さっき北京から戻ってきた。坂本一敏『誰も知らない中国拉麺之路 日本ラーメンの源流を探る』(小学館、2008年)(>> リンク)に紹介されていた麺を食べたいとおもい、天壇公園近くにある「老北京炸醤麺大王」で昼食をとった。
炸醤麺は「ジャージャン麺」と読み、盛岡の「ジャジャ麺」のルーツとされている。
「ちなみに盛岡は、『秘境西域八年の潜行』を書いた西川一三氏が、チベットから帰国後住んだところである。その本の別巻で、青海省タール寺での生活を書いた文章の中に、次のような「ジャジャ麺」と呼ぶ麺の記述がある。
「夕食は肉汁のウドンか『ジャジャ麺』と呼ぶ、湯がいたウドンを味噌、葱、小切りの肉をバターか種油でいためた味付け味噌と混ぜ合わせて食べるか、饅頭と肉、野菜汁か包子、焼児餅を食べている」(昭和四十三年 扶養書房刊)
この本が発行されたときと、盛岡で「ジャジャ麺」が出たときがほとんど同時期なのは、私にはどうしても偶然だとは思えないのである。」
坂本一敏『誰も知らない中国拉麺之路 日本ラーメンの源流を探る』
店に脚を踏み入れた途端、まるでどこかの寿司屋のように、店員全員が凄まじい声で迎えてくれる。11時半ころでまだ空いていたが、どんどん混んできた。
運ばれてきたのは茹でた麺と様々な具、それから炸醤(肉味噌)と付け合せの大蒜。店員が目の前でもの凄い勢いで具と麺とを混ぜ合わせてくれた。食べる側が、炸醤を自分で入れて混ぜるやり方である。麺は上の本のように、かん水や卵を使っていない、うどんのようなもの。炸醤は辛いものではなかった。具は胡瓜、緑豆、豚肉など。
味はかなり良かった。夢中になってあっという間に平らげた。これで10元(140円程度)だ。工夫すれば自分の家でも近いものを作ることができるかもしれない。
店員が冗談のように素早く具と麺とを混ぜる
混ぜたもの
さらに自分で炸醤を混ぜる
北京、それからちょっと中に入った石家庄は猛烈に寒かった。風が吹くともう耳がちぎれそうだった。しかし昔住んでいた方によると、50年くらい前は寒さはこんなものではなく、外で顔や耳を出して歩くなどありえないほどだったそうである。
石家庄の凍った川
石家庄へは、昨夏に開通したばかりの新幹線「和階号」で2時間程度。数年前訪れたときには、車や列車で何時間もかかっていたことをおもいだせば雲泥の差だ。始発の北京西駅は、1月25日からの春節(旧正月)を前に、帰省するひとが段々と多くなってきていて混雑していた。
北京西駅
和階号
石家庄の名物はたしかロバの肉をパンのようなもので挟んだバーガーで、以前朝食に食べたときは非常に旨かった記憶がある。今回は、朝うろうろしたが土地勘がなく、あまりに寒いので早々にホテルに戻って世界中どこでも同じホテルの朝食を取った。
ところで、映画館では『赤壁(レッドクリフ)』の続編や、陳凱歌の『梅蘭芳(メイ・ランファン)』を既に公開していた。『レッドクリフ』にはあまり興味がないのだが、『梅蘭芳』は楽しみだ(チャン・ツィイー、レオン・ライ主演)。『さらばわが愛 覇王別姫』と同様に京劇物である。日本では『花の生涯 梅蘭芳』という題名で2009年3月に公開されるようだ。(>> リンク)
映画館にあった『梅蘭芳』の看板
○参考 陳凱歌の映画
はい、寒いときには麺や鍋ですね。軟弱なので寒いのは激しく苦手なのです・・・とても住めません。空気が乾燥していて、数日間で皮膚が荒れてしまいました。
盛岡と北京との違いは、それぞれ辛いか甘いか、かん水入りかそうでないか、のようですが、双方いろいろあってきっと一概にはいえないのでしょうね。盛岡も訪れてみたいところです。
盛岡のジャージャー麺は、北京で炸醤麺を食べていた男のアドバイスも受けて誕生した料理です。ですので似ているのも当然なんです。元祖の白龍のご主人が亡くなってからは、市内の各店でいろいろ工夫したジャージャー麺を出しているようですが、元祖の白龍のは下記のようなものです。ミソは辛く無く、麺にはカンスイは入っていません。
http://blogs.yahoo.co.jp/jimmy_arakawa/9100819.html
ご教示ありがとうございます。これは北京の炸醤麺と近い感じがしますね。旨そうです。やはり盛岡で食べてみたいですね。