天皇陛下の靖国神社御親拝を希望する会会長

日本人の歴史認識は間違っています。皇紀2675年こんなに続いた国は世界の何処を探しても日本しかありません。

2.富田メモの解釈

2017-05-17 07:59:58 | 時事




富田メモとは


『前にもあったが どうしたのだろう
中曽根の靖国参拝もあったが
藤尾(文相)の発言。
=奥野は藤尾と違うと思うがバランス感覚の事と思う、単純な復古ではないとも。
私は 或る時に、A級が合祀されその上 松岡、白取までもが、
筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と
松平は平和に強い考があったと思うのに 親の心子知らずと思っている
だから私 あれ以来参拝していない それが私の心だ』


これを秦郁彦・半藤一利の分析を


『昭和天皇、A級戦犯靖国合祀に不快感』


と結論づけたのですが、

「テレビで報道された際は裏返しであった富田メモの3枚目を反転して読むと、これが天皇の発言とするのに矛盾が生じる。

天皇が自身の参拝を「参拝」と言っているのはおかしい(「参拝」とは言わず「親拝」と言っていたはずだ)。

現在この手帳は遺族が保管し公開されていないため、残り3枚も含めて厳密な資料批判が行えない。」

などの疑義も出ていますが、ひとまず今回は

『昭和天皇、A級戦犯靖国合祀に不快感』

としてこのことをどう解釈するかを考えたいと思います。

中曽根内閣に文部大臣として入閣直後に歴史教科書問題に関連して

「戦争で人を殺しても殺人(罪)には当てはまらない」

「韓国併合は合意の上に形成されたもので、日本だけでなく韓国側にも責任がある」

の発言で罷免されました。

この藤尾の発言を「単純な復古ではない」と仰っておられます。

復古とは昔の体制に戻ることを意味します。これだけでは昭和天皇のお気持ちは正確には分かりません。

所謂人間宣言と呼ばれるお言葉の一節を考えれば分かると思います。
『且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ』の日本人を他の民族よりも優越しているとの考えが「復古」であると理解出来る。

つまり、「単純な復古ではない」とは

やたらに過去の日本を正当化しているのではなく、あの当時は合意の上での併合であったという一方的に日本だけが悪かったのではないという複雑な思いがあることを陛下はご理解されていた、ということで今日まで韓国と上手くやってきたのにどうしたのだろうと驚かれていらっしゃいます。



これに続く戦犯合祀に関する発言です。
藤尾発言が昭和61年富田メモが昭和63年のものです。戦犯合祀は10年前昭和53年です。如何でしょうか、完全に過去を回想しての思いであることが判ります。「前にもあったが」は恐らく合祀?との仮説もたちますが、つまり過去の現象についての現在のご感想であることが判ります。

従って、『合祀が余りにも拙速だった為に今まで果たして来た事が水の泡となってしまったことに強い不快感を露わになされたのであり、その結果未だに靖国親拝が叶わないではないか!』と藤尾氏に向けた御感想を述べていらっしゃるのではないでしょうか。

戦犯に対しての不快感はなく、合祀が早すぎ問題化し、靖国に行けない不快感との解釈が一番自然なのです。



『この年のこの日にもまた靖國のみやしろのことにうれひはふかし 』


先帝陛下が昭和61年8月15日に詠まれた大御歌です。
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