燃えろウェイン・アーサーズ 2001年デビスカップ決勝 オーストラリアvsフランス その3

2017年12月13日 | テニス
 前回(→こちら)の続き。

 2001年デビスカップ決勝は、いよいよ大詰めをむかえつつあった。

 2-2の最終シングルスで決着のはずが、オーストラリア・チームのパトリック・ラフターが、ケガで万全ではない。

 なら代打か? それとも故障を押しての強行か。

 本来ならオーストラリアには、マーク・フィリポーシスという第3のエースがいるはずなのだが、このときは故障だったか、はたまたナショナルチームと折り合いが悪い時期だったかで、この決勝のメンバーには入っていなかったのだ。

 じゃあ、一体だれが出るんやろ。パソコンのモニターの前で固唾を呑む、私とクニジマ君の前に、一人の男の名前が映し出されたのである。

 「Wayne Arthurs」

 これには私とクニジマ君も思わず「うわあ」と、のけぞりそうになった。

 「えーっ!!!」「マジか?」「ここでまた地味な男が……」。

 そんなことになってしまったのもゆるしてほしいのは、前も言ったが、ウェイン・アーサーズとはオーストラリアの中堅選手だ。

 もちろん、ナショナルチームに選ばれているのだから、実力自体は充分だが、この国の命運がかかった、超のつく大一番をまかせるには、ややたよりないところもある。

 なんといっても、本来出るはずのパトリック・ラフターは元世界1位、USオープン2連覇、ツアー通算11勝、男前で選手会長も務めたスーパーナイスガイ。

 一方ウェインは、自己最高ランキングが44位、グランドスラム最高成績4回戦、ツアー1勝で、余計なお世話だが見た目も超ふつうと、その格差は相当なものなのだ。

 まあ、そこはデ杯でエースが欠場すると、だいたいが「だれやねん」みたいな選手が出てくるのは、わりとよく見る「デビスカップあるある」だ。

 たとえば、2014年に優勝したスイスは、ロジャー・フェデラーとスタン・ワウリンカが単複両輪で戦う最強チームだったが、仮にフェデラーがなんらかの理由で途中棄権すると、ランキング230位とかの選手が「エース」として戦うことになる。

 それとくらべるとかなりマシだけど、苦しいことには変わりない。

 しかもだ、ウェインには「ダブルスのスペシャリスト」という側面もあるせいか、デ杯のシングルスで戦ったことなど、ほとんどないはず。そもそもが、おそらくはラフターの代わりの、ダブルス要員で選ばれているはずなのだ。

 そこを、初のシングルスデビューが決勝戦。しかも、すべてが決まる3日目の最終戦。

 クニジマ君がポツリと、

 「これは……ちょっとキツいなあ」

 私も思わず、

 「オレやったら、トイレ行くフリして、そのまま消えるね」

 こんなおそろしいことが、あっていいもんか。

 水島新司先生の『大甲子園』で、はじめて甲子園でプレーした補欠の目黒選手が1点ビハインドの9回2死満塁でバッターボックスに立つ羽目になり、

 「なんで、はじめてのスタメンで、こんな場面になるんだ……」

 とビビりまくるシーンがあるけど(まあ、目黒君の場合は山田が代打で出たんだけど)、それを彷彿させたものだ。

 ウェインも、さぞかし言いたかったろう。

 そんなん、無理やって!

 とはいえ、ここで本当に逃げるわけにも行かないのがプロの大変なところ。嫌々(だよなあ、たぶん)コートに立たされたアーサーズに、私とクニジマ君は「ボロ負けだけはすなよ」と、テレビ放映じゃないから祈るようにネット上の、数字だけのスコアボードを見つめる。

 ところが、あにはからんや。ふつうなら尿でもちびろうかという大修羅場で、ウェイン・アーサーズは大善戦を見せる。

 ファーストセットこそ落としたものの、続く第2セットをタイブレークの末に奪い返す。

 この健闘には、我々も色めきだった。

 「すげえ、勝つんちゃうか! 地味やけど」

 「このまま行ったら大英雄やぞ! サーブしかないけど」

 「ウェイン、ここまで来たら男になれ! コアなファンしか知らんけど」

 もう、大盛上がりだ。ちょっと辛口な応援になるのは、愛の裏返しと理解してほしい。われわれ玄人のファンこそ、こういう華のない選手をも、しっかり見届けなければならないのだ。

 今思えば、対戦相手のエスクデも相当な「地味界の星」だが、気持ちはどうしたって突然極限状態に追いこまれたウェインにかたむこうというもの。

 おそらく、アーサーズ対エスクデという渋すぎるカードで、日本一盛り上がったのはわれわれが白眉だろう。激戦が続くのをモニターで追いかけながら、クニジマ君は感に堪えたように、

 「なんかこう、大将戦がこの2人いうのが、デビスカップの華やよなあ」。

 1996年決勝ニクラス・クルティ対アルノー・ブッチとか、2013年決勝ドゥサン・ラヨビッチ対ラデク・ステパネクとか、2016年決勝のイボ・カロビッチ対フェデリコ・デルボニスとかね。

 プレッシャーに耐え必死に戦うウェインだったが、そこからは最高ランキング17位、オーストラリアン・オープンでもベスト4の実績もあるエスクデが徐々に実力を発揮し、一気に突き放す。

 最終シングルスは7-6・6-7・6-3・6-3でエスクデが勝利。見事フランスに、デビスカップの栄冠をもたらしたのであった。

 あーあー、ウェイン、負けちゃったか。でもまあ、よくがんばったよね。シーズン最後を飾るに、ふさわしい熱戦だった。

 こうして2001年デビスカップは終わった。興奮冷めやらぬ私とクニジマ君は、「すごい決勝やったなあ」「あんなこと、あるんやねえ」と大いに語り合うこととなった。

 その後も、よほどこの試合にあてられたのか、私と友は忘年会でも「デ杯はすごかった」と語り合い、「聖域なき改革」「ヤだねったら、ヤだね」を押さえて、

 「大将戦、ウェイン・アーサーズ」

 が、その年の局地的流行語大賞に選ばれたのであった。



 ☆おまけ ビッグサーバー、ウェイン・アーサーズの雄姿は→こちらから

 

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燃えろウェイン・アーサーズ 2001年デビスカップ決勝 オーストラリアvsフランス その2

2017年12月12日 | テニス
 前回(→こちら)の続き。

 2001年デビスカップ決勝は大激戦となった。

 レイトン・ヒューイット、パトリック・ラフターの世界ナンバーワンコンビ擁するオーストラリアと、エースであるセバスチャン・グロージャンを筆頭に、ニコラ・エスクデ、セドリック・ピオリーヌ、ファブリス・サントロという渋い実力者で脇を固めるフランス。

 両チームゆずらず2-2で、勝負は最終シングルスにもつれこんだが、ここで恐れていた事態が現実となった。

 この決勝戦。戦前の予想では、オーストラリアが危ないという、もっぱらの評判だった。

 その理由はパトリック・ラフターのケガだ。

 もともと全盛期と比べて、おとろえが見られていたラフターだが、くわえてUSオープン2連覇以来、体調不良におちいることがたびたびあり、この決勝戦前でも背中だったか腰の故障だったかで、出場が危ぶまれていたのだ。

 だがそこは舞台がデ杯である。しかも決勝、おまけに地元開催だ。こんな条件がそろっては、選手は休むなんて考えられなくなる。

 特にラフターはチームをひっぱるベテランとして、責任感も強い男。痛む体に鞭打って、チームのために強行出場を決めていたのだ。

 この選択は、とりあえずは成功だった。元ナンバーワンであり、グランドスラム大会優勝経験者の実力と意地か、ラフターは見事に初日1勝をあげ、まずはあたえられた役割をこなした。

 ここまではよかったが、オーストラリアはこのラフターの勝利を生かせず、ヒューイットの試合とダブルスを落とし、勝敗の行方を3日目の最終シングルスにもつれこませてしまう。

 対戦スコアを見ればわかるが、この決勝でオーストラリアはラフターをダブルスでも連投させた。

 ということは、

 「故障をかかえたパトリック・ラフターにまわってくる、最終シングルス前に決着をつける」

 ことを想定していたに違いない。

 のちに、物議をかもすこととなるジョン・フィッツジェラルド監督の采配では、ラフターの体調では、2試合出るのが限界と判断。

 それなら、プレッシャーのかかるシングルス2試合よりも、シングルスひとつと、比較的負担の少ないダブルスに出させて、

 「初日1勝、ダブルス1勝、最終日ヒューイットで3勝目」

 もしくは

 「初日に一気に2勝して、あとはダブルスかヒューイットで決める」

 といった目論見であったのではなかろうか。とにかく、最終戦前までに決めてしまい、ラフターの負担を最小限にせねばならない。

 その意味では、ファブリス・サントロという玄人中の玄人がいるダブルスはともかく、結果的には初日にヒューイットがニコラ・エスクデに敗れたのが痛かったことになる。これによって、短期決戦のプランがご破算になったのだから。

 フィッツジェラルド監督が批判されたのはここで、ラフターが完全な状態でないなら、別の選手を用意すべきではなかったか。

 また、ダブルスに巧者ををそろえるフランス相手に、そこを手負いのラフターで強行突破というのは無茶ではなかったか。むしろ2日目は捨てて、最終シングルスにこそ彼をスタンバイさせるべきではなかったか。

 こういった選手の配置は難しい問題で、日本でも

 「錦織をシングルスに専念させるか、それとも単複3連投で力ずくの勝利を得るか」

 は毎回のように議論になるが、たしかに外野の声は一理あるとはいえ、状態が完全ではない中「これでいく」と決めた作戦をつらぬいたのだから、結果論的な話をしても仕方ないのかもしれない。

 ともかくも、3-0か3-1の電撃戦プランは、フランスの伏兵の前にくずれ去った。このあたりが、団体戦の妙ともいえる。

 ここにオーストラリアは決断を迫られた。勝負のかかった最終シングルス、戦力大幅ダウンを覚悟で控えの選手を選ぶか、それとも満身創痍のパトリック・ラフターをあえて出すのか。

 そしてここに、これまで一度も名前の出なかった、あの男が突如浮かび上がってくるのだ。

 そう、われらが「地味萌え」が推すビッグサーバー、ウェイン・アーサーズである。

 
 (さらに続く→こちら




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燃えろウェイン・アーサーズ 2001年デビスカップ決勝 オーストラリアvsフランス

2017年12月11日 | テニス
 流行語大賞といえば思い出すのは、ウェイン・アーサーズである。

 というと「それ、誰やねん」とつっこまれそうであるのでここに説明しておくと、ウェイン・アーサーズとはオーストラリアのテニス選手。

 一時期は、テニス界最速最強といわれたビッグサーブを武器に、レイトン・ヒューイットやパトリック・ラフターらがいた、第何期目かわからないオーストラリア黄金時代、ナショナルチームでも活躍した男だ。

 華のあるオージー選手の中で、飛び抜けて見た目が普通とか、自己最高ランキングが44位とか、初優勝までデビューから15年もかかったとか、グランドスラムの最高成績が4回戦とか、実はダブルスのスペシャリストとか。

 そんな、私のような「地味な選手萌え」にはたまらない男なのだが、そうでない人からしたらもう全力で「知らんがな」な選手である。

 そんな華なき男のウェイン・アーサーズが、なんでそろそろ年の瀬というこの季節、記憶に残っているのかと問うならば、話は2001年にさかのぼる。

 年も押し迫った12月初旬のこと、私は友人クニジマ君と家で一杯やっていた。

 テニスファンの彼となれば、当然肴となるのはテニス界のことであり、その日も、

 「トーマス・エンクヴィストとウェイン・フェレイラの、どっちを評価すると、より玄人のテニスファンっぽいか」 

 なんて話で盛り上がっていたのだが、そこで友がこんな声をあげたのだ。

 「あ、そういや、今ってデ杯の決勝やってるんちゃう?」

 おお、そういえばそんなイベントもあったなあ。たしか今年は、オーストラリアとフランスで決勝やってるんちゃうかったっけ。

 パトリック・ラフターとレイトン・ヒューイットの、世界ナンバーワンの2枚看板が売りのオーストラリアと、セバスチャン・グロージャンをエースにそえ、渋い実力者のそろうテニス大国フランス。

 これがチーム戦を行うとなれば、盛り上がらないはずがない。私はすぐさまパソコンを起動させると、テニス関係のページをめぐってデ杯の情報を仕入れはじめたのであった。

 この年の決勝戦は、期待にたがわぬ激戦となっていた。

 オーストラリアはラフターとヒューイットが単複戦うが、フランスはグロージャンを中心に、ニコラ・エスクデ、セドリック・ピオリーヌ、ファブリス・サントロという布陣で挑む。

 会場はオーストラリアのホーム。全豪オープンが開催されているロッド・レーバー・アリーナに、天然芝を敷いてフランスを迎えうった。

 開幕戦で、エスクデがフルセットの末、敵のエースであるヒューイットを破るという金星をあげると、オーストラリアも負けずにラフターがグロージャンをストレートで倒し、エース破り返し。

 デ杯の命ともいえるダブルスでは、ピオリーヌ&サントロ組が、ラフター&ヒューイット組のグランドスラム優勝者コンビを粉砕。

 さすが、ダブルスはスペシャリストのサントロを擁するフランスが強い。アウェーの不利さをものともせず、2-1と先に優勝に王手をかける。

 ただオーストラリアも、地元の観客の前で、むざむざ敗れるわけにもいかない。3日目第1試合のエース対決では、ヒューイットがグロージャンを、なんと6-3・6-2・6-3のストレートで一蹴してしまう。

 勝負は2-2の最終シングルスにもつれこんだわけだが、試合経過を観ながら私とクニジマ君は、これは恐れていたことになりそうだぞと目を見合わせたのだ。


 (続く→こちら
 


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映画秘宝『日常洋画劇場 映画のことはぜんぶTVで学んだ! 』で、あなたもB級映画のとりこに! その2

2017年12月08日 | 映画
 前回(→こちら)に続いて、映画秘宝『日常映画劇場』のはなし。

 かつて存在した東京12チャンネル(現テレビ東京)にて放送された、名もなきマイナー映画を熱く語るというこの本。

 『メアリと魔法の花』や『相棒』が世間で取り上げられることなどものともせず、


 『ペチコート作戦・セクシー潜水艦発進せよ』

 『殺人ドーベルマン・残酷刑務所死の大脱走』



 などを語り倒す本書は「男前」だ。


 『恐怖の宙吊りロープウェー・ジャガーは跳んだ・大統領誘拐計画』とか、タイトルが大盛りすぎて、どこがメインなのかサッパリわからない。

 ロープーウェーと大統領がどう繋がるのか。ジャガーって誰? ただひとついえることは、この映画は間違いなタイトルが一番おもしろいはずだ。

 こうした作品群だけでも十分魅力的だが、12チャンネルの素晴らしいところは、その編集。

 テレビはわざわざ「ノーカット版」とうたうのが売りになるくらいなので、元来はカットや編集はつきもの。

 しかも12チャンネルの場合は放送枠が90分、CMを考慮に入れると正味70分くらいで放送しないといけない。

 そこで披露されるのが、この局独特の編集技術。

 ストーリーの整合性など気にせずバッサリやるのは日常茶飯事。西部劇で劇中バリバリに生きていた奴が、CM明けにいきなり死んで、いなくなっていたりする。

 もちろん、そこになんの説明もない。視聴者はどーんと置いてけぼりだが、「とにかく、死んでもういないんだぞ」ということだけは伝わってくる、有無いわさぬ力業。そこは各自「想像力でおぎなえ」ということか。なんとも男らしいハサミの入れ方だ。

 編集の暴挙はこんな程度ではおさまらず、『ゾンビ』のラストシーンを改変(!)したり、カットしたところを声優さんにうまくつないでもらって、ほとんど別のストーリーに仕立て上げたり、ラストをバッサリやって、お話の途中でストンと何のオチもなく、あたかも不条理劇のような終わり方をしたり。

 『惑星ソラリス』を1時間20分にまとめるとか、『探偵スルース』をやはり70分におさめてしまうとか、「そんなご無体な」としかいいようのない荒技も見せてくれる。

 『ソラリス』を80分! そんなん可能なんかいな。どうやって切り貼りするのか、想像もできない。

 『探偵スルース』なんか、ミステリのそれも元は舞台劇だよ。シーンのひとつひとつ、小道具の使い方、セリフの一字一句、すべてに意味のある作りこみになっているのだ、それをどうやって再編成するのか。謎としか言いようがない。

 だが、そんなまっとうな映画ファンが見たら「バッカモーン! この作品を編集したのは誰だ!」と、海原雄山並みに怒りそうなシロモノだが、ラストのあとすぐ切り替わる「二光お茶の間ショッピング」によってすべてが浄化される仕組みになっている。

 どんなバカ映画でも、無茶苦茶な編集でも、「なんやこれはー!」と怒りをあらわにしたところで、

 「はい、今日の商品はこの高枝切り鋏ですね」

 と笑顔でいわれると、もう怒る気も失せてシオシオのパーとなるのである。局側の作戦勝ちといえよう。

 私も映画ファンとして、劇場、ビデオ、DVD,テレビと山のように見てきたものだが、この本で紹介されているB級映画は『幻の湖』『さよならジュピター』みたいなメジャー作品しかチェックしていなくて、「勉強不足だな」と感じる。

 というと、おいおいちょっと待て、『幻の湖』や『さよならジュピター』のどこがメジャーなのだという意見はあるかもしれないが、たしかに世間ではほとんど知られていないかもしれないとはいえ、映画ファンの間では基本教養。

 そんな、「テレビ大阪では『幻の湖』くらいしか観たことないド素人」な私としては、この本を読んで

 「もっとB級テレビ映画が見なければ!」

 そう強く感じたのだが、では実際にそのために古いビデオ屋に走るかといえば、そうでもないのであった。
 
 こういうのは、感性が若く、また無駄に時間だけはある若いときに通過しておくべき道なのである。

 それを大人になってから手を出すと、もう「なんやこの阿呆な映画は!」とか、「金返せ!」とか、「オレの2時間、て編集してるから70分やけど、貴重な時間返せ!」となってしまう。

 歳をとると、酔狂に金と時間をかけるには、分別がつきすぎてしまっている。バカは若いうちにやっておくべきなのだ。

 なので、大人になってのB級映画の楽しみ方は、

 「話のうまい奴に見せて、そのストーリーを解説してもらうこと」

 話術のある友だちをだまくらかして見させて、「それがいかにくだらなかったか」を熱く語ってもらうのが大人の優雅なスタイル。

 幸い私には、バカ映画が好きな上に、それを語らせると浜村純なみにうまい「B級映画講談師」ことウメダ君という友人がいる。

 さっそく彼に『日常映画劇場』を貸して、秋の夜長に『地獄のデビルトラック』について語ってもらうのを、ブランデーでもくゆらしながら堪能したい。




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映画秘宝『日常洋画劇場 映画のことはぜんぶTVで学んだ! 』で、あなたもB級映画のとりこに!

2017年12月07日 | 映画
 『日常洋画劇場』を読む。

 映画秘宝から出ているこのムックは、東京12チャンネル(現在のテレビ東京)を主とした、「テレビでやってた名もなきB級映画」への深い愛と限りなきノスタルジーを熱っぽく語るという内容。

 私は世代的に「東京12チャンネル」というものになじみはないが(「テレビ大阪」、もしくは「Uチャン」)、経済成長に浮かれまくった日本が「おもしろくなければテレビじゃない」なんてフカしていた時代に、この局が実に味のある独自路線を走っていたのは、誰もが知るところであろう。

 中でもふれられているが、他局がゴールデンタイムに豪華なタレントを擁した派手な番組をやっている中、12チャンネルだけは『ハクション大魔王』の90分スペシャル(しかも再放送)を流していたりした。

 テレビドラマ『やっぱり猫が好き』で、三谷幸喜さんが脚本を書いた『ブジラVS恩田三姉妹』は、怪獣ブジラがあらわれて日本を蹂躙するニュースを、恩田三姉妹がテレビをザッピングしながら追うという怪獣室内劇(!)だが、小林聡美が

 「あれ、この局だけ時代劇やってる」

 と苦笑いするというギャグにされたのも、テレビ東京であった。

 そんな愛されるというか、愛をもって見てあげないと成立しないようなテレビ局というのが東京12チャンネルなわけだが、映画番組は実に充実していた。

 そこには制作者側のかぎりない映画熱があったかわけであるかといえば、特にそんなこともなく、そこは単なる「ソフト不足」。

 要するに、局はあるけど「番組数が足りない」ということなのである。

 そこで制作側が目をつけたのが映画。これを買い付けてきて流せば、とりあえず2時間近くは埋まる。

 そういうわけで、「とにかく、あるもん全部持ってこい!」とばかりに総力戦というか、どこで買い付けたのかよくわからないZ級ドラマや、有名映画1本に20本くらい付いてくる「抱き合わせ商品」など、有象無象わけのわからない作品が山のようにたれ流された。

 その玉石混合ぶりはタイトルを見てもわかろうというもので、『十戒』『大脱走』など、まともな映画を流すときもあれば、


 『覗き魔バッド・ロナルド』

 『ビースト/巨大イカの逆襲』



 といったものも、同時にお披露目する。

 この手の映画はざっと並べるだけでも


 『人喰いシャーク・バミューダ魔の三角地帯』

 『キラー・アーンツ/殺人蟻軍団・リゾートホテル大襲来』

 『パニック・オブ・タランチュラ/殺人クモ軍団恐怖の大空輸!』

 『ザ・ビーズ/殺人蜂大襲来、アメリカ大陸壊滅の日』

 etc……。



 なんとも味のあるラインアップである。

 本文でもつっこまれてたが、アンツでなく「アーンツ」なところに、制作側のこだわりが感じられる。原語主義というか。『仮面ライダーX』の変身のかけ声が、「セットアップ」ではなく、かたくなに「セタップ!」みたいなもんか。たかが蜂に、「アメリカ大陸壊滅」というのも、ハッタリがきいててナイスだ。

 秋の夜長、映画といえば『シン・ゴジラ』のような話題作や『君の名は。』のような感動ものもいいが、男なら粋に『ロックンロールレスリングウーマンVSアステカのミイラ男』など、超弩級のスットコ作品も楽しんでみたいものだ。


 (続く→こちら



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相撲ってなんで「国技」なの? 高橋秀実『おすもうさん』 その2

2017年12月03日 | 
 前回(→こちら)に続いて、高橋秀実『おすもうさん』を読む。

 「相撲は国技」

 「伝統あるな神事」

 などと重々しく語られがちな相撲の世界だが、中は意外とゆるくできているところもあるらしい。

 その最たるが、相撲の権威の象徴となっている「国技」というあつかいだが、これがまた実にアバウトな根拠で、読んでいて笑ってしまうのだった。

 なぜ相撲が「日本の国技」なのか、というニュースや情報番組でスポーツライターが重々しく取り上げがちなこの謎の正体はと問うならば、

 「国技館で行われるから」

 え? そんな単純な理由があるかって?

 いや、これがホンマにそうらしいんです。高橋さんが、どんな一所懸命に古代の文献を当たっても、

 「相撲を日本の国技にする」

 みたいな記述はなく、ごくごくシンプルにどこでも、

 「国技館でやってるから、まあ国技って言うたらええんとちゃうか」。

 くらいのあつかいなのだという。

 なんちゅうアバウトな。にわかには信じがたいが、本当の本当に、

 「相撲は日本の国技」

 とする証拠は特にないのだった。

 で、国技館だから国技。ナイスすぎる。その安直さに、ますます好感度アップである。

 しかも、じゃあその国技館がなぜ「国技館」という名前になったのかといえば、完成案内状に、

 「角力は日本の国技」

 と(特に根拠なく)書いてあった。それを見て、

 「じゃあ、国技館でええか」

 となったそうな。

 つまり、「相撲は日本の国技」なのは、「国技館で開催するから」だが、「国技館がなぜ『国技』館なのかといえば、「相撲は国技だから」となるわけだ。

 なんだか、話がねじくれていてややこしいというか、ぐるぐる回るメビウスの輪みたいになっているが、要するに国技というのは、

 「誰か(江見水蔭という人だそうです)が適当に言うただけ」

 程度のものでしかないらしい。

 あー、だからテレビとかで色んな人が必死に「国技」をアピールする割には、説明の意味がよくわからないのか。

 「解説するだけの理由がない」ことにくわえて、もしかしたら「それがバレると困ると思っている」からかもしれない。

 「国技だから国技」という循環論法になっちゃってるわけで、だからサンドウィッチマンの富澤さんのごとく、

 「ちょっと、なにいってるかわからない」。

 ってことになるのだ。

 そんなボンクラ魂が炸裂した相撲という競技が、なぜにて「相撲道」とか時には「武士道」と重ね合わせられ、妙に格調高いものとしてあつかわれるのかといえば、要するに戦争があったから。

 大東亜戦争において、日本独自の競技である相撲がやけにクローズアップされ、「前撃精神」とか、そっちにからめられて祭り上げられたのだ。

 実際、当時の力士はといえば前撃精神どころか、


 「腹が減ってやりきれない」


 となげいて、貧弱なところをさらけ出したり、逆に勤労奉仕で働くことによって、


 「一所懸命体を動かすとすがすがしい」


 と社会性に目覚めたり(取り組みは一所懸命動いてないんかい!)と、やはり呑気なものである。フワッとしてるなあ。

 かくのごとく、神事も国技も高橋さんののほほん文体にかかれば、なんとも能天気なものに思えてくるものだ。

 えらそうなおじさんが「品格」とかうるさく言うより、よっぽどこっちのほうが親しみ持てるよ。私は断然、ゆるゆるなお相撲さんを応援します。




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相撲ってなんで「国技」なの? 高橋秀実『おすもうさん』 

2017年12月02日 | 
 高橋秀実『おすもうさん』を読む。

 私は高橋さんのファンで、『からくり民主主義』や、テレビドラマにもなった『弱くても勝てます』など、主要な著作はたいていチェックしているが、今度の題材は日本の国技といわれる相撲。

 高橋秀実本の大きな特徴は、一言で言えば「のほほん」。

 テーマとしては「沖縄基地問題」や「オスプレイ是非論」など、一見重厚なものを取り上げているものの、読んでいる心地は、なんともその重さを感じさせないものが多い。

 それは文体や、著者のさらりとした芸風ゆえのことだが、そうやって「フワッと」ながめることによって、取材対象を徹底的に客観視してしまうところが高橋流のアプローチ。

 そうして、とことんフラットな視点で観察すると、人が巷であれこれ騒いでいることというのは、意外なほどどうでもいい理由でだったり、単なる思いこみだったり、意地の張り合いだったり、イメージに引きずられた一面的な見方だったりする。

 沖縄にしろヘリの問題にしろ、報道だけ聞いてたら

 「権力の横暴」

 「正義はどこにあるのか」

 みたいな気分にさせられるが、現地の人は案外と、

 「へー、騒がれてるの。知らなかったわあ」

 「まー、いろんな意見があるわねー」

 くらいのものらしく、その温度差がなんとも腰くだけである。

 もちろん、それが全部というわけではないだろうが、そういう「一般的イメージと現場の声の誤差」を否定もせず肯定もせず、まさに「フワッと」浮かび上がらせるのが、抜群にうまいのだ。

 この『おすもうさん』でもその高橋節は健在で、相撲といえば「八百長問題」「朝青龍と横綱の品格」、最近では日馬富士がビール瓶で貴ノ岩を殴ったの殴らんのと、イメージを落とす事件もあったが、本書を開くとそういったところに目くじらを立てるのは、なんとも「粋でない」気分にさせられる。

 まず第一章から「のほほん」である。

 追手風部屋に取材に行った著者が、そこで色々と若手力士に質問をする。

 私など勝手なイメージで、相撲というのは「格闘技の中で最強」説もあるぐらいだから、常にたぎっており、モハメド・アリのごとく、

 「自分に勝てる力士なんて、どこにもいません。まとめてブン投げてやりますよ」

 みたいな言葉とか、あるいは逆に「気はやさしくて力持ち」的な、口べたで言葉数は多くないけど、そこがまた朴訥なキャラクターにつながるのかとか想像しがちだ。

 だが、実際の生の声と言えば、押しの弱い若手力士などは、横に控える先輩たちに遠慮してか、多くの問いに、


 「わかんない、す」

 「こわい、す」



 なんとも頼りない返事しかこない。さらには、入門の動機をたずねると、


 「気がついたらここにいた、という感じなんです」


 のほほんである。これだけ聞いたら、皆さまも

 「まったく、今の若いヤツはなんと軟弱な。昔の日本男児は、そんなフニャフニャしてなかったぞ」

 などとお怒りになられるかもしれないが、高橋さんが取材を深めるため、戦前の相撲雑誌や新聞を当たってみると、当時の力士の対談では力士になった理由というのが、こうだったという。


 「子供のことだからなあ。はつきりした気持ちはありませんでした」

 「お母(おふくろ)がその気になりましてね」



 だいぶフニャフニャしてます。「気がついたらここにいた」とまったく変わらんがな。あげくには、


 「ビールをごちそうになって、相撲ってサイコーってなりました」


 みたいな答えもあって、ズッコケるのだ。

 ビールに釣られる! 給料日前でフトコロのさみしいサラリーマンみたいだ。果ては、


 「(相撲は)嫌いだったけど、行け行けと言われてしょうがなくなりました」


 とか、やる気あるんかいと、つっこみたくなるような回答のオンパレード。

 「昔はよかった」はいつの時代もくり返される言葉だが、それが幻想にすぎないことを、ものの見事に証明してしまっているところが、いっそほほえましい。

 人間というのは時代を経ても、たいして成長しない生物なんですね。謙虚になれます。

 ニュースで相撲界の不祥事が取りざたされると、やれ「伝統」だ「神事」だ「国技」に「品格」だとか、エライ人が鬼の首でも取ったかのように語り倒すけど、高橋さんにかかれば、これらの言い分がなんとも滑稽なのが透けて見えてくる。

 だって、相撲って「ボンクラ」のスポーツのような気がするんだもの。

 神事がどうとかよりも、基本は「食って寝る」のが仕事。志願者もハングリーな外国人力士以外は、案外と「気がついたら、こうなった」みたいな子が多い。ゆるゆるである。

 「神事」と聞くとなんだかハードルが高いが、そういった「しゃらくさいオブラート」をはがしてみると、なんと呑気でステキなんだ力士の世界!

 本来なら「不謹慎だ」「国技をなんだと思ってるのか」とおしかりを受けそうな内容だが、私は逆にぐっと、おすもうさんが身近になった。

 こうした高橋さんの、「のほほんによる相撲分析」によって、さまざまな相撲に対するイメージが変わっていったのだが、極めつけな腰砕けが、
 
 「なぜ相撲が日本の国技となったのか」

 という理由について調査したときの話だ。

 
 (続く→こちら


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戦慄の人気アイドル地獄変 吉田豪『元アイドル!』 その2

2017年11月30日 | オタク・サブカル
 前回(→こちら)に続き、『元アイドル!』を読む。

 吉田豪さんの文体のせいか一見軽く読めるが、あらためて内容を抽出してみると、「そんなん、全然笑えませ~ん」なエピソードばっかり。

 とにかくアイドルというお仕事の大変さが、よくわかります。

 胡桃沢ひろこさんは、お父さんがかなり激しい人だったらしく、彼女がちょっと男の子と仲良くしたのに激高し、強烈な回し蹴りを食らわせてきたとか。

 親父、娘に問答無用のスピンキック! 平手打ちならまだわかるが、足技とはガチである。

 それも、これが見事、腹部にクリティカルヒット。アバラをへし折り、彼女は激痛に絶えながら番組出演するはめに。

 胡桃沢さん笑いながら、「コルセット巻いて、大変でしたよ」って、それですむ問題ではない気がするがどうか。

 この胡桃沢パパのすごいところは、その後なんの前触れもなくいきなり蒸発。音信不通になるが、一度だけ葉書が送られてきて、そこには一言、


 「裏切り者は殺せ」。


 ひとり芸能界でがんばる娘に、まさかの殺人指令。

 どんなパパからの手紙だ。もはや、アイドルとか全然関係ない修羅場である。竜牙会か。

 そんなハードな本書だが、中には妙に笑えたり、ほのぼのするいいエピソードもなくはない。

 あるとき、宍戸留美さんに「一緒に、舞台やろうよ」と誘ってきたのが、声優であり『新世紀エヴァンゲリオンのアスカ役で有名な宮村優子さん。

 仕事自体はうれしいのだが、ひどいことに、当時の宍戸さんはドラマの撮影でセクハラを受け、それがトラウマになって仕事ができない状態だった。

 やむを得ず、事情を話して断ろうとすると、そこでみやむーはドーンと胸を叩いて、こう言い放ったという。


 「私が守るから大丈夫!」。


 くわー、みやむーカッコエエー! そういえばどこかで、

 「宮村は女としてみたら顔は並やけど、もし自分が女でみやむーが男やったら絶対ほれるわ」

 という意見を聞いたことがあるが、なるほどたしかに男前やなあ。空手の達人だし。

 ちなみにそのトラウマというのが、16歳のころ撮影現場で大物俳優K・Nにさわられたというもので、


 吉田豪「あれ、あの人ってホモなんじゃないんですか?」

 宍戸「とりあえず、カツラをかぶっていることはたしかですね(笑)」



 って、この会話も因果がすぎるというものだが。

 前回紹介したような、笑顔もこわばるキツイ人もいるようだが、やはりファンあってのアイドルである。その愛は邪険にはできまい。

 ふたたび胡桃沢ひろこさんの場合、熱心なファンがいきなり彼女の前に土下座。

 あわてて、「なぜ?」と問うならばファン氏は


 「胡桃沢という名前は運勢が悪いので、本名に戻してください! それまで僕は土下座し続けます!」。


 といわれても、リンダならぬ、ひろこ困っちゃうであろう。

 そのファン氏が、本当に心から誠実な想いでもっていっているのは痛いほどわかるが、まあ本当に痛いのもわかる。

 「し続ける」ってところが熱い。もう、どないせえというのか。

 まあ、アイドルファンといえば、たしかに業の深い人もいるし、アイドル自身に迷惑をかける人もいるが、実際のところはこういう純な人たちに支えられている一面もあるのであろう。

 大変な仕事だが、日本のアイドルとは「宗教なき国の神」であるため、その仕事が過酷なのはある程度は仕方がないのかもしれない。

 人の罪を背負って十字架にかけられたイエス・キリストのように、男子のリビドーを一身に背負って満身創痍で走るのがアイドルである。死なない程度にがんばってほしい。



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戦慄の人気アイドル地獄変 吉田豪『元アイドル!』

2017年11月29日 | オタク・サブカル
 『元アイドル!』を読む。

 プロのインタビュアーであるサブカルライター吉田豪さんが、おニャン子クラブや少女隊、ドラマ『スケバン刑事』の風間三姉妹などなど、かつて一世を風靡したアイドルたちから、今だから語れるその時代の真相を鋭く聞き出していくというもの。

 登場するのは、杉浦幸、新田恵利、中村由真、宍戸留美、花島優子など。

 私はあまり芸能界というものに興味がなく、また時代的にもややズレがあり、彼女らのことは名前くらいしか知らない場合も多かったが、これがまあなんというか、読んでみると実に因果なおもしろさがあって引きこまれた。

 常に人目にさらされる芸能人というのは、素人が想像するだけでも、なんとも大変そうな仕事。

 中でもアイドルというのはその虚構性の強さと、宗教的な崇拝と同時にファンのストレートなリビドーの対象であるという業の深い存在であることから、その心身へのストレスはハンパではないようだ。

 無茶な仕事に、暴力にセクハラにおかしな関係者。それにより、円形脱毛症になったり、突然失踪したり、精神科通いで幻覚を見たり、入院して生死の境をさまよったり。

 吉田豪さんもインタビューの中で、


 「アイドルやってると、自殺を考えるくらいまで追いこまれる人も結構多い」


 そう何度も言っているが、お話を聞いていると、「そら、そうなるわ」とあきれるような事件が目白押しであった。

 『ヤヌスの鏡』で有名な杉浦幸さんは、仕事がキツすぎて心がおかしくなったとか。

 苦痛な仕事というのはさまざまであり、握手会で「こいつだけは勘弁」というファン相手でも笑顔で対応しなければならないという本音は、まあこちらも想像はできる。

 よくいわれる、「体液的なもの」と一緒に握手をしてくるファンというのは、やはりいらっしゃるようで、それでもニッコリ天使の笑顔。

 本人も地獄であるが、とばっちりなのはその後に並んだ男子たち。あるアイドル曰く、


 「次の人の手で拭きました(笑)」。


 いやいや、「(笑)」やないー! 怖いー! やめてー!

 ほかのアイドルも負けてなくて、


 「封筒を開けたら、猫の死骸が入っていた」

 「マネージャー抜きで海外に行かされておかしいなと思っていたら、その場で『脱げ』とおどされた」。

 「いきなりスカイダイビングさせられて、勝手に生命保険に入られていた」

 「事務所の社長がタレントに借金を押しつけて蒸発」




 などなど、全然笑えない話のオンパレード。

 スカイダイビングといえば、若手時代のたむらけんじさんが、まったく同じ目にあったそうであるが(受取人はもちろん吉本興業)、売れっ子アイドルが下積み時代の芸人と同じあつかいとは。
 
 同期アイドルと対談の仕事で、「枕営業、あるみたいよ」といわれて「どうしよう……」と頭をかかえたというエピソードには豪さんも


 「やっぱり、枕営業はあるんですか?」。


 つっこんで訊くと、


 「人によるんじゃないですか? 自分からやろうと思えばいっぱいあると思うし」

 「噂ほどあるわけでは絶対ないけど、過去には……」


 なんとも微妙なお答え。まあ、あるんでしょうなあ。

 こんなことばっかりやってたら、そらなんぼ気の強い子でも壊れます。

 杉浦さんも、とりあえず周囲の気にくわない奴を散弾銃でもって、


 「こいつらみんなぶっ殺してやりたい!」。


 いつも思っていたそうな。意に沿わない仕事や、現場でのいじめで追いつめられ、


 「ビルの屋上から飛んだら気持ちいいだろうな……」


 ……と、茫然と過ごす毎日。そら銃も乱射したくなりますわな。

 とまあ、とにかく全編「芸能界は、おそろしいところや」という内容でございまして、アイドル志望の娘さんは必読かも知れません。

 読後はもう、テレビを見ていて

 「あんな笑顔を見せてるけど、あの子もウラでは……」

 邪推ノンストップ状態になってしまい、なんだか切なくなります。

 とりあえず、将来娘ができても、絶対芸能界には行かしたくなくなりますねえ。


 (次回に続きます→こちら




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なんてステキな「日本イジリ」の北朝鮮お笑い事情 雨宮処凛『悪の枢軸を訪ねて』 その2

2017年11月26日 | 
 雨宮処凛『悪の枢軸を訪ねて』がおもしろく、前回(→こちら)は北朝鮮のプロパガンダ標語のセンスがなかなかという話をしたが、今回はお笑いの世界について。

 彼の国ではサーカスなどエンターテイメントに力を入れており、命綱なしで危険なアクロバットに挑戦したり、熊のレスリングがあったり、お手玉の代わりにハンマーやスパナを使ったジャグリングなど(共産国ですから)、なかなかの充実っぷり。

 そこでは、芸人によるコントも披露される。

 そのコントはやや辛口で、そういうテイストであるなら、もちろんこと「エスニック・ジョーク」も満載である。


 「ポーランド人が電球を代えるには何人が必要か」


 とか、


 「ヒトラーとゲッベルスとゲーリングが乗っていた飛行機が墜落した。
  助かったのは誰か?」


 といった定番のネタは各国にあるものだが、彼の国がやっつける民族といえば、もちろん我々大日本帝国臣民である。

 まず日本人役で出てくる役者の衣装というのが、

 「着物」

 「七三の髪型」

 「千鳥足のだらしない酔っぱらい」


 の三点セットであるという。

 「酔っぱらい」以外はハリウッド映画などに見られる日本人の典型であり、

 「うむ、やはり『外国人が見た間違った日本人』はこうでなくてはな」

 と納得させられるものであったが、そこからの展開がなんともイカす。


 「韓国を搾取する欲深日本人を、北朝鮮の実直な若者がギャフンと言わせる」


 みたいな、一昔前の日本で言えば悪のアメリカ人をやっつける「力道山、怒りの空手チョップ」みたいなわかりやすいものもあれば、ショーのクライマックスではドラムロールとともに軍服姿の男が落ちてきて、着地と同時にバックスクリーンにデカデカと、

 「自爆精神」

 おまけに、もうひとり落下してきて今度は、

 「肉弾精神」

 とどめに金正日総書記のドアップがドドドーンと映し出されて会場大拍手で終了というものも。

 なんだか笑ってほしいのかどうしてほしいのか、これ以上反応に困るお笑いライブというのもあるまい。

 今の日本なら三四郎の小宮君が「絶望的な活舌だから察してくれよ!」と声を荒げたとたんに、「人間魚雷」の文字がスクリーンに映り、「ボケだから異常であれ!」と諭すと「爆弾三勇士」の文字。

 「終わりでーす」と漫才が終了すると、そこに大音量の君が代が流れ、浩宮様の特大写真がアップになるようなものか。

 リアクションが難しすぎるネタだが、なんたって独裁国。それでも拍手せなしゃあない。

 どんなエンターテイメントなのか。おもしろすぎるではないか。

 かくのごとく、日本ではなかなか知ることのできない北朝鮮の、中でもお笑い文化を知ることができるのはおもしろいところ。

 昨今、日本のお笑い芸人も、ヨーロッパでライブをやったり、「アメリカでデビューしたい」なんて人もいるが、やはりここはひとつ、

 「北朝鮮で政治ネタに挑戦」

 という選択肢もあっていいのではないか。昨今ネットで叩かれがちな「日本ディス」なネタも、ここなら堂々とできるというか、それしかできないのも困りものだけど。




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北朝鮮って「大日本帝国」なの? 雨宮処凛『悪の枢軸を訪ねて』

2017年11月25日 | 
 雨宮処凛『悪の枢軸を訪ねて』を読む。

 ミュージシャンであり作家としても活動する著者が、アメリカのブッシュ元大統領により「悪の枢軸」と命名された、北朝鮮とイラクを訪れるという内容。

 企画の過激さもさることながら、著者も反米愛国パンクバンド「維新赤誠塾」のボーカリストをつとめるなどといった活動から「ゴスロリ右翼」の異名を持つとなれば、中身はは相当に過激なものとなっているのではないか。

 なんて少々腰が引けながら読んでみたのだが、一見「イロモノ」な印象を持たれそうな著者紹介からは意外(?)とも思える、きちんとした読み物であった。

 視点も冷静で文章も読みやすく、学術的興味の観点からはやや軽いかもしれないが、なかなか実態の伝わりにくい国のことを知るにはいい本である。

 かなりシリアスな提言などもされている、経済制裁下のイラク編もさることながら、やはりネタ的に充実しているのは北朝鮮の旅行記。

 監視役のガイドさんなしではどこもいけないことや、やたらと観光させられること。

 また、どこへいっても朝から晩まで金親子礼賛とチュチェ思想の宣伝されるというプロパガンダ責めにあって、頭がヘロヘロになるという話は他の本や報道でもよく聞くが、なるほど実際に行ってみると聞きしにまさる偏りっぷりのようである。

 世界で孤立して国体維持に汲々としている国というのは、その必死さと、閉鎖性による視野狭窄、さらには劣等感とその裏返しの優越感が混ざり合って、ついつい「おもしろ国家」になってしまいがちだが、こういう国というのは、まず言語センスが独特である。

 旧共産圏の国が、どの通りも広場も「カール・マルクス広場」や「エンゲルス公園」という名前にしてしまったように、北朝鮮のネーミングセンスもふるっている。

 歩道橋や橋などには、


 「自力更生」

 「強生大国」

 「自爆精神」

 「全人民総武装化」

 「全国要塞化」



 などといったプロパガンダワードが、これでもかと掲げられている。

 さらに地下鉄の駅名がまたふるっていて、

 「勝利」

 「栄光」

 「復興」

 「楽園」

 「戦友」

 「革新」

 「戦勝」


 などなど、まー勇ましいったらありゃしない。とりあえず、こんな暑苦しい沿線には住みたくないと思いますわな。

 大時代的というか、はっきりいってほとんどギャグだが、もちろんのこと我々にこれを笑う資格などありはしない。

 そう、うちらの大先輩も、同じようなことやってましたから。「鬼畜米英」「一億火の玉」とか。

 というか、よく

 「《北朝鮮》という存在の元ネタは《大日本帝国》」

 といわれるけど、そのことがよくわかるセンスとボキャブラリーです、ハイ。

 まあ、いくら嫌いといっても歴史的経緯を考えたら、そりゃ影響は受けるだろうし、それがなくとも全体主義国家のセンスって、だいたい似たようなノリになりがちではある。

 うーむ、こうして反対側から見るとよくわかるが、自意識はともかくとして、昔の我が国も神の国とか自称してたけど、世界的には「おもしろ国家」あつかいだったのか。

 「大東亜共栄圏」とか「八紘一宇」とか「神風」とか、よそさんから見たら、

 「おまえ、マジか? www」

 てなもんだったんだろうなあ。

 陰でイジられてたんだろうなあ。ちぇ、勝手に言ってろよ。こっちはそれこそ今の北と同じく、大マジメで本気も本気だったんだよ!

 嗚呼、敗戦国はつらいでヤンス。人のことは笑うもんじゃない。

 というわけで、ここだけでも充分におもしろいのだが、さらに深みを感じたのは北朝鮮のお笑い事情。

 外国といえば、本や映画などで文化を知ることはできるが、「笑い」の観点から見ることによってわかってくる国民性というのもある。

 果たして北朝鮮のお笑いとはどういうものか。


 次回(→こちら)に続きます。



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人生はすべて「結果論」? レナード・ムロディナウ『たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する』 その3

2017年11月22日 | 
 前回(→こちら)に続いて、レナード・ムロディナウ『たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する』を読む。

 入学試験において、ほとんど実力の変わらないはずの受験生が、どこでふるいにかけられるのか。

 勉強量? 頭の良さ?

 大前提として、それはそうだろう。

 でも、「倍率7、2倍」の受験生は、そんなもん同じだけの蓄積を持っている。

 「ちゃんとやることやってれば、7割取れる」のが、当時の大学受験というものだった。で、当落上の数点差で、合否が分かれる。

 「がんばって」「努力して」上限が7割。なら、そこから1~4点抜け出るにはどうしたらいいかといえば、あとは

 「自分が得意なジャンルがその年の問題に出た(不得意な問題が出てなかった)かどうか」

 「カンで書いた答えが当たっていたかどうか」

 が勝負のカギになる。まさに、ランダムネスで勝負が決まる。徹頭徹尾に「公平」な神様の気まぐれなサイコロ遊びで決まるのだ。

 これはもう、常に関関同立ラインの、

 「真ん中から下の方の合格圏内」 

 に位置していた、秀才ではない「ひと山いくら」な自分には、ものすごくリアルに感じられた真理だ。

 ぶっちぎったヤツ以外は、そんな紙一重で人生が決まる。よく、マンガなどで、ボンクラ生徒がテストの答えをエンピツ転がして決めたりしているが、あれは正しいやり方なのだ。

 得意ジャンルの話でも、私の代では、当時関大国語の名物だった「漢字」「古文のマニアックな文法知識」という変則問題が出題されず、オーソドックスな読解問題に大きく内容が変更されていたこともあった。

 これには古文が大の苦手だった(半分捨ててた)私にとって僥倖という言葉を越えたスーパーラッキーだったが、まじめに過去問を精査していた受験生はビックリしたことだろう。

 出題側はなんの気まぐれだったか不明だが、もしこれがなかったら、私はもっと国語で苦戦していたハズ。

 むしろ、ちゃんと関大対策をしていた受験生こそ釈然としなかったろう。「あんたらの、かたよった悪問に照準合わせたのに、こんなフェイントかよ!」って。

 あれは、あんまりな仕打ちだった。

 だから私は、学歴社会にかぎらず、あらゆる「結果」は信用できないとは言わないけど、「それだけで判断はできんよな」とは思っている。

 だって、一発勝負は相当な数の、私のような

 「たまたま《エンピツ転がし》で結果出しただけの人」

 を生むのだから。裏を返せば、

 「実力はあるのに、たまたま結果が出なかった人」

 も山のようにいるわけだ。

 それのどっちが偉いかっていったら、どっちなんでしょう? 私にはわからない。

 実際、「たまたま」私が合格して入学式に出たとき、高校代の友人ワカエ君がいて驚いたことがあった。

 彼は3年間優秀な成績で、皆に慕われ学級委員や部活のキャプテンまで務めた男だが、第1志望である国公立の大学に「たまたま」合格できず、彼にとっては「すべり止め」の同じ学校に籍を置くことになった。

 ちなみに私は3年間ロクに学校に行かず、成績は279人中279番のビリで卒業。追試すらサボった「仮卒業」という、超絶劣等生。

 同じ浪人でも、

 「宇宙工学を学びたいため、どうしても第1志望をゆずれない」

 と、合格していた私大を蹴った彼と、追試の数学で中学生レベルの問題も解けず、

 「こんな簡単なものを白紙答案とは、もしかして偏差値編重教育に対する、お前なりのレジスタンスなのか?」

 と、メチャクチャにアクロバティックな邪推をされたほどの大バカ三太郎だった私とでは、もう志も人間のレベルも、貴族と乞食くらい違う。

 また、われわれの入学を歓迎してくれた友人イワタ君は、やはり3年間学年トップ5をキープする超優良生徒だったが、基本的にガツガツしたところがなく、

 「べつに、あくせく勉強してまで良い大学行く気もないしなあ」

 などと呑気なことを言って、指定校推薦で関大に入学し、進路指導の先生をガッカリさせていた。

 彼は「たまたま」組の私を見て、

 「こういうたらなんやけど、ボクとシャロン君が同じ大学って、絶対おかしいよなあ」

 なんてケラケラ笑っていたけど、ホントだよね。

 これは本当におかしいよ。数年前の頂点と底辺が、履歴書だと同じ位置。絶対に変だって。

 この経験があるから、私は今でも、

 「結果って、なんなのさ」

 という疑念がぬぐえない。

 私は高校時代の自分も、ワカエ君も、イワタ君も知っている。

 その3人が、知らない人には同じ経歴になる。人間性も、頭の良さも、おそらくは勉強量も、将来への展望や可能性や意志も、まちがいなく彼らの方が「上」なのに。

 そんな「結果」が、信用できるの?

 このとき私は、つくづく「たまたま」「偶然」「ランダムネス」の怖ろしさを思い知らされた。

 なんという冷徹なサイコロ遊び。そこにはなんら、エモーショナルなものはない。えげつないほどに公平で、不公平だ。

 この件に関して私は「たまたま幸運」だったのだから、素直によろこんでおけばいいのだろうけど、簡単に割り切れないなにかが残ったことは、たしかだ。

 もちろん、私だっていつ理不尽に「たまたま不運」なことが起こるかだって、わかったものでもない。

 だから私は「たまたま」の影響力を見くびっていないし、「結果がすべて」という考え方にも、ちょっとばかし懐疑的だ。少なくとも、「ぶっちぎり」以外は。

 「いい人」「優秀な人」でも、運に恵まれないこともあるということも、このとき学んだ。

 もちろん「結果」を軽視するわけではないし、人生のすべてが「たまたま」で決まるわけでもないし、そもそも人のことなんて深くは理解できないんだから、なんらかの「結果」でしか判断できないわけだけど、

 「それだけじゃないよね」
 
 という思いが、どうしてもぬぐいされないのだ。

 まあ、受験にかぎらず、この世界はありとあらゆることがそうなのだろう。釈然としないといえばそうだけど、逆説的には、だからこそ「結果を出す」ということが大事なのかもしれない。

 みなさまの未来にも、幸運な偶然のご加護を。




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人生はすべて「結果論」? レナード・ムロディナウ『たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する』 その2

2017年11月21日 | 
 前回(→こちら)に続いて、レナード・ムロディナウ『たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する』を読む。

 世界に起こることはすべて「偶然」で生まれる。

 という、正しいんだろうけど、ある意味では味も素っ気もない論を展開するこの本は、

 「運命は自分で切り開く。努力は必ず報われる」

 といったマジメな人には不評であろう。

 実際、周囲でも努力家や能力の高い人ほど一様に、本書をすすめる私の声に否定的だった。


 「それって、成功できなかったことに、予防線張ってるだけじゃねえの?」

 「運がどうとか。結局、自分が努力をしないためのいいわけなんでしょ?」。

 「人生は、そんな偶然なんかで決まらないよ、決められてたまるか」。


 そりゃ、できる人や、がんばってる人からしたら、

 「人生において、そんなことは『誤差の範囲内』で大勢を決定するのは『偶然』」 

 と言われたら、そらおもしろくはないであろう。

 人によっては、能力や努力の不足を運のせいにした、「言い訳」「逃げ」にも聞こえるだろうし。

 わかる。いいたいことは、とても理解できる。

 でもね、自分の経験でも、またいろんな人の話を聞いたり、成功者の人生を追っていくと、「それだけ」じゃないこともよくわかるところもある。

 だから、私自身は、その能天気な性格もあろうけど、レナードの言うように「人生は自分でコントロールできない」ことに首肯できるところは大なのだ。

 そう感じてしまう理由についていえば、話はまだ私が19歳、大学受験のころまでさかのぼる。

 私は1年間の浪人生活を経て、志望大学に合格することができた。

 第一志望に受かった。もちろんこの結果は良きことであり、そこは素直に「よっしゃ!」とよろこんだのであるが、そのとき同時にしみじみと思ったことは、「これで春から大学生!」でも「キャンパスライフで青春を謳歌するぞ!」といった高揚でもなく、


 「人生というのは、運の要素が大きいんやなあ」。


 さらに言えば、


 「私が合格したのは『たまたま』にすぎず、この結果はある意味、非常に不条理で、今回はラッキーだったけど、今後成功するも失敗するも、やっぱりこの巨大な『たまたま』の手からは逃れられないのだ」


 という、真理というか諦観というか、逆にいえばいっそ気楽というか、そういう《巨大なランダムネス》に対する畏怖の念のようなものであったのだ。

 そう感じた根拠としては、まず受験時の倍率が上げられる。

 少子化の今は、大学側も受験者数減少におびえているようであるが、昭和後期の偏差値つめこみ教育全盛の時代に育った我々は、とにかく数が多く、競争も激しかった。

 必然、その倍率は高くなり、私が受けた年の、もう今回は名前を出しちゃいますが関西大学文学部のそれは「7.2倍」であった。

 つまりは7人受けて、1人以下しか通らない。

 そんなもん、ふつうに考えて受かるわけがない。

 そりゃ、すべりどめみたいに学力的に下駄をはかせてもらっているなら別だが、第1志望となれば、ほとんどが同じくらいの学力で挑んでくるのだ。

 その証拠に、関大を「すべりどめ」で受ける子や一部の「記念受験」の子をのぞけば、多くの受験生がボーダーラインである「正解率7割」で並ぶという。

 そこでは、本当に1点勝負のギリギリの戦いが行われている。しかもみな模試では「A」とか悪くても「B」判定の猛者だから、何百人という受験生が線上でひしめきあう。

 そして彼ら彼女らは、はっきりいって、実力で言えばほとんど同じくらいなのだ。

 私がさっき「受からない」といったのは、自分の偏差値や努力が不足していたから言うのではない。

 むしろ逆だ。「能力×努力」の結果はじき出された数値が同じメンバーで戦う。その中で7人のうちの1人になるには、そりゃ実力以上の何かが必要ではないか。

 ライン上で競う受験生たちは、実際のところどれくらいの差でフルイにかけられるのかと言えば、ほとんどが数点差。

 実際、私が不合格だった立命館大学の文学部では、わずか3か4点差くらいで落ちていた。

 つまりは、ほとんどの受験生が7割、プラスマイナス5点とか、そのあたりで固まっていることになる。

 では、この差はどこから生まれるのか。頭の良さ? 勉強時間?

 ちがう。もう一度言うが、みな同じくらいのことをやって、同じくらいの偏差値なのだ。

 その差はあっても、たかがペーパーテストで数点差。人生を生きるにおいて、誤差の範囲内にすらならない微差なのだから。

 そうなると出てくるのは、おそろしいことに「たまたま」というワードなのだ。


 (続く→こちら



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人生はすべて「結果論」? レナード・ムロディナウ『たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する』

2017年11月20日 | 
 レナード・ムロディナウ『たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する』を読む。

 この本は世の人々が「常識」とか「必然」と、なんとなく思いこんでいることを、確率と統計を使って冷静に、

 「いや、それはすべて『たまたま』の偶然です」

 と分析していくもの。

 一読すると、世界がいかに「必然のように見える偶然」に支配されているかが見えてきて、目からウロコが落ちます。

 人はだれかが成功したり失敗したりすることに、どうしても「法則」を見い出しがちだ。

 曰く、


 「常に険しい道を行くから成功するのだ」

 「勝つ者はリスクをおそれないのだ」

 「彼は生まれながらに『持っている』のだ」



 ちがいます。これすべて「偶然」の出来事なのです。

 資産家が巨額の富を築くのも、ハリウッドの映画が大当たりするのも、ある本がベストセラーになるのも、それは決して「茨の道を選択するから」でも「リスクをおそれない」からでも「持っている」からでもなく、下手すると「すぐれたコンテンツだから」ですらない。

 これすべて「たまたま」であり、織田信長が桶狭間で勝てたのも、戦後の日本が経済大国になれたのも、世にはびこる「成功の法則」というのはすべてこれ運であり、それを語るのは

 「後づけの結果論」

 にすぎないのだ。そのことを、レナード・ムロディナウは冷徹に精査していく。

 実際、ハリウッド映画のプロデューサーは、当たる映画はずれる映画をまったく予期できないという。そこにはランダムネスの介入する要素が大きすぎて、とても法則化などできないからだ。

 同じくベストセラーもそう。世界的に売れた本と言えば『アンネの日記』があげられるが、これは元々出版社にボツを食らいまくっていた原稿だったのは有名な話。

 売れたのには理由はなく、「たまたま」売れただけのこと。あえていえば、

 「売れた本だから、そのままさらに売れた」

 だけのことであり、もちろん『アンネの日記』がすばらしい本であることは間違いないが、同レベルの内容や宣伝をした本が、同じように売れるとは限らないのだ。

 いや、それどころかアンネより才能のある作家がまるで日の目を見ず、アンネの足元にもおよばない凡人の本が売れまくることだってある。

 で、その理由もまた、「たまたま」なのである。

 世界の大きなうねりの中では人のちっぽけな努力や才能など、ランダムネスの大海にあっと言う間に飲みこまれる。

 もちろん「運も実力のうち」だろうが、残念なことに偶然は自分の能力で左右させることはできない。

 その意味では「運」は決して実力ではないのだ。

 能力あるものやがんばっている者でも恵まれないことが多々という意味では、絶望的なほど不公平であり、また逆に言えば阿呆でも降ってくるかもしれない面では、おそろしいほどに公平であるともいえる。

 宝くじを当てるのに、努力や人格は関係ないわけで、それでいて人生とは壮大なる「くじびき」の連続と連鎖のようなものなのだから。

 そこがおもしろいのだが、逆に言えばこれはなんとも冷たい事実のようにも思える。

 これも本書でふれられているが、人はその「理不尽」にどうやら耐えられないらしい。我々は自分の人生を、自分でコントロールできないことを受け入れられない。

 かの天才アインシュタインですら、量子論に接したとき、さけんだのだ。


 「神はサイコロ遊びをしない」


 そう、我々は自分の人生が気まぐれで、なんら人の意志の介入を認めないサイコロゲームなんかで決定されることを認められない。

 かつて宮部みゆきさんは『取り残されて』という短編の中で、


 「運命が変えられないなんて戯れ言だ。それじゃあ、生きる価値もない」


 と登場人物に語らせたが、運命は変えられる。

 いや、勝手に変わるのだ。我々の意志も、努力も、才能も、愛も、思想も、人間性も、すべてを冷たく無視して。

 もちろん、人生において「努力」や「行動」「才能」が無意味でないのは事実だが、この本や、クリストファー・チャブリスとダニエル・シモンズによる『錯覚の科学』にあるような、


 「人は《偶然》の価値をあまりにも低く見積もりがち」


 なことも真理であろう。

 特に日本人は「運が悪かった」ことを「逃げ」「言い訳」と解釈する傾向が強く、ちょっとそれはきびしすぎるのではと思うことも多いし。 

 私などいい加減な人間なので、世界がランダムに動くことに関して、
 
 「そんなもんかあ」

 と茫洋としているけど、

 「運命は自分で切り開くもの。努力はかならずむくわれる」
 
 といった、タイプの人には、テンションを下げるので、おすすめできないかもしれない。

 どっちにしろ、そんなことはどうでもいいのだが。「たまたま」はそんなわれわれの想いも斟酌せず、今日も不可視のサイコロ遊びを続けているのだから。


 (続く→こちら



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世界の激辛メニューを食べまくれ! タイのチェンマイ地元屋台編

2017年11月17日 | B級グルメ
 辛いものといえば、チェンマイである。

 辛いもの好きの私は、前回まで「トルコの唐辛子」「ラオスの屋台飯」に食らった、強烈な「キック・アス」(でもおいしい)を紹介したが(→こちらから)、世界にはもっと様々なホットフードが存在する。

 今回紹介したいのは、タイのチェンマイで食べた激辛について。

 タイというのは、もともと辛い料理のイメージがあり、「カオ・パット」(タイ風焼飯)や、「パッタイ」(タイ風焼きそば)が主に白人旅行者に人気なのは、唐辛子を使ってないものが多くて食べやすいのが理由であろう。

 私自身、バンコクなどで食べたタイ料理はさほど辛味を感じず、

 「タイ飯怖るるに足らず」

 なんて粋がっていたのだが、そこに刺客として飛びこんできたのがチェンマイ料理であった。

 チェンマイはタイ北部にある、首都バンコクに続く第2の都市。

 比較的涼しく、また大学があるせいか文化レベルも高く、少数民族との交流も盛んなどあって、旅行者にも人気の街である。

 タイ旅行の際、当然のごとく私もおとずれたのだが、ここの思い出は歴史ある街並みでも象ツアーでもなく、

 「とにかく辛いチェンマイご飯」であった。

 タイにかぎらず、アジアの街は屋台や食堂が充実していて、食うことには困らない。

 なので、食べ歩きしているだけでも楽しいのだが、こういうとき大事なのはやはり

 「地元民でにぎわっている店」

 を探すことだ。
 
 観光客向けのレストランなどは、日本語メニューなどもあって便利だが、お値段も張るし、なにより味が外国人向けにマイルドになっていることが多い。

 それはそれで食べやすいのだけど、なんとなく物足りないところもある。やはり、せっかく外国にきたのだから、フラットな現地の味を食べたいもの。

 そこで、北門近くに宿を取っていた私は、おいしそうな地元向け屋台や食堂が集まる、スタジアム近辺の地域に出かけたのだが、これまさに「地雷」であったのだから、人生とは何が起こるかわからないものだ。

 くだんの場所では、5種類くらい店が出ていた。

 メンありご飯あり中華あり、デザートのフルーツも充実していて、仕事帰りのオジサンだけでなく、若い子などもキャッキャいいながら、都会の長い夜をエンジョイしていた。

 おお、モロに地元店だ。しかも、どのテーブルも満席である。期待値はマックスまで高まった私は、一通りいろいろ食べてみようと、タイ風うどんに焼肉ぶっかけ飯、さらには手羽先の盛り合わせなども注文してみた。

 タイは一皿の量が少ないので(その代わりに、一日に5回くらい食事をする)、こういうときたくさん頼めて便利だ。料理が出そろったところで、さて一口とパクリと行くと……。

 そう、辛かったのである。それはまあ、すでに語っていることだから、別に意外でもなんでもないのだが、ビックリさせられたのが、その強度だ。

 辛いのはわかっていた。ここチェンマイに来る前は、ラオスのビエンチャンをおとずれていて、そこでたらふく辛いものはいただいてきたのだ。

 だからあなどっていた。あのラオスのデッドゾーンをクリアした私が、少々のことではビビるはずもないと。激辛マスターなめんなよと。

 もう一度言おう。そう、私はあなどっていたのだ。チェンマイのメシがいくら強烈といっても、ひるむほどではないと。

 ここに告白する。チェンマイは辛かった。予想以上であった。どれくらいか。

 泣くくらい。とんでもなく辛い。ただ立ち尽くす辛さ。なすすべもなく辛い。

 体中から汗が噴き出す。あまりの衝撃に、脳裏に、「シカゴ大火災」「ゼットン火の玉」「地獄の業火」「核の脅威」。果ては「地球最後の日」というワードがグルグルこだまする。目にも止まらぬ辛さ。

 このときは、しみじみ、「嗚呼、タイって異国なんやなあ」と思いましたね。

 だって、絶対にないはずなんですよ、日本でこの辛さは。なのに、周囲のタイ人、みんなおいしそうにハグハグ食べてるの。

 おまえら、辛くないんかい!

 まさに異文化。私が「2回くらい死んだ」という辛さが、こちらでは「ふつう」なのだ。なんという落差。

 もうひとつおどろいたのは、これだけエグいのだから、きっと次の日は気持ち悪くなったり「痔」になったりするんではとおそれたものだが、それがまったくそんなことはなかった。

 一晩寝たら、口の中も胃もスッキリで、むしろすこぶる快調なくらいだったのだ。

 「強度」はともかく、相性はよかったのか。そんな激辛を味わいたい人は、ぜひチェンマイの地元屋台へどうぞ。



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