『静かなる決闘』で黒澤明を再評価! (でも『七人の侍』と『生きる』が苦手なのはナイショ)

2018年10月09日 | 映画
 黒澤明って、ホンマはおもしろかったんやなあ。

 というのは、映画『用心棒』を観ての感想であった。

 世の中には、「すごいらしいけど、自分にはハマらない映画や小説」が存在する。

 ジム・ジャームッシュって本当に「オシャレ」なの? 村上春樹がノーベル賞取りそうだけどイマイチ良さがわからない、ジブリの映画ってみんな本当に「理解したうえ」で絶賛してるの?

 かの宮部みゆきさんも、『2001年宇宙の旅』を、


 「すごい映画なのはわかるけど、どうしても途中で寝てしまう」


 まあ、そういうのは好みの問題なので(ちなみに『2001年』はアーサー・C・クラークのノベライズ版を読むと、わりとアッサリ理解できます)、「合わないものは合わないからしょうがない」でいいんだけど、あまりに周囲の評価が高いのに自分だけポカーンだと、

 「自分だけ、作品の高尚さが理解できないスットコひょうたんなのでは」

 といった不安にさらされることもある。

 これは映画にかぎらず、どの世界でも多かれ少なかれある実存的不安だが、私の場合「世界のクロサワ」がそれであった。

 大学生のころ、阿呆ほど映画を観まくっていた私は、同じく映画好きの友人に、

 「映画を語るなら、黒澤は一通りおさえておいた方がいいよ」

 とのアドバイスを受けたことがあった。

 黒澤明といえば、日本のみならず世界の映像監督に影響をあたえたことくらいは映画ファンでなくとも知っていること。

 時代劇が苦手なため後回しにしていたのだが、やはり一度は通らなければならぬ道ということで、とりあえずレンタル屋でいくつかビデオを借りてきたのだが。

 これが合わなかった。

 いや、別につまらないわけではない。ふつうにおもしろいのだ。

 だが、全体的に冗長な感じがして、観ていて退屈を感じるところも多い。悪くはないんだけど、「世間で言われるほど」の感動には達しないというか……。

 のちに日本映画研究家の春日太一さんが、

 「黒澤の演出はくどい」

 と語っておられて、まさにそのじっくりした描写が、リズムに合わなかった。もっと、ポンポーンと話を進めてくれよと。

 しかも、その「長い」と感じた作品というのが、『七人の侍』『羅生門』『生きる』だったのだから、これはもういかんともしがたい。

 おとろえたと言われたころの、『夢』や『まあだだよ』ならまだしも、黒澤明といってこの三本がヒットしなければ、これはもう「おととい来い」と言われたも同然だ。

 ひとつ救いだったのは、食後のデザートくらいの感覚で借りた『素晴らしき日曜日』『酔いどれ天使』は地味ながら楽しめたこと。

 これで一応「全滅」だけは回避できたが、やはり代表作、特に『七人の侍』にピンとこなかったことは軽いショックで、それ以降、映画ファンと話すとき、

 「やっぱ、黒澤ってすごいよな。『七人の侍』とか」

 なんて流れになると、

 「まあ、そのへんはもう語られつくされてるからな。ボクはどっちかいうたら、下手な大作よりも、小品の方がむしろ彼の繊細さがあらわれてると思うねん。通はそこを見なアカンやろ」。

 などと、ごまかしていたものだ。嗚呼、なんて恥ずかしい。わが青春は悔いだらけだ。

 そんなことがあって、かなり長いこと「黒澤明は合わない」と思いこんでいたのだが、そこに風穴があいたのが、ある深夜映画の放送から。

 そこで流れていたのは、黒澤明『静かなる決闘』。

 タイトルからして、西部劇みたいなアクションかと勝手に思いこんでいたのだが、観てみるとこれが医者を主人公にした人間ドラマだった。

 三船敏郎演じるところの医師は、戦場で患者を治療中、梅毒に感染してしまう。

 復員後、秘密をだれにも打ち明けられず、婚約者とも距離を置かざるを得なくなった三船は、それでも黙々と仕事にはげむが、病のみならず、それゆえ余儀なくされた性的禁欲にも苦しめられる。

 一方、そんなことを知らない元ダンサーで、その過去ゆえひねた性格になってしまっている見習い看護婦は、そんな彼の姿を「偽善的」と見なし屈折した接し方しかできないが、ひょんなことから真実を知ることとなり……。

 あらすじで分かる通り、地味で重苦しいドラマであったが、これがおもしろかった。

 黒澤映画では、どちらかといえばマイナーな部類に入る作品かもしれないが、これを観終わって、

 「あー、やっぱり黒澤って、実力ある監督なんやあ」。

 そんな当たり前のことに、今さらながら気づかされたのである。

 そしてこれが、「私的クロサワの大逆襲」のゴングとなり、今度は当たるを幸い黒澤を観まくることになるのである。


 (続く→こちら



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