スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

分裂病&患者④

2009-09-27 18:59:59 | 哲学
 分裂病と躁鬱病という類型に分類した場合,分裂病を修飾するときに「永遠の相」ということばを用いることによって,『漱石,もう一つの宇宙』の著者である塚本嘉壽さんは,スピノザは分裂病圏の哲学者であるという考えを明らかにしています。分裂病圏の科学者にどのような傾向がみられるのかということについてはすでに簡単に説明しました。ただ,これはあくまでも科学者に対する分析ですから,それがそのまま哲学者であるスピノザにも妥当するのかどうかは分かりません。
               
 ただし,僕は次の点には注目します。一般に躁鬱病圏の科学者の仕事は,先人の仕事を発展させたものが多く,その仕事の成果自体が開かれたものである,つまり次世代に継承されていくものであるという特徴があるそうです。そしてこの特徴について,それは「分裂病圏の科学者が世界を一つの式に還元しようとするのとは対照的である」と評されているのです。
 この文章自体がいわんとすることは,分裂病圏の科学者の仕事というものが,どちらかといえばひとりの天才の成果というような仕方で解釈され,そのゆえに次世代の研究へとは継続されにくいということだと思います。僕はこの点についても,同じことが哲学者としてのスピノザにも妥当するのかどうかははっきりとは分かりません。しかし,そういう継続性の有無とは別に,分裂病圏の科学者が,世界を一つの,こういってよければ単純な公式に還元しようとするという点は,哲学者としてのスピノザにも妥当するように思えるのです。

 自室の向いの患者が退院していくと,その日の午後には別の患者が入ってきました。この人は40代後半から50代前半くらいに思われる白髪混じりの患者で,歩くことも食べることも普通にできる人でした。とはいえ,腎臓の病気で入院していたため,飲むことに関しては制限があり,1日に2リットル以上の飲料を摂取することは禁じられていました。もっとも,本人は1日にそれだけの水分を摂取すること自体が無理だと思っていたようで,よってこの制限については意に介していませんでした。
 僕はこの人とは少し話をする機会があったのですが,どうやら中部地方の大都市出身であったようです。1日も早く退院して家に帰りたかったようで,そのことを医師にも看護士にもよく話していました。また,週末には外出届を出して出かけたいという旨のことも言っていました。すでに説明したように,同じベッドをこの患者の前に使っていた患者が退院した,つまりこの患者がこの病室に入院することになったのが13日で,これは月曜ですので,この週末というのはこの週の終りということになります。
 実際には外出の許可が下りず,少しごねたのをおそらくこの患者の兄と思われる人が病院から頼まれてやって来てなだめ,本人も納得したようです。しかしその週末にあたる17日の昼過ぎに行方不明になってしまったようで,少し騒ぎになっていました。5時半過ぎには病室に戻ってきたのですが,どうやらうまいこと病院を抜け出して外に出て,コンビにかどこかで買い物をしてきたようでした。ただ,このことがあってから監視が強められ,お金なども病院に預かられてしまったようです。
 この一件はありましたが基本的にはおとなしい患者でした。斜向いの患者や左の患者には,同室の患者としてはできれば避けたかったという思いが多少はありますが,ふたりの向いの患者に対してはそのような思いはいっかなありません。
コメント
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