放浪日記

刮目せよ、我等が愚行を。

アムド高地旅(12)旅の終わり

2020年02月27日 | 2018年アムドの旅

数日ぶりに蘭州へ戻ってきた。
アムドエリアに比べればさすがに大都会を感じる。
バスがひっきりなしに走っているだけで、ちょっとテンションが上がる。
アムドへ行く前は、5つ星ホテルと付近の食堂、バスターミナルしか行けていなかったので、アムドを早く切り上げた分、蘭州観光を楽しもうと思う。

ホテルに荷物を置き、観光開始。
まずは、やっぱりここから。








大黄河!

この河を訪れるのは12年ぶりくらい。
嫁さんは初めての黄河に、やはり若干興奮気味。
チャイのような色合いも相変わらず。

川の周辺には、中国人観光客がやたらとおり、記念写真撮影に余念がない。
実は、この大河を、昔の生活そのままに羊の川をしばってつくったイカダで下ることができるのだが、嫁さんを誘ってみたら、いろんなことが信用ならんから、と一蹴。





付近は歩行者天国になっている繁華街があり、おいしい店は行列ができるほど。
活気があるなあ。




いろんなものが食べられるけれど、やはりここは迷うことなく蘭州牛肉麺を。
おいしいと評判の店に行き食べるが、やはりどこで食べても、何杯食べてもおいしい。
スープが違うんだなあ。
肉をトッピングで追加して食べるのがよろしいと思う。




スーパーで見かけたリンゴ(?)。
生長段階で型に入れているのだろうが、それにしてもまったく食べようと思えないビジュアルだ。
これ、お土産とかお見舞いでもらったら、嫌がらせにしか感じないくらいの不気味さ。
夢に出てきそう…。







夕食は、蘭州で人気のある正寧路小吃夜市へ。
ただ、こんなところで飯を食ってビールを飲もうなんて気がさらさら起きないくらい、とんでもねえくらいの混雑。
ざっと見物だけして、早々に近くの店へ避難。




北京名物だけれど、羊をよく食べるから蘭州でもおいしいのではと考え、涮羊肉(羊肉のしゃぶしゃぶ)へ。
まあ、普通でしたが。





寝酒は、青島ビールと甘粛省産のワインで。










蘭州観光2日目。
朝食は、ホテル近くの蘭州牛肉麺の名店へ。
ちなみに何度も登場する麺は、すべて異なる店を食べ歩いている。
個人的にはこんなん大好きなので、何軒でもハシゴしたいのだが、付き合わされている嫁さんは、まだ食べるの?と完全に嫌気がさしていた。
それでも2軒行ってやったけどね。





入場料が無料だと聞いて、甘粛省博物館へ。

中国が経済発展をするに伴って、これまで安価だった観光地の入場料がバブル期の株価のように高騰していっている。
最近はマシになったのかもしれないけれど、万里の長城のような有名観光地ならは2,000円くらいすることも。
しかし、一方で博物館や美術館では、入場料を取らないことも多くなった。博物館好きとしてはこれは嬉しい。
中国の博物館って、貴重なものをしれっと展示してあることも多いので、時間があったらぜひ足を運ぶことをおすすめしたい。











出土した土偶的なものから、有名観光地になった仏教遺跡の再現レプリカ、よくわからん言語の文書まで、いろんなものがあるなか、




展示の目玉の一つが、ナウマンゾウの化石!
本物!
でかい!
牙が二本!






そして、甘粛省における中国共産党の歴史をたどる常設展も。
香ばしい!
日本鬼子!
毛主席万歳!


と、いろいろと展示がある中で、目玉中の目玉は、





甘粛省武威市の雷祖廟雷台漢墓から出土した、銅製の馬!
「馬踏飛燕(馬、飛燕を踏む)」と称される、躍動感あふれる傑作!

間近で見ると、いい仕事してる!
これを無料で見れるとは!
個人的には、こっちにお金を払って、アムドの寺は無料にしてほしかったけどね!

写真も自由に撮れるので、中国人観光客が激写しまくっていた。






馬踏飛燕に大満足した僕は、観光的に満腹になったので、いったんホテルへ帰り、高層階から建設中の街並みを眺めながらビールをグビっと。

そして、この旅、最後の晩餐へ。




到着したのは、ホテルからほど近い「徳祥楼」。
羊肉がおいしいということで、ホテルのスタッフに教えてもらった店だ。
百貨店を思わせる豪華な外観と内観は、老舗の証。
結婚式を挙げているグループもいるほど。大バコ。




出てくるビールもなんか高級感にあふれている。





頼んだのは、この店の名物的な羊肉のリブと、青菜の炒め物、それにジャスミンの花の炒め物。

羊肉は、ジューシーで独特の匂いはまったくなく、日本人の口にも合うやさしいスパイスの味付け。何本でも食べられそうなくらい。
ジャスミンの花というのが食べられると初めて知ったけれど、宴会使用がデフォルトの老舗レストランのボリュームが半端なく、そして花もけっこうエグ味があって、さすがに全部食べられなかった(翌日。夫婦揃って腹を下したのは、このジャスミンの花が原因ではないかと推察している)。



調子にのった僕は、ホテルに戻って最後の缶ビール。
黄河ビール、なかなかおいしかった。


翌朝は早朝のフライトのため、早めの就寝。
これにて蘭州・アムド旅、終了。

中国の文化的侵攻と戦いながら、ある程度は漢民族化しているアムドエリア。
チベットの本丸に嫁さんを連れて行くことは、しばらくはかないそうにないので、ここを旅することで少しはチベットの雰囲気を味わってほしかった。
チベタンの心はすでに中国にあらず。自分たちの世界の中で独自に展開していっているのかもしれない。外見は漢民族と変わらない、旅人へ窓を開いてくれることはほとんどなかった。そういう意味では一抹の寂しさを感じた旅でもあった…。


(完)



アムド高地旅(11)圧倒的存在感のミラレパ・ラカン

2020年02月26日 | 2018年アムドの旅

合作の朝。


ホテルに朝食がついていたので、階下のレストランへ。


チベット文化圏ながら、ブッフェ形式の朝食は完全に中華。
肉包や炒飯に野菜炒めを合わせて。
変なものが出てくるより、こういうものが普通においしい。



部屋に戻って荷造りをしていたら、カバンの隅に入れていたポテチの袋が膨れていた。高地にいることを実感する一瞬。下界に来たなあと思っていたが、ここも3,000m近くあるようだ。


合作の観光スポットは、町のはずれにあるミラレパ・ラカン。
チベタンに大人気の修行者・ミラレパにゆかりある寺院だ。

この町、バスがあるのかないのか全然わからないので、ホテル前からタクシーを拾う。



すぐに到着。
この高層寺院、すごいインパクト。
これまで見た寺院建築は、横に大きいものはあったけれど、縦に伸びているだけでまた別の格好良さがある。

が、いきなりメインを攻めてしまうと、やることはなくなってしまうので、まずは巡礼のチベタンと同様に、寺院まわりをコルラすることにした。



豚もいる、のどかさ。



この寺院も工事中。
どこでも工事してたけれど、それだけ修復などの手が入っているのか。修復を名目に共産党から金が下りてきて、監視体制が強くなっているのか。



巡礼路によく置かれていた土の簡易仏塔。
これを作る型も売られていて、安価に量産可能。



コルラの道のり。



寺院の裏手からは、高層建築が一望できる。



たまにはこんなドブ川の横を通ることも。
野良犬が若干怖いが、仏のご加護なのか、襲われることはなかった。


そして、大本命に足を踏み入れる。
内部が撮影禁止だったので、紹介できないのが残念だが、1階から13階まであるうち、最上階まで登れるわけではなかったが、各階にさまざまな仏像が並び、壁画もキレイに残されていた。
ここも朝早めに行ったからなのか、建物内にほとんど人がおらず、貸切状態で思う存分、仏の世界を堪能できた。





以上で、アムドエリアの観光は終了。
嫁さんは完全にチベット寺院に飽きてきており、死んだ魚のような顔で観光に付き合ってくれていたが、これ以上の延長は難しいと悟り、予定よりも少し早めに蘭州へと戻ることにした。



(つづく)

アムド高地旅(10)合作の片隅で核心価値観に出会う

2020年02月25日 | 2018年アムドの旅

郎木寺から、次の目的地である合作へとバスで向かう。
これまで曇天続きだった旅も、ようやく青空が見えてきた。





途中、碌曲という街に寄り、客が乗り降りする。
おそらくこの街は非解放で、外国人の宿泊などはできないはず。
こうやってバスで立ち寄るくらいは問題ないので、車窓から非開放地区を見学した。




バスの中にいた欧米人を撮る。
ブサイクな中国小姐をガイド兼愛人として連れ歩いて、アムドを旅しているっぽい。
おわかりいただけるだろうか。
乗客が少ないのをいいことに、彼が思い切り前の座席に足をブン投げ出していることを。
中国人のマナーも大概悪いが、下層欧米人はそれに輪をかけて品がないわね。




あっという間に合作に到着。
当然、まずは宿探しから。
毎度のことながら、嫁さんは不機嫌そう。







バス停そばにあった、ちょっと良さげなホテル「高原明珠大酒店」にチェックイン。
いきなり訪れて部屋を所望する外国人夫婦を見て、フロントの女性スタッフが戸惑っていたが、なんとか宿泊できるように取り計らってくれた。
宿帳やレシートには、中国人名が書かれていたので、多分外国人が泊まれない宿だったのではないかと思うが…。

最近の中国の宿は、新しい感じのところだったらたいていどこでもキレイだ。
昔っからあるような大きいだけが取り柄の老舗ホテルは、老朽化していて滞在はあまり快適でないことが多い。
中国は、泊まるならば新しいところがハズレないと思う。




荷物を置いて、街を散歩。
数時間のバスの旅で、標高がガクンと下がったので、なんだか身が軽くなった気がしてスイスイ歩が進む。







ヤクのモニュメントがあったり、壁にチベタンテイストのデザインが施されていたりと、チベットを前面に押し出した街づくりが行われている。が、外国人旅行者の姿はまったく見かけない。こういう街をたまに訪れると、ああ中国に来たんだなあとワクワクする。






街には公共バスが走っているが、どこを探してもバス停が見つからない。
手を挙げたら止まるのかもしれないと、呼び止めてみようとするが、完全に無視される…。恥ずかしい…。
上の写真が、どうやらバス停っぽい。
地面に書いてあるだけだし、中国語表記だし。
これ、そうとうわかりづらいよ。

また、街には共産党が示した24字(12個)の社会主義核心価値観のポスターを見かけた。
チベタンテイストになっていて、なかなかおもしろい。












いろいろ探し回ったけれど、「富強」「文明」「和諧」が見つけられなかった。
残念。
その代わりに、ほかのスローガンをコレクション。






「こういうものがあるということは、こういう考え方を強制的に根付かせたいってことよね」と嫁さん。
いい勘してる。
チベタンからすればこんなスローガンなんて大きなお世話と言いたいところであろうが、現状は口が裂けても言えないだろうから、渋い顔で眺めているんだろうなあ。


(つづく)

アムド高地旅(9)鳥葬、松の廊下

2020年02月21日 | 2018年アムドの旅
翌朝、「なんとなく頭痛いかも…」という嫁さんの一声で起きる。
富士山に登ったときはなんともなかったが、やはり多少の高山病の症状が出てきたのかもしれない。
こういうときは無理は禁物だが、動けなくなるほどでもないらしく、観光は行くと言う。

昨日は四川省のキルティ・ゴンパを見ているので、この町では、あと甘粛省にあるセルティ・ゴンパを見れば、特にいる理由もなくなる。
時間はまだ6時ごろだったので、午前中にさっさと観光をすませ、予定より1泊早く下界へ戻ろうではないかということに決まった。


朝、まだ誰もいない静かな町の片隅で、朝食の屋台を見つけた。

中国の朝食といえば、こんな感じ。
豆乳に油条(揚げパン)が嫁さんで、包子(肉まん)とゆでたまごが僕の分。
これまでに数えきれないくらいの朝を中国で迎え、同じ数だけ朝食を食べてきたが、この豆乳と揚げパンという組み合わせが、どうも好きになれないでいる。
本当においしいものを食べたら好きになるのだろうか…。



荷物を宿に置いたまま、セルティ・ゴンパへ。
まだ朝が早いこともあり、観光客はほとんどいない。
そして、チケットカウンターも開いていないので、チベタンと同様、無料での拝観となった。
メインの寺院の付近は絶賛工事中。

一部の情報によると、この寺には鳥葬を行う場所があるとのこと。
鳥葬を見たいとは思わないが、そういう場所があるのであればぜひ見てみたい。

寺院のまわりをコルラする感じで進んでいくと、



丘の上へと道は続いているが、鉄条網が張られている場所があった。
ただ、漢民族の観光客は平気で鉄条網をくぐり、奥へと進んで行く。
鳥葬台への道だろう。





道は丘の間を縫うようにさらに続く。
朝から高地でのハイキングはなかなかしんどいが、ここまできたらどうしても鳥葬台を見たくなってきた。
道の途中には、観光客相手に土産物を売るたくましきチベタン女性もちらほら。
こういう人がいるってことは、やはりここは観光ルートなのだろう。
じゃあ、鉄条網張るなよって言いたいが、もしかするとあの鉄条網は人間用ではなく、何かの獣を防ぐためなのかもしれない…。




しばらく進むと、タルチョがはためくスポットに出た。
そしてそのまわりには、大勢の人と車が十数台。
ここが鳥葬台に違いない。

近づいていくと、観光客の一団が鳥葬台から距離を置いていることがわかった。
観光客を対峙するように、ヤクザちっくな屈強なチベタンが数人立っている。

どうやら、この日、鳥葬台では本当に鳥葬をしているようだった…。

屈強な男たちは、漢民族に向かって中国語で近寄るな、写真を撮るな、と注意している。
人の隙間から遠巻きに鳥葬台を眺めていると、数人の僧侶が読経をしており、おびただしい数のハゲタカのような大型の鳥がそのまわりを囲んで羽を広げていた。

そして、時折、僧侶の背後から何かが投げられ、それをめがけるように鳥が集まり、いなないている。

読経。
鳥の声。
宙を舞う赤い肉片。
沈黙のまま見つめる僕。
そして読経。


時代を経ても、この地では変わらない光景が繰り広げられていた。
近くで見ることはかなわなかったが、こうして鳥葬という儀式に触れら……


●▲◎●×●×●▲×▲●!!
■×▲◎▲×●●×◎×▲!!


物思いにふけっていたら、いきなり目の前で罵声が。
観光客の監視をしていた屈強なチベタンAが、ものすごい勢いで漢民族のオッサンに飛びかかり、いきなり殴り始めた。
おいおいおい、一体どうなってるの!
オッサンの連れらしいオバハンは金切り声を発して、屈強チベタンAの腕にすがって止めようとするも、一瞬で振り払われて草原に投げ倒された。
まわりにいた屈強監視チベタンBが、とりあえず止めようとするも、バイオレンスは止まらない。
転びながらも逃げるオッサン、それを追いかけながら屈強チベタンAは腰に差していたナタのような刃物を抜いた!

殿中でござる、殿中でござるぞ!
すわ刃傷事件!
甘粛省の片隅で、まさかの松の廊下!!

オッサンは死に物狂いで逃げ、屈強チベタンAはBやCに羽交い締めにされて、なんとか追うことだけはやめたが、ものすごい勢いで罵詈雑言をオッサンへ浴びせている。

なにやったんだ、このオッサンは…。

それでも屈強チベタンAの怒りはおさまらず、そのほかの漢民族へと飛び火しかけた。
こんなところで吉良上野介になるわけにもいかず、ここは三十六計逃げるに如かずと、嫁さんをかばいながら、一目散に逃げ出した。






鳥葬を見に行ったのか、チベタンが漢民族を殴るのを見に行ったのかわからなくなるくらいのインパクトが頭に残っていたが、観光は続く。







昼に近づいてくるにつれ、寺は観光客で活気に満ちていた。





建物の片隅にあった、コルラの回数を数えるそろばん。
そりゃ、何回目か忘れるよね。





寺から戻り、ホテルをェックアウト。
少し早めの昼食として、青椒肉絲ぶっかけ飯をかきこんで、バスへと乗車。
いざ下界へ。






(つづく)



アムド高地旅(8)格爾底寺を観光した夜は駄ビールで〆る

2020年02月21日 | 2018年アムドの旅
腹ごしらえを終えた後、高地に来ていることもあり、ホテルでゆっくり休憩するかと思っていたが、嫁さんが思いのほか体調が良さそうだったので、予定を変更し、観光をすることにした。

郎木寺は小さい町だが、甘粛省と四川省の境界付近に位置している。
観光の目玉は2つの寺で、甘粛省側にある色止寺(セルティ・ゴンパ)と四川省側にある格爾底寺(キルティ・ゴンパ)だ。

どちらから行ってもいいのだが、たまたま昼飯を食べた清真食堂に近かったのが、四川省側のキルティ・ゴンパだったので、まずはこちらから。



入場料は30元。



入口の門を入ってすぐのところに商店が。
寺の敷地内ため寺院直営なのかもしれない。
坊主や巡礼のチベタンが群がっていたので、珍しいものでも売っているのかと覗いてみたら、アイスクリームを購入していた。




寺の敷地は広く、観光客を受け入れているようなスポットへは徒歩15分ほど。
富士山の山頂ほどの高地なので、ゆっくり散歩。



巡礼者とともに、丘の上の寺院を目指す。
なかなか遠いぞ。







ようやく到着。
とりあえずデカイ。
高い壁の周りを、巡礼者たちは祈りを捧げながら、時計回りにぐるぐると何周も巡る。
中は撮影禁止のため、写真はないが、とにかく仏像がデカかった。







メインとなる観光を終えたが、巡礼者という巡礼者がもっと敷地の奥に進んで行くので、我らもそれについて行く。
草地が広がり、坊主が時間を潰していたり、ピクニックにも適していそうな森が広がっていた。
休憩時間なのか、小坊主たちが木のまわりで遊んでいた。カメラを向けると撮るんじゃねーと怒られる。



せせらぎの水流を利用して回り続けるマニ車。
何もしていなくても、お経を読んだ功徳が勝手に積まれていって、非常に効率的。



さらに奥に進むと、洞窟があったりして、完全にハイキング気分。
標高4,000m近いのに、水量も豊富で、緑もしっかりあるのがすごい。





建物のまわりをコルラした巡礼者は、その後、寺院の敷地のまわりを巡りだす。祈りを捧げながら。
もちろんヒマなので、これについていって散歩を続ける。



観光もコルラも終えて、寺を出ようとしたら、急にスコールのような大雨に降られた。
近くにあった商店の軒先に逃げ込み、雨宿り。
約30分近く降り続いた。
坊主や巡礼者も逃げ込んできて、商店の軒先はすし詰め状態に。




雨上がりの郎木寺。
心なしか、空気がおいしくなった気がする。
湿度のおかげか?




道端にいた毛玉のような野良犬。
正直、汚いよね…。






夕食は、観光客も多く入っているホテル近くの食堂へ。
辛いけどうまい「水煮肉」と空心菜の炒め物を食す。
それなりに値段が張るのが厳しいが、どんなに僻地を訪れても、そこそこのレベルの中華を食べることができること、この1点のみに関しては、チベットが中国に取り込まれてよかったと思える。それ以外は、まったくメリットないけれど。
食堂の壁には、訪れた旅行者たちが貼り付けた付箋(99%中国語)が。





帰り道、商店で購入したビール。
「釣魚島ビール」って…。
どんだけ愛国的なんだ、この国は!
ちなみに、2本目を買おうとはけっして思わない駄ビールであった。


(つづく)







アムド高地旅(7)郎木寺の清真おふくろの味

2020年02月14日 | 2018年アムドの旅


夏河から郎木寺に向かうバスは、とても快適で、いつのまにか眠ってしまうほど。


高速でかっ飛ばすバスの窓からは、風にはためくタルチョや見晴らしのいい丘、のどかに草を食むヤクの集団などが見える。


こういうところにフラリと立ち寄れば、人がいないアムドの本来の風景を堪能できるのにと思うが、いかんせん公共交通機関はそんな観光っぽいところで停まるわけもなく。


ただ、中国人観光客は別。
ランドクルーザーなどの四駆を自分で運転し旅しているため、美しい景色スポットなどがあれば車を停め、記念写真を撮っている姿をよく見かけた。



4時間程度で郎木寺に到着。
新しい町に着いた時はまず宿探しなのだが、嫁さんからすると、これがたまらなく不安らしい。



高地でウロウロして体調を崩されても、これからの旅に支障をきたすので、バスが停まったすぎそばにある郎木寺賓館にチェックイン。「地球の歩き方」にも載ってるということが安心感につながるらしい。同じことが僕は不安につながるのだが…。

チベタンテイストのフロント。人がいなかったので、呼んでみたが応答なし。


10分ほど待ったら、人が来た。
のんびりしている。


部屋に荷物を置いたら、昼飯を食べに町に出る。
どこかいいところあればいいなと散歩を兼ねて歩いていたら、あっという間に町外れになってしまった。
この町唯一の見所である寺には明日行こうと考えているので、今日は町歩きで時間をつぶす予定だったが、それも終わりそうだ。

どうやらこの町もすっかりツーリスティックになっているようで、どの店も軒並み飯が高い。
地元の人が入っているような店はないかと探していたら、観光客なんて誰も歩いていないような路地裏にポツンと飯屋があった。


回族の家族が経営している宿兼飯屋で、客は自分たち以外誰もいない。


ご飯食べられる?と聞くと、大丈夫との返事。


子どもたちが宿題や遊びに使っていたテーブルが、急な異邦人たちに明け渡された。
突然の外国人に興味津々の子どもたち。興味はあるのだが話しかけることもなく、一定の距離を保ったまま、こちらを凝視している。こういう雰囲気、なんか久しぶり。
奥からブ厚いメニューを出してきた。一攫千金的な気持ちが前面に出ちゃいすぎて、オススメは●●鍋ですと言われるも、昼飯に100元も出せないよ、おばちゃん。

こういう店で突拍子もないメニューを注文しちゃうと、できないと言われるか、注文後に買い出しに出かけて延々と待たされるので、空腹のここは、無難に絶対にすぐできるだろうメニューを選択。


トマトと卵の炒め物、白菜のニンニク炒め、そして白ご飯。
メニューを聞いて、おばちゃんはキッチンへ。


客もいないし、子どもは遠目から見ているだけなので、キッチンまで入り込んで写真を撮ったりして時間をつぶした。
味はいたって普通。いや、むしろ薄味か。おふくろの味。


(つづく)