投了は最大の悪手 神谷広志vs佐藤康光 1990年 第4期竜王戦

2022年07月20日 | 将棋・好手 妙手

 こないだのアべマトーナメントは、実におもしろかった。

 渡辺明名人・棋王が、近藤誠也七段と、渡辺和史五段を率いる
 
 「チームマンモス」
 
 それと予選を勝ち上がってきた、折田翔吾四段黒田尭之五段冨田誠也四段
 
 「エントリーチーム」
 
 との一戦だ。

 私は関西人なので、一応は「エントリーチーム」を応援していたのだが、正直、苦しいよなーとは思っていた。 
 
 ただでさえ強い渡辺明にくわえて、そこに「Aクラス」「エース」と太鼓判を押された近藤誠也。

 さらにはC1昇級20連勝で「連勝賞」獲得の渡辺和史が相手となれば、苦戦は免れないのかと思えば、あにはからんや。

 結果はおよばなかったものの、3人とも、強敵相手にねばり強さを発揮し、将棋はどれも熱戦ばかり。

 特に、第2局で渡辺明相手に、単騎の王様でマシンガンの弾をかわしまくる、サーカスのような身のこなしから、あわやという局面まで持って行った冨田の戦いぶりには燃えた。

 いやあ、うまいのはトークだけじゃないと、大いに株を上げたもので、あの辛口な渡辺や、「実は生意気」と本人も認める近藤誠也がそろって、

 


 「独特のねばり強さがある」

 「負かしにくい」

 「強いじゃん、エントリーチーム」

 


 と舌を巻くほど。

 黒田快進撃や、本来ならポイントゲッターなはずの近藤誠也の不調も手伝って、
 
 「これ、来たんとちゃう?」
 
 期待も高まったが、最後は渡辺明に貫録を見せられた形で引き離された。

 いやー惜しかったなー。

 でも、この健闘には拍手、拍手。

 次もキツイ相手だけど、意外なことに、まだあったまってない印象の藤井聡太五冠に、やはり前回までの鬼神のごとき強さが、やや鳴りを潜めている森内俊之九段とあっては、充分にチャンスはあるのでは?

 こりゃ、熱戦の期待大ですわ。
  
 こういう将棋を見せられると、今さらながら、
 
 「最後まで、あきらめたらダメなんだな」
 
 という気にさせられるが、これが実際に指している方からすると、勝ち目がなさそうな局面でもガッツでがんばるというのは、なかなかしんどいもの。
 
 ましてや、自分の負けを自らが「読み切って」しまった場合、そのまま投げてしまう気持ちもわかる。
 
 ところが、中にはそれが「え?」ということもあって、今回はそう言う「投げたらアカン」な将棋を。
 
 
 1990年竜王戦
 
 神谷広志六段と、佐藤康光五段の一戦。
 
 3組昇級者決定戦。いわゆる「裏街道」の決勝戦で、勝った方が2組に昇るという大きな一番は、相矢倉から激しいたたき合いになり、むかえたこの局面。


 
 
 
 
 
 後手が△83香と反撃したところだが、次の手が、ぜひおぼえておきたい実戦の手筋である。
 
 

 

 


 
 
 
 ▲71銀が、後手の攻め駒を責める手。
 
 飛車に弱い形をしている後手は、△92飛と逃げるしかないが、これで8筋の攻めは大幅に緩和されている。
 
 △92飛▲62銀打の追撃に神谷も△86香と取って、▲同歩、△87歩、▲同玉、△85歩の猛攻。


 
 


 
 これもなかかなの脅威だが、8筋の大砲が撤去されたことで、ここで手抜いて▲53銀成と攻めるターンが来るのが、メチャクチャに大きい。
 
 以下、佐藤のパンチが入った形で、この図。


 
 


 
 
 
 最後、神谷は△86銀と王手して、▲88玉と逃げたところで投了
 
 後手玉は▲43金打と、▲35銀からの両方の詰みをいっぺんには受からないため、指す手がないのだ。
 
 ……と思われたが、なんとここで、いい手があった。
 
 
 
 
 
 
 
 △43桂と打つのが、▲43金打▲35銀同時に防ぐ絶妙の受けで、まだ熱戦は続いていたのだ!
 
 神谷と言えば、美学派にありがちな「投げっぷりがいい」棋士で知られるが、ここはそれが裏目に出てしまった。
 
 ましてや、神谷はここでまだ15分、時間を残していた。あきらめず、盤上に喰いつくべきだったのだ。
 
 佐藤の方は、すでに1分将棋だったのだから、なにが起こっていたか、わからないではないか。
 
 もっともこういう、「あきらめさせる」力もまた、強い人の特徴なのである。
 
 これが神谷も、相手が佐藤康光でなかったら、持てる15分をフルに使って、必死に手をひねり出そうとしただろう。
 
 そこを
 

 「佐藤君が読み切ってるんだったら……」
 

 相手を信用してしまったことが罠だったのだ。
 
 フィッシャールールの将棋に、ちょっとビックリな大逆転がまま見られるのは、少ない時間とともに、
 
 
 「仲間がいるから、投げるに投げられない」
 
 
 ということが、このような「美学的」淡白を、ゆるしてくれないせいでもあるのだ。
 
 まさに、かつての名投手が言ったような「投げたらアカン」な一戦だった。

 

 (神谷の早投げ現代編に続く)

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コメント (2)
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