自転車のサドルの上で・・・

サドルの上での気ままなひとりごと

桜を求めて・・・(2)

2024-03-30 | Weblog
 一挙に暖かくなってきた。昨日の新聞に、竹原の薄墨桜が満開、と載っていたので見に行くことに。
 満開の時に行っても「薄墨」状態ではないのは何度も訪ねているのでわかっている。君ケ野ダムの桜まつりは来週だが、いつもその頃に訪れると花弁が盛んに散っており、桜色から薄墨色がさしたような塩梅になる。散り際の色。(見出しは、今日の桜)
 そうではあるけれど、いつも満開時には寄ることは少ないので、久しぶりに満開の桜を見に行こうと8時45分頃家を出る。往路は石橋から大仰(今日は誕生寺まで集落の旧道を走る)、亀が広経由で。
 現地は、天気の良い土曜日、さすが大勢の人。苗木を植えて28年でこんなに大きくなるもんだといつも感心して見ている。
 しばらくいて、帰宅の途へ。ちょっと寄り道と、雲出川と八手俣川の合流地点を眺め小さな橋を渡る。君ケ野ダム建設の頃つくられたのだろうか?コンクリ製だがデザインが面白い橋だ。(下の写真)
 昼は家城の「みつや食堂」(日休み)生姜焼き定食800円。胃にもたれるほど豚肉が多かった。リーズナブルで良い。
 帰途は、猫座坂を登って、榊原温泉、家所、安濃、あの津台経由で帰宅。走行102㎞。

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桜を求めて・・・

2024-03-27 | Weblog
 中1週間のサイクリング。昨日は重い物を持って、腕の筋肉が落ちているのを実感した。ダンベル体操でもしないとまずい、かな。
 昼には暖かくなる予報の良い天気。久しぶりに中村川へ行こうと思う。今年に入って、初めてだ。往路は追い風、帰路がこの風だときついかな?と考え、脚を残そうと走る。
 久しぶりの中村川。自分の一番お気に入りのサイクリングルート。もう、合ケ野の「河津桜」も散っているかな?と思っていたが、寒の戻りのためか、残っていてすこし嬉しかった(見出しの写真)。隣のモクレンはこれから咲くようで、どんどん散っている我が家とは大違い。谷あいのこの地は少し寒いことがわかる。
 小原まで来ると、川岸の桜(樹種不明)も咲いていた(下の写真)。3月も終わりだからソメイヨシノも咲いてくるだろう、と思う。
 しばらく寄る機会がなかったが、「うきさとむら」でランチとするか、とのんきに思って寄ると、なんと、昨年3月一杯で廃業していた。西井のおばさんも頑張っていたけれど80台後半までご苦労様でしたというところかと。ここの唐揚げや鳥焼きの旨さは格別でした。
 細野峠を降りて、阿坂の地元スーパー「魚石」訪問、2回目。今日は鯖寿司6個480円(税込み)、空き地でランチ。オムライスや弁当を、ほとんど480円で売っているので、近在の老若男女が買いに来ている。自分には量が少ないので、帰路、久居のラミシェットで明日朝のパンを買って、つまみ食いしながら帰宅する。
 帰路の風は朝方よりは、やや収まった感じで良かった。走行110㎞。 
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時間つぶしの道具

2024-03-26 | Weblog
 今日も雨で、これで1週間チャリに乗り損ねている。3月は走行距離も少なめだが、こういう時もある。
 10日ほど前、ネットショップのサンワダイレクトがセールをやっていたので、フィルムスキャナーとカセットテープ変換アダプター(MP3化)を購入した。
 アナログ素材のデーター化であるが、こういうものを買うのはジジイだけではないだろうか、と思う。
 若い頃のリバイバルとでも言うのか、山の神からは「おもちゃを買って・・・」とひややかに見られている。昔を懐かしむ事に精力をかけるのは男で、女性はあっさりしているのではないか。
 写真が残っているのに、わざわざ、昔のフィルムをデーター化してどうするの?という感じなんだろうな(テープが残っているのにMP3化するの?という事でもある。)
 確かに、そう言われればそうかも。こうした徒労に時間を費やすのは働き続けた男の性(さが)か。いやそれは差別だとか???(自分は骨董にも興味があるが、役にも立たないガラクタのような道具に興味を示すのは男で、女性は奇麗なものしか気がいかないとも言われている・・・。)
 高校時代からカメラ好きでもあったので、フィルムは束になって残っている。とりあえず、当時の35㎜版のSL写真を何本かやってみた。
 そんな事で、当面、時間つぶしの道具は手に入れた。

 列車はⅭ57が牽く名古屋15:14発、天王寺行921レ。亀山経由串本まで各駅で、そこから急行並みの停車となり、天王寺へ朝5時に着く。1969年9月撮影、場所;庄野の田圃
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幸せの時期

2024-03-22 | Weblog
 昨日の朝は1㎝程の積雪があった(見出しの画像)。暖かくなったと思ったら逆戻りで、寒さに弱くなった体で、いささか震えている。
 明日から天気が悪くなるというが、乗る気になれない。寒いためもあるが、9月の展示会のために描いている絵が一向に進まない。制作期間は、まだ5か月余りあるとは言うものの、これまでの計算からは追いつかないと感じる。制作途中でもなんとか人目に展示できるレベルまで作らなくてはならない、というのがストレスだ。
 65歳までフルタイム働いて、後は自分の好きなことをやらせてもらおうと、仕事は無くなったが、趣味の「仕事」に追われはじめたのも因果な事だ。贅沢な悩みかもしれない。
 小学校入学から退職までの間は日中は拘束と言うか、縛られていた。すべての日々で、やっと解放された感があって、人生、今が一番の幸せの時期と言っても良い。いつ死ぬかわからんが、これは楽しまないとね。
 仕事では一晩で白髪が増えるようなストレスの時もあったが、絵の展示ぐらいでそんな事にはならないのだから、やるしかないか、と。こういうストレスは楽しみだ、と。
 
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ヘルメット

2024-03-19 | Weblog
 先日、ヘルメットが割れているのを発見した。(見出しの写真;わかりやすいように割れたところを広げている)破断している訳ではないが、力を入れればすぐに折れるであろう。
 何時やったのかな?と思い出したが、1月に安楽手前で右側へ転倒しているので、その際、と結論。
 8年ぐらい?前に買ったものと思うので、適正な使用期間も過ぎているのだろう。ヘルメットはもう一つ持っているので当座は困らないが、それも5、6年経過しているので買った方が良さそうだ。もう軽量化に気を遣うこともないので、安いので良いのだけれど。頭を守るヘルメットは何より大切。今まで6個以上は割っているから、よくわかる。
 今日は昼からサイクリング。昼食後、樹の植え替えなどやっていて、2時になってから準備。暖かいので、やや薄着とした。
 行先は、河内渓谷忍田橋~朝津み前経由、あの津台、中勢BPで帰宅。走行48㎞。16時半回ったが、さすが春分の日前日、日暮れもゆっくりになった。玄関前のモクレンも満開。花の春の季節到来。

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水ぬるむ

2024-03-16 | Weblog
 季節となってきた。今日はことのほか暖かい。
 所用かねてのサイクリング、午前中。椿~水沢~和無田の定例コース50㎞。
 水沢の林間コースにある、川の流れも、春めいて、水温む(ぬるむ)感じがした。和無田池に流れ込むマンボの水は冬の間は枯れているが、今日はちょろちょろ流れ始めていた。走行51㎞

 昨日は、先生のアトリエで絵を描いていたが、一緒にいた方の描いている絵について、議論。絵の中の鉄橋の書き方について意見交換。絵の参考としている写真の中にある鉄橋の線路が曲がっているように見えるので、本来直線である鉄橋がなぜ曲がってみるように見えるのかわからなかった。
 所用とは、昨夜、寝床の中で考えていて、その訳がわかったので、朝方メモして、サイクリングでその方の家に届けた、というわけ。話もして、適当にうまくごまかすしかないかな?という結論。
 絵画で取り入れている遠近法も、人間にとっては錯視を誘う場合もある、ということが理解できた。見たものを人間は頭の中で、ある程度補って認識している。このため、「錯視」現象もでやすいということなのか、と。なかなか奥が深く、面白く思った。
 
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復活祭?

2024-03-14 | Weblog
 今日は暖かくなるという予報の良い天気。というころでサイクリング。
 久しぶりに安楽越えてと、なまった体で乗り出す。安楽も2か月ぶりなのだが、期間が空くと「安楽」には登れない。よたよた、ゼイゼイだ。
 乗っ越して、神の坂を越えて、油日へ。宇奈月到着も予定より時間がかかってしまう。いつもの「、中華並セット。(下の写真)
 食べた後は、和田集落から小杉へ。柘植、加太と来たが、気温は予想よりは上がっていないようで、冬装束でも汗まみれという事はなく帰宅できた。走行91㎞。
 家の近くまで来ると、ケーキ屋が望まれる。そうだ、今日はホワイトディ、と思い出した。私の要望でこのケーキ屋を指定したので、返しておかないとまずいかな?と帰宅してからそのお店へ車で。
 2個も買えばいいでしょうと、見出しの画像。先月のと同じものをチョイス。自分はチョコが好きなのだ。大体、山の神も先月のバレンタインディでは「この頃は(女の人が)自分の食べたいものを買うんやで」などと言っていた。従って、これはホワイトディなどと言うものではなく、バレンタインディの復活祭だ、と言って食べる。山の神は「白いものがないやん」などと言ってましたが、おいしゅうございました。
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気晴らしサイクリング

2024-03-10 | Weblog
 年金生活者は気楽なものだ、と言いたいところだが、悩ましい出来事は起こりえるもの。気鬱なこともあって、自転車に乗るのは気晴らしに良い。
 すっかり暖かい日や時刻を選んで乗っていたので、昨日よりはましだが、10度に届かない今日などはやはり寒く感じる。9時過ぎに家を出て、椿~水沢~和無田の定例コース。手指が冷たくないのは6度はあるということで、ありがたい。この冬も暖冬なのか?これまで車のスタッドレスが役に立つ日はなかった。ありがたいやら、これで良いのか?という思い。
 西風強く、20㎞程度のポタリング速度で椿へ。日曜とあって神社も人出が多い。鈴鹿の山は雪化粧。竜ヶ岳以北は山頂付近は雪が深く、真っ白だ。(水沢で;見出しの写真)
 林間コースで西山~和無田、帰途に「神戸の寝釈迦」の様子を見物。普段はひっそりしている神戸の街もすごい人出。街を盛り上げようという新しい企画もあって、また、新しい感覚のお店も出てきているようだ。若い人も多かった。 走行51㎞。
(神戸の寝釈迦の出店の様子)

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汐見坂

2024-03-07 | Weblog
 午前中は絵を描いていたが、昼から軽くサイクリング。今日の午後は暖かく、春めいてきた感じ。ジャージ・タイツも薄目を着用。
 まずは忍田橋(河内渓谷)まで、向かい風の中進む。ここからは追い風、下り基調で40㎞/h走行ができる。この頃は追い風下り基調でないと、このスピードは出ない・・・。
 いつもの田圃道をすっ飛ばして、ヤマギシ球場につきあたる。ここを左折するのが定例だが、今日は、立派な球場を見物した後、反対側に曲がって、下った集落から再度田圃道を走って、県道410号から交差点を左折し県道649号で工業団地の坂を登って、再度右折し、田舎道をたどって、三重病院にでる。再度田舎道で、今日のお目当て「汐見坂」(見出しの写真)。
 伊勢別街道窪田宿の北にある、街道にタッチする脇道のこの坂、「汐見」という名前がついているが、今は屋並みで海は見えない。その昔、親鸞聖人がこの坂の取り付きの所から高田本山(一身田)を見たという言い伝えが残っている、という。
 伊勢別街道は大和、京から関で分かれて津(伊勢)へ抜ける道であるが、このルートは室町時代以降のようだ。それ以前は安濃川沿いに道があった、とのこと。親鸞聖人はこの脇道を下って一身田へ向かったのであろうか?などと・・・想像したが、後でよく調べると、高田本山が創建されたのは親鸞没後150年以上後の事で、これは後世の話かと。なお、真宗高田派は元々栃木県高田の専修寺が起源で、一身田の寺が本山となった経緯がある。
 あの津台、中勢BPで帰宅。走行53㎞。
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29年目の仇討ち

2024-03-03 | Weblog
 午前中は寒く、絵を描いていた。午後から、中3日の近隣歴史探方サイクリング。
 まずは、椿方面へ。巨大しだれ梅で有名な「鈴鹿の森」も先週から1週間経って、午後は落ち着いている感じ。落花も進んでいるのか?な。通り過ぎて、しばらくの所を左折し、長沢野田の集落の方へ。初めて通過したが、入道岳が奇麗に見える道だ。県道を右折して、西庄内へ。東海自然歩道経由、両尾~白木~亀山城址へ。今日の目的地、「石井兄弟亀山敵討遺跡」碑の前へ到着(見出しの写真)。石碑は昭和7年5月に建立。
 昨年は関の小万の仇討ち(1783年)の石碑を訪ねたが、今回は石井兄弟の仇討ち(1701年)。
 信州の小諸藩主が大阪城代となって、大阪にいる時に、父の友人が養子(源五右衛門)の指導よろしくと頼みに来た。源五右衛門は藩士に槍を教えていると聞き、父は「もう少し稽古してからが良い」と言うと、源五右衛門は立腹し、父に槍の試合を申し込む。父は源右衛門を打ち負かしたが、遺恨を持って、父の家に入り込み、帰宅した父を槍で刺し殺した(1673年11月)。
 長男と次男は父の仇と、まず、養父(父の友人)を草津で討ち果たし、源五右衛門をおびき出すために「美濃の国の何某方にいる」と高札を立てた。しかし、美濃の家の庭で行水している時に、源五右衛門に逆に討たれてしまう。次男はその後、瀬戸内海で海難にあい死亡。
 残された、3男、4男が源五右衛門を仇討にと、行商人などに扮して各地を探す。源五右衛門は名前を変えて、亀山藩に仕えていた。亀山藩は城下に他国者は宿泊あいならん等のふれを出すなど源右衛門をかばっていた。
 しかし、亀山藩士の奉公人として雇われ、機会を伺うことが出来た。28年目となる元禄14年、1701年5月、宿直から帰る源五右衛門を大手門辺りで討つことが出来た、という。
 時に、松の廊下での事件はこの年の3月、赤穂浪士の討ち入りは翌年12月である。
 父が殺されたとき、3男は5歳、4男は3歳であった。
 時代小説作家長谷川伸は「29年目の仇撃」という小説の題材にしている、という。
 帰路は、阿野田から下庄経由で帰宅。走行54㎞。
 
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