〈川俳会〉ブログ

俳句を愛する人、この指とまれ。
四季の変遷を俳句で楽しんでいます。「吟行」もしていますよ。

灌木の種

2017年05月09日 09時05分16秒 | エッセイ
四年前に飛来して双葉をあげた或る灌木の種。
やや大きめの黄緑色の双葉は頑丈でした。
梅雨の季節の雨に水浸しになっても、へこたれず、ちゃんとしていました。

それからそれは身の丈30センチほどの樹になり、毎年葉の数を増やしていきました。

そしてこの春、見慣れぬ蕾のようなものがたくさん。
てっきり新しい葉の子供かなと思っていたら
昨日たくさんの白い小さな花が咲いたのです。

雌伏四年。
お見事!! おめでとう!!
まだ一部の開花なので「全開」したらフォトチャンネルにアップしますね。

安楽
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料理

2016年11月30日 19時38分49秒 | エッセイ
久しぶりに「いか大根」作りました。
 浮気者大根お相手いかとぶり
           富翁
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拾い読み備忘録(176)

2016年11月05日 20時19分09秒 | エッセイ
戸田さんの例のように、相続放棄をするとその人は相続人でなくなり、他の親族に相続が発生することになるという知識はとても重要です。プラスの財産ばかりがある場合にはあまり問題になりませんが、借金などのマイナスの財産があるとたいへんなことになってしまいます。
「だまし犯罪百科」間川清著 さくら舎 2015年
                    富翁
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拾い読み備忘録(174)

2016年10月07日 20時20分05秒 | エッセイ
こうした状況も、実際に戦争が始まると一転、どの新聞も紙面は戦況報道一色となり、今度は米英支持の新聞のほうが勢いづいた。中には「快進撃」と書いた記事まで現れたほどである。
さらに、予想より早く三週間でバクダッドが「陥落」し、フセイン像が引き倒されるという事態に、「やはり、われわれの主張は正しかったのだ」という趣旨の大社説を載せ、しかも「住民が米軍兵士を『解放者』として歓迎したことが、米英の決断が正しかったことを証明した」とまで書いたのだ。そしてさらに「侵攻と表現した新聞は責任をとれ」という識者の論文まで掲載したのである。
「新聞記者という仕事」柴田鉄治 集英社新書 2003年
                       富翁
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拾い読み備忘録(170)

2016年09月25日 20時18分33秒 | エッセイ
仲間に山野という男がいて、彼はぼくの顔を見るたびに、姑娘(クーニャン)の話をするのだった。 姑娘とは、中国語で”娘さん”というような意味だが、中国大陸で戦った兵隊にとっては、なんとなくなつかしい呼び名である。
ある日、山野氏が例によって姑娘の思い出を話しはじめた。
―そうやなあ、わしが分隊長で、ある村に行ったときのことや。村長の娘がえらいベッピンやと聞いたもんやから、兵隊連れて、早速おしかけたんや。なにしろ、そのころは、娘探すのが仕事みたいなもんやったからな。
ところが、村長は「そんなもの、おらへん」といいはる。あたりまえやな、いるちゅうと、日本兵は娘をつれていってしまうんやから。それから、どうされるかは、いくらノンビリした中国人でもわかるわな。・・・・・
(第16話 予期せぬ出来事)より
「不思議旅行」水木しげる著 中央公論社 昭和59年
                      富翁
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拾い読み備忘録(164)

2016年09月09日 17時57分38秒 | エッセイ
「秋」の音が「飽き」に通ずるということから、古くから男女の情がさめていくことに「秋」の凋落の感じをダブらせて表現することが多かった。平清盛ははじめ白拍子の妓王を寵愛していたが、仏御前の出現によって情を移し、妓王を追放してしまう。その時妓王が障子に書き残した歌は「萌えいづるも枯るるも同じ野辺の草いづれか秋にあはではつべき」だった。「あなたも同じ運命なのよ」という警告の意をこめたもので、平家物語の中でも女心の悲しさを感じさせる一コマである。・・・・・
「ことばの歳時記」金田一春彦 新潮文庫 昭和48年
                      富翁
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拾い読み備忘録(163)

2016年09月08日 16時25分52秒 | エッセイ
野分(のわき)
 今どき、野分などというと、なかなか気取ってきこえる。台風と言えば、そのものズバリだからである。
 のわきとものわけとも言う。今の台風より、やや広い意味を持つだろう。台風が通過したところだけでなく、それた地方でも、その余波をこうむって強い風が吹くから、それもやはり野分である。
 昔の人は台風を前以て観測することなどできなかったから、秋の突風と感じたであろう。・・・・・・
 荒れ荒れて末は海行く野分かな          窪田猿雖
 奈良坂の蔦狂ほしき野分かな           阿波野青畝
「言葉の歳時記」山本健吉 文藝春秋 昭和55年
                    富翁
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拾い読み備忘録(162)

2016年09月07日 09時57分50秒 | エッセイ
 秋風の吹けども青し栗のいが      芭蕉
金風(きんぷう)ともよばれる秋風は、西から吹いてくるといわれる。しかし、東京にいると西も東もあったものではなく、涼しい風が吹いてくれば、オヤ秋風だな、と感ずるくらいのものだ。
・・・・・・・・・
「ことばの歳時記」金田一春彦 新潮文庫 昭和48年
                      富翁
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拾い読み備忘録(161)

2016年09月06日 20時36分15秒 | エッセイ
 男とは外メシ!家には入れない、恋人がベスト、というサイバラ。「チン×入れても籍は入れるな」という名言を残しております。
「『魔性の女』に美女はいない」岩井志麻子著 小学館新書 2015年
                             富翁
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拾い読み備忘録(157)

2016年08月11日 19時11分14秒 | エッセイ
私は一般読者のために本を書いてやしない。思うに、活字さえ読める者なら、活字になったものを何によらず読む資格があると逆上(のぼせ)あがって異とされぬのは、現在の間違ったデモクラシイにもとづく間違いなのである。奴隷たちが裸にされて売買されるように、真摯な著書が市場に暴(さら)されるのは、私をして言わしめれば、ひとつの不運なのである。だが現在我々の生存しているのがこの間違ったデモクラシイの世であってみれば、決着のところまでおつきあいせねばならぬ羽目なのだ。
「無意識の幻想」D・H・ロレンス 小川和夫訳 南雲堂 1966年
                           富翁
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拾い読み備忘録(137)

2016年07月02日 17時28分55秒 | エッセイ
嗜(たしな)みとか慎(つつし)みとかが大切であることは否定しないが、それは、体中で笑い怒れる人が慎むから慎みであり、嗜みなのであって、エヘヘヘヘと誤魔化し笑いしかできないようでは、腰が抜けているというだけであります。自然の感情の発露がなくなってしまうようでは、人間が人形に近づいたといえます。もう一度、原始の状態にフィードバックし、そこから再出発する方が、活き活きした生き方が生まれるのではなかろうか。自分の持っている力を発揮できなくなった人間には、特にこういう、全身を叩きつけ、全力で生きることが必要だと私は思うのであります。
「整体入門」野口晴哉 ちくま文庫 2002年
                  富翁
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拾い読み備忘録(130)

2016年06月22日 18時31分53秒 | エッセイ
私の目標は、何よりもまず、実践的なものであった。癌になるという体験を歪めてしまう隠喩的な付属品がきわめて重大な結果をもたらすということ、そのために人々は、早期に治療を受けたり、十分な治療を受けるためにいっそう努力したりするのを尻込みするのだということを、私は何度も目にして、暗澹たる想いにとらわれていたからである。隠喩と神話は人を殺す、私はそう確信した。(たとえば、それらは、化学療法のような効果的な手段を闇雲に怖いものに見せ、ダイエットや心理療法のごとき何の役にも立たない治療法を信心させたりする。)私は病気にかかっている他の人々に、まわりで心配している人々に、そうした隠喩や禁忌を解体する道具を提供したかった。
「エイズとその隠喩」スーザン・ソンタグ 富山太佳夫訳 みすず書房 1990年
                                  富翁
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拾い読み備忘録(118)

2016年06月04日 18時15分46秒 | エッセイ
六番勝負・神保町交差点付近
……・
ワゴンコーナーには二冊でよりどり五百円とある。私は江國滋「慶弔俳句日録」(新潮社)と「新潮45」編集部編『死ぬための生き方』(新潮社)を選んだ。江國さんは追悼句がうまい。相撲解説者神風正一へは「まっすぐに滝、滝壺に落ちにけり」。イブ・モンタンへは「おほいなる枯葉は土にかへりけり」。ディック・ミネへは「並木道ゆっくり暮れて梅雨に入る」。慶のほうでは、林真理子さんの結婚を祝って「思い出し笑ひし給ふ古代雛」。森繁久彌が文化勲章を受章したときは「うるむ目に秋天どこまでも高し」。この本は慶弔のハガキを出すとき、参考になる。
……・
「古本買い十八番勝負」嵐山光三郎 集英社新書 2005年
                        富翁
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拾い読み備忘録(114)

2016年05月23日 18時30分06秒 | エッセイ
僕の経験から言うなら、外国人に外国語で自分の気持ちを正確に伝えるコツというのはこういうことである。
(1) 自分が何を言いたいのかということをまず自分がはっきりと把握すること。そしてそのポイントを、なるべく早い機会にまず短い言葉で明確にすること。
(2) 自分がきちんと理解しているシンプルな言葉で語ること。難しい言葉、カッコいい言葉、思わせぶりな言葉は不必要である。
(3) 大事な部分はできるだけパラフレーズする(言い換える)こと。ゆっくりと喋ること。できれば簡単な比喩を入れる。
以上の三点に留意すれば、それほど言葉が流暢じゃなくても、あなたの気持ちは相手に比較的きちんと伝えられるのではないかと思う。しかしこれはそのまま<文章の書き方>にもなっているな。
「やがて哀しき外国語」村上春樹著 講談社 1994年
                      富翁
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拾い読み備忘録(113)

2016年05月22日 16時32分38秒 | エッセイ
リオデジャネイロで今年の二月二十四日の午後からはじまったカーニヴァルでは、二十四時間に二十五人の死者が出た。千七百十二人が酒の飲みすぎで病院に収容された。さらに二十七日までの三日間には百六十一人になった。交通事故が大部分であった。一方、サンパウロの今年のカーニヴァルでは四十八時間に二十七人が死亡、二千五十三人が逮捕された。
カーニヴァルというのは途方もない浪費である。それは飲み食いや衣装に金とエネルギーをつぎこみ、時に生命までも浪費するのである。リオの貧民たちは一年の稼ぎを三日間のカーニヴァルで使ってしまうという。踊り狂い、貪り食い、生命をも費消してしまうような、とめどない情熱にとりつかれることが、人間にはあるらしい。……
(「酒池肉林のページェント」海野弘)
「現代思想」1079年4月号
                                  富翁

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