九州屈指の温泉街である指宿には大規模旅館が多数ありますが、絢爛豪華な旅館群とは対極の存在に当たる鄙びた湯治宿を利用して廉価な旅を楽しむことも可能であり、こうした選択肢の多さは九州の温泉文化の懐の広さを象徴しているようでもあります。
さて今回指宿で宿泊したのは温泉街の中心部に位置する湯治宿「温泉宿元湯」です。1泊素泊まりで2,800円というお財布に優しい価格設定に加え、温泉マニアの心をくすぐる鄙びた湯屋の画像に心を奪われたのが、こちらの宿を選ぶきっかけとなりました。指宿の観光名所「砂むし会館」の至近という便利なロケーションであり、「元湯」公衆浴場の裏手に位置しているのですが、表には看板が出ておらず、しかも民家の駐車場のような奥まった場所に入口があり、庭木にうずもれて玄関がわかりにくいため、普段は方向感覚や場所探索に自信のある私も、さすがにこの時ばかりはかなり迷ってしまいました。やっとたどり着いてもおよそ宿のような佇まいでは無く、誤って民家を訪っているのではないかという不安に駆られっぱなしでした。
不安を抱きながらも母屋の玄関の戸を開けて「ごめんください」と声をかけると愛想の良い奥さんが登場。ここが民家ではなく宿であることが確認でき、ここに至ってようやく胸を撫でおろしました。宿泊棟は母屋とは別棟の、路地に面した2階建てでして、今回案内された客室は1階のこのお部屋です。2,800円とは思えない広さの室内は、床がフローリング、自炊用のキッチンが備え付けられ、テレビもちゃんと地デジ対応。この日は寒かったのでこたつも用意されていました。
広くてなんでもそろっているお部屋ですが、安い宿なりの難点を挙げると、まず建物自体がかなり古いこと。まぁ、これは致し方ないとしても、エアコンが有料で60分100円を要するために暑い日には結構な出費になるかもしれません(なお私が宿泊した日はこたつを利用したので、エアコンで追加出費することはありませんでした)。また冬でも床にはちいさなアリが徘徊しており、噛まれたりすることはありませんでしたが、虫が苦手な方には精神的によろしくないかもしれません(私はアジア圏で虫やヤモリだらけの宿に慣れていますから気になりませんでしたが…)。
キッチンにはお皿や鍋、炊飯器、ガスコンロ、流し台、電子レンジ、冷蔵庫など自炊に必要な道具一式が揃っています。共用じゃなくて、部屋に別箇に備え付けられているのが非常にうれしいです。品揃えだけは高級リゾートのコンドミニアム並みですよ。宿泊時、夜は外食に出かけましたが、朝はコンビニで買ってきた食材でベーコンエッグ、サラダ、味噌汁、そしてチャーハンをつくり、余った具材でその日の昼のお弁当までつくっちゃいました。これだけ器具が揃っていると、料理したくなっちゃうものですね。男子厨房へ積極的に入るべし。
宿泊棟内にはちいさなラウンジ(談話室)もあり、その一角には古いマッサージチェアが置かれていました。
さてお目当てのお風呂へ行きましょう。総木造の湯屋は古いジモ専の共同浴場みたいに相当草臥れています。この外観だけでめちゃくちゃしびれちゃいますね。ワクワクします。
脱衣室も材木丸出しで、化粧っ気まったく無し。すっぴんそのもの。ただ棚があるだけです。棚の上に置かれた扇風機も相当古いものです。
ブロック塀の上に木造の建屋が載っかっている、まるで地元民専用の古い共同浴場のような、年季を重ねた古く鄙びた浴室。入った途端、その雰囲気に思わず感嘆の声が漏れてしまいました。21世紀に入って10年以上の年月が既に経っているというのに、宿泊施設でいまだこんな佇まいの湯屋が残っているとは、まさに夢のようです。シャンプー類が雑然と置かれていたり、誰のものともわからないタオルが乾燥コンブのようなヨレヨレの姿で竿に干されていたりと、その有様は僻地の古い共同浴場そのものなのですが、ここは宿泊者しか利用できない宿のお風呂なのであります。現代の宿泊業界が目指すホスピタリティに対するアンチテーゼを感じずにはいられません(なんてね…)。とにかく、鄙び系が好きな方にとって垂涎のお風呂であることには間違いありません。
洗い場には蛇口や混合水栓なんて上品なものはなく、水やお湯(源泉)を出すバルブが2組設置されていました。浴室内に扇風機が設置されているところを見ると、夏場は相当暑いのでしょうね。でも湯船から上がってちょっと体を冷ましたいときに、浴室内に扇風機があると、とっても便利で合理的かもしれません。
四角いモルタルの湯船は縁にタイルが載せられています。槽内に張られているお湯はほぼ無色透明ですが、うっすらと橙色の霞がかかっているようにも見え、お湯の中では同色の湯の華が沢山浮遊していました。また、口にしてみるとしょっぱく、両手で掬ってみるとトロトロな感触が伝わってきます。
エンビのパイプ類が
この湯口のお湯は常時落とされているのではなく、ちょうど湯口の裏から響いてくるポンプ作動音が止まってしばらくすると落とされるお湯の量が減ってチョロチョロ状態となり、数分後に再びポンプの音が鳴り始めると、更に数分後にお湯の投入量が再び元通りに回復する・・・その繰り返しでした。このサイクルがタイマー仕掛けなのか否かは不明としても、源泉を出しっ放しにせず、一定時間ごとに出止を繰り返すことによって、源泉資源が保護できるとともに、加水することなく湯加減も調整することが可能となっていました。原理としてはプリミティブですが、加水せず、かつ資源を無駄にせず、温泉を良いコンディションに保てるのですから、なかなか素晴らしいではありませんか。おかげで湯船は良い湯加減が維持されており、トロトロの温泉に浸かってまどろみたくなる夢心地なバスタイムを過ごすことができました。
豪華でホスピタリティ抜群な温泉旅館もいいですが、こうした昔ながらの自炊宿に泊まって、古い鄙びた湯屋で静かに温泉と対峙し、全身浴しながら瞑目して時間を忘れることも、ひとつの贅沢の形かもしれませんね。お金をかけることだけが贅沢ではないことを改めて体得できた気がします。
JR指宿枕崎線・指宿駅よりバスで「砂むし会館前」バス停下車(駅から130円)、徒歩1~2分
鹿児島県指宿市湯の浜5-19-4 地図
0993-24-2852
立ち寄り入浴不可
1泊素泊まり2800円
備品類なし
私の好み:★★★
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