
上野リチ『壁紙「そらまめ」』(部分)
パソコンのデスクトップに設定する画像や模様のことを、「壁紙」という。このブログをご覧の方なら先刻ご承知のことであろう。パソコンを立ち上げたとき、何よりも先に眼にするのが壁紙であって、パソコンの顔とでもいうべき存在かもしれない。そのせいかどうか、壁紙のデザインに凝る人は、本当に凝る。オリジナルの壁紙をダウンロードするサイトも無数にあるようだ。
だが不思議なのは、パソコンの壁紙というものは、そんなにしょっちゅう見ているものではないということである。壁紙が表示されているということは、電源は入っているけれどパソコンを使ってはいないという状態だ。しかしいつまでもそのままにしておくと、これはもちろん各自の設定にもよるが、スクリーンセーバーなるものが起動して壁紙は見えなくなってしまう。いくら壁紙に凝ったところで、人の眼に触れる時間はそれほど多くない。携帯電話が鳴ったらすぐに出なければならないのに、着メロなるものにこだわるのと同じような奇妙な矛盾が、マルチメディアの世界にはまだまだありそうな気がする。
(ついでにいえば、フォルダだのアイコンだのインストールだのという、これまで全然耳慣れなかった専門用語にまじって、「壁紙」や「ごみ箱」のような手垢のついた日本語が堂々とまかり通っているのも奇異である。「ごみ箱」など、「ダストボックス」とでもいいかえたほうがよっぽどカッコイイのではないかと思うのだが・・・。)
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上野リチ
なぜこんな変な話をはじめたかというと、先日「壁紙」の展覧会を観たからだ。というとあまり正確ではないが、ウィーン生まれの上野リチという女性がデザインした壁紙や服地のデザインを観たのである。彼女はあのヨーゼフ・ホフマンの指導を受け、やはりホフマンの事務所にいた建築家・上野伊三郎と結婚して京都に住んだ。のちには夫婦揃って京都市立美術大学(今の市立芸大の前身)の教授となり、退官後にはインターナショナルデザイン研究所を設立して後進の指導にあたったという。ぼくは彼らの存在をまったく知らなかったが、関西ではふたりの教えを受けた人たちがたくさん活動しているようである。
リチが30代前半のころにデザインした壁紙は、80年以上経った現在でもちっとも古くなく、軽快で、ある種のポップさすら感じさせるものだった。若い女性なら、「かわいい」といって眼を輝かせるかもしれない。クリスマスオーナメントのデザインなど、今どこかの店に売られていてもまったく違和感はないだろう。このようなセンスをもったヨーロッパ女性が日本人と結婚して、日本に住む気になったのが不思議にも思えてくる。
それというのも、夫である伊三郎の建築というのがまことにモダンで、華美な装飾とは相容れないような無機質な建物に見えたからだ。しかし現存するものはほとんどないらしく、モノクロ写真とおびただしい設計図を観たかぎりのことだが、妻のリチが自然の草花や鳥などから生き生きしたモチーフを取り出してくるのに比べると、いかにも頭で計算してこしらえたような、こちらは漢字の“理知”的な創造物だという印象を受けたのである。しかもそのふたりが京都に拠点を据えたというのだから、ますます不思議な感じが否めない。
だが彼らは、夫は建物を設計し、妻は内装を手がけるというやりかたでコラボレーションを次々と展開する。昭和ひとけたの時代の京都に、幾何学的で硬質な外観と、明るくリズミカルな壁紙をもった店舗がたくさん出現したのである。その組み合わせは写真で観ても異様な感じがするが、当時の人々の眼にはどんなふうに映ったことだろう? ぼくがパソコンと「壁紙」との奇妙な関係に思い至ったのも、理由のないことではない。
さてその設計図のなかに、「寺町錦スター食堂」というのがあって驚いた。今でも新京極に「レストラン スター」というのがあるが、その前身にちがいない。ぼくも2度ほど食べたことがあるのだが、そんなに歴史のある店だとは思わなかった。現在の店内がどんな壁紙で飾られていたのかは、残念ながらまったく覚えていないが、今でも地元の人は「スター食堂」と呼んでいるようである。
戦時中は敵国言語の禁止令を受けて「東亜食堂」に名前を変えていたというが、店の内側は東亜どころか、異国の女性の手によって華々しく装飾されていたのかもしれない。そこの社長のブログには、偶然ではあろうが、リチの故郷であるウィーンに研修旅行をしたことが書かれていた。なお当初の寺町錦にあった食堂は、今ではパーティー会場のようなものになっている由である。

往時の「スター食堂総本店」

現在の「レストラン スター」(筆者撮影)
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上野伊三郎とリチによってはじめられたインターナショナルデザイン研究所は、のちに京都インターアクト美術学校と名前を変え、現在でも存続している。しかしホームページを見てみると、驚いたことに、新たな学生の募集を停止する旨の告知が掲載されていた。詳しいことは何も知らないので無責任なことはいえないが、ひょっとしたらその役割を終えようとしているのかもしれない。同校が保管していた上野夫妻に関する資料がこのたび美術館に一括して寄贈されたのも、そのことを見据えての話だったのではないかと思えてくる。
京都市美術館では、今月末に同校の作品展が開かれるそうだ。上野夫妻が撒いた種がどんな花を咲かせているのか、のぞいてみるのも一興かと思う。
(了)
DATA:
「上野伊三郎+リチ コレクション展 ウィーンから京都へ、建築から工芸へ」
2009年1月6日~2月8日
京都国立近代美術館
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あまり知られてない方ですが、こんなにも素敵な作品を残して、全く古さを感じないテキスタイルの数々に感動してきました。知らない作家さんを知った時は本当に嬉しいですね。アートは自分の感性を刺激してくれるなあとつくづく感じました。またブログ、訪れます。では。