雨あがりのペイブメント

雨あがりのペイブメントに映る景色が好きです。四季折々に感じたことを、ジャンルにとらわれずに記録します。

希望の滑走路でありたい

2018-11-26 09:00:06 | 読書案内

読書案内「滑走路」 歌集 萩原慎一郎著
          角川書店 初版2017.12.25 2018.6.15第3版発行

 希望の滑走路でありたい

   
    ぼくが短歌を始めたのは、十七歳の秋のことだった。
    …… それから十五年、気がついたら、十七歳の高校生だったぼくも三十二歳の社会人となった。     
   でも、思い通りの人生を歩んでこれたかというと、そうではない。
   むしろ不本意の十五年間でもあった。

   もちろん、短歌だけについて言えば、
   そんなことはないのだけれど、不本意な十五年間だったことは、
間違いない。
                                        歌集「滑走路」著者あとがき

  32歳の社会人になって、
「不本意な15年間だったことは、間違いない」と断定しなければならない人生とは

 どんな人生なのだろうか。デビュー作でありながら遺作になってしまった歌集「滑走路」の中から
 32歳の人生を辿ってみよう。
 
   非正規の友よ、負けるな ぼくはただ書類の整理ばかりしている
    非正規という受け入れがたき現状を受け入れながら生きているのだ
      負けるな」と友に向かって、ぼくは叫んでいた。
      そういうぼくだって「書類の整理」ばかりしてる。
      「負けるな」と今度は自分に向かって呟いてみた。

    かならずや通りの多い通りにも渡れるときがやってくるのだ
          自分の人生を交通量の多い道路に見立てて、かならず渡れるときが来るのだと希望を捨てない。
      渡った先にこの若い歌人はどんな未来を見ていたのだろう。

    夜明けとはぼくにとっては残酷だ 朝になったら下っ端だから
    今日も雑務で明日も雑務だろうけど朝になったら出かけていくよ
      仕事から解放され、ひと時の安息の時間に自分を取り戻す。夜明けまでのわずかな時間がきっと
      「孤独」という時間の流れの中で過ぎていくのだろう。満たされない朝を迎えるやりきれなさが
      辛い。さらに孤独な時間は次の歌へと繋がっていく。
 
   東京の群れのなかにて叫びたい 確かにぼくがここにいることを
   夕焼けをおつまみにして飲むビール一篇の詩となれこの孤独
        時として、孤独は癒しの時間でもあるのだが、都会の人の群れの中に居て誰とも交われない
      寂しさは、群衆の中で孤立していく。失意や挫折を伴って希望が消えていく。叫びたいけど
      叫べない心の葛藤がある。
      それでも、若い歌人は希望を抱いて歌を詠う。
   
    ヘッドホンしているだけの人生で終わりたくない  何かを変えたい
    今日願い明日も願いあさっても願い未来は変わってゆくさ
     ぼんやりとかすんで、とらえどころのない未来。今日一日を生きることで、
     今日も明日もあさっても、追いかけられるようにして一日が終わってしまう。
     若さゆえの焦燥感が切ない。

   もう少し待ってみようか曇天が過ぎ去ってゆく時を信じて
       こころのなかにある跳び箱を少年の日のように助走して越えてゆけ

   正直に生きる。真っすぐに生きる。この競争社会においては、とても難しい生き方だ。
   希望を持ち、思いどおりに生きていけない現実に、希望がだんだんやせ衰えてしまう。
     恋心の歌も詠っているが、漂っているのは、やはり彼の不器用な生き方であり、
    どうしようもない混沌とした孤独だ。

   表題「滑走路」は離陸し大空へ飛び出す「希望の滑走路」という意味だったのだろう。
     だが、希望は失墜し、彼は33歳で自ら命を絶った。
   中学、高校時代いじめに遭いその後精神的不調に悩まされ、
     非正規として働かざるを得なかった彼の『遺作』となってしまった。
   
   ご冥福を祈る。
          合掌

                        (2018.11.26記)  (読書案内№133)

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卓球の愛ちゃん 

2018-11-15 19:55:36 | 昨日の風 今日の風

福原愛がブログで引退表明(2018年10月21日)
  
      静かで控えめな引退表明
 

    
        私は選手としての立場を、ここで一区切りつけることを決意しました。
    ………
    3
歳から卓球を始め、約26年の間、多くのことを学ばせていただきました。
     ………
   
   私が選手としてできることはやり切った、頑張り抜いた、という思いが強くなり、
   自分が選手としての立場でやるべき使命は果たせたかな、と感じるようになりました。
                              福原愛のブログ(2018.10.21)
より抜粋

 卓球女子の福原愛選手(29)が自身のブログで10月21日、現役引退を表明した。
スポーツの枠を超え、人々に愛されたヒロインが26年の現役生活に終止符を打った。日本の卓球界に残した功績は大きい。

 3歳9か月でラケットを握り始めた天才少女は、
10歳でプロ宣言、
11歳の時にはナショナルチームでの活動が始まる。

「オリンピックでは、アテネ、北京、ロンドン、リオ、と4度出場することができ、
日本代表として2個のメダルを獲得できたことを誇りに思います」。

 ブログでの語り口は、静かで控えめだ。
 2016年のリオオリンピックでは、女子シングルスで4位、女子団体で銅メダルを獲得したが、
 以後、選手として公式戦に出場することは一度もなく、2017年1月の全日本卓球選手権大会も欠場した。

 
2016年のリオオリンピックから二年が経ち、結婚や出産を経験し、日々育児に励みつつも、
 「競技のことが頭から離れることはありませんでした」と、心の経緯を語っている。

  何度もやめようかと考えたことはありましたが、
 「 一度も卓球を嫌いになることは無かった」という愛ちゃんだが、
 
  知らない内に私自身で勝手に感じていた肩の重みが、すっと抜けるような感覚があって、
  出来ることは全てやった。
  達成感と同時に、夫と一女の母としての安堵感が、
  卓球に代わる大切なものとして感じられ、
「自分が選手としての立場でやるべき使命は果たせたかな、と思うようになっても不思議はない。

こうした考えに至るまでの過程は、
天才と言われるようになるための血のにじむ様な練習と精進があったに違いない。
スポーツの世界は入れ替えが激しい。
頂点に立った瞬間、負われる身になってしまう。
技術と体力と精神力が三位一体とならなければトップの座は維持できない。

愛ちゃんの引退には、
力を出しつくした「燃え尽き症候群」ではなく、
さわやかな安堵感がある。

売れっ子の「天才子役」が国際派の俳優に成長し、スターがしのぎを削るハリウッドで、
アカデミー賞を取るような偉業だ。(朝日新聞編集委員・稲垣康介)

引退声明をしてなお、
「私は生涯卓球人なので、卓球という軸がぶれることは一生ありません」
と愛ちゃんは、卓球に寄せる思いを語る。
今、愛ちゃんの後を追うようにして卓球人生を歩んできた若い選手が
輝きを放ち始めている。
後進の進む道しるべとなって、
引退してなお卓球界を牽引して欲しいと思うのは、
多くの人たちの願いでもある。
         (2018.11.15)        (昨日の風 今日の風№91
)
 




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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人生の扉

2018-11-06 22:39:31 | ことの葉散歩道

人生の扉 幾つもの扉をくぐり抜けて……

  「人生には扉がある。
 若者はその扉を開け、社会という世界に入る。
 働き、努力して地位を得、妻をめとり、子を授かり、家庭を築く。
 老いて仕事の終わりの扉を出て、悠々自適、余生を楽しむ」

                       池宮彰一郎 エッセイ集「義、我を美しく」より 

  仏教の教えの中では、人生には「生老病死」という四つの「苦」があると説いています。
   人生における免れない四つの苦悩です。
   「生きる」ことそのものが「苦」に繋がり、やがて「老い」という避けられぬ衰えを経験して、
   或いは「病(やまい)」に侵されて「死」を迎える。
   人生が本当にこんな形で進んで行くとすれば、とても辛い修行の連続になってしまいます。
   だが人間には「希望」という最も大切な感性があります。
   希望の扉を一つ開ける。
   扉の前に現れた現実が不幸な現実であっても、人間には「闘う力」がある。
   闘いながら次の希望に向かって進んで行くことができる。
   しばしば、「夢」は現実から乖離する場合があるが、
   「希望」には、次の扉を開いて前に進んで行く力が備わっている。

   働き、努力して地位を得、妻をめとり、子を授かり、家庭を築く。
   老いて仕事の終わりの扉を出て、悠々自適、余生を楽しむ。

   人生行路はそれ程単純で、思い通りに展開するものではないけれど、
   「夢」や「希望」を乗せ、社会という荒波にもまれながら、
   たどり着く浜辺が、穏やかで波静かな浜辺であったら
   それが人生の幸せというものではないか。

           ※ 池宮彰一郎(1923年-2007年) 脚本家、作家。
              代表作「最後の忠臣蔵」
             「義、我を美しく」は新潮社、1997年、新潮文庫 2000年)
(ことの葉散歩道№45)

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「逝きて還らぬ人」を詠う ① 永遠に座る人なき椅子ひとつ……

2018-11-04 08:00:00 | 人生を謳う

「逝きて還らぬ人」を詠う
       ① 永遠に座る人なき椅子ひとつ……
  大切な人が逝ってしまう。
  人の世の宿命とは言え、余りに辛い体験はいつまでたっても心が癒されない。
  悲しいことではあるけれど、
  人間(ひと)はいつかはこの試練を乗り越えて生きていく。
      死は予測された時間の中をゆっくり訪れる場合もあり、突然訪れる場合もある。
  どちらの場合も、無常観と切り離すことはできない。
  
  〇 永遠に座る人なき椅子ひとつ隣にありて春夏秋冬                
                                                      
……… (福島市)美原凍子 朝日歌壇2016.04.18 
        花が咲き、花が散り、季節は変わりなく巡って来るがあの人がいつも座っていたお気に入り                    のイスに座るあなたはもういない。二つ並んだ椅子のひとつに座り愛しい人を思う。

 

  〇 天秤は望まぬ方に傾いて救えた命帰らぬ命  
                       
………  (新潟市)佐藤秀一 朝日歌壇2015.03.02
          もし、私が手を差しのべていたら… もし、私が車に載せていたら…
          もし…もし…もし… たくさんの後悔をが私を苦しめる。
          望まない方に天秤が傾いてしまったのが運命だというには、余りにも悲しい…


  
      〇 日常が日常でない日常を孫の遺影と語りて過ごす 
                                                                                                    ……… (川越市)吉川清子 朝日歌壇2016.02.02
    問われれば笑顔で応(こた)う我がいて遺影にひとり泣く我もいて
                                                           
……… (川越市)吉川清子 朝日歌壇2016.04.25
           「出来ることなら私が代わっててやりたかった」。「日常が日常でな」くなってしまったあの日以
                   来、孫の遺影に向かって語りかける日々が続いている。
                       孫を喪った悲しみから、立ち直っていく自分がいて、
                        それでもやっぱり一人になると在りし日の遺影に向かって泣いているもう一人の自分がいる。 

  

  〇 わが父母の眠りし墓地の柵下は沼田場(ぬたば)となれり帰還困難区域
                      ………名取市 志賀令明 朝日歌壇2016.09.05
        あの悪夢のような津波が襲ってきて、父と母を奪われた。あろうことか両親が眠る墓地は津波の                            泥と放射能に汚染された沼田場になってしまた。バリケードに囲まれた帰還困難地域の中にある墓地。
        両親と故郷を奪われた悲しみが5年経った今も忘れられない。
    
      2011年3月11日の東日本大震災から、5年を迎えた人たちの悲しみを選んでみました。
      5年という歳月が、悲しみを癒すにはとても短い時間のように思います。
      「逝きて還らぬ人」の思い出が、遺影の中から湧いてくるような切なく悲しい歌です。

              (2018.11.3記)   (人生を謳う)    

コメント (2)
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