散歩絵 : spazierbilder

記憶箱の中身

犯人は誰だ!

2006-06-21 14:54:58 | 思考錯誤
誰の仕業か?

静岡での事である。
今回の個展の展示にはたっぷり2日間をかけた。

写真は“Keimzelle = 発芽細胞"という作品である。Keimzelleは直径13cmほどの半球で、中には螺旋状に書かれたテキストが螺旋状にちぎられて、くるくると巻かれて入っている。それは、まだ作動していない遺伝子情報の様に可能性を秘めながらもひっそり、半球の中で待機中なのだ。うがたれた穴にはレンズが嵌っていて、覗くとテキストのチラッと切れ端が見えたりする仕掛け。。

展示一日目の晩、“Keimzelle"を壁に6個並べてから、東京の展示の為に一点を箱の中に残して引き上げた。
翌朝展示の続きを始めようとしたとき、箱の中の“Keimzelle"を見ると、なんと何者かにかじられた様な穴が開いていた。

そこで私は、思わず画廊の美人黒猫のパメラちゃんの仕業にしてしまった。他に犯人が思いつかなかったかったからである。
こんなものを?このように?とは思ったが他に誰が居る?

パムちゃんは自分で引き戸も開けてしまうという”器用者”だから、その日は鍵をかけていただいた。

しかし、しかしである。

翌日その穴は更に広がっているではないか!

しかもパムちゃんはドアの外。
(パムちゃん、濡れ衣着せて御免なさい。)

ではいったい誰がこんなことをするのか?
こんなポリエステル系の樹脂を好んで食べるやつが居るものか。。。?
少なくとも齧ろうと思いつくやつが居るのか。。。?
それはどんなやつなのだろう? 
齧り跡を見ると昆虫の仕業かもしれないがそれらしき輩は見当たらない。一匹の小さな蜘蛛がうろついているだけだ。不用意にも接着テープに足をとられている米粒の半分くらいの黒い虫を発見したが、そいつなのか?
捜査は難航し、打ち切られ、結局迷宮入りとなった。

いったい食べようとしたものか?
それとも住処を求めたのか?

ひょっとして
“Keimzelle = 発芽細胞”の中から生まれてきた何かが、壁を食いちぎって何処へと飛び立ったのかもしれない。

そんな風に思ってみたら、それも楽しい。


今日の独り言10項目

2006-06-20 09:48:11 | 思考錯誤
1.思考能力停滞。限りなく停止に近い。しかし数日前から、ほんの少し、じりじりと立ち上がってくる兆し。

2.空気が湿気をたっぷり含んで、水滴になる寸前。塊になった空気が体に圧し掛かる。
私の体も、水を入れたゴム風船のように針でつつけばバシャッと音を立てて壊れてしまいそうな気分だ。体中が浮腫んで痛い。水分のとり方に問題があるのか?かなり参っている。

3.働かない頭が重たくて、長かった髪を切った。短く切ってしまった。
それでも、もっと思いきって切ってもらえば良かった。
なんだか,今の私の中途半端な状況をあらわしているような感じもしている。

4.大雨の中、週末日曜日の午後。こんな日に繁華街に出向くのは無謀かと思いながらも紙を求めて東急ハンズに向かった。案の定、凄い人出だ。ぶつかる傘と傘、色とりどりの花のような傘の原。
私は人混みの中でイライラと歩くのを止めて、目的地までの道をコンピューターゲームに見立てて歩くことにした。
“このテンポで歩けば、あの人とあの人に間を縫ってあちらに行く事が出来る”などと予測しながら歩くわけだ。これが案外うまく行くとうれしかったりする。街歩きをゲームに見立てよう。

5.路面電車と道路が交差する分離帯にある小さな草叢に桃色のねじり花がひっそりとしかし逞しく咲いているのを見つけた。傘を差しながら中央分離帯でしばらく眺め佇んだ。
発見!

6.久しぶりに露草に出会った。
なんという美しい青なのだろう?雨露を受けてうなだれていた。

7.電車に乗ってぼんやりと外の景色を追ってゆくと、サッカーボールが一瞬、空に静止していた。走る電車の速度と誰かが蹴ったボールの速度がぴたりと合った瞬間!面白い不思議な風景を一瞬見つけて喜ぶ。気持ちに余裕が出てきたということだろう。

8.日本に到着したころに比べて、緑が濃くなった。
昼顔のつるが縦横無尽に侵略を続けている。ピンクいろの月見草が道路の脇から、首を振っているのが見える。
なんだか、日本の緑はドイツのそれに比べて、暗い,濃い緑で艶やかな葉も多く、その為かどこかふてぶてしい、強かな生命力みたいなものを感じてしまう。

9.家の中で爬虫類発見。甥っ子がとってきた芋虫が美しい黄揚羽となって空高く羽ばたく。
目でおいきれないほど高く舞いのぼった。

10.ああ、夏だなあ。。。









帰国中間報告

2006-06-15 10:45:57 | 思考錯誤
一時帰国一か月経過。
久しぶりの更新だ。
日本に到着してから、インタ-ネット大海を泳ぐことがうまく出来ずに、アナログ界であがいていた。
その間、ブログにて私の展覧会を紹介して下さった皆様に感謝いたします。ありがとうございました。
インターネットカフェという所はとても高くつくのでくやしい気分にさせられる。必要に迫られて何度も駆け込んだが、案外いろいろなところで問題にぶつかって、貴重な時間が指の間をすり抜けてゆく。おっと時間だ!と伝票を引っ掴んでレジに駆け寄ると、数分オーバーで追加料金である。猫撫で声で許しを乞うても無駄な抵抗はきっぱりとはねられた。厳しいね。

まだまだ今までの写真整理もできていないし、それより私の頭の中を全く整理できない状態に少し途方に暮れている。
何しろ久しぶりの梅雨空の下で、私の体はスポンジの如く湿気を吸い上げてしまうので重たいばかりでなく痛いくらいだ。頭の中も東京の休日のスクランブル交差点のように混乱している。いや、スクランブル交差点にはカオス中の秩序が見られるというものだ。

今日はとりあえず、静岡のギャラリー sencenchi でのオープニングの写真を2枚。私が写真を撮っているわけには行かないのが残念だった。
画廊の2回部分から下を眺めた写真。
(そういえば展覧会のオープニングの写真というのは私の作品がいつも写っていないのに、今気が付いた。この奥の方にある。)



オープニングには私の展覧会の今回のテーマである「発芽」にちなんだ食べ物を沢山の方々が創作して持ってきて下さった。



飛行種子という作品の下で「種」を「読んで」いる女性。


東京の二人展に向けてまだ、あがいている。
なかなか想像していたようには事がうまくいかないのだ。日本での要領が分からない私は、日本語を話す日本人でありながら、異国に侵入してきた気分である。
(電車の切符一枚買うのにも、物凄く手間どる。何をするにも隣近所を巻き込んでいる。)
地図を持って駅構内で立っていたら、親切な女性が近寄ってきて
「地図をお読みしましょうか?」と聞いてくれた。
よほど不安内で頼り無さげに見えたのだろう。


いろいろ、うまく事が運ばぬ不自由さがあるけれど、これもまた楽しんでしまおうという覚悟である。

さあて、今日も喧噪の中へ、ストレスの中に。。。。