〈川俳会〉ブログ

俳句を愛する人、この指とまれ。
四季の変遷を俳句で楽しんでいます。「吟行」もしていますよ。

拾い読み備忘録(115)

2016年05月24日 17時41分25秒 | 翻訳
村上:………小説を書くというのは、簡単に言ってしまうなら、自我という装置を動かして物語を作っていく作業です。自我というか、エゴというか、我(が)というか。我を追及していくというのは非常に危険な領域に、ある意味では踏み込んでいくことです。ある場合にはバランスを失うぎりぎりのところまで行かなくてはならないし、外の世界との接触が絶たれていく場合も多いんです。それくらいの危機をはらんだ作業であるということができる。出来上がったものが立派であるかどうかは、また別の問題として。……
「翻訳夜話」村上春樹 柴田元幸 文藝春秋 平成12年
                       富翁
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拾い読み備忘録(50)

2016年02月17日 17時47分36秒 | 翻訳
さらに、西欧の言語が名詞中心構文であるのに日本語は動詞中心の性格がつよい。「この事実の認識が問題の解決に貢献する」というのが名詞構文なら「これがわかれば問題はずっと解決しやすくなる」とするのが動詞構文である。翻訳においては、語句の翻訳だけでなくこういう名詞構文→動詞構文の転換も必要である。名詞構文の方が硬い論理をあらわすのに適している。動詞構文ではそれが充分に移しきれない。動詞構文の論理はもっと柔かいものだからである。もし、論理は硬いものときめてかかるならば、日本語は論理的ではないということになってしまうが、そういう外国中心の考え方がどこまで正当なものかも改めて検討されなくてはならないであろう。
「日本語の論理」外山磁比古著 中公叢書 昭和48年
                       富翁
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