将棋界の一番長い日 三浦弘行vs久保利明 2014年 第72期A級順位戦 その3

2019年12月07日 | 将棋・名局

 前回(→こちら)の続き。

 降級決定戦になる可能性があった、2014年の第72期A級順位戦最終局。

 三浦弘行九段と、久保利明九段の決戦も、いよいよクライマックス。

 

 

 

 

 苦しい将棋を逆転しながら、1分将棋で勝ちを逃した久保だが、今度は三浦が秒読みで決断する番だ。

 詰むや詰まざるや

 懸命に読む三浦、詰まないでくれと祈る久保、興奮のあまりモニターの前でおしっこ漏れそうな私。

 これこそが、順位戦最終局である。

 こういうのを見せられると、考えた人には申し訳ないが「名人戦第0局」というのが、いかに的をはずしているコピーかよくわかる。

 名人戦と順位戦は関係あるようで、実はそんなにはない。本質はそこではない。

 勝負でもっともおもしろいのは、名人挑戦権のような「勝ったものが、なにかを得る戦い」ではなく、

 

 「負けたものが、なにかを失う戦い」

 

 これにこそあるのだ。

 極論を言えば、「A級順位戦」と「名人挑戦リーグ」は同じだが別物。

 料理でいえば、名人挑戦をかけた戦いが、見た目もきれいに盛り付けられた「前菜」と「デザート」だとしたら、ガッツリの
 
 
 「メインディッシュとワイン」
 
 
 これは、こっちの死に物狂いの落とし合いにこそあるのだ。
 
 後手玉に詰みはあったが、三浦はその手が読み切れなかったか、それとも見えていて決断できなかったか、他の手を選んだ。

 ▲83金から入って、△同銀、▲同桂成、△同角に▲71銀から追っていく。

 △92玉、▲82金、△93玉、▲83金、△94玉、▲86桂、△85玉。 

 

 

 

 これで、後手玉に詰みはないのがハッキリした。

 追うなら▲77桂くらいだが、△76玉でつかまらない。

 万策尽きたようだが、ここでいい手がある。

  

 

 

 

 

 ▲74角と、ここに打つ隠し玉があった。

 そう、三浦は詰ましにいかなかったが、それは「アレしながらナニ」すれば、なんとかなるのが見えていたからだ。

 △同歩と取るが、そこで▲84馬と眠っていた馬を活用。

 △76玉に▲77銀と打って、△65玉に▲63竜。

 

 

 

 これでハッキリした。

 そう、先手のねらいは自陣にある敵の要駒を、王手しながらすべて取り払ってしまおうというのだ。

 以下、△56玉に▲68竜を取って、いっぺんに先手玉が安全になった。

 すごい「保険」があったものだ。 

 今度こそ決まったかと思ったが、順位戦はまだ終わらない

 後手は玉を△47から△36右辺に逃げ出し、まだまだがんばる。

 盤上にあった味方の駒を、すべてクリーンアップされるという必殺手を食らっても、あきらめない久保利明。

 久保といえば、その軽やかな大駒使いから

 

 「さばきのアーティスト」

 

 と呼ばれるが、もうひとつの武器が、このしぶとさであり、まさに

 

 「ねばりもアーティスト」

 

 さすが「わたしの将棋はです」と言い切る男。

 すさまじい執念であり、事実、将棋は先手優勢ながら、まだ決定的ではなかった

 後手は△78飛と王手すると、それをオトリにからラッシュをかける。

 

 

 これがまた、うるさい勝負手で、先手は簡単には楽にならない。

 三浦はいいかげんにしてくれと、悲鳴をあげそうになったのではあるまいか。

 勝負がついたのは、この場面だと言われている。

 

 


 △73桂打敗着

 先手の上部脱出を阻止して、自然な手のようだが、▲73同金と取ってしまう手があった。

 △同桂には▲51角と、王手桂取りに打つ手がピッタリで、上が抜けている。

 久保はこの手を、ウッカリしたのかもしれない。

 ここでは△95歩と打って、▲同玉、△94歩、▲同桂に△91桂△76角(!)という奇手があったりと、まだアヤがあったようだが、秒読みで局面もゴチャゴチャしすぎて、選べなくてもしょうがないところだ。

 かくして、大熱戦にとうとう幕が下ろされた。

 結果から言えば、この将棋は途中で郷田屋敷が負けていたため、順位決定のほぼ消化試合だったのだが、だれも知らせないため(知られたらドッチラケである)双方最後まで命がけで戦い続けた。

 本当にすばらしい勝負で、当初久保を推して見ていたが、途中からはだんだんどちらにも肩入れしはじめ、最後は

 

 「もう、どっちでも好きにして!」

 

 もだえるしかなかった。

 三浦精神力も、見事なものだ。

 この将棋は、その年の『将棋世界』における「熱局プレイバック」で見事、棋士票1位を獲得。

 それも当然であろう。極限状態の中、すばらしい戦いを見せた二人に拍手、ただ拍手なのである。

 

  (羽生と谷川の名人戦編に続く→こちら


コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 将棋界の一番長い日 三浦弘... | トップ | 「十七世名人」をめぐる竜王... »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (soborut)
2023-09-01 19:35:58
>>勝負でもっともおもしろいのは、名人挑戦権のような「勝ったものが、なにかを得る戦い」ではなく、
>>「負けたものが、なにかを失う戦い」
>>これにこそあるのだ。

物凄く分かります(笑)!私はサッカーのJリーグも好きで観戦したりしてますが、
やはり一番面白いのは「J1・J2・J3」それぞれのリーグにおいての、残留争いであると力説します!
結局のところ、生き残りを賭けた姿が一番美しいと、将棋の順位戦と合わせて納得です。
Unknown (sharon106)
2023-09-01 21:56:12
soborutさん、コメントありがとうございます。

どんな競技でも必死に戦う姿は心打たれるものですが、下を見る戦いの悲壮感は、それをさらに盛り上げる効果はありますね。

まあ、取りようによっては「悪趣味」かもしれませんがw

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。