Sightsong

自縄自縛日記

ポール・オースター『ティンブクトゥ』

2010-07-03 00:37:40 | 北米

文庫本になったばかりの、ポール・オースター『ティンブクトゥ』(新潮文庫、原著1999年)を読む。パリのメトロで巨大な広告を見て仰天、書店に走って読んで以来だから、もう10年以上が経っている。話の内容もぼんやりとしか覚えていなかった。

放浪癖があり、自由で破綻した素敵な精神を持つ男、ウィリーと、すべてを理解する犬、ミスター・ボーンズの物語である。ウィリーは饒舌、喘息、破滅型。自分の死が迫っていることを悟り、ミスター・ボーンズと旅に出る。そして犬を残して死ぬ。この展開に驚かされる、この魅力的な人物が話の途中で姿を消すなんて。

しかし、その後も、ミスター・ボーンズの夢の中に登場し続けるのだ。この夢や幻視は、犬にとっても、読者にとっても、現実の物語と何の違いもない。語り手が犬だから、というだけの理由ではない。世界は無数に存在し、お互いに矛盾したり噛み合ったりしている。この描写はオースターの手腕、とても巧い。

ウィリーの死後、ミスター・ボーンズは放浪と苦難を経て、新しい飼い主を見つける。裕福で仲の良い家族、何の問題もない。しかし、ミスター・ボーンズは行動の場所を制限され、優しく自由を奪われる。物理的な自由だけではない。問題ない生活に慣れたころ、実は、ウィリーと苦労ばかりしていたときには持っていた精神的な自由を失っていたことを知る。これが辛辣な<アメリカ>批判になっていると言ってもよいだろう。

オースターの作品には、「C'est la vie」とでも言いたくなるような、諦念や寂しさや喜びが入り混じっている独自のムードがある。その一方で、ひとつひとつがすべて異色作でもある。『ティンブクトゥ』も、紛れもなくオースターの異色作である。


ポール・オースター『ティンブクトゥ』欧州版(1999年)

●参照
ポール・オースター『Invisible』
ポール・オースター『Travels in the Scriptorium』
ポール・オースターの『ガラスの街』新訳


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