rakitarouのきままな日常

人間様の虐待で小猫の時に隻眼になったrakitarouの名を借りて政治・医療・歴史その他人間界のもやもやを語ります。

幸福感・資本主義経済・宗教そして国家

2017-06-26 22:58:13 | 社会

直接関連がなさそうな単語を列挙しましたが、それらの関連について検討したいと思います。

1) 幸福感を感ずる脳の思考回路は5次元

 

人が幸福であると感ずるのは思考や感覚によって感ずるのであって、脳以外で幸福を感ずることはできません。その内容も人様々で必ずしも全ての人が同じ事で同じだけの幸福感を感ずる訳ではありません。現実世界は縦横高さといった三次元空間からできています。楽しい経験をしたり、美味しい物を食べたりすることで我々は直接現実世界から幸福感を感ずることはあります。しかし過去の楽しかった事を思い出しても幸福を感ずることも可能で、来るべき楽しいイベントにわくわくする事で幸福感を感ずることも可能ですから、脳内においては時間を越えて4次元の世界で幸福を感ずることも可能といえます。それだけでなく非現実の世界を妄想することで幸福を感ずることもできる、ゲームの中だけのバーチャル世界での幸福もあり、しかもその非現実の世界に現実から瞬時に移動できることを考えると、脳内においては5次元で思考が行われていて幸福感も5次元世界を自由に行き来する中で感ずる感覚であることがわかります。

 

2) 貨幣を介する資本主義経済は4次元

 

物々交換が行われていた時代では、経済は3次元の世界でのみ行われていたといえるでしょう。しかし紙幣(紙切れ)や貨幣(物)を異なる個人間で同一の価値があるものと認識するようになってから、過去の自分から金をもらう(貯金)ことや、将来の自分から金を借りる(借金)が可能となって経済は時を越えて4次元的に行われるようになったと言えるでしょう。現実には存在しない価値を「あるもの」と仮定して取引を行うレバレッジを5次元的と解釈するかどうかは判りませんが、レバレッジとは単なるごまかしであって、損失が出た場合は実際に「あると仮定した額」を支払わないといけないのですから次元を超越できているとは言えないと私は思います。だから資本主義経済は4次元で行われていると考えます。

経済は現実世界における物欲を満たすための方策ですから、資本主義経済の発達によって人間は幸福感を得ることは可能ですが、衣食住を満たすために必要条件ではあるものの幸福感を感ずる全てではないことは理解できると思います。

 

3) 宗教の次元

 

旧来の宗教は現実世界で生きる心構え、生きることの意義、神の御心に沿うにはどうするか、といった「心」に問いかける内容であることが多かったと思われます。宗教的な喜びや幸福感を法悦と表現する事がありますが、法悦を得るために現実世界に寺社や像などの偶像を作り出して、感覚に訴えることも行われてきましたが、偶像崇拝を禁じて内面世界のみで法悦を得ることを説く宗教もあります。宗教の世界はどちらかと言えば現実世界の幸福感とは離れてパラレルワールド的な思考によって幸福感を得るという意味で現実世界をのぞく縦横高さを持った異次元における4次元的な世界観から成り立っていると言えるかも知れません。

しかし一部の新興宗教には現世利益を謳った宗教があり、その現世利益に引かれて入信する人も多くいた事実があります(島田裕巳著 宗教消滅 SB新書332 2016年刊)。こうなると宗教によって得られる法悦に現実世界から得られる幸福が入ってきてしまい場合によっては「宗教で全ての幸福感が得られる」「宗教で全てが満たされる」といった事態がおこりかねないことになります。最近減少傾向ですが、一部の新興宗教によって生活の全てが変わってしまう、洗脳、といった事態が起こる理由もここにあると思います。高度成長時代の終焉で宗教によって現世利益を保証することが困難になってくると若い人達が新たにこの手の宗教に入信することが減って、戦後できた宗教の信者が高齢化する一方になっているというレポートが「宗教消滅」で述べられています(同書183頁)。

一方でイスラム原理主義など旧来の宗教の中で、現実世界に不満を持つ若者たちに対して、ジハードを行うことで来世において幸福を約束すると言う手法でひきつけているものが出てきました。これは現実世界で幸福感を得ることをあえて否定することでパラレルワールドにおける幸福感をより絶対的に大きなものとする新たな手法と言えるかもしれません。グローバリズムを主体とする現実世界の資本主義がある意味行き詰った状態で出現してきた手法という点で現代を象徴するもの、今後の世界のあり方を考えさせるものと言えるかもしれません。

 

4) 現実世界である国家が行うべきこと

 

人、国家からみた国民が幸福であるために国家ができることはある意味限られたものかも知れません。国家別国民幸福度ランキングというのが毎年発表されますが、経済が発展していれば国民が皆幸福というわけでもなさそうであることがこのランキングからも判ります(イタリアやロシアが日本より上??)。しかし国民が幸福感を感ずるために現実世界の大きな要素である国家ができること、やらねばならないことがあることも確かであると思います。突き詰めれば国民の衣食住と安全・自由を保証すれば国家の役割としては十分と言えるかもしれません。衣食住を保証するにはベーシックインカムの導入、経済システムの管理、安全を保証するには治安のための警察、防衛、医療と公衆衛生の整備が必要でしょう。自由は国家の存在目的を損なう事以外、各人の自由を制限する事はしないと憲法に定めて実行すれば良いでしょう。またこれ以上のことは国家が行うべきではないとも言えます。幸福感の感じ方は5次元世界の事ですから、各人によって異なる事は間違いありませんが、3次元の現実世界においてはある程度同じ要素で幸不幸を決定付けることは間違いありません。大飢饉や疫病の流行で次々と人が死んでいたら幸福であるはずがありません。現在憲法改正論議が行われようとしていますが、国家のあり方を決める基本法である憲法において、国民が幸福を感ずるために最低限行うべき事という視点で考える事も大事ではないでしょうか。

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限局性前立腺癌の部分治療(Focal therapy)、超音波治療について2017

2017-06-13 12:05:51 | 医療

今回の内容は泌尿器科における前立腺癌治療の専門的な事項の備忘録です。

2017年の米国泌尿器科学会に参加した本来の目的は、自分の専門である前立腺癌において、一昨年FDAで認められた前立腺に対する超音波治療(HIFU)が現在どのような位置づけにされているかを実際に見ることにありました。以下今回米国泌尿器科学会が発表した新しい前立腺癌治療ガイドラインのスライドを参照しながらまとめておきたいと思います。

 I.   限局性前立腺癌のリスク分類と治療

転移のない早期前立腺癌は局所治療(手術、放射線—外照射、内照射<brachytherapy>、その他-cryotherapy、超音波治療<HIFU>)か、治療を前提にした経過観察(active surveillance)が治療選択の基本であることは変わりません。治療選択にあたっては、早期であっても今後どのように癌が広がって行くかを予測するリスク分類が大事になってきます。近年では主に組織学的な悪性度をリスク分類の中心に据える傾向があります。

前立腺癌の組織分類は1970年代から改訂を経ながら使われているGleason scoreが有名ですが、2014年以降Gleason sumの5以下は癌とみなさないと考えられるようになり、しかも2カ所の合計が7であっても3+4と4+3の予後が異なるという意見が多くなり以下のようなGrade groupとしてリスク分類をするようになりました。

Low risk  Grade group 1 でvery lowとlowに分ける。

Intermediate risk Grade group 2と3でfavorableとunfavorableに分ける。

High risk Grade group 4と5 very high とhighはAUAとしては分けない。

 

 

II.   低リスク群における部分治療、HIFUの位置づけ

低リスク群でも生検のコア50%以下にGleason6以下の癌しかなく、PSAも10以下ならばVery low risk群として「経過観察(active surveillance)」というのは世界中の泌尿器科医で異論がない所でしょう。だからこの状態で手術など勧めてくる医者は信用できない医者と言って良いです。

それ以外のlow riskの患者には何らかの治療を勧めても良いとされます。基本Grade group1というのは放っておいても転移を来さない前立腺癌に対して付ける診断である、と病理学的に決められています(これは分類を決めた病理学の医師から説明された)。だからactive surveillanceも良いのです。但し家族性の前立腺癌などは進行したり多発性であったりしがちであり、積極的治療の対象となりえるということです。

このLow riskにおける治療の中にFocal therapyやHIFU治療がAUAのコンセンサスとして認められていることが解りました。

 

 

III.   中リスク群における部分治療、HIFUの位置づけ

中リスク群において、治療は原則手術かホルモン併用の放射線治療になります(エビデンスレベルA)。またFavorable riskの放射線治療はエビデンスレベルBでホルモンなしの放射線単独でも良いとされています。ここで部分治療やHIFUは治療を進めるエビデンスはない、とされます(実験的と言う意味)。凍結治療についてはレベルCのエビデンスですが腺全体を治療(whole grand)として選択肢に入っています。

 

 

IV.   高リスク群における部分治療、HIFUの位置づけ

治療は手術か放射線+ホルモンになります。余命が短い高齢者などを除いて経過観察やホルモン治療のみは勧められません。凍結治療、部分治療やHIFUはtrial以外駄目とされます。これも現状ではある程度納得できる所でしょうか。

 

 

V.   自分の考えと今後の部分治療などのあり方

学会では半日かけて新しい機械を用いてのHIFU治療の模擬演習の講習などがあり、参加しました。現在前立腺癌の診断を行うための生検もMRI画像と生検時の超音波画像をfusionさせた方法で行うことが勧められています。それはMRI診断において前立腺癌の検出率が機器の高度化とPIRADS scoreなどを用いて診断する診断率の向上で良好になってきたという背景があります。但しFusion 生検は悪性度の高い癌を検出する可能性は高めるものの、系統的生検で見つかる中リスク以上の癌を見逃す可能性も指摘されていて現状では両方併せて行うのが良いというのが結論です。

HIFUを用いて部分治療を行うには、MRIの画像と治療時の超音波画像をfusionさせて行う方がより確実なのでSonacare medicalのサイトもEdap tms Ablathermのサイトも新機種はこのMRI fusion systemを用いたHIFU治療が主体になっています。講習もこれに沿って行われました。しかし率直な感想としては「本当にこれ必要?」という感じです。現状治療の対象になるのは限られた前立腺癌の患者さんの群にすぎません。その人達を対象に超高額なこれらの機械(fusion機能がない古い機械でも1台1億4千万円する)が必要かい?と明確に言えます。まして部分治療では癌は根治できず、延々と経過観察をする必要があるのです(再度治療するという治療者側のうまみはありますが、患者側にとってはメリットないと私は思います)。

   MRIとのfusion機能を持った高価な機器

 

私は、HIFU治療は真の低侵襲治療であると確信しているのですが、それはwhole grandを確実に治療した場合のみに言えることだと考えます。凍結治療(cryo surgery)は会陰から複数の太い導子を挿入して凍結させるため、真の低侵襲治療とは言えないと思います。症例数が少ないものの、ホルモンを短期併用したHIFU治療などが、今後リスクの低い限局性前立腺癌の低侵襲治療として認められて行く事が望ましいように思います。

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米国医療裁判事情

2017-06-06 16:08:54 | 医療

先日参加した2017年米国泌尿器科学会総会では、裁判社会である米国の実情を反映して、医療裁判において、被告(defendant)となった場合にどのような対応をするべきか、また医療鑑定(expert witness testimony)で被告側、原告側(plaintiff)の証人(witness)になった場合にどのようにそれぞれの弁護士(attorney)または検事(district attorney/prosecutor)から質問されるかについて、模擬裁判の形で2週間くらいかけて行われる審理を1時間にまとめて3件披露するsectionがありました。医師も弁護士も実戦で活躍している一流の本物の人達が出ており、追求の様子も迫真の演技(実際にやっている通り)なのでテレビドラマのようでもあり、見ているだけで面白かったです。普段病院の事例検証を担当し、また裁判にも度々関係した事がある私としては実生活上も大変参考になったので備忘録的にまとめておこうと思います。

 

壇上で第一線で活躍する医療系の法律家達が実際の裁判さながらに被告や証人を追求する

 I.  以前裁判における医療鑑定でまとめたように、医療過誤(medical malpractice)を証明するには、

 

1)   安全さを欠いた治療であることを証明すること。

2)   過失(negligence)による障害の存在を明らかにすること。

3)   公正な正義に基づく主張であること。

を明らかにする必要があります。

 

 II. また医療過誤訴訟における論点として

 

1)治療義務(Duty of care)— 患者:医療者関係を築いた時点で普通成立。

2)治療義務の完遂(Breach of the duty of care)— 標準的な規準に照らして、当然行われねばならない医療内容(検査や治療など)が行われる事。

3)因果関係の成立(Causation)— 行われた(行われなかった)医療によって問題となる障害が生じた法的責任(liability)があること。

4)障害・損害の確定(Damage)— 精神的或は身体的障害が明らかであることを原告側(plaintiff)が証明。

などが挙げられます。

 

 

今回の模擬裁判では以下の3事例についての審理が行われました。それぞれについて医療過誤を訴求しえる理由、その論点を上記 I.II.に沿って短くまとめます。

Case 1. ロボット補助腹腔鏡による前立腺全摘手術で直腸損傷が生じ、術後それが判明したが、保存的治療を行った結果、膀胱直腸瘻になり、結局開腹手術で修復術を行って現在排尿状態などは問題ないがPSA再発をおこしつつある。

 

○    医療過誤を訴求しえる点。(1)前立腺全摘で直腸損傷(2)術中に判明し得なかった(3)解った時点で即治療せずに保存的治療(4)再度開腹手術が必要であった(5)完治に時間がかかっている間にPSA再発

○    上記それぞれについて標準的な基準に照らして当然行わねばならなかった医療内容ではなかったか(Breach of the duty of care)が原告側の弁護士から被告自身、被告側の証人に対して追求され、一方で原告側の証人は当然行われるべきであった治療などを文献やガイドラインを示しながら表明します。つまり術中に発見して即座に修復していれば2度の手術にならず、PSA再発も早期に対応できたはずとして損害の確定がなされます。

○    本例は日本であれば起こりえる合併症を適切に対応して完治できているので医療過誤の対象にはならないと考えますが(米国でもほぼ同じ考え)無理にいろいろ追求すればこうなりますという事例として示されました。

 

Case 2. 糖尿病で勃起障害のある60代の患者が、Viagraなど使用しても効果がなかったので男性ホルモンの補充を行った所、勃起可能となったが程なくして心筋梗塞を起こして死亡した。

 

○    医療過誤を訴求しえる点。(1)糖尿病で高脂血症なども伴う男性に男性ホルモンを補充することで心筋梗塞になるリスクが増加することは文献的にも指摘されているので、施行前に循環器科の受診を勧めるべきであった。

○    安全さを欠いた治療である、という主張に対して、被告側からは当然患者の希望でホルモン投与のリスクも説明した事などから過失(negligence)はなく、法的責任(liability)は問えないと主張されます。

○    本例も日本であればたまたま起こったで終わる例。男性ホルモン補充と心筋梗塞も100%の因果関係がある訳ではないので言いがかりに近いとも言えますが、裁判社会である米国ではきちんと対応しないと有罪になりかねません(弁護士の説明として、いかに素人の陪審員<jury>に専門医療の内容を解り易く<自分の主張したい方向に>納得させるかがポイントと解説してました)。

 

Case 3. 尿路感染を起こしていた腎結石の患者に経皮的腎結石砕石術(PNL)を行った所、結石は除去されたが手術終了直後から敗血症をおこして集中治療が必要になった。

 

○    医療過誤を訴求しえる点。(1)尿路感染の既往があれば治癒後であっても再度尿培養等行い(感染性の結石であるから)それに応じた抗生剤を使用してから手術を行うべきであった。(2)術後感染を起こし易いPNLよりも他の治療(体外衝撃波とか経尿道的治療とか)を選択すべきであった。

○    治療と感染の因果関係は成立していますが、安全性を欠く治療であったか、が争点。感染性結石であることはほぼ間違いないので検査を行ってから、という主張は説得力はある。

○    日本の場合、法的責任を問えるようには思えませんが、Morbidity and Mortalityカンファレンス(M & Mといって20年前米国留学していた当時から欧米では行われていて、最近では私の病院を含む日本でも普通に行うようになった)を行って、教訓として皆で知識を共有すべき事例と思われます。

 

Law & Orderなどの米国裁判ドラマでも良く見かけるのですが、弁護士が被告や証人に「YesかNoで答えて下さい。」と迫る場面があります。しかし医療では0%か100%で答えられる事柄は普通ありません(絶対安全とか100%治るとか)。その場合”Answer yes or no!”と迫られても”This subject can not be answered yes or no”と突っぱねて意見陳述をする場面が模擬裁判でもありました。これはこれで実際の裁判であっても良いのであって、yes, noで答えられない質問をする弁護士(検事)が悪いということのようです。大抵陳述中に発言を遮られて別のyes, noで答えられる内容に改めて質問される(絶対安全ということではありませんよね?のような)ことが普通のようです。だから無理にyes, noで答えて自分の意図しない思惑に乗せられることがないようにすることも大事と説明してました。

 

最近私が関係した医療裁判においても、I.IIの考え方から、標準的な基準に照らして当然行われなければならない検査が行われていなかったので注意義務違反である(治療義務の完遂が不十分)、という訴えに対して、検査は適切に行われており、その時に疾患が発見できなかった(後で別の病院で発見された)事は注意義務違反には当たらず、発見が遅れたことによる精神的・身体的障害が発生したという因果関係は成立しないとしてカルテなどの証拠を取り揃えて反証の文を作成して訴えを突っぱねた経験があります。日本においても医療裁判は一定の数行われており、仕事をしている限りいつも意識していなければならない事項であり、基本を抑えておく事は大切と思いました。

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エリートは何故グローバリズムが好きか

2017-06-01 17:08:38 | 社会

トランプ大統領がG7に出席して米国の国益のために各国首脳と丁々発止交渉を続けている一方で米国内ではトランプ降ろしのための画策が全力で進められています。反トランプ陣営にとっては国益などもうどうでも良いのでしょう。現在米国にとって脅威ではないロシア(グローバリズム陣営には脅威ですが)とのどうでもよいような疑惑をことさらあげつらってトランプの邪魔をし続けています。私は5月中旬に米国ボストンの2017年米国泌尿器科学会総会に出席してきましたが、その間米国で見聞した事も含めて「何故エリートはグローバリズムが好きか」(グローバリズムから脱却できないか)について考察したいと思います。ここで私の言うグローバリズムとは「世界を拝金資本主義という統一の価値観以外許さず、各国の自主的な規制よりも市場原理主義を全てに優先させる考え方」を言うのであって、国際的な広い視野で多極的な価値観を認め合って行く「インターナショナリズム」とは別です。

 

5月のボストンは気温10度前後、雨も振ってやや肌寒い感じでした。近くのニューヨークには20年前に1年住んでいたものの、ボストンは初めてで米国独立の元になった都市であり、100もの大学がある学問の街として落ち着いた雰囲気のある所でした。市内の移動は徒歩と地下鉄(1週間20ドルのリンクパスがどこの地下鉄の駅でもキャッシュで購入できて便利でした)で十分と思います。地下鉄はいろいろな人が乗っているので少し怖い感じもありますが(学会参加で背広着て乗っていたらハーバード大学のそばで黒人の若いのに「よお兄弟」と一度握手を求められた)ニューヨークも似たようなものなのでまあ大丈夫でしょう。

 

   ボストンの地下鉄(red line)と米国泌尿器科学会の会場

ホテルで暇な時はテレビを見ましたが、どこを見ても反トランプで「コーミー長官解雇」を問題視するニュースばかり。滞米中に北朝鮮が弾道ミサイルを発射しましたが、そのニュースなど30秒ほど形だけ報じて終わりで、後はサタデーナイトライブで喜劇役者がスパイサー報道官のパロディをやって傑作だといった下らないニュースを延々と何回も流す始末。パロディをやるのは良いとして他局の7時のニュース、9時のニュースで繰り返し紹介するような内容ではないのに視聴者を愚弄するのも好い加減にしたらどうだと思われます。オルタナのサイトでは「現在行われている報道機関の反トランプキャンペーン自体が一番の米国安全保障への危機である」といった識者の意見も紹介されています。

    スパイサー報道官のパロディとそれをニュースとして報道するテレビ

「コーエン教授は、政府には、行政府と議会によるアメリカ外国政策運営を妨害する諜報機関という四番目の権力の府があると言う。一例として、彼は“2016年、オバマ大統領が、ロシアのプーチン大統領と、シリアでの軍事協力の話をまとめたことを指摘している。少し前まで、トランプがロシア協力するはずだったのと同様に、彼は諜報情報をロシアと共有するつもりだと述べたのだ。国防省は諜報情報を共有するつもりはないと言った。そして数日後、アメリカ軍は合意に違反して、シリア軍兵士を殺害し、それで話は終わりになった。だから、我々の疑問は、現在、ワシントンで外交政策を決めているのは一体誰なのだろう?”」という指摘は全く当を得ています。

 

ボストンではBoston Scientificというまさにボストンに本社があるグローバル医療器械企業の主催する晩餐会に招待されて出席してきました。日本はAsia Pacific, Middle East, Africa部門の一部とされていて、総売上の18%程度だそうです。この地域のCEOを勤めているのはレバノン出身のOsama氏という30歳台の頭の良さそうな若手で、「数ヶ月前の出張では名前のせいで米国に入国できなかったのですよ」とトランプ政権への皮肉を込めて自己紹介してくれました。レバノンと言えばイスラエルとの確執(トランプや娘婿のクシュナー氏は親イスラエルだし)やヒズボラがシリア政府軍と協同してISと戦闘したりで国内は大変ではないかとも思われるのですが、その辺の話はスルー(多分故国には住んでないから)して「きっとこの若者も完全にグローバル企業のエリート社員であり、グローバリストなのだろうなあ」と感じました。

 

そこで本題の「エリートは何故グローバリズムが好きか」という問いですが、結論的に言うと「キリスト教的な奇麗事を言いながら我欲の追求ができるから」という事に尽きると思います。表面的な差別をなくし、実力本位で評価され、頑張った分だけ自分の物になる、うまくやれば無限に財産(権力)を増やせる、というのは実力のある者にとっては住み易い環境です。人間も動物も特定の能力の配分は正規分布を示している事は誰も否定しないと思います。義務教育における試験の成績が、母集団が大きくなる程正規分布を示してくることからも明らかです。社会が安定して成り立つにはあらゆる能力において正規分布を示している人達全てが程々に衣食住足りて生活してゆける環境にある事だということも誰も否定できないでしょう。一部の能力に優れた人が全ての富を独占する社会が安定的なものでないことは「真の知者」であれば理解できるはずです。だから人間社会は長年の試行錯誤の結果、国家と言う社会を造り、税を徴収して富を再配分することで社会の構成員が何とか皆暮らして行けるよう努力をしてきたのです。しかしグローバリズムは国家社会の枠組みを破壊し、税による富の再配分も拒否する方向で動いてきました。それに代わるセーフティネットの確立は「トリクルダウンセオリー」という現実には機能しない夢物語を語る事で済ませてきました。キリスト教文化においては富める者が貧しい者に施すことは善であり、富の独り占めは許されない(トマス・アクイナス 貪欲は大罪   ”金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、また人を滅びと破滅に投げ入れる、愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。”新約聖書 テモテへの手紙 第一 6章 9節)はずなのですが、資本主義が盛んになるにつれてユダヤ人を中心にした金融業が栄え、マックスウエーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」以来天職に勤勉に励んだ結果。財をなして投資に資する事は社会にとっても善であるという思想が普及することで資本主義的行動が神の思想に反することではないと考えられるようになったのだと思います。その上神の思想に添うような「奇麗事」がグローバリズムには付いているので尚更抵抗感なくエリート達は受け入れることができるのだと思います。

 

ネオコンと呼ばれる人達が元々は社会主義者の左翼陣営から資本主義に鞍替えした人達であることは周知の事ですが、グローバリストと言われるエリート達は20世紀後半であれば左翼的な思想で世界統一を指向していた人達と考えられます。以前、「インテリは何故左翼が好きか」でも論考しましたが、本来左翼とは論理や理屈で社会が制御できると考える人達であって、グローバリズムエリート達と集団としてはかぶる人達であると考えられます。だからグローバリズムで世界が統一されることに抵抗感がないのだと思います。

 

先日訪れたボストンのハーバード大学で、同大学を中退して、いまや世界的大富豪であるFacebookのマーク・ザッカーバーグが卒業生にスピーチをしました。日本語訳全文がここで読めますが、なかなか感動的で良い事を述べてはいます。彼はグローバリストでありながら微妙にグローバリズムを批判するような言質も言いつつ、「自分の生き甲斐を探すのではなく、全ての人に生き甲斐を与える事を使命とするべきだ」というハーバードを卒業する将来の社会のエリート達に送る言葉を述べています。しかしグローバリズムをひっくり返して、多極化した世界に戻し、それぞれの小さな社会で各人が自分らしく生きられるようにとまでは言ってないですね。

 

   Harvard 大学  右はこれも名門のマサチューセッツ工科大学(MIT)で近所にある

「キリスト教的な奇麗事を言いながら我欲の追求ができる」というグローバリズムの本旨は実力のあるエリート達にとっては捨て難い魅力だと思います。大手メディアのプロデューサーやキャスターもエリートであり、グローバリズムを信奉して止まないからことさら反トランプに余念がないのだと思います。ボストンではUrology care foundationという医学に資する慈善的基金が主催するコンサートが開かれて、その司会を地元ボストンのCBSTVキャスターで父や兄弟がこれまた世界的に有名なMassachusetts General Hospital(MGHハーバード大学医学部の病院と言って良い)の泌尿器科医だというPaula Ebbenさんが勤めました。私は最低限の150ドルしか寄付しなかったので3階席の端っこでしたが、上限なく寄付できる人達は1階のテーブル席で食事をしながらコンサートを楽しむという趣向でした。John Williams特集でスターウオーズ等の知っている曲を良い演奏で聴けて満足だったのですが、まあグローバルエリートとは良いものだなと見せつけられた感じもありました。

 

  名門MGH  Paula Ebben嬢 Urology care foundationのコンサート

ということでグローバリズム的都市のボストンでグローバリズム的学会に参加した報告をかねて何故エリートはグローバリズムが好きかを考えてみました。

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体験的クルマ論 ベンツB

2017-05-08 22:53:17 | くるま

久々のクルマ論ですが、こればかりはクルマを買って乗らないと体験として書けません。Peugiot407swが10年経過して車検や点検の度にいろいろと金がかかるようになって良いクルマだと思っていたのですが、そろそろ買い替え時と思い車検を機にベンツBクラスに買い替えました。

以前ベンツVクラスに乗っていたのでベンツは2台目ですが、Vクラスは報告したようにベンツの中でも「困ったちゃん」的な存在だったと思われ、王道であるCやEクラスに乗っている人からは私などベンツを語る資格はないと思われていたかも知れません。今回のベンツBも(コベンツだし)王道とは言い難いかもしれませんが、王道のベンツの良い所を沢山取り入れていると思われますし、同じクラスの他車と比較しても良い点が多々あるように思いましたので自分なりにまとめて報告したいと思います。

まず何故ベンツのBかという所ですが、ボルボV40とかPeugiot308、日本車ではスバルimprezaやLevorgなどと比較してまず「華美のない手堅い造り」と「手堅い走り」をベンツBに感じました。またベンツAは後席が狭すぎで天井も低くて息が詰まる(大柄のドイツ人がよく平気だと思う)思いですし、CLEは格好良すぎて60のおじさんに似合わないように感じました。Bクラスは足回りはAクラスと共通のようですが、天井は10cm近く高く、後席の広さもCと同等かそれ以上の余裕を感じます。こういった堅実さや手堅さもやはりドイツ車の魅力だと思います。

Bクラスはモデル後期に当たり、マイナーチェンジからも2年近く経っていて新鮮味はありませんが、それだけ初期不良のない成熟した所があると思います。しかも決してモデルの古さを感じさせない外観やインテリアで洗練された内容だと感じます。初期のBクラスはCVTであったり、ランフラットタイヤであったりで走りがベンツらしくないという評判があったようですが、現在のBクラスは7速でサスペンションやタイヤも改善されてベンツらしさが戻ったという評判です。私が運転した感じでも低速から特に高速においてしっかりとした走りが感じられて好ましく思いました。転回においてはやや固さも感じますが、ゴツゴツした感触はなくスムーズに曲がってくれます。

感心なのは燃費の良さで、1600ccのターボですが、早めのシフトアップと停車時のアイドリングストップで通常の通勤(往復100km)でリッター17kmとほぼカタログ通りの燃費でした。マツダアクセラハイブリッドではリッター25から27km、ホンダシビックハイブリッドではリッター22.5kmで通っていた道ですから、レシプロエンジンでベンツらしい走りをしてリッター17kmは立派です。しかもロードノイズが少なく、室内は静かであり、オーディオの音質も良好です。アクセラにはBoseのスピーカーシステムを付けてそれなりに良い音質なのですが、やはりロードノイズを拾うのできめ細かな音にはなりません。

パッケージで付いている室内のアンビエントライトは夜になると自然と室内をほんのりと照らして高級感があります。ドアを開けた時に足元を照らすライトも感じが良く、こういった快適システムは国産車にも見習って欲しいと思います。

ボルボやスバルにも付いていますが、前車自動追尾機能(ハンドル操作だけで運転できる機能)は、オプションで付ける事も可能でしたが、他社の車でも試してみたものの、私には向いていないと思い付けませんでした。私はマニュアル車でもそれほど苦にならない(若い時はマニュアル派だった)位で、何でも機械におまかせというのがどうも性に合いません。例え機械に運転を任せても、何時でも自分の運転に戻れるつもりで気を張っていないと現在の自動運転は危険です。丁度若い新米の外科医に自分の患者の手術を任せてやらせているような感じで、危ないと思ったらいつでも交替できる気構えで、ずっと手術中気を張ってないといけない感覚に似ています。

 

ベンツBクラスの○とX

・ 室内の広さ、静かさ、価格に比した装備の充実度。

・  燃費の良さ。

・  走りの手堅さ、何よりも運転のしやすさ、ドライバーからの良好な視野。

・  安全装備の充実(長距離ではドライバーの走り具合で休みましょうなどと声がかかる)。

 

X

・  日常的な操作方法の説明がない(内蔵マニュアルがあるが解りにくい)。トリップメーターのリセット方法すらディーラーに聞かないと良く解らない。

・  右ハンドルですが、シフトレバーがハンドルの右側にあって国産車のつもりで無意識に左にウインカーを出してシフトレバーがバックに入り肝を冷やした(実際はニュートラルで止まったけど)。

・  ハンドル左のウインカーノブの近くにクルーズコントロールのレバーがあって、時に触れてしまってクルーズコントロールがOnになってしまうことがある(解除はレバーを押すだけで簡単だから良いけど)。

・  助手席前のポケットが意外に小さく物が入らない(後席や荷室は十分広いですが)。

・  たまに意味不明な警告音が出る(さほど気になりませんが)。

・  バックモニターは慣れるまでやや見にくい。

 

今回は走行5,000kmの展示車の新古車を3年ローンで買ったので、月8万円位の出費で済みました。還暦のちゃんちゃんこ代わりに赤ベンツにしてしまいましたが、総合的には良いと思われる所が多く、自分としては気に入ってます。

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茅ヶ崎の星

2017-05-02 12:25:36 | 音楽

連休中でもあるので、少し柔らかい話題で。

私は神奈川県の茅ヶ崎で小学校から高校卒業まで過ごしたので、年少時代の思い出や故郷というと茅ヶ崎になります。いわゆる湘南ボーイですが、土着の少年達は必ずしも泳ぎが得意でないし、サーフィンもやらない。でも道路を超えた所に海岸がある学校でずっと過ごしたので、用がなくても良く砂浜に行って烏帽子岩や堤防を見たものでした。

 

海岸から見た烏帽子岩 昔あったパシフィックホテル

そんな茅ヶ崎の星と言えば、昔は加山雄三(砂浜から彼がオーナーだったパシフィックホテルが見えた)、その後はサザンの桑田圭祐が現在も輝いていると思います。そしてこれからの星と思われるのが車のCM曲としても取り上げられて注目されているサチモス(Suchmos)でしょう。vocalのYONCEが茅ヶ崎生まれということでPVなどにも見た事があるような場所が使われていたり、歌の内容が、曲調が都会的でありながら詩のコンセプトが一寸引いた湘南あたりから都会を眺めた内容であったりします。

 

曲調はとてもGroovyでSuchmosの語源であるルイ・アームストロングのジャズの要素も取り入れながら、黒人音楽やラップ、ヒップホップなどの要素が自由に入った感じでリズム感、「耳触りの良い音」という印象があります。それでいて詩の内容が「何謳ってるの?」という一度聴いただけでは分からない所がまた魅力なのかも知れません。

 

Honda 車のCMにも使われた”Stay tune”はサビの部分と本体の詩の内容がつながっていない(本人的にはつながっているのかも知れませんが)、本体では表面的でない素の状態で中身のある娘はいないかな〜、と言いつつサビでは都会の渋谷あたりで意味もなく酔っぱらっている集団を「ゾンビ」と揶揄している内容(他のブログから仕入れた知識ですが)で、歌詞と説明を見て初めて理解できる(理解して聴いてみるとそれもまた面白い)です。

 

MINTも良い曲と思うのですが、1回聴いても何言ってるか分からない。その何言ってるか分からない理由は、vocal YONCEの謳う日本語のイントネーションにあると思うのです。名前から韓国系(違ってたらごめんなさい)かと思うのですが、日本人だとなかなか使えないようなイントネーションの区切りをしている所がすごく新鮮に感ずるのです。

 

例えば3節目の

 

周波数を合わせて 調子はどうだい?

兄弟、徘徊しないかい?

空白の何分かだって

その苦悩や苦労をBlowして踊りたい

 

という部分、謳う時には

 

しゅう、はー、すうをあわせ、て、 調子はどうだいきょうだいはいかい しないかい

 

くー、はー、くの何分かだって、その苦悩や苦労をBlowして おどりたい

 

と韻を踏んでいるから耳触りはとても良いけど意味が分かりにくくなる。

 

これはかつて宇多田ヒカルが15歳で衝撃的なデビューをした時の”Automatic”を聴いた時の感じに似ていると思います。彼女も米国育ちで日本語は第二言語だったから区切りやイントネーションに拘る事なく自由にリズムに載せられた。

 

まず謳い出しの

 

七回目のベルで

受話器を取った君

 

謳う時は

 

な、なかいめのべ、るで受話きいと取ったきみ、

 

と日本人では絶対やらない息継ぎを違和感なくやってのける。

2節目の

 

でも言葉を失った瞬間が

一番幸せ

 

なんか謳うときは

 

でも言葉を失ったしゅんか んがいちばんしあわせ

 

と瞬間の「しゅんか」 と 「ん」を分けてしまうなんてとてもできない。カラオケも普通の日本人は難しくてうまく謳えないのではないでしょうか。言ってみれば「軍歌(同期の桜とか)」の対極をゆく謳い方でgroove感を満喫させている。Sachmosはそれにスラング的な英語も混ぜた歌詞なので書き出してみるとそれほど複雑でないのに難解に感じてしまう所がミソでしょうか。

 

Vocal、YONCEの普通の髪にアディダスのジャージというのも土着の茅ヶ崎の雰囲気が出ていて茅ヶ崎民としては好感です。これからもっとメジャーになってゆくでしょうが、茅ヶ崎的な素朴さと新鮮さを失わずに大きくなって欲しいと思います。

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(北朝鮮情勢について)戦争は外交の一手段である

2017-04-18 00:02:37 | 政治

北朝鮮情勢が喧しいです。戦争になる、第二次朝鮮戦争を恐れる声や、日本にミサイルが飛んでくるといった事も危惧されています。war economyという言葉があるように、戦争を起こす事によって停滞した経済を活性化させるという事も実際行われてきましたし、戦争の原因自体が自国に有利な経済(楽して金を儲けたい)の展開が動機になっている事も確かです。しかし戦争をした当事者達がその後幸福になったという事はありません(勝った方に関しては、覇権を確立して間接的に豊かになった例は多数ありますが)。

歴史的には国際政治において、戦争は外交の一手段として、特定の外交的目的を達成するために目標を持って(出口戦略を確立した上で)行われるのが古来戦争のあり方です。停滞した経済を活性化させるための戦争(war economy-現在のテロとの戦争が好例)や、特定の民族を絶滅させるための「殺戮を目的とした戦争」が行われた事もありますが、それは本来の姿ではありませんし、少なくとも現在の国際法や日本国憲法が想定している所の戦争の定義には当てはまりません。

 

日本国憲法において、「国際紛争を解決する手段としての」戦争はしないし、そのための手段も持たない事を明言しているのは、まさに戦争を「外交の手段」ととらえている文言であることが明らかです。軍隊の編成は「外交の手段として特定の目的を達する限定的な使用」に適するように構成されています。軍人もそのように訓練されています。決してテロリストを取り締まる(counterinsurgency=COIN)武装警察のような訓練は受けていませんし、そのような部隊構成にもなっていません。明治以降の日本においては、日露戦争や太平洋戦争のような国家の命運をかけた一か八かの戦争が行われて来たので、戦争のイメージは「生き残るか滅亡」の二者択一になりがちです。日本でも第一次大戦やシベリア出兵、満州事変のような外交手段としての戦争も行われて来たのですが、日本人の記憶には薄いと言えます。

 

さて、現在の北朝鮮ですが、北朝鮮の国是(戦争を行う最終目的)は金王朝による朝鮮半島の統一です。これは国家目標として掲げられています。北朝鮮の国家目標は日本の征服ではないし、まして中国や米国を支配することでもありません。金王朝が朝鮮半島を統一するにあたって、周辺の大国が認めてくれて、統一後は国家が繁栄するように手助けしてくれれば何の不満もないのです。しかし韓国には米軍がいて、朝鮮戦争以来未だに交戦状態にあるから米国を敵としてミサイルや核を開発しているのです。韓国に配備されているであろう核に対抗するには小型であっても核を持つ他ないであろうと。初めは「なんちゃって核実験」と思われていた物が、大陸間弾道弾にも使えるミサイルが開発されて、核実験も複数回行われるようになって、米国も本気で北朝鮮が核を持つ能力があると認めざるを得なくなったようです。

 

三代目首領様の金正恩は就任以来最大の失敗を犯します。それは最大の支援国である中国とのパイプ役であった叔父である張成沢氏を殺害粛正してしまったことです。自分が在日朝鮮人(高英姫)を母に持ち、金日成からの正当な後継者でなく、中国は金正男氏を後継にさせたいと考えていたことなどから自己の地位確立のため、また米国が対話に応じてくるであろうという読みもあっての行動だと思いますが、これは完全に失敗でした。中国は米国が鴨緑江まで入ってくることは許せませんが、別に金正恩の北朝鮮でなくても全く構わないという立場になりました。韓国の朴大統領の側近は北のスパイであったと言われていて、景気の悪い南に反日反米気運を高揚させて米軍が韓国から撤退すれば、そして中国が許せば北を主体として朝鮮統一も夢ではなかったかもしれません。残念なことでした。

 

トランプ大統領は第二次朝鮮戦争が勃発しない形で、何らかの軍事行動を起こすだろうと思います。恐らくは特殊部隊による金正恩の殺害と核施設の精密爆撃による破壊です。同時に中国軍が北朝鮮国内に進駐して北朝鮮軍が戦争活動を起こす前に平壌を制圧するでしょう(現在中朝国境にいる15万の中国軍。平壌よりも南に進軍すると朝鮮戦争になってしまうので止まると思う)。北朝鮮は中国、米国、ロシア、韓国の共同統治により中国肝いりの政権が打ち立てられ、日本が復興のために多大な金銭的補助をすることになると思います。しかし日本の建設会社や商社がその金で儲かれば(かなり米中ロの企業にも取られるでしょうが)損ばかりではないと思います。米軍がどこまで入ってくるかが中国にとっては問題でしょうが、今まで通り38度以北に基地は置かない事で何とか折り合いが付くのではないでしょうか。代わりに中国が北朝鮮内に基地を置く事になるでしょう。2期目を迎える習近平政権にとっても、早く成果を上げたいトランプ政権にとっても北朝鮮事案をこのような形でまとめることは一挙両得ですし、何よりあまりにも可哀想であった北朝鮮の国民が少しは人間らしい生活ができるようになると思います。拉致家族や日本人花嫁も当然帰国できるようになるでしょうから日本にとっても良い結果です。

 

上記は非常にうまくいった場合の想定ですが、そううまく行かず、金正恩の暗殺に失敗して中途半端に米朝の戦闘状態が生起された場合、38度線から一斉に京城に向けて砲火が発射されて北の部隊が南になだれ込む事態になると本当に第二次朝鮮戦争になってしまいます。米軍も中国に誤解されないようにしないと中国軍が北に加勢して(実際軍事同盟関係にある)戦火が拡大して米中戦争になってしまいます。日本も無傷ではいられないでしょう。こうなると戦争の被害自体が大きくなりすぎて「外交の一手段」だったのか戦争自体が目的だったのか分からなくなってしまいます。だから特殊部隊による暗殺というのもよほど確実な情報がないとそう簡単にはできないだろうと思います。

 

トランプ政権の顧問であるカリフォルニア大学教授Peter Navaro氏の著作「米中もし戦わば」文藝春秋 飯田将史解説 2016年刊は非常に論理的に中国の覇権主義的台頭を解析している好著で近々書評を書きますが、これを読むと現在の米軍の最大の仮想敵が中国であることが良く解ります。現在北朝鮮に引きずられて中国と戦争をすることは米軍にとって全く得策ではありません。外交の一手段でなく無意味な「戦争のための戦争」になってしまい、例え核戦争に発展しなくても米中どちらにも大損害にしかならないでしょう。

 

北朝鮮に関しては、当事者の金正恩体制以外は、米中ロ韓日、そして何より北朝鮮人民の利害関係が一致しているのですから、その一致した結論にもってゆけるよう「外交」を行う事が第一であり、その外交上の目的を達する一手段として「戦争もあり得る」という認識でいることが大切だと思います。

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トランプ派閥が微妙な立ち位置に

2017-04-07 18:49:14 | 政治

米軍がシリア アサド政権へミサイル攻撃 一段と不安定化も

一気にロシアとの関係が悪化する可能性を秘めた行動。賛成しているのは既成グローバリズムのロシアとの戦争を始めたかった連中ばかり。前回同様化学兵器を使用したのは反政府軍という報道もあるなかで、このような引き返しができない軍事行動にトランプ氏が出てしまったのは非常に残念なことです。2日前に片腕のバノン氏が国家戦略会議のメンバーを外されたのはこの攻撃に反対したからでしょう。

Rand Paul上院議員のTwitter ”While we all condemn the atrocities in Syria, the United States was not attacked.  The President needs Congressional authorization for military action as required by the Constitution, and I call on him to Congress for a proper debate.  Our prior interventions in this region have nothing to make us safer and Syria will be no different." 「シリアは酷い事になっているがアメリカは攻撃に加わらなかった。大統領は軍事行動を取る上で憲法の規定に乗っ取りきちんと議会の承認を得るべきだ。私は彼と議論したい。米国がこの地域に直接関わって米国が安全になることもないし、シリアが良くなることもない。」という意見は極めてまともです。

反トランプ陣営からの執拗なロシアとの癒着疑惑の攻撃で、ある程度実際的な行動を取らざるを得ない状況に追い込まれたとも言えますが、これはトランプの今後の政権運営にとって極めて危険な兆候と言えます。

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日米「反知性主義」の違いについて

2017-04-06 18:11:22 | 社会

「反知性主義」という言葉について良く理解している人は「いまさら感」があるかも知れないのですが、最近宗教学者の島田裕巳氏の近刊「反知性主義と新宗教」イースト新書(081)2017年刊を読んでいて、巷で良く耳にする「反知性主義」という言葉が日本で使われている意味と欧米で本来使われて来た意味がかなり異なるという事を知り、しかもBrexitやTranpismという最近の流れにおいて、日本においては欧米でも日本で考えられている意味で「反知性主義」という言葉が使われているかの如く誤解されていると思われるので、私は改めて整理しておく必要を感じました。

 

日本における反知性主義

 

内田樹氏の「日本の反知性主義」(原典であるRホフスタッターの著作「アメリカの反知性主義」を意識した題名)では、アメリカの本来の意味に触れながらも、日本における反知性主義は「感性や感情が理性に勝って力や説得力を持って来ている現在の日本の風潮」を表現する言葉として定義付けられているようです。またその他のメディアや評論家が使う「反知性主義」の内容も概ねその意味で使われていて「ほぼネガティブな意味合い」つまり「反知性主義≒思慮が足りない≒非インテリ的≒衆愚(ポピュリズム)」といった一連の概念を現す内容として語られていると思われます。

 

米国における反知性主義

 

反知性(Anti-intellectualism)とは、知性(intellect)よりも知能(intelligence)を重視する考え方と説明されます。Intellectを知性と訳してしまうのでこの違いが日本語においては良く解らないのですが、「既成の権威主義的な学問体系」みたいなものをIntellectと称しているのであって、自ら状況に応じて考える能力が高い事をintelligenceと称して、総じてポジティブな意味合いで使われることも多いのが本来の反知性主義と解説されています。

 

アメリカの人気テレビ番組「メンタリスト」は面白いので私も良く見るのですが、シーズン2第二話「The Scarlet Letter」の冒頭で、橋の下で発見された若い女性の遺体が自殺か他殺かを法医学者が「最新の法医学をもって分析すれば数日の内に結論を導き出せるだろう。」と主人公に対して自慢げに話したのに対して、学問はないけど海千山千で人の心理を読んで生きて来た主人公(メンタリスト)のジェーンが「僕には法医学は分からないけど、女性の靴が片方しかなくて、橋の上にも靴がなかったからこれは他で殺されて橋から落とされた他殺だよ。あなたは真面目な学者だけどバカだ。」と学者を瞬殺するシーンがありました。

これこそが米国における「反知性主義」なんですね。「知性よりも知能が勝ることを示して権威主義に頼る人達に喝を加えることを良しとする思想」です。

 

トランプ大統領に対して民衆が賞賛するのも、彼が言いたい事を言っているからというよりは、既成の体系となった政治的正義や経済・外交の常道といったものを一度否定して、その場において適切(と思われる)要求や主張を展開して、それが既成のメディアに否定的に取り上げられることで却って宣伝効果を高めているというかなり知能犯としての行いが「反知性主義的」と認められていると思われます。

 

日本で言えば、福島の原発事故後にいくら原子力の専門家が再稼働について「危険はない」と学問体系に照らして説明しても一般民衆の方がサイエンスにも限界がある(これは真実)ということを生理的に見抜いて反対している現状に近いのではないかと思います。

 

反知性主義は日本においては「インテリ」と自負する人達が自分達の論理的な言質に効力がなくなってきたことを嘆く意味で使われているのですが、本来は既成の権威的な学問への懐疑、現状に柔軟に対応する知能の高さを賞賛して使う場合もあるのだということを理解していないと外国人と会話をする際にとんでもない誤解を招く事になりそうです。

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天皇を唯一神とするのは神道ではない

2017-03-28 14:40:07 | 社会

世間では森友学園問題と籠池理事長の証人喚問、安倍首相と昭恵夫人の関与についての話題で溢れていますが、根本的に何を問題にしているのかが不明で関心が持てません。国有地を廃棄物があると虚偽の申し立てをして違法に横領したのであれば、詐欺罪とそれを認めた官僚の職務怠慢の問題でしかないと思います。

それよりも今回森友学園の塚本幼稚園において行われていた教育が「神道系」と報道されていること、新しい小学校が「神道系」の教育をすると言われていること、その内容が「教育勅語」であったり、「天皇を絶対とする戦前教育」」とされていることに私としては違和感を感じます。それは「戦前の教育がいけない」と言う事ではなくて、戦前教育を「神道」と直結させている事に本当に「日本における神道」を深く理解した上でそう結論づけているのか疑問に思うからです。

私は最近暇があると妻と各地の神社巡りをするのが小旅行における主な日課になっていますが、日本各地には様々な由来の多種多様な神が祀られている事に非常に感心します。国造りの天皇関連の「神宮」と名のつく神社、古事記などの神と関連付けられてはいますが、各地に点在する八幡や稲荷はそれぞれ土着の雑多な神や仏教とともに祀られている例が多数あります。また天神様のように実在の人物を死後神として祀った神社も菅原道真、乃木将軍など多数あります。神道の多様性については、島田裕巳氏の著書「なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか」(幻冬舎新書2013年刊)などに詳しいのですが、要は「神道には厳格な規定がない」ことが要となって各地の多用な文化や宗教を取り込んで深く日本人の生活に馴染んで来たことが特徴ということです。神道には教書、教祖、修行、資格がありません(協会の定める神主の資格はありますが、後付けにすぎず、各地の氏神様の行事を行うのは氏子が交代で行っているものが殆ど)。出家の必要も念仏や経もありません。「何も無いのが神道の特徴」(神道はなぜ教えがないのか-島田裕巳 ベスト新書395 2013年刊 第一章 ない宗教としての神道)とは良く現した言葉であると思います。

「神ってる」という言葉が昨年流行りましたが、これなども一般人が人並み外れたパフォーマンスを行った際に「人に神が降臨してその行為をなさしめた」、という思想を現していて日本人に神道的な考え方が染み付いていることを良く現しています。つまり普通の人もいつでも神になれることが背景にあるからこその表現と言えます。一神教の外国人が"Oh my God!!"や"God damn it!"を良く言いますが、これは特定の人がそうだという意味ではなくあくまで「どこか空にいる神がやってくれたぜ」的な感覚がにじみ出ているように思います。

ところで各地の神社で祀られた「神」の本体は「山」であったり「岩」であったりします。またそれぞれに「神木」とされる高樹齢の大木が祀られています。そのような日本国の国土を造りなす全てが日本における「神」であって、天皇はその「日本国の神を敬う祭司を行う代表」であるというのが古来からの伝統的考え方です。天皇は神官の総帥として国民から敬われる存在であり、その意味では戦後定められた憲法における「象徴」という表現は日本古来からの天皇のあり方をより正確に定めたものと私は思います。明治以降、国民国家を形成する上で明治維新の元勲達が天皇を国家の元首として為政者(国王)としての地位を無理矢理定めてまるで天皇を唯一神の一神教国家であるような教育を行った時期もありましたが、それは日本の伝統的神道の考え方からは外れた物だったのではないでしょうか。

日本海軍の軍艦には即席の神棚が設けられ、出陣の際には艦長他乗組員が欠かさず参拝をして武運を祈ったと言われますが、神棚を設けて皆でそこに神が宿ると思えばそれで神が宿るのが伝統的な日本の神道の考え方なのです。この多様性、柔軟性を教育するのならば「神道系学校」を名乗るにふさわしいと考えますが、教育勅語や五箇条の御誓文を教育するのを「神道系」というのはどうなのでしょうか。

下に教育勅語を載せます。やはり天皇に対する一神教的な思想を含んでいると私は思うのですが。

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残念なNHKの在宅医療特集

2017-02-17 19:22:36 | 医療

NHKクローズアップ現代+(2017年2月17日)

 

病院から在宅へ、地域で総合的に医療・介護を行う、というのが現在の厚労省の方針です。それは医療費の高騰、介護を含む社会保障費の高騰、高齢化社会に国の財政、社会のヒト(医療従事者)を含むインフラが追いつかない事が明らかでこのままでは医療やケアの構造自体が破綻しかねないという逼迫した情勢があることによる必然的な対応策(これで解決できるかどうかは別として)です。

 

恐らく基本的な危機意識は国民全体誰も否定はしないと思います。しかし実際に在宅医療を進める段になると「あれが不満」「ここが足りない」とより多くの贅沢なサービスを求てしまって、結局「在宅は困難」といった結論が導き出されてしまうのが残念な所です。

 

在宅医療の基本は「在宅でできる事は病院で行わない」という一事です。逆に言えば「病院でしかできないことは大いに病院を活用する」という事にもなります。この番組の冒頭、昨年亡くなった大橋巨泉氏が在宅医から「どこで最期を迎えたいか」をいきなり聞かれてショックだった、という話から始まりましたが、私が主治医でも巨泉さんほどの人物ならばまず本人にどこで死にたいか直接聞いたでしょう。それが一家言を持つタレントで海外事業を展開する「巨泉さんの人となり」を理解して尊敬していれば当然取る医師としての態度です。終末期医療を診る上で最も基本となる事は、どのような最期を迎えたいか、最期の時まで自分らしく生きるにはどのような医療を受けたいかを本人の希望に沿って行うことだからです。それを「禁じ手」と言われてしまったら初めから在宅医療の敷居を思い切り高くされたように感じます。

 

その後の番組で「在宅医療の専門家が少ない」とこれまた在宅医療の敷居を高くする話が展開されて、患者の要望に答えられない医療は失格だという展開になります。私は近所のかかりつけの開業医であれば、誰でも在宅医療の担い手としての資格は十分にあると思います。1970年くらいまでは皆開業医さんはバッグ一つで往診をして、病院に行けない患者さんの在宅医療を行っていました。老衰で亡くなった高齢者の診断書も普通に書いていました。私の叔父は開業医でしたが、胃癌で亡くなる直前まで往診で患者さんの家に点滴をしに出かけたり、看取りをしたりしていました。80年代前半のことです。家で亡くなるのが普通であった当時の日本人が皆不幸であった訳ではないし、病院で亡くなる現在の日本人が皆幸福である訳でもありません。

 

在宅医療の敷居を上げるような報道はやめましょう、完全に満足の行く医療というのは「不老不死」以外世の中には存在しえないのです。つまりそのようなものはないのです。自分がどう生きたいか、最期はどうありたいか、という意思があって、それに沿おうとしてくれる医療があれば不完全であっても「満足」という答えを出さない限り、在宅医療を広げる答えは出てきません。今必要なのは国民の側が「どう最期を生きるか」という哲学であり、社会が希望に沿わないと悲観している限り幸福など永久にこないことを肝に銘ずるべきです。

 

古いインドの社会において、病気を治療する場所と死を迎える場所は別れていたと言います。映画化されたトルストイの「戦争と平和」でも冷遇されていたピエールが死に際の父親から財産を受け継ぐ際に、父親の脇にいたのは医者ではなく東方教会の牧師達(別れの儀式の最中)であったことが描かれています。本来、死に際しては医者の出る幕はないのであって、必要なのは死者を送る家族と宗教者であるはずです。日本の終末期医療は医療者への要望ばかりが議論されて家族や宗教者の関わり方が議論されません。日本人の死に方の議論が空虚なのはそのせいではないでしょうか。

 

先日日蓮宗の住職であり医師でもある方の講演を聴く機会がありました。その先生は自分の勤める病院に臨床宗教師の導入も積極的に行っていると言うことでしたが、まだ在宅においては臨床宗教師を入れるのは躊躇しているそうです。臨床宗教師は「布教をしないで患者さんの死と向き合う」が大前提なのですが、「まだ率直に言って在宅医療に関わることを完全に任せられる所まで来ていない」からであると仰ってました。地域における健全な宗教の関わりは、死生観や哲学を深め、在宅医療を進める上でも今後鍵になってくるように思います。

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知性の韜晦を真に受ける愚昧

2017-02-14 13:35:16 | その他

有名なテレビドラマの「刑事コロンボ」はぼろぼろのコートを着てうだつの上がらなそうな刑事コロンボが「ウチのカミサンがね、・・」などと言いつつセレブで上から目線の犯罪者達を理詰めで追いつめて行き、最後はギャフンと言わせる人気シリーズでした。米国の刑事物なのに銃を撃つシーンは皆無(一応持っているが<当たりゃしない>と本人談)というのも良い所でした。

 

さて、相変わらず批判の多いトランプ大統領ですが、未だにメディアでは「トランプ氏を政治の素人」「知性が足りない」とバカにした上での論評が絶えません。人をバカにして自分が考える枠内の人物であると決めてかかる事程、対決してゆく上で危険なことはありません。実社会で十年以上それなりに揉まれていれば、「相手を見下して油断する事の危険性」あるいは「己の方がはるかに愚かであったことが後で解って恥じ入る危険性」は学習し理解してゆくものです。だからメディアなどで「政治家の知性の韜晦」を真に受けてバカにして上から目線で論評している批評家を見ると「その批評家自身が愚昧・三流である」という印象しか私は受けません。きっと本人にそのようにアドバイスしてくれる友人もいないのでしょうし、自分は賢いと勘違いしてしまっている「その程度の人達」には何を言っても無駄なのかも知れません。

 

私は興味ありませんが2チャンネルなどでの論争やネットの掲示板、ブログコメントなどにも時々「自分が超越的に賢い」と勘違いした「上から目線」の書き込みがあって面食らうことがあります。まあ実社会に出て活躍したことがない人か、精神疾患に伴う薬剤の影響で自己万能観に陥っている場合もあるので深く追求しないことにはしていますが。

 

トランプ大統領ですが、共和党の代表選の段階からメディアの性質を知悉してその愚かさを逆手に取って金をかけずに自分を売り込み、クリントンとの大統領選においても敵に湯水のように金を使わせて結局自分を好悪織り交ぜて売り込むことに成功してきました。この「何をするか解らない」というイメージを大統領になってからも大いに活用していることが伺えます。日本などは首相が虎の子のGPIFの資産143兆円の1/3にあたる50兆円を米国のインフラ整備に投資しますよという土産を持ってゴルフをしに馳せ参じて満面の笑みで迎えられたのは報道された通りです(直接投資は否定してますが、債券などを経由して遠回しに使われることになるのでしょう)。代わりにトランプ大統領は「日米同盟は固い絆」「尖閣は日米安保の防衛範囲」という今までと何も変わらない原則を述べたのみ。しかもその前日習近平国家主席と長時間電話会談を行って恐らく「明日安倍が来るから尖閣は安保の同盟範囲と言うぜ!」という話はしたに違いありません。習近平氏としては最終的には南シナ海や台湾との「一つの中国問題」で「いずれどこかで折り合いを付ける」という希望的観測をトランプと話をしたことで感触を得たのでしょう。日本の尖閣の事など中国全体の外交問題においてはどうでも良い事であり、トランプに尖閣について言及することを了解して恩を売る位「何もしないことで利を得る」という中国古来からの最高の勝ち方に過ぎません。トランプもそれで50兆円もらえれば言う事無いでしょう。

 

トランプ氏は「何をするか解らない、知性の韜晦を装う強面で最初脅して、後から少し譲歩することで相手を喜ばせて大きな利を得る。」という作戦で米国国内においても反対派を翻弄しており、対外的には中国も慌てさせているのが実体と思われます。日本のメディアの政治経済評論は当たらないし底の浅い下らない物ばかりですが、トランプをバカにして論評するような三流評論家はそろそろ退散した方が良いと思います。また問題発言などに対する抗議デモを報ずるのも良いですが、抗議している人達の背景や「どうして欲しいのか」(実はグローバリズムの推進だったりする)事もしっかりと追求して報道してほしいものです。

 

NHKのニュースウオッチ9に対しては辛口のコメントが多くなりますが、先日もfake newsについての報道で、「自分達メディアの報ずる真実と政府が発表する内容が異なると政府がfake newsを自ら流すことになる」などとメディアが絶対的な真実を報じているという思い上がりの勘違いのコメントをキャスターが述べていてこれまた「唖然」としました。メディアが真実を追求する姿勢は大切ですが、「我々が報道している事が絶対真実なのだ」などという思い上がりは禁物のはずです。常に「真実は他にあるのではないか、」という謙虚さをメディアが持っていて初めて我々はメディアを信用しても良いかもと思えるものです。小保方さんの件をノーベル賞級の大発見と持ち上げたのはNHKです。その後の展開、そして放送倫理にもとる特集を組んで報道したのもNHKです。「恥を知り、謙虚になれ」「2チャンネルの勘違い上から目線野郎達と同じではないか」とあのキャスター達を見る度に思います。

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日本のメディアは強烈な反米・反体制報道から何時転向するか

2017-01-31 00:15:16 | 政治

NHKを始めとする日本の主要なメディアは、トランプ氏が大統領に選出され、大統領に就任してからも激しいトランプ批判の報道を繰り広げています。彼らは気付いていないかも知れませんが、トランプ体制というのはもう「米国体制の主流」になっており、現在の日本のメディアの姿勢は「激しい反米・反体制報道」という1970年頃のベトナム戦争以来見た事が無かったような状態になっているのです。

 

トランプが政権を取るまでは、グローバリズムを主体としたネオコンが主導する民主党オバマ・クリントン体制というのが米国、日本を含む世界の趨勢であって、メディアとしてはこれをヨイショしてトランプやプーチンを批判していれば「親米・親体制側報道」として我が身を案ずる事無く権勢を誇って大きな顔をしていることができました。しかし今や体制はトランプ側に移行したのです。そしてトランプ暗殺や大統領就任までに事態をひっくり返そうとするあらゆる試みが失敗に終わっているのです。日本・米国を含む主要メディアは一体いつまで勘違いな反体制報道を続けるのでしょうか。

 

私はNHKのニュースウオッチ9を夕食の時に仕方なく見る事が多いのですが、先日違法移民を閉め出す方針を明らかにしているトランプ政権に対して、テキサス州で違法移民を住宅建設に使役している業者を取材して、「安く住宅を供給し、米国の経済を成り立たせるには違法移民もなくてはならない存在」などという報道をしているのを見て「唖然」としてしまいました。天下のNHKが違法移民を肯定するニュースを堂々と流しているのです。NHKには違法移民達が正規の労働者よりも補償もなく安い給料で劣悪な労働環境で働かされているという視点は全くないのです。あるのは「労働者を安く使役してたっぷり儲けるのが良い」という「グローバル強欲資本主義の視点」のみです。「反トランプ」を訴えられるならば「違法も有益」と言ってのける倫理観の劣化には吐き気を催すほどでした。それでいてトランプがいつ発言したか定かでないような差別発言には厳しく噛み付いてみせて自分達が倫理的に上位にあるように見せるのですから呆れたものです。

 

日本は違法移民に対しては厳しく対処し、見つけたら入国管理局の施設に収監して母国に強制退去させています。私の病院にもそういった人達が管理局員に手錠を把持されたまま受診することがあります。しかしNHKが彼らを取材して「日本人が物を安く買えるためには違法移民でも開放して労働者として安く使う必要がある」とニュースで報道したら日本国民はどう反応するでしょう。それを米国ならば良いとNHKはニュース番組で言ってしまったのです。普通ディレクターかキャスターが気づいて「さすがに倫理的に問題がある」とストップをかけるのではないでしょうか。

 

さて、激しい反米・反体制報道を続けるメディアですが、上層部の一部には「はしごを外されたらまずいからそろそろ転向することを考えねば」と焦り出している人達がいるのではないでしょうか。「君は明日から来なくて良い」と言われる事を何よりも畏れているのが現在のメディアのサラリーマン達ですから。私が予想するメディアが親トランプに転向する時期について候補をまとめてみました。

 

1)      米国の主流メディアが親トランプに転向したとき。

2)      安倍政権が反トランプ報道に難色を示し始めたとき。

3)      トヨタを始めとするグローバル企業や管理する電通など広告代理店がトランプ政権に忠誠を誓って反トランプ報道をするメディアを批判するようになるとき。

以上私が予想するメディア転向のきっかけなのですが、きっと今までの嘘も交えた反トランプ報道など何もなかったかのように粛々と米国の体制と政権について報道するようになるのではと思います。周りが皆親トランプ報道になっても反米・反体制を貫くメディアやジャーナリストがあれば、それはそれで筋の通ったあっぱれな姿勢だと私は思います。

 

「貧者の一票」渡邉哲也 著 扶桑社 2017年1月刊 は書店に並んだばかりの本ですが、私が今まで主張してきたようなBrexitやTranpismは反グローバリズム革命として庶民達が手を上げた結果であり、これからの世界の潮流であることを経済学者らしい視点で種々の事例を紹介しながら証明した好著だと思います。この本の中でいつも私が指摘する「混乱する右翼左翼の定義」についてまとめる良い図式があったので紹介します。175頁に「ポリティカル・コンパス」として紹介されている図なのですが、縦軸に保守からリベラルまでの政治的価値観の軸、横軸に国家などの制限をきらう自由主義経済(右派)から社会主義・福祉重視経済(左派)という経済軸を配置して各人がどの象限に属するかで立ち位置を示そうとするものです。日本の20世紀的固定観念に縛られた右翼・左翼観では、自由を社会としては制限しつつ経済はグローバリズム的自由を推進する安倍政権を右翼とするか左翼とするか決め難いですし、地球市民を主張するグローバリズム左翼は経済では国家福祉を重視するナショナリストだったりするのですが、この図を使うと比較的立ち位置が明確になると思われます。

 

また本書で紹介されている、ポストグローバリズムの世界のあり方として、各国の事情を尊重しつつ国際化を進めるインターナショナリズムこそが大事であるとし、「日本は現地に歓迎される国際化を進めている点で今後の世界の手本になれる」という主張はやや我田引水的ではありますが説得力のある主張に思えました。これからの世界の主流・体制派を理解する上で良い参考書になると思いました。

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資本主義経済下の新冷戦構造とは

2017-01-16 23:41:07 | 政治

トランプ大統領就任まで1週間を切る状況になりましたが、昨日(2017年1月15日)のテレビ番組の政治解説などを見ても、未だにトランプ大統領の政治家としての危うさ、グローバリズム経済が危ないといったレベルの時事解説しかなされておらず、周回遅れの時事解説を聞かされているようでレベルが低すぎるというか、全く参考にならず歯がゆいほどです。

 

「トランプを大統領にさせない。」と1%のグローバリスト支配者がマスコミ人(安倍総理にも明言してそれを彼は信じてしまって未だにTPPを推進しているのか)に宣言していたから現実に起こっている事が理解できないのだろうとは思いますが、CIAを中心にした旧支配層がいくら最期のあがきをしても世界はもう相手にしておらず、次のステージに進んでいることを早く理解すべきなのです。

 

英国のEU離脱に始まる新たな動き、トランプ新政権の米国内第一主義の動き、ロシア(軍備)敵視から中国(経済/軍備)敵視への動きはもう決まっている既定路線であって、今更オバマ・クリントンのグローバリズム時代(に基づいてNATO対ロシアで戦争になって最終的にグローバル支配層の価値観で世界が統一される路線)に戻る事はないのだと理解しないと現在およびこれから世界で起こる事が全く理解できなくなってしまいます。

 

世界は米国一強支配に基づくグローバル社会(世界統一政府)を目指す社会から、米ソ冷戦時代のような多極化時代に戻ろうとしているのです。それは既に社会主義経済圏が存在しないことから、全てが資本主義経済に基づく新・冷戦構造とも言える社会であると思います。ここで自分なりに考察してみた新・冷戦構造について備忘録の意味でまとめておこうと思います。

 

旧・冷戦構造においては、大きな世界の対立軸は資本主義+民主主義 対 社会主義経済+共産主義社会であり、西側vs東側にどっち付かずの後進国である第三世界からなる構造からできていました。対立軸は明確であり、西側の民衆は東側の平等社会への強い憧れを持っており、それが資本主義の欠点である豊かさの不平等性を政治的に均衡させる力の源になっていました。しかし東側の民衆にとっては、オリガルヒへの不平等感は是正される術はなく、政治的には非力で自由と豊かさへの憧れは強くなるばかりで結局は社会主義経済の破綻によって戦争は敗戦で終わる事になります。

 

旧・冷戦構造の崩壊によって、世の中は資本主義+グローバリズム(米国一強世界)となり、敵はグローバリズムを否定しようとするテロリズム(主体はイスラム原理主義だが、本心はグローバリズムを否定しようとする国家をバックに持たない民兵=ミリシアを敵と考えている)のみとなっていました。しかしいくらミリシアを殺す戦争をしても正規軍は疲弊するばかりで、ミリシアと民間人の区別もつかなくなり、悲劇のみが増殖してゆきます。また正規軍の構成員である民衆がグローバリズムの推進によって益々貧しくなってゆきます。一方でミリシアではない中国やロシアは国家を後ろ盾にした資本主義、国家資本主義を前面に立ててグローバリズムに対抗するようになりました。ここに「どうもグローバリズムではなくてやはり国家毎に経済を考えて行った方が個々の国民が幸せになるのではないのか」というナショナリズム回帰の波BREXIT/TRUMPISMが2016年に沸き起こって現在に至ったということです。

 

新・冷戦構造は資本主義+グローバリズムから資本主義+ナショナリズム民主主義(上から目線で言えばポピュリズム民主主義)(米国、ばらけたEU、日本などグローバリズムに向かっていた国)対 資本主義+国家資本主義(中国、ロシア、それに賛同する国でグローバリズムと距離を置こうとしていた国)の戦いであると言えるでしょう。ナショナリズム民主主義と国家資本主義は支配者が資本主義をどう統制するかが異なるだけで、本質的な違いはあまりないと言えます。だから経済的な帝国主義同士の戦いに近いものになると思います。

 

この新・冷戦構造において、戦争は起こるかを考察したのが3つ目のスライドで、全面核戦争は起こらないと思われるのですが、限定的な戦争は十分に起こりえると思います。それも地政学的にユーラシア大陸の中心(ハートランド)と新世界の際に当たるSpykmanのリムランドにあたる部分というのが多くの人達の予想です。つまり中東、東欧、中国朝鮮、東南アジアということです(結局現在を含むいつでもこの辺で戦争してますが)。

 

BREXIT/TRUMPISMの新冷戦構造の時代に日本はどうするべきかというのが次の課題であり、日曜の政治討論ではこれを中心に話してくれれば非常に面白い内容になるのですが、始めに述べたように「トランプでは世界経済が危ない」「米国の世界支配が崩れる」レベルの話しか出てこないから「幼稚だ」と私ごときに批判されるのです。

 

私は日本の進むべき道は「大国の駒にならない」「プレイヤーになる」事だと思います。そのためには自国内の経済的安定が第一です。日本は幸いにも国内経済が経済活動の7割り以上を占め、輸出入の経済に占める割合が少ないので国内経済を活発にしておくことがまず第一に求められます。そして節度ある軍備の充実が求められます。中国のような国が「日本に軍事的な侵略をしても何も得にならない」「日本を米国やロシアとの取引の駒にはしにくい」と思わせる軍事力と政治力を身につけておくことが第一なのです。その際、米国との連携は重要ですが、今までのような「お・ま・か・せ」は厳禁です。軍備に基づく政治を行う(戦争をする意味ではない)上で日本独自の世界戦略を持つ事(パククネのような米中あちこちに擦り寄るという意味でもない)が大事であると言えるのです。たとえ明日米国が消滅しても軸足がぶれない国家戦略を持てという意味であると理解すれば良いです。そのためにはどのような経済政策を打つべきか、どの内容の軍備を整備すべきかを専門家として討論してくれれば実に中身のある政治番組になると私は思います。

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何とかロシアと戦争を始めたい人達

2017-01-02 08:41:19 | 政治

【国際情勢分析】ロシアのサイバー攻撃で「選挙介入」の米大統領選 21世紀の謀略戦解明求める声強く

サイバー攻撃があった、という結論のみで具体的な内容、誰が行ったのか(機関など)も明らかでない状態で、米国は多数のロシア外交官を国外退去させてしまいました。プーチンが記者会見で述べたように「米国は世界一の(情報管理能力を持つ)国家ではないのか?」という指摘が実に当を得ているように、日本の政府機関、欧州、世界の情報通信をエシュロンやインターネットを米国に集約することで把握しているというのが常識であるのに「何を今更」という感があります。中国のサイバー攻撃についても専用の部隊が行っていることを全て把握していました。

集票結果がサイバー攻撃で改ざんされていない限り「選挙介入」と言えないことは明らか(メディアは投票前日までクリントン優勢と表明してましたから)ですから、結論も出ないうちから早々に外交問題化させたオバマ政権の拙速さ、本来の意図、次政権への迷惑行為の誹りは免れない措置だと言えるでしょう。

昨年の12月24日には国連によるイスラエルパレスチナ入植地への批難決議が採択され、米国は次期大統領のトランプ氏が拒否権発動を促したにも関わらず「棄権」(イスラエルは米国がむしろ主導したと見ている)によって採択が決まりました。イスラエルをあまり敵対視せず、イスラム同士の殺し合いをしてくれるISの存在でイスラエルによるパレスチナ迫害は最近目立たない状態でしたが、ロシアの空爆、シリア政府軍によるアレッポ開放、トルコのISへの決別(陰で支援することを止める)事で、トルコ国内ではロシア大使の暗殺や銃乱射テロなど何とかロシアとの再度敵対化やIS支援再開の方向付けを狙う動きがあるものの、今後ISは急速に存在感をなくしてゆくことでしょう。またトルコ・ロシア間での戦争はもう始まらない(トルコがNATO加盟国であるから必然的にロシア・NATO戦争開始)事になりました。ウクライナでもロシアとNATOが戦争する事態はほぼ避けられました。後は何とかイスラエルをけしかけて戦争を始める、ロシア外交官を追放して米露の関係を悪化させたい、といったCIA、米国政府に巣食うネオコン勢力の最期のあがきが現在行われているということのようです。プーチン大統領の自制と戦略眼は大した物と敬服しますが、次期トランプ政権と共闘して第三次大戦を避ける方向でうまく立ち回って欲しい所です。

あまり興味はないのですが正月の時事番組ではいまだにロシア脅威論をあおって何とかロシアを悪者にして世界情勢を説明しようという論調ばかりで「いかがなものか」と思いますが、トランプはむしろ中国の経済と軍事覇権主義を敵視しているのであって、日本は今中国がどうトランプ政権に対して対応してくるのかに注目すべきだと思います。しかしそれについて適確な論評を述べられるコメンテーターがいない(いても言えないのか?)ので実に番組がつまらないものに思えます。

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