スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

ライバル&不足と欠乏

2018-02-02 19:10:41 | 歌・小説
 Kが発した「私は金がない」ということばの奥さんの解釈は,それが嫌味ではないというものであったことは確実だと僕は解します。つまりKが,静は財産を目的として先生と結婚するのであるとか,同様に奥さんは先生の財産を目当てに静を先生と結婚させるのだ,というようには奥さんは受け止めなかったのだと僕は解します。
                                   
 このとき,テクストの上では嫌味として解することが可能なKの発言を,奥さんが嫌味と解さなかった理由については二通りの解釈ができると僕は考えています。
 ひとつは,静が先生と結婚するにあたって,Kが先生のライバルとなり得ることが奥さんのうちにはなかったという場合です。この場合,たとえ静が先生と財産を目当てに結婚するのであると仮定しても,財産がないがゆえにKは静とは結婚することができないという意味は奥さんのうちには発生のしようがありません。そして実際に,静に対するKの恋心を知っていたのはKのほかには先生だけであったのですから,奥さんはKが静と結婚したがっているということは知らなかったと解するのは妥当です。
 ただ,この解釈には弱みがあります。というのは,先生がKと同居することを提案したときの奥さんの拒絶のあり方から察すると,奥さんはKを同居させれば静の結婚相手としてKが先生のライバルとなってしまうということを十分に想定していたと思われるからです。奥さんは先生との同居を決定したその時点で,先生を静の結婚相手として肯定していたと思われるので,ライバルの存在はむしろ不都合でした。なので,奥さんはKが先生のライバルとなり得ることに関しては十分に想定していたのだけれども,実際に暮らしてみたら,Kは静に対して何の興味も有していないように思われたので,Kの発言があった時点では,Kを先生のライバルとはみなさなくなっていたということが,この解釈の場合には必要になると僕は考えます。
 それを明確に否定するようなテクストはありません。しかし肯定するテクストもないのです。よって僕はこの解釈は採用していません。

 第二部定理三五は,虚偽falsitasも誤謬errorも同じものとして記述されています。ですが僕は虚偽と誤謬を明確に異なったものとして規定します、すなわち虚偽は混乱した観念idea inadaequataそのもののことであり,誤謬は混乱した観念を十全な観念idea adaequataと思い込むことと規定するのです。
 僕の規定に当て嵌めると,この定理Propositioは二重の意味を有するようになります。すなわち,虚偽も誤謬もある認識cognitioの不足によるのですが,虚偽の場合に何が不足しているかといえば,第一部公理四により原因の認識が不足しているのです。重要なのはこれはあくまでも不足であって,欠乏ではないということです。つまり第三部定義一により,部分的原因causa partialisは認識されていて,十全な原因causa adaequataは認識されていないのです。たとえばAとBによってXが発生するというとき,Aだけは認識されていてBは認識されていないというのがこの場合に該当します。したがってこの場合のXの混乱した認識にはBの認識だけが不足していて,Aの認識はあるのです。これがそれは不足であって欠乏ではないという意味です。
 一方,誤謬の場合に何が不足しているかといえば,単に虚偽の場合に不足しているのと同じことだけが不足しているわけではなく,それが虚偽であるという認識も不足しているのです。この場合には,ただこれだけでみるなら不足ではなく欠乏であるといっても構いません。ただ,上述の例でいえばXの認識があるということは確かなので,Xが虚偽であるという認識だけが不足していると僕は解します。というのは,これが虚偽であるという認識は必然的にnecessario欠乏するというわけではなく,不足する場合もあれば不足しない場合もあるからです。よってそれが不足していない場合は,その人間の精神mens humanaは虚偽には陥っているけれど誤謬は犯しておらず,不足している場合は単に虚偽に陥っているというだけでなく,誤謬も犯していると僕は解します。ただ,不足というのか欠乏というのかは,単にことばの上での争いにすぎないという面があり,僕がそれで何をいおうとしているのかということを正しく理解してもらえるのであれば,それを不足というのか欠乏というのかということについて争う気は僕にはまったくありません。
コメント
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