思考の部屋

日々、思考の世界を追求して思うところを綴る小部屋

雑念と私と汝について

2019年03月29日 | 哲学

「雑念」というと、集中力が衰える原因と考えるのが普通です。辞書的には「気持ちの集中を妨げるいろいろな思い」などと説明され、「思い」とあることを見れば、真面目に考える私の中にあたかも別人のような私が不真面目な「思い」の姿で登場し、真面目な私を翻弄させているように見え、それを「雑念がわく」などと表現します。

 「なぜこんなことが、私に起きるのか」と悩むとき、「私は何か罰当たりなことをしたのか」と神罰の祟り思う私もいれば、「何かミスをしたのだろう」と考える私もいます。

 こう考えが起こるのは、平穏な日常生活に突然の苦難が生じ平穏な日常との対比から悩みが生じているわけで、平穏な日常で何も急変するような事態が起きていない時の私なるものの常態的な感覚的記憶背景があるからこそ、悩めるような身の上になった私が先の私の体感記憶との対比に曝され、その身の上の差異が悩める主人公である私を存在させるわけです。

 平穏な生活の経験が無ければ、今現在の苦難しか存在しないのですから、当たり前の日常が常態化しますので、悩む以前の感覚的記憶背景が消滅しない限り永遠に悩みはあり続けます。

 つまり悩みに悩む蟻地獄のような状態は、そもそも平穏体験があったことと、生まれながらに不幸と思う人も、その後の人生において他者の境遇と自己の境遇を対比させ、あの人のような境遇にあればと思う私と、今の現実にある私との対比によって生まれながらと詩的とも思えるような表現をしているだけです。

これは知らないことを知るからこそ知ることができるのと同様で、知らない前提があるからこそ知ったという体感があるわけです。

 知る機会が展開されるその意味の場には常に主人公の知らない主体が存在し、その念をもち続けながら知りつつある私を経過し、知った私を形成します。述語の変化によって主体の私も変化します。しかし、知ったことに気づくのは知らない私が背景に存在するからであり、私が私であり続け差異(その違い)を語れるのはそういう現われを成す存在であるからです。

 言葉を変えて説明するならば、私の思考する中では、思考する主体が述語をもって、私の考えを「そうではないか」と語りかけ、また別人の私が「このほうが正しいのではないか」と語りかけているようなもの。あたかも二重人格の私のようですが、互いの意識の分離、認識の分離があるわけではなく常に私は同一の私を連続させて私であり続けます。

 このような訳の分からないことを考えるのですが、私という存在の自覚は、私に対応する、私が常に寄り添っているからこそ私は私であると自覚するのではないかと考えているということです。

 私の存在とは、相依性の関係にある私が存在するからで、薬物依存などは依存しない私と依存する私の相互の対話での決裂の結果であって、薬物の薬害は依存しないという意思決定する私を破壊するという害ということです。

 くり返しの話になりますが、私の内に自と他があるようなもので、私は自の表現でもあり他の表現でもあるということになります。元々は生において一であったものが他の目覚めによって自とともに創造的に私を表現するようになりました。それぞれが物語る存在として相互依存していると考えられます。

 西田幾多郎著『善の研究』(岩波文庫・藤田正勝編)の第3編台9章善(活動説)に次のように書かれています。

 最も深き自己の内面的要求の声は我々に取りて大なる威力を有し、人生においてこれより厳成るものはない。(同書p190)

 我々の意識は思惟、想像においても意志においてもまたいわゆる知覚、感情、衝動においても皆その根柢には内面的統一なる者が働いて居るので、意識現象は凡てこの一なる者の発展完成である。而してこの全体を統一する最深なる統一力が我々のいわゆる自己であって、意志は最も能くこの力を発表したものである。(同書p191)

 『善の研究』以降の先生の言葉に有名で難解な「絶対矛盾的自己同一」があります。今ある私という存在はまさに自他の私の内面的統一の働きの現われで、表現する私です。自他ではあるが絶対矛盾を抱えながら同一体としてこの場に成る者と理解できます。

 前回のブログでは、NHKドキュメンタリー - 震災ドキュメンタリー「あの日の星空」で語られた「悲しいくらい星がきれい」という言葉を心理学の視点から見つめてみましたが、悲哀の只中にいる私に、別の私が語りかえるようにささやいているように感じます。私は、その別の私を「汝」と考えたいのです。「汝自身を知れ」と有名な言葉を私は、無知なる自分に気づけという意味だと理解します。知らない自分に汝が語りかける、それが知に思えます。私と汝ははっきりと分離されているものでありながら本来的な一へと常に統合される形成体の持続です。西田先生の著に次の言葉があります。

「私に対して汝と考えられるものは絶対の他と考えられるものでなければならない。物はなお我に於いてあると考えることもできるが、汝は絶対に私から独立するもの、私の外にあるものでなければならない。しかも私は汝の人格を認めることによって私であり、汝は私の人格を認めることによって汝である。汝をして汝たらしめるものは私であり、私をして私たらしめるものは汝である。私と汝とは絶対の非連続として、私が汝を限定し汝が私を限定するのである。我々の自己の底に絶対の他としての汝というものを考えることによって、我々の自覚的限定と考えられるものが成立するのである。」(『西田幾多郎哲学論集Ⅰ・上田閑照編』岩波文庫・「私と汝」p342)

 『善の研究』における「最も深き自己の内面的要求の声」とは後の論文における「汝の声」に相当するものと理解すると悲哀の現実における体験体としての私に、先に書いた自他の「他」は悲哀の現実体験と相依する満天の輝きの星という自然を観照し呼応するのです。その声が「悲しいくらい星がきれい」で、心の中でささやくのです。その時に不謹慎なのにと思う私も現れているのです。

 そしてこの「声は我々に取りて大なる威力を有し、人生においてこれより厳成るものはない。」と語られているように思うわけです。

 何故にその場にいなかった私にも叱咤激励する星空を感じさせるのでしょう。

 今の私は、厳しい現実の中にいるわけではありませんが、「あの日の星空」に意味を問いかけられました。

 以上の話は、解離性同一障害を語っているわけではありません。誰にも二面性は持っているのは明らかな話で、あくまでも統一体の自覚の中でささやき合う私と私のことです。

 西田先生の語る「汝は絶対に私から独立するもの、私の外にあるものでなければならない。」は善し悪しの完全なる分離を意識できる己が明らかにあることを意味し、統合体の私がどちらかをチョイスできる一に成ろうと迷うわけです。

「まじめですか?」

 夏目漱石の『こころ」の先生はそう青年に問いかけました。

私はまじめか否か、多様なまじめさを考え、多様な不まじめを考えます。そして最終的に答えるならば多即一の答えを言うのでしょう。それは、また多様な私の顕現でもあるわけです。


「あの日の星空」の汝の声について

2019年03月22日 | 思考探究

前回のブログで、3月11日にNHKで放送された3.11東日本大震災ドキュメンタリー番組「あの日の星空」という番組について少し触れました。

2011年3月11日の東日本大震災は未曽有の災害をもたらしました。地震それによる津波という自然災害に遭遇し家族の生命を奪い、財産を押し流され、どうしようもない憤りと深き悲しみの只中で、被災者が見た星空の話です。全人間的な宗教体験であったのか、われと汝の対話のような実際に起きた不思議な出来事です。

 津波と揺れによる災害で電力送電が停止し人工の光が失われた夜、空を見上げると満天にきらめく星々、それを「きれい」と言葉で表現するのは不謹慎と思われたが心を揺り動かす記憶に刻まれる光景であったといいます。

 娘と孫を失った老夫婦、今もあの空を忘れません。孫の夢を見る。「お母さんは?」と聞くと「そばにいるよ」と答えたといいます。「あの満点の空の星が娘と孫が天国へ行く案内人としてあったのではないか。」と老夫婦はそのように話されていました。

 小さな星まですべての星が輝いていた星空、「全戸停電で人工の光がないからよく見えただけだ。」と言われても、そんなことでは納得できない心を動かす何かがありました。アプリオリに「きれい」と感じてしまう体験、純粋経験です。経験知識からわかるのではなく、魂の根底からわき出る感情認識に思われます。

 NHKには、番組を見た多くの方々からレビューが寄せられ体験者の「悲しいくらい星がきれいだ」と表現をする方の言葉もありました。


 「悲しいくらい星がきれい」

 被災地に住んでいたわけではないのですが、この言葉の意味を共有できるように感じました。ありとあらゆるものを破壊する自然現象、人から見れば破壊に違いないのですが、そこに破壊の意図を持つ主がいるわけでもなく総じてそうなるべくして現象が起こっているだけの話です。

 しかしそのような現象により発生した悲哀の感情の中で、なぜ「きれい」と感じてしまうのでしょうか。問いの相手のない話で、不謹慎と思いながらも心の底の汝が語るようにそれは「きれいだった」のです。

 この番組を見て伊勢湾台風当時の記憶として「夕焼けがきれいだった」ことを思い出し感想を書き込んだ方もおられました。
 この夕焼け空で思い出すのが、有名な『夜と霧』の著者である実存分析精神科医のV・E・フランクの体験価値の話です。人間は人生から期待されている存在であり、人生に意味を求めて生きている。実体験の中で意味転回を与えられるような出来事があり、生きる意味が失われそうなその時にその苦難に手をさし伸べてくれるという話です。

 人生に意味を与える価値には、創造価値、体験価値、態度価値の三つがあり、「悲しいくらい星がきれい」という体験は、その中の「体験価値」というものに当たると思います。

フランクルは著書の中で、その体験価値は次のように語られています。

 体験価値は世界(自然、芸術)の受動的な受容によって自我の中に実現される。これに対して態度価値は、ある変化しえないもの、ある運命的なものがそのまま受け容れられねばならない場合に至るところで実現されるのである(フランクル著『死と愛』霜山徳爾訳 みすず書房p120)。

事例としては、彼の著書の中に語られています。

<夕焼けの風景>

 若干の囚人において現われる内面化の傾向は、またの幾会さえあれば、芸術や自然に関する極めて強烈な体験にもなっていった。そしてその体験の強さは、われわれの環境とその全くすさまじい様子とを忘れさせ得ることもできたのである。

アウシュヴィッツからバイエルンの支所に鉄道輸送をされる時、囚人運搬車の鉄格子の覗き窓から、丁度頂きが夕焼けに輝いているザルツブルグの山々を仰いでいるわれわれのうっとりと輝いている顏を誰かが見たとしたら、その人はそれが、いわばすでにその生涯を片づけられてしまっている人間の顏とは、決して信じ得なかったであろう。

彼等ほ長い間、自然の美しさを見ることから引き離されていたのである。そしてまた収容所においても、労働の最中に一人二人の人間が、自分の傍で苦役に服している仲間に、丁度彼の目に映った素晴しい光景に注意させることもあった。

たとえばバイエルンの森の中で(そこは軍需目的のための秘密の巨大な地下工場が造られることになっていた)、高い樹々の幹の間を、まるでデューラーの有名な水彩画のように、丁度沈み行く太陽の光りが射し込んでくる場合の如きである。

あるいは一度などは、われわれが労働で死んだように疲れ、スープ匙を手に持ったままバラックの土間にすでに横たわっていた時、一人の仲間が飛び込んできて、極度の疲労や寒さにも拘わらず日没の光景を見逃させまいと、急いで外の点呼場まで来るようにと求めるのであった。

 そしてわれわれはそれから外で、西方の暗く燃え上る雲を眺め、また幻想的な形と青銅色から真紅の色までのこの世ならぬ色彩とをもった様々な変化をする雲を見た。そしてその下にそれと対照的に収容所の荒涼とした灰色の掘立小屋と泥だらけの点呼場があり、その水溜りはまだ燃える空が映っていた。

感動の沈黙が数分続いた後に、誰かが他の人に「世界ってどうしてこう綺麗なんだろう」と尋ねる声が聞えた。(霜山徳爾訳『夜と霧』みすず書房p126~p127から)

そして、次のような話も書かれています。

<死に逝く女性の言葉>

 この若い女性は自分が近いうちに死ぬであろうことを知っていた。それにも拘わらず、私と語った時、彼女は快活であった。

「私をこんなひどい目に遭わしてくれた運命に対して私は感謝していますわ。」

と言葉どおりに彼女は私に言った。

「なぜかと言いますと、以前のブルジョア的生活で私は甘やかされていましたし、本当に真剣に精神的な望みを追ってはいなかったからですの。」

その最後の日に彼女は全く内面の世界へと向いていた。

「あそこにある樹はひとりぼっちの私のただ一つのお友達ですの。」

と彼女は言い、バラックの窓の外を指した。外では一本のカスタニエンの樹が丁度花盛りであった。病人の寝台の所に屈んで外をみるとバラックの病舎の小さな窓を通して丁度二つの蝋燭のような花をつけた一本の緑の枝を見ることができた。

「この樹とよくお話しますの。」

と彼女は言った。私は一寸まごついて彼女の言葉の意味が判らなかった。彼女はせん妄状態で幻覚を超しているのだろうか? 不思議に思って私は彼女に訊いた。

「樹はあなたに何か返事をしましたか?-----しましたって!-----では何て樹は言ったのですか?」

彼女は答えた。

「あの樹はこう申しましたの。私はここにいる-----私はここにいる-----私-----ここに-----いる。私はいるのだ。水遠のいのちだ・・・・・。」(上記書p170~p171から)※せん妄状態とは、軽度や中等度の意識障害の際に、幻覚・錯覚や異常な行動を呈する状態のこと。

 体験価値という概念は、そのような機会があるという話ではあるのですが、自然は、災害という悪で人の心を蹂躙する一方で、一変してその姿を別感情で受ける作用をします。

津波で押し流された瓦礫化した山、その向こうには陽の光を受けきらめく波と青々とした海の光景があり、夜になると街灯やネオンの灯などの人工の光は消え、満天の星が「悲しいくらいきれいに光っている」という自然の日常が見えているだけなのにそこから問いかけられるものがあるのです。

 今まさにその瞬間に開かれる意味転回の場です。それは知識や経験に先だつ体験で純粋に「きれい」の体感です。ある人は娘や孫の案内人としての星の意味取りを行い魂の安らぎを得ます。まさに悲哀の真中(まなか)に、生きる意味を投げかけられた瞬間の「かなしいほどのきれい」だったのだと思います。

「あの日の星空」が多くの人々が共有できる意味の場でもありました。何事かへの敬信の発芽の場と捉える人もおられるかもしれませんし、私は、我がとらえる内なる汝の声のように思えました。


「壁ドン」から思うこと

2019年03月13日 | 思考探究

 今回もシルバー川柳(ポプラ社)の印象に残ろ一句を話のタネ、ネタにします。

「壁ドンし 伝って歩く トイレまで」

 東京在住の79歳の男性の句。思わず笑ってしまいます。しかし深刻と言えば深刻で、今現在自分自身がそのような状況下にない、切実なる悲哀の中にいないから感じないのかもしれません。

 若者の愛の告白のまさに壁ドン。「壁ドン」という言葉、誰が最初に発したのでしょうか。

 もともとはアパートなどで近隣がうるさいときの壁を叩く様子など、どちらかと言えばネガティブ的な言葉が、壁の背にした女の子に向き合う男性が壁に手を「ドン」とつけ告白するONEシーン。そのうち辞書にも掲載されるでしょうねぇ。

 悲劇と喜劇、これは決して相反するものではなく両合わせの感情のようなもの。あまりの悲しさに笑ってしまう。映画の一画面ではありませんが、最近も大震災の記憶の中の番組で、悲惨な津波被害の中で、夜空に輝く星を見つめ、その美しさに驚いた話が語られていました。

 宗教学者の山折哲雄さんが、震災後現地で見た海の青さ、輝きのすごさに圧倒されたことをある番組で語っていたのを思い出します。目の前には津波で押し寄せたがれきの山、その向こうに白波を立てながら青く光り輝く海、美的感覚でいうところの「うつくしい」光景なのです。

 山折さんはその際に「自然というもの」について「自然現象を含めた自然の姿は、人間の目からすれば残酷なこともあり、また美しさを感じさせるものだ」と語っていました。

 冷酷の反義語は温厚ですが、残酷の対義語は何なのでしょう。
仏教では縁起と相依関係の中の話に、

愛と憎しみ
という言葉、漢字二文字で「愛憎」が出てきます。国語で言うなら対義語、反対語ということになります。

 反対語というと感覚的には、プラスマイナスの逆転のように感じられます。愛情がなくなると場合には憎しみが生まれてきます。愛するがゆえに憎しみが倍増する、などという人もいます。愛の絶頂点が逆転すれば想像もできないような事態が発生しそうです。

 愛を求めて求愛行動に出て拒絶されると憎さ百倍の行動に出て殺人までに発展することも周知の事実です。

 悲哀の反対語は歓喜
 残酷の反対語は情け深い
 悲劇の反対語は喜劇

 震災後の海、震災後の天空の星々の輝き、自然というものは人間が考えるような反対語や反義語の情景を作り出しているわけではなくあるがままがそこにあるだけです。
 しかし人間は相互依存の存在として、依るべき言葉に支えられています。救われるべき人には救われない人が反対の場におかれています。喜びの場は、反対の場の悲しみがあるからこそ引き立つ感情の感覚として現れます。

 「壁ドン」からかなり離れた話に移っていますが、ここで「理性」という言葉を考えてみます。この反義語は「感情」とどんな辞書でも、それぞれの知識からもそう思うに違いありません。

 「理性で高ぶる感情を抑える」などと表現しますが、理性の反義語は感情なのでしょうか。

 理性というものは、意味の場を持つ言葉で、共通感覚的を持てる世界観をないと、別の世界観で生きる人々にはその理性的判断は理解できません。
「すべきことはしなければならない」「守るべきことは守らなければならない」

このような命題に従うならばアイヒマンの機械的従属状態であった彼の行動も理性的な行動になってしまいます。

 当然、感情の反対語は理性と出てきます。一瞬、無感情ではないかと思い冷血的な様相を思います。

 アイヒマンの行動が冷血極まりないものであったことは、それは彼の理性的判断による選択と行動であったわけです。

 海の青さ、星々のきらめきは感情を揺り動かす光景。

 そういう時に理性などは出てきません。唯々あるがままの光景がそこに、むこうにあるだけです。

 迷惑行為に対する警告の「壁ドン」も今ではその意味が大きく変わっています。

 今回上げたシルバー川柳「壁ドン」悲劇ですが喜劇に反転し、笑う私を作り出します。


シルバー川柳で聞いてみる

2019年03月11日 | 思考探究

国会中継を見ていると質疑応答の様子、周辺から聞こえるヤジなどその騒々しいあり様を「だれもがいつものこと」と思うに違いありません。

 これが突然、静寂に包まれ、誠実な質疑応答が行われたならば、「どうしたのだろう?」と私は思ってしまいます。いつものような騒々しい、喧騒の風景が国会の意味の場と思うに違いなく、国会の持つ「空気」はそういうもので、議員はそういう空気に触れ、その場のにおける当たり前の「私」を作り上げているのかもしれません。

 最近はどんなことを言われても「バカヤロ!」と叫ぶ方もなくなり、空気感も変化するようですが大きな変化はないように見えます。

 話は変わりますが、川柳と言えば「サラリーマン川柳」が有名ですが、「シルバー川柳」もかなり有名でつい最近「第8巻 書き込んだ予定はすべて診察日」(ポプラ社)を進められました。進め気くれた人はカラオケ友達の70歳は超えていると見えるおばあさん(女性ですので年齢は聞いたことがありません)、誰かに話したくてバックに入れてきて見せてくれました。

 実におもしろい。いきなり面白い。

「朝起きて 調子いいから 医者に行く」

埼玉県の77歳の男性のもの。本の次項には水彩が掲載されていて、この川柳に合わせた「バス停の椅子に座ったバスを待つ一人の老婆」が描かれています。

 この面白さに生来の思考好きが動き出します。たぶん誰もが面白い、可笑しいと思うに違いありません。

 共有できるこの「おもしろさ」「おかしさ」は同じ次元の「意味の場」にいるからでしょう。これは確かに善しの世界です。しかし、

「歳をとればみじめなものだ」

と思う人もいるかもしれません。そういう人は、この本を読もうとも思わないし、私のように借りればいいものを購入するようなことはしないと思う。

 この川柳の中に次の一句がありました。

「siriだけは 何度聞いても 怒らない」

というのがありました。東京都に住む32歳の男性の句で、最初意味がさっぱり解りませんでした。「siri」って都市伝説なんですね。私が呼びかけたら「私はアシスタントですよ」と怒られたような気がしましたから「怒らない」は誤りだとは思うのですが、暇な一日iPhoneに話しかけている老人が想像できます。

 「何度聞いても」

「siri」を解説すると闇に吸い込まれそうなので止めますが、何度たずねても可。予想もしない応答があります。

 多分怒らせるようなことはしないほうがよいかもしれません。

 誰が言い始めた都市伝説かは知りませんが、「空気」ですね、「風」ですね・・・とこういう話を書くと「水」をさす人が必ず現れるに違いありません。

 このシルバー川柳は、あっという間に読める本ですが途中でやめます。閉じる頁には

 「くたびれる 何もせんのに くたびれる」

 という東京都の83歳の男性作品でした。

※「siri」についてはご自分で調べてください。


「意味の場」から「空気を読む」について

2019年03月09日 | 思考探究

長いこと思考題材としてマルクス・ガブリエルの「新実在論」が頭の片隅に置かれているのですが、その中で日本人の行動形式に関係した駅の改札口における自然な日常行動についてガブリエルが「日本人の場合は客観的な面を気にした上で、体面を保つための道徳行為だったりするのかもしれないね。」と語っていることに多くの思考課題を与えられたように思う。

彼の言動に日本人は自律的、自立的でないように言われているように感じ、ドイツ人の彼から見ればそのように見えるという意味で非常に参考になります。

彼が「新実在論」で語る「意味の場」、個人、家族、地域、自治、国、世界と思考視点の置き場を移行すると、それぞれの場における自分自身の「在り様(よう)」が創造され、個性が現れてきます。

上記の改札口は、「意に沿わないシステムだから」と使うことを拒否できることでもなく、切符を購入し列車に乗るという一連のシステムがより合理的なシステムにバージョンアップしただけで、考えて見れば近い将来には個人識別カード常態保持、個人認識システムなどによりシステムが違えども今のドイツのような素通りになっていくのは確実です。

 見える現象に自律的、自立的を読み取ろうとしたことが、こうなるとそう考えようとすること自体が現れてきません。

 過去の改札口からすれば、合理的なシステムにおけるその素通りは「当たり前」「当然」で、「当たり前」「当然」という言葉さえ合理的システム構築後の新人には現れてこない言葉となります。

 世の中に自己に見える相異の状態も、それぞれの意味の場の時代推移によって相異のない日常になるわけで、変わりなき空気、変わりなき水がそこにあるだけです。

 日本人には独特な「空気」があると語ったのは山本七平さん、ある意味彼のもつセム的一神教からの思考構造が『空気を読む』になるのかもしれません。彼が語る日本人独特な「臨在感的把握」、社会学者の大澤真幸さんは「何かプラスアルファの力がモノや記号の背景に宿っているという感じ方」と要約しています。

 空気を読む、雰囲気を読む、そして忖度と確かに日本にはだれがそのようにするのが当たり前と個人の意志でもないのにその雰囲気に従うことが善しとするところがあるように見えます。

あなたがそう決めたのでしょうと問うたところで、忖度の二語に問いは消えます。そういう空気に触れ、そういう水に流され、そういう風が吹くと、ひとはなびく。

善し悪しの次元を超えた「意味の場」がそこにあるように思います。

 その場から離れた別の「意味の場」から見れば恐ろしい事態かもしれません。

 最悪の事態という現象は生命・財産への侵害としてあるもの。そのような現象との遭遇から現れる思考に「そうならないための工夫」があります。

 そうなった「意味の場」から問いとして提案されます。これは一つの光、希望として放たれる矢ですが、その「意味の場」においては「とどめ的(まと)」はありません。

 この「とどめの的」については以前ブログにも書いていることですが、『空気を読む』に事態の回避策についての言及がないように「意味の場」が異なるからでしょう。


悠久の美

2019年03月06日 | 芸術

 最近、長野県木曽郡大桑村の日本一大きな顔がついた「人面土器」の愛称が決まったという記事がありました。1999年に同村内で発掘された「人面装飾付有孔鍔付土器(じんめんそうしょくつきゆうこうつばつきどき)」で昨年「信州の特色ある縄文土器」(158点)のひとつとして県宝に指定されたのを受け愛称を公募したところ県内外から234点が寄せられ愛称を決定したものです。選ばれた愛称は、

「悠久のほほ笑み」

 でした。人面土器を見た人たちは、「親しみやすい愛嬌のある顔」「ほほ笑みが、いつまでも平和な時間をもたらしてくれるように・・・」などの感想を述べているようです。

 人面土器については、ネットで確認していただければと思いますが、土偶のような細めの目で、ほほ笑んでいるように見えます。どのような意味あって顔面を付けたのかわかりませんが、飾り付けることにはそれなりの意味があるはずです。

 考古学者ならば宗教的意味を語るかもしれません。現代人の私たちがそれを見ると「親しみある顔」「ほほ笑み」などという感じる体験をします。中には気味が悪いと思う人もいるかもしれませんが、大方の人は、

「悠久のほほ笑み」

を見るのです。

 これも新聞記事の話ですが、顔写真パネル展の記事に

96歳女性、悠久の微笑「よう、生きたなあ」

ここにも「悠久」という言葉が出ていました。「悠久の時を経て」という背景が浮かんできます。

 言葉の意味を「果てしなく長く続くこと。長く久しいこと。また、そのさま。」と解説されたところで、個人的な内心に抱く感覚を表していることはまれで詳細に語ろうとしても語れません。そこで「悠久」という漢字を借用します。

尽きることなき意味の問い。言い表せないからこそ善しで納めます。