山城めぐり(兄弟ブログ biglob)

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阿土山城

2017-11-09 22:16:28 | 山城ー野州
阿土山城は栃木県佐野市(旧葛生町)仙波の阿土山にあります。

阿土山城地図
県道200号線の信号仙波から南50mを左折し常磐小の東側を回ってゆくと金蔵寺があります。この寺から阿土山を目指します。

阿土山の西南600mくらいにある金蔵寺

駐車場の北にある登り道

佐野氏の祈願所である金蔵寺の沿革

駐車場から登って害獣柵を越えて、この登り道を行きます。

金蔵寺から1.7kmとあり、尾根道を登ってゆくと西曲輪に着きます。

大堀切

堀切から西曲輪を見返しています。

堀切から尾根を登って西第二曲輪

第二曲輪から東に尾根を歩くと

第二深堀

第二堀切の先に、阿土山城西虎口

この先は次回とします。

豊代城跡(とよしろじょうせき)、阿土山城跡(あどやまじょうせき)

豊代城跡は豊代町に残る城館跡で、別名佐野源左衛門常世館跡と呼ばれ、東西約110m、南北約150mにわたって、高さ1・5~2mの土塁が今も残ります。こうした城館跡は一辺50~100mの規模が一般的です。本城跡は規模の大きなものです。現在、城跡内にある正雲寺公民館には常世とその母の位牌および、薬師如来と地蔵尊が安置されています。また、北西には常世の守り神といわれる矢越神社がまつられています。

豊代城跡の北方に位置する阿土山城跡は、仙波町に残る堅固な山城です。標高371mの山頂からは、仙波や会沢、葛生方面ばかりでなく、唐沢山も望めます。本城跡は、建永元年(1206)安戸氏が築城したとされ、永禄2年(1559)以後佐野氏が使用し、慶長3年(1598)には天徳寺宝衍(ほうえん)が居城したとも伝えられています。山頂に続く尾根などに大きな堀切が数カ所で認められ、石積みも残されています。

この両城跡は、仙波川と秋山川の合流地点付近に立地しますが、周辺は栃木北部方面と、足尾方面への分岐点になる場所でもあります。両城跡とも、こうした水利や交通における要衝の地をおさえる役目を果たした、佐野における北方拠点の城といえるでしょう。佐野市HPより


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