〈川俳会〉ブログ

俳句を愛する人、この指とまれ。
四季の変遷を俳句で楽しんでいます。「吟行」もしていますよ。

拾い読み備忘録(156)

2016年08月10日 18時05分35秒 | 
宮沢賢治論が
ばかに多い 腐るほど多い
研究には都合がいい それだけのことだ
その研究も
子供と母親をあつめる学会も 名前にもたれ
完結した 人の威をもって
自分を誇り 固めることの習性は
日本各地で
傷と痛みのない美学をうんでいる
詩人とは
現実であり美学ではない
宮沢賢治は世界を作り世間を作れなかった
いまとは反対の人である
このいまの目に詩人が見えるはずがない
岩手をあきらめ
東京の杉並あたりに出ていたら
街をあるけば
へんなおじさんとして石の一つも投げられたであろうことが
近くの石 これが
今日の自然だ
「美代子、石を投げなさい」母。

・・・・・・・
・・・・・・・
(美代子、石を投げなさい|荒川洋治)
「詩の新世紀------24人の現代詩人による」新潮社 1995年
                         富翁
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拾い読み備忘録(154)

2016年08月08日 16時20分52秒 | 
私たちの隠れたる者たちは 語らない
たとえば 見上げる樹のそよぐ葉ごもり
覗き込む井戸の底の揺れる水面
いたと思うと たちまち向こうむき
次の瞬間にはゆっくり 消えている
そのくせ突然 暴風雨(あらし)となって空を奔(はし)り
稲妻とともに落下して 窓硝子を灼く
かと思うと朝 両掌(てのひら)に受ける水しぶき
光に泳ぐ埃の粒子に入って つぶつぶ
・・・・・・・
・・・・・・・
「語らざる者をして語らしめよ」高橋睦郎著 思潮社 2005年
                          富翁
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拾い読み備忘録(153)

2016年08月06日 16時32分00秒 | 
独楽
 どうも父の終焉の姿は、独楽の回りの停止の形と似ていたようだ。父は庭を眺め、自ら石を配したり水をそそいだりした一坪程の広さの池を見ていたが、不意に裾をからげ物もいわずその縁を回り始めたのだ。はじめは舞うようにして大きく、次は歌いながら小さく気忙しく、そして三周目は片足でけんけんをしながら庭の全容を見て回り、回り終わって倒れたのだった。それは何となく独楽の回りの不意の停止を思わせた。つまり今迄極小のちまちました回りしかなし得なかった父の独楽が、その時だけは大きく大きく回り始めたのだ。
・・・・・・・・
「島幻記」粒来哲蔵著 書肆山田 2001年
                 富翁
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拾い読み備忘録(152)

2016年08月04日 17時25分27秒 | 
魔法
 知悉している者は少ないだろう。もう誰も読まなくなった書物のなかで、愚かな夢の何世紀かが過ぎて、五百人の爺ばかりが、朝日の丘に集まっていた。
 白髪、義歯、半盲、失禁、もう死ぬことのほか、何も残っていない連中だ。五百人の爺たちは、しかし元気だった。様々の女陰から、この世に出てきて、爺になるまでの年月を生きた悦びに満ちて、誰も彼も笑っていた。
 ばんざい、ばんざい。何故か、彼らは、下半身、丸はだかで、手に手に小旗を持って打ち振っていた。そして、大声で笑っていた。五百人の爺たちの大合唱となって、黒い竜巻のように、それは天に昇っていた。
・・・・・・・・
「鏡と街」粕谷栄市著 思潮社 1992年
                富翁
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拾い読み備忘録(151)

2016年08月01日 19時19分41秒 | 
 ・・・・・・・
 さあ急げ。おれを捨てるべき森はもうすぐだ。そこにこそおれの本来行き着くべき在所があり、おれはそこで月の虚しい滴を浴びて立ちつくす。おまえは二、三度おじぎをし、とぶようにして家にとって返す。こっちを見るな。ふり返るな。手拭をふりまわすな。掌一杯の自由欲しさに、おまえはとっとと家に帰れ。帰ったら嬶と餓鬼に告げてやれ。もう自由だ、と。これからはおれがこの家の主だと。大声で喚きたてろ。かつておれもしたように・・・。半分べそをかきながら。
(「笑い月--息子たちへ」より)
「笑い月」粒来哲蔵著 書肆山田 1994年
                 富翁
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拾い読み備忘録(99)

2016年05月06日 18時41分05秒 | 
 萎れてゆく花たちの美。花びらは身をよじる、まるで火にかざされているように。全く、文字どおりの脱水作用。花びらは身をよじる、種子を露出させるために。種子たちに、幸運を、自由な土地を与えようと決心しているのだ。
そのときだ、花にむかって現れるのは、自然が、みずから開く力が、みずから拡散する力が。花は、痙攣する、身をよじる、躊躇する。そして、育ててきた種子たちが自分を離れてゆく、その勝ち誇るままにまかせるのだ。
(「動物と植物」より)
「物の味方」フランシス・ポンジュ 阿部弘一訳 思潮社 1971年
                            富翁

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拾い読み備忘録(62)

2016年03月05日 20時50分24秒 | 
「だがついでに、近頃私の心につよく感じられ、私の謙虚と服従の能力をますます深めているあるひとつのことを言っておかねばならない―それは次の事実だ―天才というものの偉大さは、ちょうど中性的な知性のかたまりに作用する精妙な化学薬品のようなものだ―それでいて彼らは何ら個性をもたないし、はっきりした性格をもたない―固有の自我をもつ人間の最たるものは権力者なのだ。」
 キーツほどの若さでこれだけの意見がのべられるなら、これは天才の結果としか言いようがない。慎重に、そして伝達の困難さを十分考慮にいれて考えれば、キーツが詩についてのべたことばで真実でないものはほとんどひとつもありませんし、しかも、キーツ自身の詩よりもっと偉大で成熟した詩にまでもあてはまる真実であります。
(エリオット「シェリーとキーツ」より)
「イエイツ・エリオット・オーデン」筑摩世界文學大系71 1975年
                             富翁
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拾い読み備忘録(39)

2016年02月06日 19時31分08秒 | 
 ……・
「殺害してからが問題なのです」と
イギリスの犯罪学者が語っている―
死体の始末
これくらい厄介なものはない
殺害そのもの これはいたって簡単だが
死骸の処分ですな
死ぬと重量は倍加する その物質から
血は流れる それに匂いと分泌物
腐敗して ゴムまりのようにふくれあがる
二十キロの重しくらいじゃ
水面に浮びあがってきますよ
土を掘るにしたって
並大抵のことじゃありません
焼く これがいちばん足がつきやすい
灰というものは「永遠」の分子でしてね 燃料を計算し
 たことがありますが
ある将軍などは
たったひとりの男を殺すために
大戦争を仕掛けて死人の山をつくったくらいです
……・
(「ぼくは夢を見なくなった」より)
「死語」田村隆一著 河出書房新社 昭和51年
                                    富翁
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拾い読み備忘録(15)

2016年01月13日 19時40分55秒 | 
ぼくは ぼく
   からす えいぞう(工藤直子)
ときどき ぼくは
ほんのすこし
いろつきの はねが ほしいな と
おもったりする
ほんのすこし
いいこえで うたえたらな と
おもったりもする
でも
これが ぼくだ と
とんでいく
(○○小学校 10月の詩)
                            富翁
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