行ってきました。
このバラ園には320種類2500株のバラが咲いています。

当日は8分咲ということでしたが、園内はもう満開の状態です。




このバラ祭りをデジブックにしました。こちらです。↓

デジブック 『グリーンパーク薔薇祭』
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『駕与丁バラ祭り』(福岡県粕屋郡粕屋町)

2013-05-15 06:51:51 | お花
5月12日 粕屋町駕与丁(かよいちょう)公園のバラ祭りに行ってきました。
粕屋町は、町の花がバラです。
町内には、たくさんのバラが咲いていました。


 

駕与丁という地名は、「駕」が乗物、「与」(輿)が神輿、「丁」身分の高い人運ぶ役目という意味で
高貴な人の神輿を担ぐ職業の人がこの地に住んでいたからその名が地名になったそうです。

駕与丁公園を1周回ると4.2195kmあります。
10周するとちょうどマラソンと同じ距離になります。
この日も早朝からジョギング、ウオーキングする人がいました。

駕与丁公園のバラは約180品種、2400株のバラが栽培されています。
この駕与丁バラ祭りを「デジブック」にしました。
こちらです。


デジブック 『駕与丁バラ祭り』
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新緑の九年庵(佐賀県神埼市)

2013-05-10 07:00:00 | 日記
連休最終日は佐賀県神埼市の九年庵(くねんあん)へ行きました。
九年庵というと秋の紅葉がきれいですが、この時期の新緑も見どころだそうです。

スタートの神埼駅では、「紅花栃の木」の花が咲いていました。
  
吉野ヶ里公園の中を通ります。今日は吉野ヶ里炎祭りがあるそうです。ここで嬉野茶の試飲を。

毎年秋にはこの九年庵に紅葉を見に行っていますが、しばらく歩くと王仁(わに)神社に着きます。
王仁は、4世紀末応神天皇に招かれて百済から日本に来て日本に初めて「漢字」を伝えた人として知られています。
百済から有明海を通りこの神崎に上陸したそうです。

ここでは地元の方からの接待がありいつも感激しています。
  
民家の垣根にはヤマトバラの花が咲いています。また、川の側道にはヘビいちごが・・・・・・
 
山には栗の木か椚でしょうか、3D風に見えます。これを3Dで写してみました。
パソコンでは見れませんが我が家のテレビで映してみると3Dになっています。

あぜ道、民家などが浮き上がって見えます。

GWの期間中、九年庵は春の特別公開が行われています。新緑がきれいということで入ってみました。
 
 
九年庵名物のイロハモミジはたくさんの種を付けていました。

苔にも新芽が出ています。
 
隣の仁比山公園では楠にも花が咲いています。大きな楠に小さな花。このコラボも面白いですね。

九年庵のゆるキャラ「くねんにゃん」と「くねんわん」です。
 

帰りは、城原川沿いに歩きます。

このコースには、ゴール先着千人にお饅頭が振る舞われます。
急ぎ足で歩くと、何とか間に合いました。このお饅頭とてもおいしいんです。


急いで歩いたせいか汗をかきました。こういう時は「温泉」ですね。
神埼駅から車で15分ぐらい走った所に「東脊振さざんかの湯」があります。ここで一風呂浴びることにしました。
露天風呂からの景色は最高です。
  
湯上りの後は抹茶入りソフトクリームです。脊振町は日本で最初にお茶の栽培がおこなわれた所です。

今年のGWは天気も良く近場のウオーキングでしたが大満足でした。



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野岳新茶まつり~世界しゃくなげ園(長崎県大村市)

2013-05-08 06:03:45 | 日記
5/03は大村市野岳で新茶祭りウオーキングに行きました。
途中、佐賀・川上峡ではたくさんの鯉のぼりが泳いでいました。

私もDバックに鯉のぼり2個つけて歩きます。

車を大村駅に駐車し大村駅からシーサイドライナーで松原駅へ。
松原というと2年前長崎街道を歩いた時通りました。懐かしいです。


 
松原駅からは急な上り坂になります。
途中、赤い花のそばという看板があり、よく見てみるとそばの花が紅いです。
そばの花→白というイメージでしたが、あかのそばもあるのですね。蕎麦にしたら赤くなるのでしょうか?
 
約1時間ぐらい歩くと野岳公園に到着します。
遊歩道には野草が咲いています。これは「狐のボタン」かな? 松の新芽も出てきました。
 
野岳湖には野岳大橋が架かっています。
 
この橋は、長さ120m、幅員2.0mです。

橋を渡ると野岳新茶祭りが行われていました。
試飲の新茶をいただきますが、香りがいいですね。

会場ではお茶揉みなど実演が行われていました。
 

野岳湖公園から15分ぐらい歩くと裏見の滝自然花苑に着きます。

ここは世界のシャクナゲ約45種類、5800本があります。名前はわかりませんがいろんな石楠花がありました。
 

 

 
石楠花の花言葉は、「威厳、荘厳、警戒、心をもて」だそうです。
可憐な花には似合わないですね。

公園を下っていくと「裏見の滝」があります。
ここは滝の裏側を見ることができますが、現在落石があり裏側に行くことができません。
滝の真ん中には観音様が祀られています。落差30m。
 
 
この連休中は天気がよく雨もほとんど降っていませんので水量は少なかったですが30mから落ちてくる滝は迫力がありました。
滝の裏側も見てみたかったです。

※木の株かな?と思いましたら大きな岩でした。

滝を後にゴールのJR竹松駅を目指します。
途中「空木(うつぎ)」が咲いていました。空木は卯の花とも呼ばれています。
花の色が赤から白に変わったりすることから花言葉は「移り気」だそうです。この花を見ると唱歌「夏は来ぬ」を思い出しますね。
 

※通りがかった民家の裏で見つけた木、花の形は「桐」に似ていますが色が黄色です。桐の一種かな?


12時10分ゴールの大村線竹松駅に到着。




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武蔵寺の藤(福岡県筑紫野市)

2013-05-07 05:15:51 | 日記
4/29JR九州ウオーキングで「宇美昭和の森山開き」と「武蔵寺ふじまつり」の2コースを歩きました。
武蔵寺のスタート「二日市駅」には11時40分に到着。受け付けは11時までですが、係りの方の配慮で受付してくれました。

武蔵寺(ぶぞうじ)のふじ祭りには毎年参加していますが、昨年の藤は花の開花が遅かったようでした。
また、この藤まつりには、4年ぐらい前初めて鯉のぼりをつけて歩いた時JRの方から写真を撮っていただきそれがパンフに掲載
されました。


今年の藤は今が満開でしょうか、きれいですね。





武蔵寺は別名「藤寺」とも呼ばれています。境内にある藤は「長者の藤」です。
寺を創建したと伝えられる藤原虎麿が「堂塔の盛衰はこの藤の栄枯にあらん」と誓い植えたことから長者の藤と言われ樹齢は700年以上だそうです。(筑紫野市文化財より抜粋)

 


藤の花言葉は、「歓迎」「恋に酔う」「陶酔」だそうです。
きれいな藤を見ていると酔ってきますね。



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植木すいか祭り(熊本市)

2013-05-04 20:27:42 | グルメ
5/04 熊本植木のすいか祭りに行ってきました。
JR田原坂駅より歩いて会場へ。
早速会場で植木すいか「ひとりじめ」を試食。
 
駅から歩いてきたので水分補給の意味で2つ試食しました。
おいしいです。家で食べようと7kgのすいかを買ってきました。

会場では大人、子供のすいかの早食い競争が行われていました。
速い方は歯ブラシを動かすみたいに食べるのですね。
  
  
すいかの早食い競争のあとには、あの熊本の有名な方が来られました。
  

熊本出身の森高千里さんがうたっている「くまモンもん」に合わせ
踊りだしました。
この踊りをyou-tubeに投稿しました。
こちらです。コピーして貼り付けてください。

http://youtu.be/w13u9gMXm_8
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伊都国周辺を散策(福岡県糸島市)

2013-05-02 05:15:29 | 糸島の歴史
連休初日の4/27は、JR九州ウオーキングで「伊都国」を歩きました。
JR九州ウオーキングは、このたび100万人の参加者となり集合場所の前原駅で今治製の記念のハンカチをいただきました。

田んぼではコシヒカリでしょうか、もう田植えが終わっていました。
 
曽根に入ると「平原遺跡」(ひらばる)があります。注)北部九州では地名に「原」が入ると、「原」を「バル」と読みます。「前原」は「マエバル」です。
ここは、魏志倭人伝による「伊都国女王の墓」と推定されています。
ここからは47.5cmの銅鏡が発掘されています。現地の案内人の方が現物と同じレプリカの銅鏡を展示されていました。
今までこの銅鏡は裏の方ばかりしか見ていませんでしたが、表は鏡になっています。
今でもきれいに映ります。
 

糸島市のHPによりますと、この遺跡は
この遺跡は伊都国の王墓と考えられる1号墓を中心とした墳墓遺跡で、昭和40(1965)年に発見されました。発見は偶然によるもので、土地の持主がミカンの木を植えるための溝を掘ったところ、
多数の銅鏡の破片が出土しました。そこで原田大六(はらだだいろく;故人)氏が調査主任となって、大神邦博(おおがみくにひろ;故人)氏とともに発掘調査が行われました。

1号墓は14m×12mの四隅が丸い長方形でその中央に木棺が埋葬されていました。この墓は弥生時代終末期(約1800年前)に造られたものです。
副葬品は銅鏡40枚、鉄刀1本、ガラス製勾玉やメノウ製管玉などの玉類が多数発見されています。銅鏡のなかには直径46.5cmの内行花文鏡が5枚ありますが、
これは日本最大の銅鏡で非常に貴重なものです。また、ひとつの墓から出土した銅鏡の枚数も弥生時代としては日本一で、伊都国王の墓にふさわしい内容です。
この墓に葬られた人物は女性、すなわち女王ではないかと考えられています。その理由は、副葬品の中に武器がほとんどないこと、
ネックレスやブレスレットなどの装身具(アクセサリー)が多いこと、中国で女性が身につける「耳とう」といわれるイヤリングが副葬されていることです。


一説では卑弥呼の母親の墓という説もあります。

この曽根周辺では他にも伊都国歴代の王様の古墳なども発掘されています。
【築山古墳】
 
【端山古墳】
 

この時代は、考古学でも謎に見目られていますので何か歴史のロマンを感じますね。


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