作家の宇野千代さんはお風呂から上がるとまず、鏡の前で自分の裸を見たそうだ▼少し腰をひねって立つ。自分がボッティチェリの描いた「ヴィーナスの画に似ている」と思えてくる。当時で七十歳過ぎ。「ヴィーナスのようである筈(はず)はない」が、似ていると思うことを「幸福のかけら」と考えた。人から笑われようと、「その一かけらの幸福を(中略)張りめぐらして私は生きていく」−。幸福のかけらを大切に生きるということなのだろう▼この人の場合はヴィーナスではなく「世界最強」が鏡の中にいた。車いすテニス男子の第一人者、国枝慎吾選手が引退する。詳細な記録は必要あるまい。世界最強がコートを去るのが寂しい▼世界ランクが十位のころ、メンタルトレーナーの指導で毎朝、鏡に向かって「俺は最強だ!」と叫んでいたそうだ。続けていると効果が出た。試合中の弱気が消える▼宇野さんによると、幸福のかけらを探すのがうまい人と下手な人がいる。国枝選手は間違いなく、名人だろう。九歳で発病。困難にも自分が前向きになれる世界を見つけ、幸福のかけらを集めては磨いた。その道は本物の「世界最強」につながっていた▼強烈なバックハンド。熱いプレーがどれほど人を励まし、目標となったか。車いすテニス男子の世界ランク。二十位までに日本人選手が六人いる。その人の旅路の置き土産である。
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