雨あがりのペイブメント

雨あがりのペイブメントに映る景色が好きです。四季折々に感じたことを、ジャンルにとらわれずに記録します。

旅について ①日常から非日常の世界へ

2018-12-30 08:30:00 | つれづれに……

旅について  ①
   日常から非日常の世界へ
 
「旅に出たい」。

 日常の閉塞感から逃れ、自分を解放したい。
 時々、そう思う時がある。

 もう、若くはないので、
 「自分探しの旅」とか、
 「新しい出会いの期待感」などを抱くことはない。

 「北」へ。
 なぜか「南」へ行きたいと思ったことはない。
 
 石川県・能登半島
 福島県・会津 東山温泉 野地温泉
 今年新しく加わった処がある。
 新潟県・津南町
 やっぱり北だ。

  何度も訪れている。
  見慣れた風景と安心感のある「いつもの宿」。
  テレビは見ない。
  食事が終われば、部屋に戻って持参した本を読む。 

 人が旅に出る理由の一つは、
 いつもの生活から解き放たれて、非日常を体験するためではないでしょうか。
                            ※ 加賀屋女将 小田真弓さん

  「旅館の椅子に座って、ご婦人の一人は海と雲をずっと眺め、もう一人はかたわらでゆっくり本を読んでいる。そういうお客様が増えてきたように感じます」と、女将は言う。
                   ※ 石川県七尾市の老舗旅館・加賀屋は
                   「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」総合1位の常連。

 
日常から逃れて、非日常の世界に身を置いてみる。
雑音を取り除いた時間の中に、身をゆだね、
何もしない。
何も考えない。
こうして、ひと時の時間を過ごす。
金銭には代えがたい貴重な時間を体験する。

一昔前までは、観光バスを仕立て大きな宴会場で、酒を飲んで騒ぐ。
「旅の恥は掻き捨て」的な旅行が多かった。
数少ない旅の経験は、日常生活から非日常世界へ身を置くことで、はめを外して、
丸裸になってしまう。
成りあがりの、さもしい心が見えてくるようで、みぐるしい。

旅についての考え方は、人によってさまざまだからその良し悪しを決めることはできないが、
人に迷惑をかける旅は避けたいものだ。
(2018.12.29記)   (つれづれに……心もよう№86)           

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死顔 最後のお別れ②

2018-12-21 08:30:00 | つれづれに……

死顔  最後のお別れ②

読経が終り、焼香が始まった。
斎場の係の案内で、前の方から順に祭壇の前に案内され、
焼香がすすめられていく。

この時を「故人との最後のお別れ」と、私は理解している。
祭壇の遺影に向かって合掌し、無言の「さようなら」を呟く。
近しい人や、生前深い親交のあった人には、
在りし日の姿を思い浮かべ、
胸の中で語りかける少しの時間が欲しいのだが、
焼香の列は続き、流れに沿って歩みを進めるしかない。

型どおりの告別式が、進行し焼香が終わると、
「お別れの儀」が始まる。
棺のふたが開けられ、遺族や親族等によって「別れ花」が、
棺の中の個人に供えられる。

最後のお別れだ。

最後に斎場の係員の呼びかけで、
一般の参列者に向けて、「別れ花」を供えるよう促す案内がある。
傍観者であった一般の参列者が、棺に横たわる故人の顔を拝みながら、
「別れ花」を供える。

私はご焼香の時に、「最後の別れ」はすませてきているので、
今さら個人の顔は見たくない。
病み衰え、或いは老いて昔日の面影の残らない顔を見るに忍びない。

(だからこそ、個人の旅立ちへのはなむけとして、遺体の周りを花で埋め尽くし、
彼岸への旅立ちに、「別れ花」で飾るのかもしれない)。

生前の元気な顔を祭壇の遺影の中に求めて
「別れ花」を私は供えなかった。

肉親以外の最後のお別れは、ご焼香で行えばいい。
一般の参列者にまで、故人の顔をさらすのはいかがなものでしょう。

「死」をテーマにした小説の多い、吉村昭は小説の中で次のように述べている。

   通夜の席で遺族から死顔を見て欲しいといわれた時には、
        堪えられませんので……と言って辞退することにしている。

    おおむね病み衰えての死であり、
        その死顔を眼にするのは死者への冒涜ではないか、という思いがある。

    また、無抵抗に人の目にさらしている死顔を一方的に見るのは
    僭越だという気持ちもある。
                           ※ 花 火 吉村昭 著
   
   棺の中の死者は、多かれ少なかれ病み衰えていて、
   それを眼にするのは礼を失しているように思える。
   死者も望むことではないだろうし、
   しかし、抵抗することもできず死顔を人の眼にさらす。
 
                           ※死 顔 吉村昭 著

実際の吉村氏の「最期」は、完璧だった。
 手術の前に克明な遺書を書き、延命治療は望まない。自分の死は三日間伏せ、
 遺体はすぐに骨にするように。葬式は私(津村節子夫人)と長男長女一家のみの家族葬
 で、親戚にも死顔を見せぬよう。…(略)原稿用紙に、弔花御弔問ノ儀ハ個人ノ意志
 ニヨリ御辞退申シ上ゲマス 吉村家 と筆で書き、門に貼るようにと言い残して
 逝った。香奠はかねがねいただかぬ話をしていた。
  (遺作短編集「死」の遺作について 津村節子 より) 
 (吉村氏の死が間近であることがはっきりしてきた時)夜になって、彼はいきなり点滴の管のつなぎ目をはずした。私は仰天して近くに住む娘と、二十四時間対応のクリニックに連絡し、駆けつけてきた娘は管を何とかつないだが、今度は首の下の皮膚に埋め込んであるカテーテルポートの針を(夫は)引き抜いてしまったのである。私には聞き取れなかったが、もう死ぬ、と言ったという。
 介護士が来た時、このままにしてください、と私は言い、娘は泣きながら、お母さんもういいよね、と言った。
 ………吉村が息を引き取ったのは平成十八(2006)年七月三十日の未明、二時三十八分であった。

                    吉村昭氏のご冥福を祈る。     合掌
    (2018.12.18記)   
(つれづれに……心もよう№85)                                        

 

 

 

 












                                  

    

 

 

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死顔 最後のお別れ①

2018-12-18 08:30:00 | つれづれに……

 
死 顔
   最後のお別れ ①

        
         通夜の席で遺族から死顔を見て欲しいといわれた時には、
        堪えられませんので……と言って辞退することにしている。

    おおむね病み衰えての死であり、
        その死顔を眼にするのは死者への冒涜ではないか、という思いがある。

    また、無抵抗に人の目にさらしている死顔を一方的に見るのは
    僭越だという気持ちもある。

                                   ※ 花 火 吉村昭著

     棺の中の死者は、多かれ少なかれ病み衰えていて、
   それを眼にするのは礼を失しているように思える。
   死者も望むことではないだろうし、
   しかし、抵抗することもできず死顔を人の眼にさらす。

                                   ※死 顔 吉村昭著

   「死」をもって、その人の一生が終わるわけではない。
死後の世界を信じているわけではないが、
人は死んでもその人のゆかりの人々の心の内で生きている。

 余談ではあるが、心臓が止まっても、聴覚は最後まで機能しているらしい。

 「死」を迎えた瞬間から、一個の物体となるわけではない。
心臓が止まると、全ての臓器がその機能を停止していく。
血流も止まる。
臨終を宣告されてもしばらく体は温かい。
この時、聴覚だけは生きているらしい。

 すすり泣く声、死者に向かって語りかける声。
死者を取りまく声を、死者は横たえた体で、聞いている。
理解はするが、答えることはできない。
答えることはできないけれど、「こころ」は生きている。

語りかける。
思いをこめて頬を撫でる。
物言わぬ人のなみだがほほをつたってひとすじ流れる。
寝たきりで、延命措置で行かされている人でも、聴覚だけは生きているから、
感謝の言葉の代わりに、涙を一筋流す。
たった一つの意思伝達の方法だ。

死後、どのくらいの時間聴覚が機能しているのかは解らない。
徐々に声が遠ざかり、闇が深くなり、音が閉ざされる。
魂の離脱するときだ。

徐々に体が冷えてくる。
彼岸への旅立ちの時が訪れる。
…………………    
           (つづく)

        (2018.12.18記) (つれづれに……心もよう№84)

  (メモ№1351)

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読書案内「珈琲が呼ぶ」 

2018-12-12 08:28:29 | 読書案内

読書案内「珈琲が呼ぶ」片岡義男著
         光文社2018.3刊 第3刷

 珈琲にまつわる書き下ろしエッセイだ。
1月初版発行で3月には第3版が発刊されているのだから、人気があるのだろう。
350ページにぎっしり詰まった書き下ろしエッセイが、45篇。
エッセイは余暇の時間にゆったり読んで、読後に残る清涼感を味わう。
要は気楽に読んで楽しむ肩の凝らない読み物と思っているのだが、
著者のエッセイは珈琲に対する思い込みが並々でなく、
珈琲にまつわる蘊蓄(うんちく)をはじめとして、
思い出や映画や小説や実生活に登場する珈琲の思い入れをたっぷり読ませてくれる。

 
  「なぜヒトは喫茶店で“コーヒーでいいや”と言うのでしょう。
  僕はいつも思うのです。
  “で”というのは何なんだ、本当に飲みたいものを飲めばいいじゃないか、と。
  “コーヒー”を“おまえ”に変えたら気分悪いですよ。
  “おまえでいい”はないでしょう。“おまえがいい”と言ってほしいです」
                            著者と編集者との喫茶店での会話

  この会話は、「コーヒーでいいや」という人がいる というエッセイになって登場する。
喫茶店に入って友人は、つまらなそうな表情の、そして熱意のない口調で
「コーヒーでいいよ」と答える。言葉の裏には気持ちというものが張り付いている。
「コーヒーでいいよ」と言うときに、その人の気持ちは、どのようなものなのか。
ここから著者のこだわりが延々と続く。
つぎの「で」と「が」の違いをお判りでしょう。

「コーヒーでいい」
「コーヒーがいい」

「が」の方がそれを選んで特定したという意味が強い。
だから、場面によっては「コーヒーでもいい」
「こーひーでも飲もう」では絶対にいけないのだ。
ここでは、「で」は主役にはなれない。
「旨いコーヒーがいい」。コーヒーが飲みたいときは絶対に「が」なのだ。
前者は消極的で、後者は積極的である。 
と言うようなこだわりが続いて、
この【「コーヒーでいいや」という人がいる】のエッセイは、9ページにわたって書かれている。
おおよそ400字 詰め原稿用紙18枚ぐらいになる。

ついでにもう一篇「それからカステラもわすれるな」を紹介します。
10人も入ればいっぱいになってしまうイタリー料理店に4人の気心の知れた仲間たちが集まった。
楽しい夕食が終り、4人がそれぞれに注文したコーヒーは、4人とも同じコーヒーだった。

(ここがポイントだ。4人が4人とも同じコーヒーを頼む。コーヒーが好きで、好みまで同じであることをさりげなく読者に教えてくれる。馴染の店で食後のコーヒーを飲み、これからが本番である。おそらく4人とも映画が好きなのだろう)

話題になった映画のタイトルをあげてみましょう。
「カサブランカ」「オクラホマ・キッド」「シェーン」「ワイルドバンチ」「ゴットファーザー」「スターウォーズ」まだまだありますが、切りがありません。

二杯目のコーヒーが届き、誰もがすぐに手を出し、熱い珈琲に唇を付けた。

話しは延々と続く。内容はいたってシンプル。
例えば……こんな風に……
「『カサブランカ』が、白い町の女、という日本語題名だったら、どうなったことか。『シェーン』が、西部の流れ者、だったなら。『ワイルドバンチ』が野党の群れ。『ゴッドファーザー』は、黒い絆。『スター・ウォーズ』は、大宇宙戦記。こうなるよりは、片仮名書きの方が、はるかにましだよ」等々。

このエッセイのタイトル「それからカステラもわすれるな」ってどんな意味なんだ。
ネットで調べてみた。どうやら映画談義には忘れてはならない映画のタイトルらしい。
文中には取って付けたように『それからカステラも忘れるな』とこれだけしか出てこないが、日本語題は、「ムッシュ・カステラの恋」というフランス映画(1999年制作)のことらしい。
 
 4人の男たちがコーヒーを飲みながら語る映画談義。
13ページにわたるこのエッセイは、400字原稿用紙で約25枚だ。

内容を紹介していったら、切りがない。
炬燵に入ってコーヒーを飲みながら、このエッセイ集を読むのも楽しく、
心のリフレッシュになるかもしれないお勧め品だ。
(2018.12.11記)      (読書案内№134)

 

 

 

 

 
 
 

 

 

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カール5世騎馬像 ハブスブルグ家の下あご

2018-12-08 08:39:09 | つれづれに……

カール5世騎馬像 ハブスブルグ家の下あご
(カール5世)
1548年 油彩 ティツィアーノ・ヴェチェッリオ作。
ミュールベルク戦でのカール5世戦勝記念の縦3㍍を超える大作である。
威風堂々の騎馬像だ。今まさに前足をあげ、顔を下に向けて跳躍しようとしている騎馬に、槍を携え、悠然と前方をみつめるカール5世。甲冑に身を固め、兜には愛馬とお揃いの赤いぼんぼり。スティール製の甲冑は日に照らされ金色に輝いている。戦勝記念にふさわしい絵だ。
しかし、この時彼は痛風と喘息が悪化して、馬に乗れる状況ではなく、勇ましい扮装はしていたけれど輿(こし)にかつがれて移動していたと、仏文学者でもあり、美術に関する著書も多い中野京子氏は述べています。鉄砲や大砲の改良により、当時すでにもう実戦では甲冑は過去の遺物であったが、権威誇示として、前より派手で高価な甲冑がつくられていたとも述べています。
話しが横道にそれました。
本題に入りましょう。

  
 騎馬像の顔を拡大して見ました。右2枚もカール5世の肖像画。
下あごがちょっと長めです。

(フェリペ2世・カール5世の息子) やはり下あごが……。


185年続いた栄光のスペイン・ハプスブルグ家の肖像画を辿ってみましょう。
 (カルロス2世)やはり下あごが しゃくれています。
スペイン・ハプスブルク家の最後の男子です。38歳で死去(1700年)。
彼には子がいなかったため、スペイン・ハプスブルク家は断絶しました。彼は心身ともに脆弱で知能も低くかったようです。

(フェリペ4世) やはり、下あごが……。カルロス2世の父です。
父王のフェリペ4世は息子カルロス2世の将来と自国の未来を憂えつつ60歳で亡くなりました。
即位したカルロス2世はこの時まだ4歳だった。そのため母親の摂政政治が行われました。
彼は10歳で字が読めず、会話も困難で、成長が遅く年齢に比べずっと小柄で、足を引きずって歩き、年々精神状態がおかしくなっていったそうです。

神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ2世(1576~1612) オーストリア ハプスブルグ家マクシミリアン2世の王位継承者として生まれる。
やっぱり長い……

  これを下顎前突症という。
  婚姻による一族外に領土が流失することを防ぐために、
  代々近親結婚を続けて来た結果が大きな要因になっているようです。
  その結果誕生した子どもの多くが傷害を持っていたり、幼くして夭折する事態が多発した。
  特に、冒頭で紹介したカール5世以降下顎前突症の人物が多くなったといわれています。
  ちなみに、カール5世は不正咬合により食事は丸のみであったと伝えられています。
                           (この項ウィキペディアより引用)

 絵画を鑑賞していると、絵に隠された画家の思いや時代背景などが分かり、
 望外の勉強ができるときがあります。
 一族の繁栄を維持し、巨大な権力とそれに伴う莫大な富を守り、
 次世代に継承するために近親婚をつづけたハプスブルグ家の家訓はあまりにも犠牲が大きく、
 失ったものが多すぎたのではないでしょうか。
          (2018.12.7記)  (つれずれに…心もよう№83)


 参考:拙ブログ2018.2.13付 【雪中の狩人 ピーテル・ブリュゲール(父)】
        2017.11.9付 【楽園追放 禁断の木の実を食べて楽園を追放される】


 






 

 

 

 

 

 

 

 

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