〈川俳会〉ブログ

俳句を愛する人、この指とまれ。
四季の変遷を俳句で楽しんでいます。「吟行」もしていますよ。

黄金風呂

2016年10月27日 15時14分48秒 | 紀行文
 先週、一泊二日で市の老人連合会の旅行に行きました。宿泊は千葉勝浦の
ホテル三日月、元都知事の泊まった竜宮城とは、違うけど黄金風呂が
ありました。添乗員からしゃぶしゃぶの要領で入ってくださいとのことでしたが、
宿泊客が少なく、ゆったりはいりました。
 黄金風呂の盗難事件を思い出しました。犯人グループは老人会ではと推理しました。
翌日、金歯の老人がたくさんチェックアウトしたのでは。。。。この話はうけました!
先輩
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プール開き

2016年07月19日 06時49分45秒 | 紀行文
庭のビニールプールに10か月の孫娘が水遊び。可愛らしい水着で
喜んでいました。周りではスマホの動画撮影。おじいちゃんはゴルフ用の
大きい傘をさして、紫外線対策とお姫様待遇です。二週間おくれの対面に
じいじとばーばは大喜び。ばーばはスマホをこの日のために買い求め。
痛痒いヘルペスの後遺症も忘れて孫に見惚れていました。
先輩
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拾い読み備忘録(140)

2016年07月15日 16時26分52秒 | 紀行文
「八幡平の蒸の湯で馬小屋のように見すぼらしい宿舎に泊り、乞食の境涯に落ちぶれたような、世の中から見捨てられたような気持ちになり、奥深い安心感を覚えた。このとき以来ボロ宿に惹かれるようになったが、それが自己否定に通底し、自己からの解放を意味するものであることはずっと後まで理解が及ばなかった。蒸の湯で湯当りしたため、黒湯、泥湯へ行く予定を断念し、角館、小安温泉、米沢に泊り、ややもち直し、会津の湯野上、岩瀬湯本、二岐温泉を訪ねる。」(『つげ義春資料集成』北冬書房より)
「つげ義春 幻想紀行」権藤晋 立風書房 1998年
                     富翁
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雨のあとは北風

2016年06月03日 12時38分42秒 | 紀行文
3連続の雨中のプレーの次は強風。
定年後のゴルフは老人会と会社の同期会、大学の友人とのと
絞っているのにこの悪天候に恵まれ?る体たらく。
一昨日は栃木県のロぺクラブにバブリー時代に作られた
個室のハウスで前夜泊。居酒屋風のクラブハウスにて大学時代の昔話に
花さかせた。女性のためのコンペがあって、周りは
はやりのボーダー柄のウエアの若い女性ばかり。
時代の違いを感じた。
先輩
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雨中のゴルフ

2016年04月28日 18時50分02秒 | 紀行文
雨のなかゴルフをしました。ゴルフ場に集合したばかりに、老人たちの考えも
刻々と変化します。やれるかな、なるべくならやりたくない、などなど、揺れ動く
老人たちの気持ち、しかし、来たからにはやらないと、このような葛藤と9人という人間の
多数決で決めるのか、幹事の最終判断できめるのか、結局ハーフだけプレイし昼飯食って
終了しました。
先輩
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岩槻歴史散策

2016年04月05日 07時08分53秒 | 紀行文
4月3日、岩槻の歴史散策と城址公園での花見会に参加した。太田道灌ゆかりの墓地、
武州鉄道、洋画家田中保のことなど、人形の町ということは知っていたが、新しい発見
であった。時の鐘は300年の歴史があり、川越よりも現存する古い鐘であり、現在も一日
三回鳴らされているとのこと。武家屋敷の跡地などあるが、お城の痕跡は公園だけ。
先日のNHKのブラタモリでの「熊本は水の国」など歴史を紐解く散策は素晴らしいと思う。
先輩
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拾い読み備忘録(70)

2016年03月20日 18時25分56秒 | 紀行文
 井伏鱒二の小説『駅前旅館』の時代(1950年代)、駅前旅館はその街の代表的な旅館の一つだった。「その街」とは、大都会・東京であり、その北の玄関口・上野駅である。そしてそのころは、大都市にも、地方の中小都市にも、そして田舎の町や村にも、鉄道の駅の前やその周辺には必ずと言っていいほど、旅人を泊める旅館があった。
 高度経済成長の時代を経て、都市化がすすみ、旅行人口が急増し、観光客のニーズも多様化した現在、宿泊施設は外観もその役割も多様化、細分化がすすんできた。その中で、現在も駅の前に残る旅館はどのような役割を果たしているのだろうか。そして、駅前旅館と鉄道との関わりは……。
「駅前旅館に泊まるローカル線の旅」大穂耕一郎著 ちくま文庫 2002年
                               富翁
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梅が咲いている

2016年02月03日 10時13分16秒 | 紀行文
散歩していてたら紅梅を数本見つけました。
しかしまだまだ2月。

小さくも 梅の赤色 嬉しいな
白梅も 早く見たいよ 春待つ身
食べたいな 関係ないけど 寒ブリを
安楽
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拾い読み備忘録(34)

2016年02月01日 20時52分25秒 | 紀行文
ヌーオロには何も見るものはない。じつをいうと、いつものことながらほっとした。名所見物は腹の立つほど退屈である。だが、ありがたいことに僕の知るかぎり、ここにはペルジーノ(イタリア・ルネッサンス期ウンブリア派の画家)のひとかけらもないし、ピサ様式の何ものもない。幸いなるかな、見所の何もない町よ。なんと多くの衒い、気取りが省かれることか!そうなれば、生は生の本分にもどって、博物館に物を集めることではなくなる。そうすれば、すこしけだるい月曜の朝にせまい道をぶらついて、ちょっと噂話を楽しんでいる女たちを眺めて、パン籠を頭にのせた老婆を眺めて、仕事をいやがる怠け心を起こした連中、勤労全体の潮がうまく流れない様子を眺めたりできる。生は生、物は物。「物」を憧れ求めつづけるのは、たとえペルジーノの作品でさえいやになった。かつてはカルパッチョやボッティチェッリに身を震わせたこともある。だが、もうたくさんだ。土くさい白ズボンをはいて腰に黒いひだ飾りをつけた灰色髭の老農夫が、上着も外套もはおらずに、腰を曲げて牛のひく小さな荷車の横を歩いてゆく。ただそれだけの姿、それならいつ見ても飽きることはない。「物」にはうんざりだ、たとえペリジーノでさえ。
「海とサルデーニャ」D・H・ロレンス著 武藤浩史訳 晶文社 1993年
                               富翁
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