つばた徒然@つれづれ津幡

いつか、失われた風景の標となれば本望。
私的津幡町見聞録と旅の記録。
時々イラスト、度々ボート。

津幡短信vol.85 ~ 令和参年 睦月末日。

2021年01月31日 22時49分04秒 | 津幡短信。
     
津幡町で見聞した、よしなしごとを簡潔にお届けする不定期通信。
今回の話題は以下の2本。

【爪痕。】

早いもので、令和3年(2021年)の1ヶ月が過ぎようとしている。
思い返せば、わずか3週間前は雪の下に埋もれ大変な思いをした。



地域の雪捨て場や大型店駐車場などの集積地。
住宅街の日陰などに残雪はあるものの、すっかり歩きやすくなった。
間もなく季節の節目。
多少の降雪はあっても、もう悩まされることはないだろう。
あのドカ雪は夢のようにも思えるが、爪痕は確かに刻まれていた。



本津幡駅前の「一本桜」。
特段、雪の影響はないように見える。
しかし、よく観察すると末端の小さな枝が幾つも地に落ち散乱していた。



染井吉野の開花には問題ないだろう。
ダメージ深刻なのは「おやど橋」傍のタブノキである。



数年前から生えた「サルノコシカケ」の菌糸によって腐食が進んだ大枝が、
雪の重みによってポッキリ。



画像赤い丸で囲んだ辺り。
大きな半月状の子実体が判るだろうか?

樹齢700年以上と伝えられるシンボルツリーだけに、
何とも残念で心配である。
水害、橋の架け替え工事、大火。
これまで幾多の苦難に耐えてきたタブノキの延命と無事を祈る。

【闇の衣(ころも)。】



「津幡中央公園」街路樹の一角にオブジェが置かれ、
電線が張り巡らされていることに気が付く。
日中は、何なのかハッキリしない。
陽が落ち、闇の衣をまとうと、それは一変する。



もうすぐ、バレンタインデーなのだ。

<津幡短信 vol.85>
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日陰に咲く悪の華。 ~ クイーン・エメラルダス。

2021年01月30日 11時24分27秒 | 手すさびにて候。
     
以前、漫画家「松本零士」氏の描く女性キャラクター(LINK有)について投稿した。
「ユキ7号(セクサロイド)」。
「森 雪(宇宙戦艦ヤマト)」。
「メーテル(銀河鉄道999)」の3人を例に挙げ、
彼女たちに共通する“零士式 美のエレメント”を次のように定義づけてみた。

<体型は一様にスレンダー。細い腰と長い脚、適度に膨らんだ胸のライン。
 ロングヘアーで、切れ長の涼しい瞳が蠱惑的。>

--- 今回のモチーフも、その系譜に属する。
ほんの手すさび、手慰み。
不定期イラスト連載第百六十四弾は、宇宙海賊「クイーン・エメラルダス」。



「海賊(かいぞく)」--- と聞いて、貴方は何を思い浮かべるだろうか?

ハリウッドムービー、テーマパーク。
日本史上なら、倭寇(わこう)、村上・九鬼などの水軍(※)。
世界史上なら、バイキングにカリブの海賊。
現代なら、海洋での略奪行為、捕鯨妨害組織、漫画「ワンピース」。
生まれた年代や興味の対象によって抱く印象は様々だろう。
(※海上を横行し船などを襲う盗賊とは一線を画す)

僕が「海賊」の2文字に「古い時代のロマン」を感じてしまうのは、
初めてその存在を知ったのが「宝島」だからかもしれない。

「宝島」は、19世紀のイギリスの作家「スチーブンソン」による海洋冒険小説。
海辺のさびれた宿屋に住む少年「ジム・ホーキンズ」が、
財宝を巡って数奇な冒険へ出帆する物語。
お話しに登場する海賊は、
ドクロの旗を掲げた帆船を操り、ラム酒と武勇を好む荒くれ集団。
悪い奴らだが、過去の産物である。
陸(おか)のしがらみや常識に縛られない生きざまに、
当時、子供だった僕は言い知れぬ「憧れ」を覚えたものだ。

SFの世界には、そんなロマンの典型ともいえる存在がいる。
“星の海”---宇宙空間を縦横無尽に駆け巡り、
傍若無人、または自由闊達にふるまう孤高の輩(やから)--- 「宇宙海賊」。
思い浮かべるのは、やはり「松本零士」氏のペンによる「キャプテン・ハーロック」。
--- そして今回のモチーフである。

「エメラルダス」の出自は、少女漫画の短編読み切り。
女だけの海賊船の船長として世に出た。
その後、連載漫画では設定を変更。
仲間や部下を持たない一匹狼の女宇宙海賊になって、
以降「松本漫画」の名脇役として活躍の場を広げる。
特に、『宇宙海賊キャプテン・ハーロック』シリーズと、
『銀河鉄道999』シリーズでは、重要な役回りを与えられた。
--- いや、誤解を怖れずに言うなら“都合よく使い回された”。

もちろん「エメラルダス」を主人公にした話もある。
しかし、その数は決して多いと言えない。
影が薄いのである。

顔に大きな傷を持つ、謎多き女。
暗い瞳の奥に冷たい炎を宿した女。
姿を見た者は死ぬと噂され恐怖の対象になり、
メインキャストになり切れない、美しき日陰者。

僕は、彼女に惹かれる。
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monotone Journey 7.

2021年01月24日 11時24分53秒 | 白と黒の旅
        
世界は様々な色に溢れていて、沢山の楽しみを与えてくれる。
しかし、目に映る彩(いろどり)を無くすと「想い描く色」が豊かになる。
階調の数が減る事で奥行きが生まれ、違う何かが見える気がする。

散歩中や旅先で撮影した画像を白黒に加工し、思考の旅に出かける試み。
不定期連載「monotone Journey」第七篇。
最近、雪の話題ばかりになり心苦しいが、もう1回お付き合い願いたい。


きのう投稿したとおり、北陸・津幡町の雪は落ち着いているが融け残る量は多い。
重機によって道路脇に押しやられ、あちらこちらで山積みになっている。
子供の頃の記憶を辿ってみると、
こうした光景に接する機会は、今より少なかったかもしれない。
積雪量が少なかったからではない。
むしろコンスタントに多かった気がする。
にも拘わらず(かかわらず)印象が薄いのは、
やはり時代の違いなのかなと推察。

--- 除雪の機械化率が低かった。
--- 自動車の交通量が少なく、除雪の必要範囲が狭かった。
--- 職場や学校、商店は近隣にあり移動は徒歩でまかなえた。
などの事情から、側道は自然に無くなるまで放置するケースも珍しくなかった。


僕が撮影に使っているスマホカメラには「AIオート」なるモードがあり、
電脳が勝手に被写体を判別してくれる。
料理なら「ナイフフォークのアイコン」、花は「花アイコン」。
遠景なら「山アイコン」らが表示され、対象に相応しい処理をしてくれるらしい。

雨に洗われてできた雪の「突起」をAIは「人の顔」と認識した。


うず高い雪の山を眺めているうち、昔の記憶が甦ってきた。
それは「放射能」。
1960~70年代、中国、インドで行われた核実験の放射能が、
風に乗って日本へ運ばれ雨や雪に混ざって落ちてくると報道された。
僕たち昭和の子供は、ニュースを耳にして「ヤベえな」などと言いながら、
雪や氷柱(つらら)を平気で口にした。
無知だったのである。

ラストは上掲画像奥、雪山越しに写る神社の境内で見つけた早春の息吹。


雪の中で「日本水仙(ニホンズイセン)」が開きはじめていた。
ヒガンバナ科スイセン属の品種の一つ。
名前からすると日本在来種のような印象を受けるが、中近東から地中海沿岸の原産。
海のシルクロードを通って中国に至り、室町時代に渡来したという。
別名(和名)は「雪中花」「雅客」。
花は、長い旅路の果てに津幡町へやって来て、寒さに負けず可憐に咲いている。
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雪の津幡で、春一味。

2021年01月23日 14時44分04秒 | 日記
       
北陸・津幡町が強い寒波に見舞われてから、2週間余りが経つ。
幸いあれから、まとまった雪は降っていない。
この間、日中の最高気温が10度を上回る日もあったが、
暦の上ではまだ寒の内。
気温が氷点下に達することも珍しくなく、未だ融け残る雪の量は多い。



今朝、随分と久しぶりに散歩に出た。
滑らないよう気を付けながら、ゆっくりと歩を進め辿り着いたのは、
新庁舎完成間もない津幡町役場前。
今週はじめ(2021/01/17)お披露目の一般見学会が行われたそうだ。
残念ながら僕は仕事があり参加は叶わず。
別の機会を待つとしよう。



さて、役場の道を挟んだ向かい側には「加賀藩たかくら」本店がある。
拙ブログにも度々登場する和菓子店だ。

和菓子は五感で楽しむと言われる。
五感 --- 即ち、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚である。
また、そこに“季節感”も加わるのが和菓子の楽しみだと思う。
何か“今時”らしい逸品はないものかと考え、店の女の子に声をかけた。



「今日から、桜餅が並びました」との答え。
冬は見当たらなかったが、一足早く春があった。
好物の「千寿大福(紅/つぶあん)」と一緒に購入する。

「たかくら」の桜餅は、いわゆる関東風。
このタイプは、江戸時代が起源とされる。

時の三代将軍「徳川家光」が鷹狩りの途中で体調が悪くなり、
立ち寄った寺で水を飲んだところ元気回復。
「長命寺」と命名された寺院の傍には桜並木があった。
寺の門番がたくさんの落ち葉を塩漬けにして餅を巻いたのが始まりとか。

真偽は不明だが、ほんのり塩味が付いた桜の葉を噛みしめると、
確かに春の風味がした。
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令和参年 小正月に炎立つ。

2021年01月17日 13時01分15秒 | 日記
      
映画版「鬼滅の刃」の主題歌「炎(ほむら)」がヒットしているという。
作品が記録的なのだから、楽曲に注目が集まるのは自然なこと。
その歌の世界は「鬼滅隊」の“炎柱(えんばしら)”「煉獄杏寿郎」を連想するという。
--- 僕はまったく分からないのだが、炎の持つ効力には興味がある。

人類が文明を築き、発展させた一因は「火」を「使う」ようになったからだと思う。
火は、暗闇を解消し、暖をくれ、外敵を遠ざけてくれた。
煮る・焼く・燻すなどの調理によって糧を保存し、食文化ができた。
土を焼く器ができ、鋼を鍛えて武器が造られた。

また、人は火を見ることで、癒しや興奮、連帯を得るらしい。
「火祭り」や「花火」などは典型だろう。
それは鳥や獣にはない、人だけが有する感覚だと思う。



火を使う伝統行事として、この時期に身近な1つが「左義長」。
年明けから2週間余りが経った「小正月」に
門松、注連(しめ)飾りや、書き初めの書などを焚きあげる。
本日(2021/01/17)、津幡町の「清水八幡神社」にて行われた左義長へお邪魔した。





結界中央に敷いたトタンの上で、明々と燃える炎。
氏子さんたちが見守る中、訪れた近隣の人たちが次々と正月飾りを投じ、
その度に火の粉が舞い上がっていた。
当然だが、近付くと熱を感じる。
寒さ厳しい物静かな冬にあって、炎はまるでそれ自体が生きもののように躍動していた。

また、訪問者の多くがお宮さんにお参りをし、
帰りがけに社務所に立ち寄り「ふるまい餅」に手を伸ばす。
もちろん、僕もお相伴に与(あずか)り、紅白の角餅を頂戴した。



さて、この左義長、各地で呼び名が異なると聞く。
「とんど」、「どんど」
「さいの神」、「三九郎(さんくろう)」
「さいと焼き」、「鬼火焚き」等々。
それぞれに由来があるのだろう。
拙ブログをご覧の貴方のところは、どんな名前だろうか?
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