チェンマイから北上を続けてきた今回のタイ北部温泉めぐりですが、徐々にミャンマー国境へと近づいてまいりました。今回の記事ではミャンマーまで僅か数キロのところにあり、タイ屈指の地熱地帯でもあるファーン温泉を取り上げます。
ファーンの近郊から国道107号線のバイパスに入り、しばらく道なりに走っていますと、やがて沿道にファーン温泉を示す標識が現れますので、これに従い国境に聳える山に向かってどんどん進んでゆくと…
107号線から約7kmほどで、目の前に料金所が立ちはだかりました。ここから先はドイファーホムポック国立公園(Doi Pha Hom Pok National Park)のエリア内となりますので、入園料が必要になるわけですね。ご多分に漏れずこの公園でもタイ人料金と外国人料金が異なっており、外国人は100バーツなので、乗用車通行料の30バーツと合わせた130バーツちょうどを係員のおじさんに手渡した所、なぜか60バーツのお釣りが返されました。はじめは意味がわからなかったのですが、お釣りとともに手渡されたチケットの券面を見たところ、そこにはタイ人料金(40バーツ)がプリントされていました。なるほど、私が支払った130バーツから、タイ人料金40バーツと乗用車通行料30バーツを差し引いた60バーツが却ってきたわけか。ネットにアップされている他の方のタイ旅行記を拝読しておりますと、本来外国人料金が徴収されるべきところを、私と同じようにタイ人料金で入園できてしまったという経験を多くの方がなさっているようでして、係員によってはかなりいい加減であることが窺えます。ま、その適当で緩いのが東南アジアの良いところでもあるんですけどね。
料金所のおじさんはいい加減でしたが、広い園内はしっかりと整備されており、駐車場からこのモニュメント的なゲートを潜って、ステージ状の高台から前方を見晴らすと…
大皿のように中心部がちょっぴり低く窪んでいる広場が視界いっぱいに展開されました。実はこの広場の全体が温泉の源泉地帯なのであります。広場のあちこちでフツフツと音を立てながら高温の温泉が湧出しており、それらがいくつもの細い湯の沢を形成して、やがて合流して一本の川へと収束してゆきます。火山国の日本でこのような広場状になっている源泉地帯ですと、大抵は「地獄」と称されるようなガレ場であるケースが多いのですが、こちらの場合は緑豊かな湿地のような様相であり、まさか微細な沢を流れているのが熱湯だとは信じられませんが、実際に湧出ポイントに温度計を差し込んでみたところ、どこでも80℃以上、場所によっては90℃以上のほとんど沸騰に近い熱湯が湧き上がっていました。また温泉には少量の硫黄が含まれているらしく、湯気からはほのかに硫黄の香りが漂っており、お湯の流路上の石や泥は硫黄によって白く染まっていました。
非火山地域のタイ北部でなぜ高温のお湯が湧出するのか、面倒臭いことを後回しにする私の性格ゆえ拙ブログでは説明を避けておりましたが、ここで簡単に触れておきましょう。地球には主だった造山帯が2つあることは何となくご存知かと思います。造山運動という言葉や概念は、現在の学界ではあまり使わなくなった古い概念・用語なんだそうですが、ここでは敢えてその古い概念を用いて説明しますと、地球には環太平洋造山帯とアルプス・ヒマラヤ造山帯という2つの大きな造山活動があり、日本を含む環太平洋造山帯は火山活動が活発であるのに対し、アルプス・ヒマラヤ造山帯は褶曲(一定方向からの力が働いでグニャっと盛り上がること)による造山が見られ、インドプレートがユーラシアプレートに潜りこんでいるタイ北部やミャンマーなどではこの造山運動による褶曲を受けており、褶曲に伴う断裂運動が起こって、地形や地質に大きな影響を及ぼしています。つい先日(2014年5月6日)にはチェンライ県で観測史上最大級とされるマグニチュード6.0の地震が発生し、建物が崩壊したり国道の路盤が崩落したりと、大きな被害がもたさらされました。
こうした造山運動に伴って、ファーンの地下深いところでは高温の花崗岩が貫入しているのですが、空から降ってきた雨水が地表から徐々に地下深くへと浸透してこの高温の花崗岩の層へ接近すると、花崗岩の熱によって温められて温泉となり、垂直方向に伸びている断層を通ってお湯が噴き上がってくるというわけです。つまり縦方向に走っている断層が地下の熱水を運ぶパイプ役となっているわけでして、日本の火山帯のガレ場みたいに地表面そのものが熱いわけではないんですね。それゆえ源泉の広場は青々としていたわけです。また断層ということは帯水しやすい破砕帯を伴っているのでしょうから、お湯の通り道であるとともに貯湯槽のような役割も果たしているのでしょうね。なお、これと似たような原理で高温の温泉が湧出している箇所は日本でも見られ、具体的には兵庫県の湯村温泉や愛媛県の道後温泉などが挙げられます。いずれも地下の花崗岩で熱せられた水が断層を伝って地表へ湧出する非火山性の温泉であります。
では地下の花崗岩をアツアツにする熱源は何なのか…。まず考えられるのが花崗岩に含まれる放射性元素の崩壊熱であり、三朝温泉など日本の中国山地に見られる温泉群は崩壊熱を熱源とする温泉の典型例ですが、実際にタイ北部の花崗岩からは西日本で採取された花崗岩の3倍もの崩壊熱が測定されたそうでして、この熱がタイの温泉の主な熱源のひとつであることに違いないようです。またそればかりでなく、熱いマントル物質が上昇することによって花崗岩も数百度にまで熱せられ、この熱によって温泉が生み出されるという説もあり、論文によっては後者を強くプッシュしているものも見受けられます。タイの温泉はこの両者が熱源となっているようです。
なお温泉水中に含まれているトリチウム量の分析結果によれば、地中に滲み込んだ天水が熱せられて温泉となって再び地表に戻ってくる期間は、サンカムペーンで30年前後、ファーンに至ってはわずか2~5年なんだそうです。語弊を承知で申し上げれば、アルカリ性単純泉は、火山活動を受けず、また厚い堆積層が無い地域において、地下水が花崗岩など特定の性質を有した岩盤中を短時間で移動することによって生成される傾向にあるんだそうですから、まさのその条件にピッタリ当てはまるタイの各温泉が、みんな悉く成分の薄いアルカリ性単純泉(かそれに近い泉質)であるのは、理にかなっていると言えそうです。
ファーンはタイで初めての地熱発電設備が建設・稼働したところでもあり、現在でも公園の一角ではこのように地熱発電用の設備が見られます。たまたま入手した資料によれば、20年前の時点で最大300kWのバイナリーサイクル発電が行われていたようですが、現在はどんな状況になっているのでしょうか。高温の温泉熱が得られるとはいえ、せいぜい150℃ほどですから、一般的な地熱発電ではなく、低沸点媒体を使うバイナリーサイクルが採用されたのでしょうね。発電量もささやかなものかと思われます。
この源泉の広場では、一定時間ごと(約30分毎)に間欠泉が天高く噴き上がります。地熱発電の設備に近い位置で噴き上がっていたので、この間欠泉はおそらく人為的に管理されているのでしょうね。
広場の中央付近には沸騰泉が溜まっている小さな池があり、温泉タマゴが作れるようになっているので、私も売店でタマゴを購入して作ってみることにしました。温度を測ったら79.3℃もありましたよ。
売店で売っているタマゴのビニル袋には、ぶら下げられるように紐が付いているので便利です。売店のお姉さん曰く10分でOKとのことでしたので、きっかり10分でお湯から上げたところ、上画像のように程よく茹だった温泉卵ができあがり。タマゴの袋に入っていた塩をふりかけて食べたら、半熟でとっても美味かった!
源泉地帯の下流側には濁って淀んだ池があり、その畔には貸切個室風呂の小屋が並んでいましたが、今回の湯めぐりではあちこちで個室風呂に入っていているので、ここはパスして他のお風呂を探すことに。
個室風呂の池から更に下流側へ歩くと、今度はちょっとした岩壁が現れ、その下には人工的に岩を配置してつくられたプールらしきものが目に入ってきました。単なるプールなのか、はたまた露天風呂なのかはわかりませんが、訪問時にはすっかり空っぽでしたので、確かめようもなく、ただボンヤリと眺めるだけ…。
さて、ようやくお目当ての露天風呂ゾーンに辿り着きましたよ。
前置きが長くなってしまったので、どんなお風呂なのかは、次回記事でご紹介します。
後編に続く
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