ぼくの近代建築コレクション
東京の都心と下町を中心に、戦前に建てられた古い建物の写真を投稿していきます。
 



五十番、有文堂。中央区日本橋人形町2-6。左:1985(昭和60)年2月、右:1987(昭和62)年6月7日

人形通りの人形町交差点の南の横丁を東へ入ってすぐのところで。現在は五十番はビルに、有文堂印房は住宅として建替えられていて、廃業してしまったようだ。平成になってからだったと思うが、今になるといつ頃解体されたか不明だ。
五十番の、いかにも昭和初期のムードを感じさせる外観は建てたときのままなのだろうか。2階ベランダの赤い手すり、入り口右のアールをつけた壁と裾のタイル張りなど、昔の中華料理店はこんな風だったかと思わせる造りだ。入り口を入るとその右にすぐ階段があった。少し以前までは2階も客席として使っていたような感じがした。改めて写真を見ると3階建てである。
五十番は日曜日も営業していたので、ぼくはけっこう便利に使っていた。狭いフロアに目いっぱいテーブルと椅子を配置したような按配で、いつも込んでいたように覚えている。
「五十番」という中華料理店は全国にあるようだが、チェーン店にはみえない。だれもが使える名前なのかもしれない。有名なのは王監督の向島の店。だいぶ昔の話だが1960年頃、須田町のいせ源ややぶそばのある辺りに五十番があったのを思い出した。

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コメント
 
 
 
Unknown (都電通り)
2010-09-21 17:25:51
懐かしいですね~

 昔の五十番という安心感だったのでしょうかね

 神田ブックセンター付近にも五十番と言うお店

 が在って、本屋の帰り親父と食べましたね~

 大昔。
 
 
 
>都電通り様 (流一)
2010-09-22 14:26:28
人形町の五十番はいまだに忘れられていないようですね。
「安心感」というのはよく分かります。五十番も店によっていろいろなのでしょうが、味も値段も一応は安心、安全みたいな感じ。
個人でやっているような飲食店は、つぶれるようなことはなさそうなのですが。店主が「歳には勝てない」と潔くやめてしまったのでしょうか。
 
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