思考の部屋

日々、思考の世界を追求して思うところを綴る小部屋

「永山則夫の精神鑑定書」から見えてくるもの(1)

2012年10月23日 | 思考探究

[思考] ブログ村キーワード

 一昨日の「PTSD(Posut Traumatic Stress Disorder)「心的外傷性ストレス障害」から学ぶ」の中の「2 ETV特集「永山則夫 100時間の告白~封印された精神鑑定の真実~」の話に焦点を当てたいと思います。

 死刑判決における永山基準で有名な連続殺人事件の永山則夫死刑囚の精神鑑定書にかかわる話です。精神鑑定を行ったのが精神科医師の石川義博川先生で、精神鑑定の差異に録音されたテープが紹介され永山本人の肉声とともに、鑑定書の内容が紹介されました。

 個人的に興味を受けたのは現代ではPTSD「心的外傷性ストレス障害」と呼ばれる精神障害が犯行当時19歳であった永山死刑囚にもあったのではないかという精神鑑定結果です。

【ナレーション】 石川さんは永山が持つ被害妄想や逃走癖は幼少期の体験に根ざしているのではないかと考えました。
 面接と並行して行った脳の検査では永山の脳波は 左右で通常とは異なる偏りがある事が分かりました。
 幼少時からの過酷な体験で脳が 何らかの障害を受けた可能性があると指摘しました。
 石川さんの見立ては 当時はほとんど知られていなかったいわゆる「PTSD」心的外傷後ストレス障害の症状です。
 生命を脅かされたり、強い恐怖感を与えられて起きる心の傷“トラウマ”がもとになり身心に深刻な障害があらわれる病気です。


 
 90年代後半から脳を画像化する技術が進みPTSDが脳にもたらす影響が解明されてきました。
 これまでの研究ではPTSD患者の中でも幼児期に虐待を受けた人は脳の発達が左右で異なるケースが多く報告されています。
 例えば 記憶や情動に関係する機能を持つ 「海馬」ではアメリカと ドイツの研究で左右の海馬のうち 左側だけが虐待を受けていない人より平均12%から16%小さくなっていました。
 最新の研究では こうした症状が治療によって改善する可能性も分かってきました。
 研究者たちは児童虐待は脳を傷つけ心身に障害を起こす事もあり子供の人生に深刻な影響を及ぼすと 指摘しています。

<以上>

 鑑定書には「外傷的情動体験」という言葉が書かれています。母ヨシによる永山少年に対する虐待、それは母ヨシ自身が受けてきた壮絶な虐待の相似的行為でもありそれは「虐待された親が自分の子をまた虐待するという連鎖」となることの「リアルな証明」でした。

 永山則夫死刑囚には『無知の涙』(河出書房)という彼が残した遺品ノートをまとめた本があります。今私の手元にあるのは「増補新版 2006.9.20 15刷発行」のものです。ノートは10冊まであり、ノート5には、次のように本人は書いています。

<『永山則夫 無知の涙』(河出書房)から>

十二月十六日
 恋人からの手紙は絶えてしまった
 俺からはだせない・・・・・

 まよっている・・・・・俺は今迷っている
 女というものは 穢(きた)ないと激しく念うのだ
 母親というものが
 俺の母であり 世の一般の母である
 母性を忘れた人に育てられた俺だからか
 無知で 無知で殺したくなるような
 犬猫どうように
 あつかう現今の母親…… 可愛い子供を
 捨てるな!!
 殺せ!!
 殺すより生むな!!
 俺はホモなんかじゃない
 男としての俺は女が好きだ ただし
 性愛(セックス)のみだけだが・・・・・
 しかし子供は生ませない もう絶対に
 生めないこともあるが
 あゝ なんなんだ あゝ あゝ
 淫楽の世界は続く つづく・・・・・ つづく・・・・・
 
 恋人よ慕情はつのるのだ
 だが俺からはだせない
 あなたは女 他人となるのか・・・・・
 それより俺だ 自身だ
 性への思惑を切り断ってしまいたい
                            ヽ
 だが しかし私は・・・・・
 俺は精神分裂症か!!
 これも余りよく知らない
 ただ俺は自己を非難したいだけ

 そして私は告白しなければならない
 女とは醜い生き物
 しかし女性とは最大限に必要な物

 「捨てるな!! 殺せ!! 殺すより生むな!!・・・・・」は幼児保護法三原則。どこの国の?
  「Ⅹは三字の端」†

<以上同書p200~p201>

「Ⅹは三字の端」という題の詩で十字架らしき印がついています。

 母に対する恨みと、母(女性)に対するフロイト的なエス的情動が現れているように思います。「なぜおれは生まれたのか」その原因は単純なる母の胎内からの誕生、ゴミのように死んでいった父との関係において、上記の死には父が出てきません永山の父に対する思い出は、収録された本人の言葉によると「100円やるか」旨の一見やさしそうな父親像だけだそうです。恨みは母に向いています。

 同じくノート5に書かれている文章です。

<『永山則夫 無知の涙』(河出書房)から>

二月二十八日
 『四人を殺した!「なんだ?!」「どうしたんだ?!」「戦争でもあったのか? 四人も殺したなんて?!」
 四人を連続的に殺した。矢継ぎ早に殺した!! 殺人だ! とんでもない野郎だ。殺してしまえ!! 凶悪犯! 鬼!』-----私が逮捕される前の世論の評であった。が……捕まったら、それらの言語は消えた。
 
 この108号事件は私が在っての事件だ。私がなければ事件は無い、事件が在る故に私がある。私はなければならないのである。今考えて、あの時期に、四人を殺してしまう以前に、考える事は出来なかったのか? あったのだ! しかし、死刑になるなら自殺した方が最良だと考えた訳である。自殺は出来なかった。理性をもって考えたのに、自殺は出来なかった。世論の同情する私であるために出……来……なかった……。
 
 あの時期、後の二件は回避せるものであった。しかし、どうせ死刑になるという観念があれ等の事件を犯してしまった。「死刑になるという観念」それ故に惰走した。「死刑になるという観念」は凶悪犯を尚更、高段な凶悪犯行に走らせてしまう、自暴自棄というのであろう。

 凶悪殺人犯には死刑は必然だ。だが、凶悪犯と成る凶悪犯には死刑は無い方がよい。その犯行の衝動を自制しによいから、と私は思う。少なくとも私の場合、死刑というものがなかったら、後の二件は阻止出来たのではなかったろうか? 否、出来た筈である。このアジア的国家の日本では国民の治安を守るために、凶悪犯行阻止のために、死刑は在って当然である。現在がそうであるのである。

資本主義万歳を雄叫びするために死刑は必要なのである。エコノミック・アニマルの生存するために凶悪犯行防止のために死刑は必要だが、凶悪犯となった人間にとって、凶悪犯行を再び行なわないために死刑は無い方がよい。矛盾のように思われるが決っして矛盾なのではない。凶悪犯が「どうせ死刑になるのだ」との、どうせとは死刑が在るからいうのであって、死刑が無かった場合にはどうなるのであろうか?……決断はくだせない、私には無理な話である。が、私は思う、死刑がないのであるならば、凶悪犯の再度の凶悪犯行は阻止可能であると、譬えそれがパーセンテージなものであっても阻止出来たのである。

悟性に目覚めるということは、知性的思考の可能になったことではないだろうか。私の場合、親がいうに耐えない無知識者であったため、少年期は誠に不安定な時期であった。それ故か、こういう物事を言い出すにも、或る種のわだかまりが自己を圧迫し、思うように論じな〔ら〕れないのであった。

それが今では良い方へ転化可能な状態になりつつあるのである。私個人の精神発展史は何かの益に立つのではと、この日頃冗談めいてはあるが思うようになった。これはあくまでも私個人の事柄であるが、犯罪者心理学とでも言おうか、その方面に一ページを付加えることであろう。
      -----死する者より・その二十四-----「個人的凶悪犯心理の研究から」

<以上同書p249~p251>

上記に「凶悪殺人犯には死刑は必然だ。だが、凶悪犯と成る凶悪犯には死刑は無い方がよい。その犯行の衝動を自制しによいから、と私は思う。」という箇所があります。「自制しによいから」は多分「自制しなくてよいから」ではないだろうか。

「凶悪犯」「死刑囚」にならなければわからないこと。

いわゆるヴィクトール・フランクルのいう「苦悩の意味」(V・E・フランクル著『死と愛』みすず書房p119~p132)『人間とは何か』春秋社p193~p206)が語られている「リアルな証明」のように思えます。

 苦悩する自分そこに価値的意味を見出そうとしている姿、「自制しなくてよいから」という言葉ならば観点の180度転回です。

 最終的には精神科の病院で自殺した姉を一時期慕っていた姿がテープの声にはありました。生まれながらに冷血人間はありえない。フランクルの精神的無意識、フロイトやユングのような衝動的な精神的無意識ではないもの、それがあるように思います。察知しようとする意味器官があるということです。

 時間がないのでこのくらいにしますが、「ETV特集「永山則夫 100時間の告白~封印された精神鑑定の真実~」という番組はフランクルの思想で見ていくと見えないものが見えてくるような気がします。

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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (Unknown)
2012-11-19 22:11:46
http://chikyuza.net/n/archives/27485
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感謝 (管理人)
2012-11-20 21:36:26
>Unknown様
 勉強になりました。
返信する
少し違ったら俺だったかも (アイボ)
2015-10-19 13:56:57
永山則夫のTVは3本観ました。
1=事件報道からの特集
2=獄中結婚した奥さんへのインタビュー
3=石川医師の この特集
事件当時は、大して気にしませんでした(似た境遇の生活苦だったので)が、刑が執行されてから、どんどん・段々気になりだしました。同県人だと言う事がそうなったのでしょう。なので、余計に 石川医師 の時の特集は身に詰まされました。母親の津軽弁は、丸々理解できるし・・・。
100時間を文字起こししたのに、永山から 違う と言われた医師のショックも、・・・・・・。
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コメントありがとうございます。 (管理人)
2015-10-22 04:18:05
>アイポ 様
 コメントありがとうございます。
 人は時の流れの中で何かをするものです。もの心がつき自発的に行動していきます。成したことは決して取り返しの出来ないことであり、体験も深層の中に隠されることがあっても消すことができません。
 考えさせる問題でした。
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