蓼科浪漫倶楽部

八ヶ岳の麓に広がる蓼科高原に、熱き思いあふれる浪漫知素人たちが集い、畑を耕し、自然と遊び、人生を謳歌する物語です。

「80歳の壁」  (bon)

2023-05-04 | 日々雑感、散策、旅行

  多くの方は、すでに読んでおられるかもしれませんが、私はこの度読んで
みました。

 「80歳の壁」和田秀樹著(幻冬舎、2022.3.25第1刷)、新書です。 
 著者の和田氏は、高齢者専門の精神科医として30年以上も高齢者医療の現場
に携わっていた経験から、高齢者の生き方、幸せな生き方に向けたヒントを
いろんな角度から述べられているのです。 和田氏は現在、「こころと体の
クリニック院長」をされているそうです。

 書かれていることは、難しい理論的、医学的な専門事項ではなく、日常身近
に遭遇する、経験する事柄について、一つひとつ丁寧に述べられていて、時に
身につまされるところなどもありました。

         (ネット画像より)

 人生100年時代と言われますが、今後平均寿命がさらに延びたとして『いくら
長生きになっても、健康寿命が延びなければ、介護されたり、ベッドで過ごす
時間が長くなるだけです。その時間が、現在、男性が9年、女性が12年となって
いるわけです。』 『人生100年といっても、全員が90、100歳を迎えられる
わけではありません。90、100歳を迎えたとしても、全員が健康で幸せという
保証はありません。介助を受けてベッドで過ごしている、家族に虐げられて
いる、あるいはボケてしまい自分が誰か分からないということも考えられる。』

 そのような状況で、80歳の壁を超えて、どのように生きて行くか、生きて
行くのが望ましいか、その現実に直面したいろいろな壁をどの様に超えて行
けるか‥そんな捉え方で、医療の面、考え方の面、身体維持の面さらには社会
の一員としての面などに言及されていると思いました。

         

 ざっくりと一言で言うならば「老いを受け入れる」ということに尽きるか
と思います。歳をとっているのだから、あれこれ思ったり高望みをするので
はなく、諦めてすんなりと受け入れなさい!‥というのではなく、老いによる
機能的な衰えを嘆いていても何も改善しないのだから、そのことは素直に受
け入れて、できないことを嘆くのではなく、何かできることを見出してそれ
を実行するようにする・・というのですね。

 若い時は、大勢の人に囲まれて活動していたのに、今は孤独になってしまっ
たと寂しい思いばかりにとらわれるのではなく、その分今は自由で自分の好
きなことが出来る時間がたっぷりある‥と思い方次第で心の幸せが感じられる。
 年をとって感動することが少なくなった・・のではなく、それだけ経験値
が高く豊富になっているからで、年をとったから鈍くなったのではないので
すね。若い頃は、なんでも目新しく刺激的で、箸が転んでもおかしい時代も
あったのです。

 医療的には、80も越えると、ガンや認知症は当たり前だそうです。和田氏
の経験から、亡くなった高齢者のほとんどはガンを持っていたといいます。
誰でもガンに冒されてくるのだと。 なので、痛みがあるとか生活に支障を
きたす症状でなければ、特に治療しない方が良いと言われています。
 80も過ぎれば、ガンの進行は早くなく、むしろ摘出手術や抗がん剤などで
他の臓器へのダメージや免疫力低下を招くなどのリスクが大きいと言われて
います。

 血圧、血糖値、コレステロールなど、検査結果の数値が異常である場合にも、
医者はそれらの数値を適正(標準)値に戻すようクスリを処方しますが、数値
にこだわるのではなく、日常自覚症状が無ければ、敢えて薬による標準値に
戻すことは避けるべき。現状で健康に生活できていれば、数値を最重要視する
必要はないということなんですね。
 80も過ぎれば、甘いものもお酒も我慢することはない。むしろ我慢による
ストレスがあるとすればそれの方がよほど本人にとって害であるとも。 
 それよりも、食べたいものを食べ、したいことをして自由に過ごすことが
もっと幸せかもしれないと述べているのですね。

        こんな本もあります。
        (ネット画像より)

 認知症は病気ではなく、老いである。 これも誰でも認知症予備軍なのだ
そうです。 これを遅くするためには、脳を使うことに尽きるのだそうです。
 好きな事をする、脳と身体を動かす‥これによって脳の前頭葉を刺激し、
海馬も衰えが遅くなるそうです。 とくに既成概念にこだわる風潮にあり、
むしろ自分で考えて行動する人は枠にはまらず嫌われたりすることに慣れて
しまっていますから、意識的にこれを覆すような行動をとるべきだといって
います。
 認知症は、変なことをしたり徘徊したりする病気ではなく「だんだん何も
しなくなる病気」だといっています。

 一々思い当たることばかりですが、ただ、高齢者の運転免許を自ら返納して、
折角の機能を放棄するのは良くないといっているところには賛成できなかっ
たですね。 確かに、まだその機能は行かせるのに、自発的に免許証を返納
すべきではない‥かもしれませんが、そうとも一概に言えないのではないか
と思うのです。本には、高齢者だけが自動車事故を起こしているのではなく、
一番多く事故を起こしているのは、もっと若い年齢層だといっていますが、
年齢別の事故発生率はどうなのか、観てみる必要がありますし、生活に必要
な場合には、それは必要ですが、先にあった池袋での高齢者運転による多数
の死者を出した事例など、決して許せないですよね。都心に車で乗りこむな
んて、自覚に欠けた高齢者だと思います。

               

 80歳を超えるまで生きてこれたのだから、この際、ガンや他の病気が見つ
かったとしても、痛みや生活に支障がなければ、あまり医療に頼らない方が
よさそうだと思うようになりました。いざその時に、どのような態度をとる
か見モノではあるかもしれませんが、冷静に考えてみると、「もうそんなに
じたばたすることもない」。 医療はその原因を除去することに注力され、
その結果、他に悪影響が出るかどうか、出ない保証はないのですね。

 それより、好きな事、食べたいこと、やりたいことに目を向けて、ストレス
を起こさないことの方がよほど大事だといっているのです。
 しかし、このことは難しいことなのかもしれません。 究極は悟りを拓く
感じなのかも?

 

 

 

La Vie En Rose

 

 

 

 

コメント (4)
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