I. 尾身会長の講演
2021年6月4日から6日に横浜で開催されている日本透析医学会に参加しました。6月5日に政府のコロナ対策分科会の会長である尾身茂氏の「Covid-19感染症のいままでとこれから」と題した講演がありました。「この状況でオリンピック開催は普通しないのではないか」といった発言が政府の公式見解と異なり、波紋を広げている中どのような講演をされるのか注目されました。私は実際に現地で参加したのですが、緊急事態宣言下であり地方からの参加は殆どなく発表もWeb上で行われるものも多く、現地参加の場合も体温測定やワクチン接種後かを問う健康票の提出など行って入場するというものでした。現地参加者は普段の大にぎわいの学会(通常1万人以上参加)に比べると1/10位だったと思います。尾身氏の講演は特に目新しい内容はなかった(公の場なので)と思いましたが、普段政府の会合でどのようなデータを元にコロナ政策を決めているかが解る生データも見られた事が参考になりました。以下に印象に強く残った所を備忘録的に記します。
〇 感染者数の増加は若者から始まる
感染拡大は若い人が原因である、という「若者悪役論」が広がってしまった論拠でもあります。これは、感染自体は若者も高齢者も同じように罹患するけれども、基礎疾患や体力で劣る高齢者は発病しやすいのに対して若年者は「発症しても軽症で済む」ことが圧倒的に多いので、「発症しているにもかかわらずそのまま生活してしまって感染を広げる」結果になっているという事実があります。示されたデータで、総感染者数増加の波が起こる直前に若年者のコロナ陽性例の増加の波が記録され、それが炭鉱のカナリアの様に全体の感染者増の予兆になっているのです。
その理由は講演でも触れられましたが、長崎県で使用が推奨されるNCHATという健康管理アプリでも示されました。若い層の人たちは微熱や軽い風邪症状があっても10%程度の人は普通に出勤して仕事をしている事がそのアプリで解ったのです。そして風邪症状のある人のPCR陽性率は9%近くあり、特に味覚嗅覚異常があった人のPCR陽性率は40%だったそうです。これら発症しても軽い症状の人たちが感染を広めて、家庭や施設でより発症すると重症化する基礎疾患がある人や高齢者が感染するクラスターの原因になったと言えます。これは日本だけでなく、全世界的な現象と言えるでしょう。従って軽い風邪症状の人がPCRや抗原検査を受ける敷居(どこのクリニックでも無料で)が低ければ感染拡大やクラスターを早期に防ぐ事ができたであろう、と氏も反省を込めて述懐していました(全員検査は科学的に無意味で論外であることは言うまでもありませんが)。
〇 変異株の影響は
現在昨年春に流行した初期型のCovid-19ウイルスは殆ど存在せず、現在流行しているウイルスは、ほぼイギリス型の変異種などに置き換わっていると考えられている。変異種は感染力が強い事は確かで、屋外での感染例、マスクをしていても感染した例、三密とまで行かない状態で感染した例が既に見られている。重症化率も初期のウイルスよりも高そうであることは判ってきた。
〇 コロナ感染症の問題は都市部のみ
これは五輪開催問題にも関係してくる。クラスターを追求して隔離する感染コントロールは地方では90%以上可能であり、ほぼ完成している。大都市部だけは未だに50%そこそこであり、コロナ感染症のコントロールができていないのは「大都市部のみ」である。だからコロナの問題は既に大都市部だけの問題と言っても過言ではない。東京で開催される五輪は会場でコロナが拡散することはあまりないと考えられるが、会場周辺や交通機関、連休や盆で帰省することによる感染拡大が問題なのであり、そこのコントロールができるなら五輪開催に何の問題もない。(これは6日のサンデージャポンで爆笑の太田光が尾身氏の懸念として解説していた内容の通りでした)
〇 ワクチンの期待される効果
ワクチンで感染が完全に抑えられるかは未知数、欧米では自然減による感染収束傾向とワクチン接種率増加が重なっている可能性もある。但し、高齢重症者はワクチン接種が進むと確実に減ると期待できる。変異種に対しては、今の所効果が期待できるが、今後は判らない。
〇 今後のあるべき展開
若い人へのワクチン接種(どうすればベストかは決め難い)。都市部に対してはICTをより活用した感染コントロールのシステム作り(個人情報を深追いせず、区の縦割りをなくした広域の情報管理体制が1年経ってもできる気配すらない)。下水のPCR検査を活用したサーベイランス(科学的に流行予測の有用性が確認されている)をやりたい。店内などでCO2濃度をモニターしつつ、換気を促進して営業できるシステムを作る。
私の感想としては、限られた条件・情報で科学的に取り得る最善の政策を行えるよう提言していて、大きく反対する部分はない、よくやっておられるというのが率直な感想でした。対して尾身氏と比較された上にやたら日本では持ち上げられる米国のアンソニー・ファウチ氏ですが、私は昨年の時点から「彼の本質は眉唾」であると考えてきました。30年以上組織のトップにいる時点で「後塵を育てて譲る」というリーダーとして必須の適格条件から外れていて、正しい判断のみを30年も続ける事はヒトとして不可能であるという当たり前の事実を理解できていない点で「こざかしいが阿呆」の部類に入ると私は考えます。案の定今回のパンデミックの何割かは彼の責任であることが露見されつつあります(ウイルスの機能獲得研究の危険性を自分でも知りながらCDCの公金を使って武漢の研究所にSARS1の変異種を作らせていて、その事実を必死に隠そうとした)。私がコーネル大に米国留学した時の師匠はE. Darracott Vaughan教授でしたが、泌尿器科のバイブルと言われるCampbellの編者にもなっておられる方ながら、しっかりと後塵を育てて退官されました。米国のトップエリート達はいくらでも優秀な人達がいると留学の時感じました。
II. 厚労省政策局 伊原氏の講演
学会では他にも「コロナと社会保障」「2040年に向けての医療政策」と題した厚労省政策局 伊原氏の講演もあり、大いに参考になりました。以下に印象に残った点を記します。
〇 2021年4月の休業者数は500万人超だが、失業率は3.1%でコロナ前(2.4%)とあまり変わらない。
これは雇用調整助成金をリーマンショック時の10倍以上拠出した結果で、国民の平均給与総額や生活保護受給者数はコロナ前とあまり変わっていないのが現状。ただしいつまで財政が続くかは不明とも。
〇 コロナ禍は女性に多くのしわ寄せが来ている。
男女共に非正規雇用者の休業者が激増しているが、特に女性の自殺者が増加している。またこの1年の出生率が減少し丙午の様な状況。DV被害や育児についての相談も増加している。
〇 コロナで国民医療費が10%減少
年間43兆円(2019年)のうち、医科の医療費は31兆円だが、コロナによる受診控えなどから10-20%近く医科医療費の減少が見込まれ、その分病院やクリニックの収入減が見込まれる。コロナ対応をしっかり行った施設にはその分手厚く補助を出す様に予算組みし、ほぼ平年並みの収益になるようにした。
〇 2040年問題は高齢人口増加ではなく、就労人口減少が主たる課題
介護を含めた総医療関連費用は2000年が78兆円(対GDP14.8%)、2020年は120兆円(対GDP21%)と増大した。これは高齢人口の増加による。一方2040年は190兆円(対GDP24%)と2000年からの20年に比べると伸びは少ないものの、就労者人口は現在6500万人だが、2040年は5500から6000万人に減る。この先20年の問題は、高齢人口はあまり変わらないが若年者が減る事が問題。だから女性を含む高齢者にいかに働き続けてもらうかが課題となる。60代前半の就労率は1990年が50%であったが、2020年は70%に増えている。65歳が100歳まで生きる率が1990年には2%だったが、2020年は20-40%と10倍になっている。
〇 今後の政策的対応
ITを生かした連携社会(プライバシーを守りながらしかも生活ヘルプや救急時の対応ができる)。効果的な財政、徴税システムの確立。就労環境改善のためのタスクシフト、タスクシェアの工夫、ワークライフバランスの確立(医療については2021年5月の医療法改正で医師・看護師からパラメディカルへのタスクシフトを行った)。
専門の医療については、普段論文などを読めば知識の吸収ができますが、政策などについてのアップデートな話題はやはり学会で直接話が聴けるのが有用であると感じました。