みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

みな、無事に

2016年08月25日 | 使徒の働き

使徒の働き 27章27−44節

 日本から小包が届いているとの知らせで郵便局まで行くと、このようなものが中に…。日本にいる時には簡便なもので済ましていたのに、こちらで本格的なものを用いるとは不思議ですね。ありがとうございます! 

 クレテ島からアドリヤ海、そしてマルタ島といえば、今なら地中海クルーズの人気コースですが、パウロを乗せた船は快適などとはほど遠い、波に任せての漂流を続けていました。「あなたは必ずカイザルの前に立ちます」との神からの約束ゆえに、必ず助かるので元気を出すようにとのパウロのことばがどのように実現するのか、ハラハラドキドキという場面です。事はスムーズには運びません。途中、暗礁に乗り上げるのを恐れた水夫たちが船から出ようとしたり、船がマルタ島に座礁した時には囚人たちが逃げる前に殺してしまおうとの兵士たちの策略があったりしました。

 しかし、神がパウロに「あなたと同船している人々をみな、あなたにお与えになった」と約束したこともまた、完全に実現し、276名の人々が誰一人欠けることなく上陸しました。

 心に留めたのは、「みな、無事に」ということばです。神のなさることはすべて時にかなって美しいという伝道者の書の一節を思い起こします。神のことばは、中途半端にではなくて完全に実現するということに、勇気を得るのです。

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元気の素

2016年08月24日 | 使徒の働き

使徒の働き 27章13−26節

 パウロの助言に耳を傾けずに、船は出帆しました。ところがユーラクロンが陸から吹き下ろしてきたとあります。この、ユーラクロンとは、ある英語訳聖書では「北東風」と訳されています。いわゆる「地方風」という暴風の一つだと考えられています。それにしても、「おりから、穏やかな南風が吹いて来ると」錨を上げる人々の姿を愚かだとして批判することはできないと思いました。自分も、そのようにして動くことが多いのではないかと思うからです。

 暴風は二週間近く続きました。その間の経緯が同船していたルカならではの臨場感をもって語られています。最初の日は小舟を引き上げ、備え綱で船体を巻き、船具を外して(海錨〜シーアンカー〜を降ろして)船を流れるに任せました。二日目には積荷を捨て始め、三日目には、船具(海錨)を投げ捨てます。事態は悪化するばかりです。ルカは「私たちが助かる最後の望みも今や絶たれようとしていた」とまで書いています。

 その時立ち上がったのはパウロ。誰もが助からないだろうと思っているような中で、「元気を出しなさい」と励ますのです。パウロはここでいわゆる空元気(からげんき)を出しているのではありません。神が御使いを彼のところに送ってお伝えになったことを根拠にしています。それが、「恐れてはいけません。パウロ。あなたは必ずカイザルの前に立ちます。そして、神はあなたと同船している人々をみな、あなたにお与えになったのです」ということばです。

 驚くことに、自然の驚異に翻弄されていながら、船は壊れるが誰一人としていのちを失わないと、パウロは断言するのです。どのようにしてローマに行くか、いや、行けるかについて、神はあらゆる抵抗する力を退けて、一人のご自分の器をローマにお届けになろうとしておられます.しかも、パウロだけでなく、同船のすべてのいのちを守ろうとしてしておられます。

 これこそ、「元気の素」なのですね。

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イタリヤ行の船に

2016年08月23日 | 使徒の働き

使徒の働き 27章1−12節

 日本では東日本に続けて台風が接近上陸して、大雨や強風の被害が出たようです、お住まいの辺りはいかがでしたか。台風は報道のように大きな被害をもたらしますが、一方で枯れ気味の水がめを潤すという面もあるようです。被害が出ない程度にほどほど雨が降って…となってほしいのですが、そうはいきません。

 いよいよ、パウロのローマ行が具体的に動き出しました。最初は沿岸沿いを寄港して行く小さめの船に乗せられました。「アドラミテオ」とは、今のトルコ西部エーゲ海に面したエドレミトという町のことです。この船は陸地の見えるぐらいの海を航行するのです。パウロたちは、この船に乗せられて、シドン、キプロスの島陰、そしてミラに入港します。ミラは、今のトルコのアンタルヤの西にあります。彼らはここで、大型船に乗り換えます。今のエジプトのアレキサンドリヤの船で、大量の穀物の他に276人も乗せることができる当時の外洋大型船でした。しかも、イタリヤ行です。ついに、ローマまで手の届くところまで来たのです。

 しかし、そうは簡単には行かなかったことがやがてわかります。クレテ南岸の「良い港」まで来たとき、進むかとどまるのかという判断が迫られました。パウロはこれまでの伝道旅行で何度も船に乗った経験に基づいて助言したのですが、百人隊長はパウロの助言よりも船長や航海士のほうを信用しました。

 自分の思いが伝わらないときには、不機嫌になって怒ったり、落ち込んだりすることがあります。パウロはどうだったのでしょうか。行動の自由があるならば、「それでは私は降ります」というようなこともできるのでしょうが、いくら百人隊長がパウロに親切にしたと言っても、パウロは囚人です。そのような時に彼を支えたのは、「…ローマでもあかしをしなければならない」との主イエスの約束、命令のことばではなかったか、と想像します。

 望みを抱けないような局面に置かれても、神のことばが信仰者を支えるのです。

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私のように

2016年08月22日 | 使徒の働き

使徒の働き 26章19−32節

 夕食後に近所を散歩。お気に入りの通りにある壁の蔦の葉が少し色づいていました。風もヒンヤリとし、秋の始まりを覚えるような日曜日でした。ちょっぴり夏の疲れが出ているのかしら、というようなここ数日です。

 アグリッパ王(アグリッパ2世)の前でのパウロのあかしの後半。彼は、自分が主イエスによる天からの啓示に背かずに、自分が遣わされる所で「悔い改めて神に立ち返り、悔い改めにふさわしい行ないをするようにと宣べ伝えて来た」と語りました。そして、キリストの受難と復活とはあらかじめ旧約聖書で語られたことであり、自分はそれ以外のことは語らなかったと話しています。

 パウロの話に相当の迫力があったのでしょうか。二通りの反応が見られます。

 ローマ人フェストには、パウロの話があまりにも現実的ではないと考えて、「博学があなたの気を狂わせている」といってさえぎろうとしました。一方アグリッパ王は、「あなたは、わずかなことばで、私をキリスト者にしようとしている」と言っています。「みことばの光」には、アグリッパは聖霊の迫りを覚えたのだろうとあります。もう少しでパウロの話を受け入れてしまうという思いが、「わずかなことばで…」という反応に至ったのだと思います。 

 パウロが「私のようになってくださることです」と同席の人々に言ったときに、アグリッパと総督フェストたちが席を立ちました。さえぎることば、かわすことば、そしてそこから立ち上がるというのは、イエス・キリストの福音を聞いた人々に見られる典型的な態度のように思えます。

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何で身を飾るか

2016年08月20日 | 使徒の働き

使徒の働き 25章13ー27節

 久しぶりに中心市街地に出て、移転したと聞いていたキリスト教書店を訪ねました。前よりも人が多い通りにあります。日本のキリスト教書店と似て、書籍の他に、様々なグッズが比較的多くのスペースをとっているという印象でした。たくさんの方に訪れてほしいと思います。

 きょうの箇所に登場するアグリッパは、正式にはアグリッパ2世。父親のアグリッパ1世は、使徒ヤコブを殺害しペテロを投獄しました(12章)。アグリッパは、フェストが総督に着任した祝いにカイザリヤを訪ねました。フェストからパウロの話しを聞いたアグリッパは、「私も、その男の話しを聞きたいものです」と言ったので、フェストは翌日聴聞会のようなものを開くことになりました。

 アグリッパと妹のベルニケとが「大いに威儀を整えて到着し」(新共同訳聖書「盛装して到着し」)、という23節のことばが目に留まりました。囚人パウロの話を聞くために、ユダヤの領主として君臨するアグリッパが祭りの行列のように盛装して聴聞会場に入るさまを想像してみました。アグリッパは王としての威厳を保とうとして臨んだのでしょう。そこに、フェストによってパウロが連れられて来ました。きらびやかな服装に身を飾る二人とパウロとは何と好対照だったことでしょう。

 けれども、どちらが真に身を飾っていたのかと考えてみれば、イエス・キリストを身にまとったパウロでした。「あなたがたは、古い人をその行ないといっしょに脱ぎ捨てて、新しい人を着たのです」とは、パウロが書いたコロサイ人への手紙2章9、10節のことばをおぼえます。

*写真はカイザリヤの円形劇場

 

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