車泊で「ご当地マンホール」

北は山形から南は大分まで、10年間の車泊旅はマンホールに名所・旧跡・寺社・狛犬・・思い出の旅、ご一緒しませんか。

ご当地マンホール in 大阪府大阪狭山市

2023年01月31日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・大阪府

大阪狭山市(おおさかさやまし)は大阪府の南東部、南河内地域に位置する町です。崇神天皇の御代、「狭山埴田の水少なく、池溝を開き、民業を広めよ」という詔が日本書紀に記載。また垂仁天皇の御代、「印色入日子命が狭山池を作る」と古事記に記載が残されており、古くより開拓が行なわれた地域であった事が伺えます。市内中央には日本最古のダム式ため池と言われる「狭山池」があり、豊かな水と緑豊かなまちとして、市の象徴となっています。「市の花:ツツジ」「市の木:桜」を制定。

キャッチフレーズは「ふれあいが 人をはぐくむ 水の郷

さらに特筆すべきは、市の条例によりパチンコ店が一軒もない事。個人的に某国の資金源となっているパチンコに対しては嫌悪感しかありません。出来うるなら、存在そのものを撲滅して欲しいと思っています。

明治22年(1889)、町村制の施行により、丹南郡狭山村・三都村が発足。

1896年、丹南郡狭山村の所属郡が南河内郡に変更。

1931年、狭山村が三都村と合併、改めて南河内郡狭山村が発足。

1951年、狭山村が町制を施行し南河内郡狭山町となる。

1987年、南河内郡狭山町が市制を施行して狭山市となるが、埼玉県狭山市と重複するため、即日、大阪狭山市に変更。

狭山池築造1400年を記念して新たに作成されたマンホールには、狭山池と竜神社がデザインされています。

池田市マンホールサミット展示蓋

従来のマンホールには市章を中心に背景の青色は「狭山池」、緑色は「みどり、田園等」をイメージし、その中に「市の木:さくら」「市の花:ツツジ」を配しています。(狭山ニュータウン近辺に設置)

鴻池水未来センター展示蓋

旧狭山町章として昭和35年に制定され、昭和52年5月10日に再制定。昭和62年10月1日に再制定された市章は、「全体で、「さやま」の「さ」をあらわし、上の山形を「山」とし、下の円は大阪狭山市民が「みんな仲良く」という意味を、そして全体で、大鵬の羽ばたくように、未来に向かって大きく進んでいく大阪狭山市の姿を表しています。」公式HPより

旧狭山町時代の仕切弁

中央の知章が不明の側溝蓋

大阪狭山市マスコットキャラクター『さやりん』は、狭山池の龍神様と、市の木:桜の妖精の間に生まれた龍の女の子。普段は狭山池の龍神の祠に住んでいます。

 

撮影日:2009年6月20日&2015年10月9日&2017年4月25日

 

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大阪府大阪狭山市のマンホールカード第2弾

2023年01月30日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・大阪府

2016年8月1日、第2弾として全国40自治体で44種類(累計64自治体74種類)の マンホールカードの配布が 開始されました。「大阪狭山市」のマンホールカードは、「大阪狭山市役所 上下水道部 下水道グループ」でいただけます。

2016年に設置開始されたマンホールには「狭山池と竜神社」がデザインされています。

裏面には上記マンホールと、「狭山池と竜神社」の写真とデザインの由来が書かれています。

「日本最古のダム形式のため池「狭山池」をデザインしました。狭山池が築造されたのは西暦616年。灌漑用水の供給と、大阪府民の命を 水害から守る治水の役割を果たすとともに、人々の憩いの場としても親しまれてきました。その歴史の陰には先人の叡智とたゆみない努力があることは 言うまでもなく、その高い評価から、平成27年3月に国の史跡に指定されました。狭山池とともに描かれているのは、五穀豊穣および安全を祈願して つくられた竜神社と改修の歴史を伝える狭山池博物館です。また、「築造から1400年」の言葉で時の流れを表現し、狭山池の保全と創造の歴史を 継承する決意を刻みました。」

座標軸マンホール

訪問日:2017年4月25日

 

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恩智(おんち)神社 in 大阪府八尾市恩智

2023年01月29日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・大阪府

大阪府八尾市恩智中町に鎮座される「恩智(おんち)神社」。式内社で、河内国二宮。御祭神は、『大御食津彦命(おおみけつひこのみこと)、大御食津姫命(おおみけつひめのみこと)』

『大御食津彦命』『天児屋根命』の後裔。『大御食津姫命』は伊勢神宮外宮に祀られる『豊受姫大神』の別名であるとされ、王子造りの本殿二棟にはそれぞれの祭神が祀られています。

由緒「創建は大和時代の雄略年間(470年頃)と伝えられる。奈良時代に藤原氏により再建されてより、藤原氏の祖神である『天児屋根命』を常陸国「現香取神宮」より御分霊を奉還し、摂社として社を建立。「恩智大明神縁起」では、神功皇后:三韓征伐の際に住吉神・恩智神が現れて皇后を守護したので、恩智神は高安の七郷を賜ったとする。現鎮座地に遷座するまでは西方の天王の森に鎮座したというが、同地は弥生時代中期を中心とする遺跡(恩智遺跡)として知られ、恩智神社の創祀との関連性が指摘される。」

本殿前の左右より神域を守護されるのは、とっても穏やかで優しい表情の狛犬さん一対。平ぺったい頭とたれ目っぽい顔が、漫画の主人公の誰かに似ている気がするのですが・・思い出せません(笑)

拝殿前に鎮座する「神兎」「神龍」

「神卯(うさぎ)」は神様の道案内をしたと云われており、神様を安全にお導きするということから交通安全や旅行安全、良縁など様々な案内、お導きのご利益があるとされます。

縁結びの神縁兎(しんえんうさぎ)」。彦神・姫神の「神兎」が良縁を執り持ちます。

「神辰(りゅう)」は幸せな人生へのお導きのご利益を持っています。まずは本殿前の神龍にお参りし・・・

拝殿前の神龍が持つ「神璽(たま)」をなでて、昇運・開運・幸福を祈ります。

神社の開運絵馬も「神兎」と「神龍」。

摂社「春日神社」、藤原氏の祖神である『天児屋根命』が祀られています。常陸国「現香取神宮」より御分霊を奉還し社を建立。その後、宝亀年間に「枚岡神社」を経て奈良の「春日大社」に 祀られました。これにより当社は「元春日」とも呼ばれています。

「末社:祖霊社」。「橿原神宮遥拝所

手水鉢に一対の吐水兎

境内入り口にある「閼伽(あか)井戸」。弘仁年間(810年頃)、弘法大師が当社に参詣した折、峡谷の岩底に錫杖を突き立てたところ霊水が湧き出したと伝わるもので、全国に数ある【弘法水伝説】 の一つとされます。天候を予知する清水として知られ、雨の降る前になると赤茶色の濁水が流れ出るそうです。

緩やかな石段の途中に見える屋根は、真言宗高野山普門院末寺「天川山:感応院」。国重要文化財の『十一面観音菩薩』を本尊とし、古くは恩智神社の神宮寺として神社の境内にありました。 

帰路に改めて立ち寄った参道。こんもりと茂った木々の間に、拝殿に続く131段の石段が見えています。

石段の途中より参道を守護されるのは、大正期建立のライオン顔の狛犬さん一対。石段の数にしり込みする私を見て笑っているような・・「良いんです、どうせ軟弱ものです」(笑)

車参拝の為最後になってしまった一の鳥居。改めての拝礼で車に戻り帰路につきました。

参拝日:2015年10月10日

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御祭神一口メモ

『大御食津彦命(おおみけつひこのみこと)・大御食津姫命(おおみけつひめのみこと)』。食物に功徳のある神。女神。

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ご当地マンホール in 大阪府八尾市

2023年01月28日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・大阪府

八尾市(やおし)は大阪府の中央部東寄りに位置する町です。西は大阪市に、北は東大阪市に、南は柏原市・松原市・藤井寺市に、東は高安山をはじめとする急峻な生駒山系が、奈良県との府県境を形成しています。河内地区の夏を賑やかに彩る「河内音頭発祥の地」として知られる「常光寺」の正調河内音頭は、室町時代、常光寺再建の折に木材を旧大和川から運んだときに歌われた木遣り音頭がルーツと されています。「市の花:菊」「市の木:銀杏」を制定。

キャッチフレーズは「元気をつなぐまち、新しい河内の八尾」

市役所前の河内音頭の踊り子像

明治22年(1889)、町村制の施行により、若江郡八尾村・西郡村・龍華村・久宝寺村・大正村・西郡村・曙川村・南高安村・北高安村・中高安村、南河内郡志紀村が発足。

1896年、郡の統廃合により、若江郡が中河内郡となる。

1903年、八尾村が町制を施行、中河内郡八尾町となる。

1927年、龍華村が町制を施行、中河内郡龍華町となる。

1931年、北高安村・中高安村が合併、中河内郡高安村が発足。

1948年、中河内郡西郡村、龍華町、久宝寺村、大正村と合併、八尾市が発足。

1953年、南高安村が町制を施行、中河内郡南高安町となる。

1955年、八尾市が河内市福万寺・上之島、中河内郡南高安町、曙川村、高安村を編入。

1956年、志紀村が町制を施行、南河内郡志紀町となる。

1957年、八尾市が南河内郡志紀町を編入、現在に至っています。

マンホールには「八」にちなんだ八角形を中心に「姉さんかぶりの女性が糸車で糸を紡ぐ姿が」が描かれています。八角形の外枠には、「市の花:菊」と、河内木綿の伝承の地を象徴した「綿の実」がデザインされています。

河内木綿

池田市マンホールサミット展示蓋

鴻池水未来センター展示蓋

シールタイプのマンホール、八尾市役所がデザインされています。

昭和33年7月4日制定の市章は「「YAO」のYとOで構成されており、円は円満な市政の遂行を、円から少し突出させたYは、市の将来の発展を表現しており、Yによる円の三等分は、平和・自由・平等を意味しています。」公式HPより

消火栓

水道バルブ

八尾市下水道マスコットキャラクター『ヤッタくん』。 ヘルメットの中には、下水道の七つ道具が入っています。

 

撮影日:2008年4月26日&2017年12月11日&2018年5月21日

 

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大阪府八尾市のマンホールカード

2023年01月27日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・大阪府

2017年12月9日、第6弾として全国64自治体で66種類(計252自治体293種類)の マンホールカードの配布が 開始されました。「八尾市」のマンホールカードは、「八尾市役所下水道課」でいただけます。

1990年に設置開始されたマンホールには「姉さんかぶりの女性が糸車で糸を紡ぐ姿が」がデザインされています。

裏面には上記マンホールと、「糸車」と「菊」と「河内木綿」の写真とデザインの由来が書かれています。

「八尾市の公共下水道事業施行30周年を記念して制作したマンホール蓋です。 「八尾市の特徴・イメージがよく表現され、下水道のシンボルとして広く市民に親しまれるデザイン」を公募し、選定しました。 絵柄は落ち着いた色彩でまとめられており、八尾市の「八」にちなんだ八角形の枠の中には、姉さんかぶりの女性が糸車で糸を紡ぐ姿が描かれています。 これは、八尾を伝承の地とする「河内木綿」の生産の様子を表したものです。 一方、八角形を取り巻くように描かれているのは、河内木綿の実と市の花「菊」です。 菊は古くから河内地方に馴染みが深く、市民に親しまれている花です。」

配布先展示マンホール

河内木綿と糸車

訪問日:2017年12月11日

 

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産須那(うぶすな)神社 in 大阪府守口市寺方

2023年01月26日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・大阪府

大阪府守口市寺方元町に鎮座される「産須那(うぶすな)神社」、御祭神は『菅原道真公』

「創建年代は元和元年(1615)大阪の陣で消失し不詳、室町時代と考えられる。寛永元年(1624)社殿を再建、寛延二年(1749)、五条家より道真公の木像を寄せられ社殿に祀られる。」神社由緒より

唐破風付きの拝殿前より神域を守護されるのは、赤い前垂れ姿とお獅子顔がとっても!微妙な、昭和58年建立の狛犬さん一対。

おそらく先代さんをなぞった狛犬さんではないかと思いますが、それらを知る手掛かりは一切なく、社伝の新しさも相まって何とも微妙な感じ。

ちなみに御祭神が天神様なので、神牛さんも奉納されています。

神牛さんの後方に見える朱の鳥居群は「境内社:稲荷社」

こちらもかなり新しい神狐さん一対が神域を守護されています。技術の発達は素晴らしい事なのですが・・こんな風に何でも機械彫りで単一化してしまうと・・神獣ファンとしては一抹の寂しさを覚えます。

安産祈願の絵馬。

消化不足の感が否めない守口市神社巡り(笑)。最後は神社巡りで見かけたとあるお宅の屋根の上の鍾馗様。守口市内で見かけた鍾馗様は、なんとこの一体だけ。お仲間の鍾馗さんファンに情報提供して、とても喜ばれました。こういう発見は地味に嬉しい(〃∇〃)

参拝日:2009年11月16日

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1月24日に医師から処方された「人口唾液:サリベート(エアゾール)」。唾液の代用をして口の中を継続的に潤す薬です。唾液が出にくくなり、口が渇く、痛みが出る、食べにくい、話しにくいなどの症状が現れたときに、症状を和らげるために一日数回用いる 」 まだ二日しか使っていないので効果が出ているのかどうなのか、正直・・わからない(^^;) それにしても「人口唾液」かぁ・・・医学の進歩は凄い💗

 

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高瀬(たかせ)神社 in 大阪府守口市 

2023年01月25日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・大阪府

大阪府守口市馬場町に鎮座される「高瀬(たかせ)神社」、御祭神は『天御中主命(あめのみなかぬしのみこと)』。式内社で、旧社格は村社。

創建は不明。社伝では「聖武天皇の勅願により行基が高瀬里に鎮座したものとされる。江戸時代中期、高瀬神社が再興。現在の社殿はこの時のものと伝えられる。」

日本神話によれば『天御中主命』は、天地開閉の時、高天原に最初に現れた神とされています。天孫降臨以前から大和の国にい坐(わ)せし神とも云われ、太古よりこの地の氏神として奉祀されました。

社殿前より神域を守護されるのは注連縄に紙垂飾り、更に白い前垂れを付けられた浪花タイプの狛犬さん一対。まん丸いお鼻に親近感アップ(笑)

拝殿の向背の上では、細長いのにがっちりした体格の木彫りの獅子が、満開の牡丹をしょって、境内を見ています。

貫の龍は何というか・・・とってもユニーク(^^;) 

阿形さんなんて完全に爬虫類顔ですよ

「境内社:稲荷社」

境内の一画に『衣笠内大臣』の歌碑。
【 さしのぼる 高瀬の里のいたずらに 通う人なき 五月雨の頃 】

「高瀬神社」が鎮座される一帯は旧大和川と淀川の合流地点であり、土砂の堆積のため浅瀬となる事から、古来より「高瀬」と呼ばれていました。高瀬川は古くより歌に詠まれ、「高瀬の里」「高瀬の淀」など有名な枕詞として使われました。

参拝日:2009年11月16日

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一口メモ

『衣笠内大臣ー衣笠 家良(きぬがさ いえよし)』、鎌倉時代初期から中期にかけての公卿・歌人。新三十六歌仙の一人。勅撰和歌集に69首が収録されている。

私の一押し(新勅撰三十八に収録)

【 玉ぼこの 道のゆくての春風に 誰が里しらぬ 梅の香ぞする 】

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佐太(さた)天神宮 in 大阪府守口市 

2023年01月24日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・大阪府

大阪府守口市佐太中町に鎮座される「佐太(さた)天神宮」。御祭神は『菅原道真公』。

一の鳥居に架けられた「佐多天神宮」の額は『二品竹内御門主良尚親王』による御宸筆。

「昌泰四年(901)、菅公が大宰府に遷せられし途中、公の領地であった当地に暫時滞在され、その出立に際して御自身の木像と自画像を残された。この時楊枝を土に挿し「わが身の無実の罪たる証拠として二葉の松となって生い栄えよ」と誓われたところ、程なく発芽し、見事な松の木に成長したので、その名を「アカ松」(明しの松)と称えられた。公が大宰府で薨去されてより五十年後の村上天皇天暦年中に、里人がその徳を慕って、残しおかれた木像をお祀りしたのが佐太天神宮の創建とする。」大阪府神社庁HPより

寛永17年(1640)に本殿が再興され、続いて慶安元年(1648)に拝殿、神門、鳥居等が造営。

2003年1月には、本殿、幣殿、拝殿が大阪府有形文化財の指定を受けました。

境内には二体の御神牛が奉納されていますが、こちらの神牛さんは金網の舎の内に納められており、画像では全体像がとらえきれません。随分と古いもののように見受けられます。

「牛社」に奉納された神牛さん・・こちらは焼き物でしょうか?艶やかな色合いは奉納年の新しさなのでしょうか?

拝殿前左右より神域を守護されるのは、いわゆる「鈴しょうわ」と呼ばれる護国タイプの狛犬さん。頑張っておいでなのに、何故か狛犬ファンにはあまり受けが良くありません(^^;)

「境内社:稲荷社」。御祭神は『宇迦之御魂大神』

祈願絵馬「梅と御神牛」

参拝日:2009年11月10日

 

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守居(もりい)神社 in 大阪府守口市土居

2023年01月23日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・大阪府

大阪府守口市土居町、商店街の一角に鎮座される「守居(もりい)神社」。御祭神は『素戔鳴大神(すさのおおおかみ)・賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)』

社記では「天道神・太歳神・歳殺神・また素盞鳴命・三輪明神・清瀧明神・日吉権現・新羅明神・三井神ともある。醍醐天皇延喜18年(918)、淀川洪水の時、西南石礫の渕で、我天道神也。我を祀れと振鈴の声で告げがあり、淀川流域の守護神として此の地に「土を居いて」お祀りしたのが創りとする。地名を土居の庄と称し昔は、土居神社と称号された。」

境内を入って右手、神域を守護されるのはいかつい顔立ちの浪花狛犬さん一対。首にかけられた前垂れの紅白と、いかついお顔とのアンバランスが何とも絶妙。何よりも阿吽で紅白の前垂れと言うのも初めて!

でもって吽形さんの背中には、顔だけはいっちょ前の子狛犬さんがしがみ付いています。手元や胸前に仔狛さんがいるのはよく見かけますが、背中にいるのは意外と少数なんですね。「大阪ではとても珍しい子獅子を背負った狛犬という事でY新聞が取材に来た事もある」と、宮司さんが教えてくれました。

拝殿前、玉垣の中には鳥居に掛けられていた額が安置されています。そう言えば一の鳥居には額が無かったような・・もしかしたら万が一を考えてこちらにお移ししたのかも。何しろアーケードの商店街に鎮座されているので、そんな用心も必要なのかもしれません。

拝殿近くで神域を守護されるのは、明治十亥年建立の狛犬さん一対。どっちかというと中国地方でよく見かける扁平頭に強面顔の狛犬さん。今回も薄暗い中で見るせいか、より一層強面です(笑)

拝殿の左手に「境内社:稲荷神社」への通路があり、奥に鮮やかな朱の鳥居に護られたお社が鎮座されています。

玉垣の内より神域を守護されるのは、耳垂れ浪花狛犬さん一対。薄暗いせいでお顔が今一つ鮮明でないのが惜しまれます。

境内の切り株に納められた「社の恵比須様」。案内には「此の恵比寿人形 淡路島阿那賀の民家倭内に百数拾年間祀られていたもの 平成拾七年拾弐月 当地に遷座」とあります。

御神紋「五瓜に桔梗」の腹掛けを身につけた御神馬

参拝日:2009年11月10日

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御祭神一口メモ

『賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)』、『火雷大神(ほのいかづちのおおかみ)』の子。上賀茂神社の御祭神『玉依姫』が瀬見の小川(賀茂川)から流れてきた丹塗矢を寝床近くに置いた際に懐妊したと伝う。

 

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ご当地マンホール in 大阪府守口市

2023年01月22日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・大阪府

大阪府守口市(もりぐちし)は大阪市の北東部に接し、北側は淀川に面して門真市を取り囲む形で形成されています。花博記念公園鶴見緑地の西半分は守口市であり、また、パナソニックの本社所在地は門真市ですが、本社事務所は守口市に立地しています。市名は、地域周辺から飯盛山へ広がっていた原生林の入り口の意から生じた「森口」が、石山本願寺と大坂城との関係による軍事的意味での「守口」に変化したとされています。(画像は守口市役所旧庁舎)「市の花:サツキ」「市の木:クスノキ」を制定。

新庁舎内1Fロビー

キャッチフレーズは「「文化香る定住のまち」をめざして」

明治22年(1889)、町村制の施行により、茨田郡守口町・三郷村・庭窪村が発足。

1896年、茨田郡が北河内郡に変更。

1936年、三郷村が町制を施行、北河内郡三郷町となる。

1946年、北河内郡守口町と三郷町が合併、市制を施行し守口市が発足。

1948年、庭窪村が町制を施行、北河内郡庭窪町となる。

1957年、北河内郡庭窪町を編入、現在に至っています。

マンホールには市制70周年を記念して誕生したマスコット「森口大根を抱える:もり吉」と「市の花サツキ」がデザインされています。

市役所新庁舎内:展示マンホール

池田市マンホールサミット:展示マンホール

従来のマンホールには昭和60年10月に完成した京阪守口駅前開発のシンボルである「カリオン」を中心に、「市の花:サツキ」がデザインされています。(京阪本通1丁目のアーケード商店街)

守口市と再開発地を結ぶ歩道橋モニュメント「希望の鐘:からくり時計のカリヨン」

鴻池水未来センター展示マンホール

親子蓋の親サイズマンホール

「水道局」「バタ弁」のマンホールには、市章を中心に「市の花:サツキ」がデザインされています。(流れの方向に対する弁体の角度を変え、流量や圧力を調整するバタフライ弁が納められている。)

管理孔のカラー蓋、市章と「市の花:サツキ」がデザインされています。

昭和26年11月1日制定の市章は「「守口」の2文字を図案化したものです。 「守口の二文字」を、太く、力強く表現しています。」公式HPより

仕切弁

消火栓

柴犬をイメージして誕生した守口市マスコットキャラクター『もり吉』。好物は守口大根で漬けた「守口漬」という渋さ(笑)が受けています。

撮影日:2008年3月4日&2015年2月10日&2017年12月11日

 

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