〈川俳会〉ブログ

俳句を愛する人、この指とまれ。
四季の変遷を俳句で楽しんでいます。「吟行」もしていますよ。

拾い読み備忘録(33)

2016年01月31日 22時12分55秒 | 専門書
私が診察したある癲癇の患者は、会社でコンピュータを扱う仕事をしていて、ある日「これを操作すればコンピュータの機能が一瞬のうちに停止してしまう装置」を発明したという男の訪問を受け、その話を聞いている最中に大発作を起こした。彼がいうには、その物騒な装置の説明を聞いているうちに、自分の扱っているコンピュータが現在すでに完全な麻痺状態になっているかのような気持ちに襲われて、その瞬間、意識を失ってしまったのだという。
…・・この患者の場合の未来との二重化においても、イントラ・フェストゥム(祭のさなか)的な意識における現在は、客観的時間軸上の過去や未来をも一挙に現在の直接的現前にひきずり込むという強大な吸引力をもっている。
*(祭のさなか)は引用者が挿入
「時間と自己」木村敏著 中公新書 1982年
                           富翁
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拾い読み備忘録(32)

2016年01月30日 20時25分08秒 | エッセイ
ひとの根元意識(Primal consciousness)は知性以前のものであり、認識(cognition)とは何等関係を持たぬものである。動物の場合と変わったことはない。そしてこの知性以前の意識は、我々の生きているかぎり、意識の強力な根と躯幹である。心(mind)は最後に咲いた花、cul de sac(訳註。「袋の底」すなわち「最後のもの」の意)にすぎぬ。
我々の根元意識の第一の座は、太陽叢、すなわち胃の背後に位置する大いなる神経中枢である。この中枢によって我々は最初にダイナミックに意識づけられる。何故ならば根元意識は常にダイナミックであり、知的意識の如く静的ではないからだ。思想は、その魔力をいかに我々が云々しようと、単に手段、魂が生活の方便に用いる最も微妙な手段にすぎぬ。思想はただ行動と生活の方法のひとつにほかならぬ。そして生活と行動とは事実上動的意識の大中枢に源を発するのである。
「無意識の幻想」D・H・ロレンス著 小川和夫訳 南雲堂 1966年
                              富翁
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猫の帰ってくる日

2016年01月30日 09時37分20秒 | 川柳
預けてた 我が愛猫の 帰還日なり
この寒さ 帰りの道中 心配なり
大人びて すっかり猫に なりました(?)
安楽
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拾い読み備忘録(31)

2016年01月29日 17時56分22秒 | 専門書
芸術家は造る人間であるが、使命をおびた人間である使徒と比べれば、良かれ悪しかれ、人類にとってそれほど重要ではない。宗教、哲学、行動の規律、人々がそれを何と呼ぼうとも、これらのものがなければ、人間はまったく生きてゆくことはできない。人間が信ずるものは、不合理なもの、あるいは、不快を感じさせるものであるかもしれない。しかし、人間は何かを信じなければならない。他方、芸術はわれわれにたいして、どれほど大きな意味をもとうとも、芸術のないわれわれの生活を想像することは可能である。
……・
私が二十年代の末に、始めてロレンスの作品を読んだとき、最大の感銘をうけたのは、彼の使命であった。その結果もっともむさぼり読んだのは彼の小説よりもむしろ『無意識についての幻想』のような彼の「思索する」本であった。
(オーデン「D・H・ロレンス」より)
「イエイツ・エリオット・オーデン」筑摩世界文學大系71 1975年
                             富翁
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二ヶ月ぶりのWalking

2016年01月28日 19時31分15秒 | 川柳
寒いので歩くのやめてました。
でも歩くって、やはり身体にいいですね。
サラリーマン時代もそんなに歩きませんでしたが。

歩いてて 空と風だけ ついて来る
やわらいで 足腰萎える 恐ろしや
安楽
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拾い読み備忘録(30)

2016年01月28日 17時32分19秒 | 川柳
 俯(うつむ)けば言訳(いひわけ)よりも美しき

普通川柳と思はれてゐる句よりも、遥かに人生に近い。少なくとも、若い女の姿態が彷彿として来る。少し贔屓して云へば、色彩を帯びて、もう少し誇張して云へば、まぶしいくらゐ美しい。
このくらゐ女の美しさを知ってゐる父親か亭主か、仕合せ者と云ふ以外はない。
「私の好きな川柳」小島政二郎著 彌生書房 1982年
                                     富翁
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拾い読み備忘録(29)

2016年01月27日 20時43分23秒 | 専門書
雪どけや 村一杯の子どもかな
              一茶
「挑発する子どもたち」と題された一文を、こんなのどかな一句から始めるとしたら、それは、あまりにも奇異に響くだろうか。子どもたちをめぐって、自殺、殺人、暴力行為などの血なまぐさい事件が頻発している今日、子どもへの信頼を危うくさせ、私どもを不安に陥れるそれらこそ、最大の挑発性を持つのではないか。それなのに、何故、いまさら、のどかな時代の、のどかな村童風景などを…・・。
しかし、のどかに見えるこの情景は、本当に「のどか」なだけであろうか。先ずはこの一句に注目し、十七文字の中に溢れ返る、子どもたちの歓声に耳を傾けてみよう。…・・
 「異文化としての子ども」本田和子著 紀伊國屋書店 1982年
                                 富翁
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男の料理教室

2016年01月27日 11時18分41秒 | つぶやき
昨日、生まれて初めて料理教室に参加した。老人クラブの企画で女性会員の
指導の下。「鱈のムニエル」と「筑前煮」を作った。エプロン姿に三角巾で総勢24名が
6版に分かれて調理開始。最初の説明とレシピがあったが、老人特有のせっかちさで
てんやわんやの作業であった。しかし、味はいまいちながら、形になって達成感十分、
ご飯と味噌汁は用意されていて、皆で会食。次回はグラタンがいいなどとのリクエストが
あったり楽しい経験だった。家族に作ってあげようと思う。
先輩
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春よ来い♪早く来い♪

2016年01月27日 11時18分08秒 | 川柳
今日は暖かくなると言う予報ですが、お昼になっても依然としてvery coldです。
もう……嫌っ!!!

酷熱と 酷寒の国 日本なり
鉄道の レールは伸びたり 縮んだり
人間も 伸びたり縮む ものなのか?
安楽
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拾い読み備忘録(28)

2016年01月26日 21時35分51秒 | 伝記
タオスで彼の本を、特に『海とサルディニア』[1921年、イタリア・サルディニア紀行]、『亀』[1921年詩集]、『鳥、獣、花』[1923年詩集]を読んだとき、こう思ったのを今でもよく憶えている―「ここにこのタオスの土地とインディアンのことを本当に見ることができ、それをあるがままに本のなかに生き生きと描き出せる唯一の人がいる」と。というのも、タオス[ニューメキシコ州のプエブロ・インディアンの住む土地]には世界の夜明けのような、なにか驚嘆すべきものがあったからだ。ロレンスはやってきたとき、それをいつも原始的と呼んでいた。彼のなかの一つのことについて、わたしの直感に狂いはなかった、まさしく彼は見、感じ、驚嘆することができる人だった。
『海とサルディニア』を読んで、わたしはロレンスにタオスにくるようにと書き送った。あの本こそは、紀行のなかでもっとも現実的な本の一つだと思う。なにしろ、あの彼独特の奇妙な書き方で、彼はゆくさきざきの土地の感触と匂いをみごとに伝え、それで土地の実体と本質が読む者のまえに啓かれ、ひとはじかにその土地のなかに足を踏み入れることができるのだから。
「タオスのロレンゾー」メイベル・ドッジ・ルーハン著、野島秀勝訳 法政大学出版局1997年
                            富翁

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寒い朝

2016年01月25日 16時58分18秒 | 俳句
寒い朝黄色満月輝けり

先輩
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拾い読み備忘録(27)

2016年01月25日 16時26分38秒 | エッセイ
メキシコはおそらく―ゴーギャンにとってのタヒチ島のように―失楽園の夢を託するにふさわしい場所であったのだろう。フランスではブラッスール・ド・ブールブールの著述のおかげで、またメキシコにたいするフランスの干渉に参加した目撃者のおかげで、初めてインディオの呪術の力や想像的な力の啓示を受け、征服者(コンキスタドール)のすばらしい冒険の中のいかなる些細な行動も、この原初の民の神秘や秘密と混ざり合っているかのような感じがして、読者は魅了された。現在われわれが、D・H・ローレンスの小説やジャック・スーステルの『メキシコ、インディオの大地』や、フォン・ルルフォの暗く、ほとんど神秘的な物語を通じて接しているのは、メキシコにおける夢の最後の様相であろう。
「メキシコの夢」ル・クレジオ著 望月芳郎訳 新潮社 1991年
                           富翁
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拾い読み備忘録(26)

2016年01月24日 21時37分08秒 | エッセイ
「…・じゃばってん、アンタ気ばつけたほうがええ。女は金や」
とつぜん偏見めいた言葉が老人の口から飛び出す。
「ほう、金ですか」
「カモメと同じとです」
「……カモメと同じ?」
「餌やればいつまでもついてくる。餌が切れるとおらんくなる…・。
ずいぶん貢いだとですミツコには…・・」
   「日本浄土」藤原新也著 東京書籍 2008年
                      富翁
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拾い読み備忘録(25)

2016年01月23日 20時49分22秒 | 言語学
およそ発音や、文章構造や、また語形変化上の誤謬は、たしかに学校の先生にとっては困りものではあろうが、相互理解という言語本来の目的から見れば、[語幹そのものの誤りとは]ほとんど比較にならないほど軽少なものである。
言語の色々な要素の中で語が占めるこのような位置というものは、我々がごく卑近な欲求の伝達から、さらに高次な言語の現象形態に目を移してみても依然として変わらないものである。ゲーテやキーツやフローベールにおける詩的な美、ないし独特なものは一体どこにあるのだろうか。音の響きが重要なことも確かである。各人に特有な構文もまた効果を出すのに大いに役立っているだろう。しかしながらこの場合においてもやはりもっとも重要なものは言葉がいかにも詩人らしく、よく選ばれており適切であるということなのだ。
さてこのような語の途方もない重要性に直面して、言語学はどのような態度をとっているのであろうか。…・・
「意味と構造」エルンスト・ライズィ著 鈴木孝夫訳 講談社学術文庫 1994年(底本は1960年)
                       富翁
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明日は文芸同人誌の合評会

2016年01月23日 15時57分17秒 | 小説
司会役を仰せつかりまして、あわてて指定部分を朝から読んでますが、疲れました。
もうやめた。

素人は これだから困る 疲れたな
安楽
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