スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

自然の権利と自然的権利&虚偽への妄信

2018-02-09 18:59:48 | 哲学
 『スピノザ―ナ15号』の上野修の論文で触れられている事柄のうち,当ブログとの関連での注意点は以下のことです。
                                     
 スピノザは自然権を,jus naturae,jus naturale,naturae jus,naturale jusと様ざまに表記します。これはラテン語の活用と関係していて,上野によれば前のふたつは自然の権利と訳し,後のふたつは自然的権利と訳すのが適切なようです。意味の相違は僕には不明ですが,このような例がほかにもあることは僕も気付いていました。たとえば人間の本性はhumana naturaともnatura humanaとも記述されています。上野に従えば前者は人間的本性で後者が人間の本性ということになるのでしょう。
 人間の本性の場合はいいのですが,上野によれば自然の権利と自然的権利は,用いられ方に違いがあるのだそうです。端的にいえば自然の権利といわれる場合にはスピノザの哲学に特有の哲学的意味が濃厚で,それに対して自然的権利といわれている場合には政治論的な意味合いがより強くなるということです。僕にはラテン語の素養がない上に,スピノザのテクストのすべてを知っているわけではないので,上野のいっていることの正否については何もいうことができません。ただ,上野がこのようにいっている以上,自然の権利と自然的権利は,意味合いの上で異なる可能性があるということには注意しておかなければならないでしょう。
 ただ,僕は政治論ではなく哲学を中心に考えていますし,スピノザの政治論は哲学を基点としていると理解しています。いい換えれば,もし自然の権利と自然的権利に意味合いの違いがあるのだとしても,自然の権利という概念notioなしに自然的権利という概念について説明することは不可能であると考えます。なので今後もこのブログでは,上野がここでいっている相違に関しては頓着せず,どういわれようとそれをただ自然権と表記します。ただ,使い分けでいうなら僕は自然の権利の方を重視しているというように理解してください。

 ここにある人間がひとりいて,自分が希望spesを抱いている不確実な事柄に関してそれを真verumと思い込み,その希望を打ち砕くような不安metusを抱かせる何らかの真理veritasに対してそれを偽と思い込んでいると仮定してみましょう。ここまでの説明から明らかなように,こうしたことは論理的に生じ得ますし,また現実的にこのような人間が存在していることも確実です。
 この人が無知の人であることは確実です。というより,語の用法として,このような人が無知の人といわれるのでなければなりません。このとき,この人がただひとりでそう思い込み,ひとりでその確実性を疑っていないのなら,この人は一種の妄想家とみなされるでしょう。なのでこの人は非常に厄介な人物であると評価されるでしょうが,この人が偽であるところのものを真と思い込み,逆に真であるものを偽と思い込んでいるということをだれもが理解し得るので,さほど大きな問題を生じさせるというわけでもありません。
 ところが,不安と希望は表裏一体の感情affectusで,どちらも不確実なことであるがゆえに,恐怖metusを齎す事象のことは偽と思い,希望を齎す事象のことは真であると思うということは,自由の人homo liberとして対処しない限りではだれにも生じ得ることになります。この場合,不安の方を偽と思うことは,確かにそれが不確実なことであるがゆえに間違いではありませんが,希望の方を真と思い込むことはそれも恐怖と同様に不確実なのですから決定的な誤謬errorであるといえます。そしてひとたびこのような誤謬を犯してしまうと,希望を打ち消すような事柄がたとえ真であるという場合でも,それを真理とは認めずに虚偽falsitasであると妄信してしまうことに陥りやすくなるのです。自分にとって都合の悪い情報に関してはさして吟味することすらせずにそれを偽の情報であると断定してしまうようなことは,概ねこのようなメカニズムで発生することになるのだと僕は考えます。
 これは一般的な事柄ですが,この希望と恐怖が,対人間という関係で生じる場合には,強力な排他的思想になります。単に悪malumであるから排他的になっているだけでなく,真であるという誤謬を犯した上で排他的となっているからです。
コメント
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