The Game is Afoot

ミステリ関連を中心に 海外ドラマ、映画、小説等々思いつくまま書いています。

『海と月の迷路』 大沢在昌著( 講談社文庫)

2017-10-11 | ブックレヴュー&情報

『海と月の迷路』(上)&(下) :講談社文庫 2016年10月4日発売
大沢 在昌(著) 上下各799円
(2013年単行本として発売された作品の文庫化版)

若き警察官の”正義”が、「軍艦島」内に波紋を広げる。わずかな土地に五千人以上が暮らす、通称
「軍艦島」と呼ばれる炭鉱の島で、昭和三十四年少女の遺体が見つかった。島に赴任したばかりの警
察官・荒巻は少女の事故死を疑い、独自に捜査を開始。島の掟を前に、捜査は難航するが、予期せぬ
人物の協力によって、有力な証拠にたどりつくーー。吉川英治文学賞受賞作
(内容紹介から)

わずかな土地に五千人以上が暮らす、通称「軍艦島」と呼ばれる炭鉱の島で、昭和三十四年、少女の
遺体が見つかった。島に赴任したばかりの警察官・荒巻は少女の事故死を疑い、独自に捜査を開始。
島の掟を前に、捜査は難航するが、予期せぬ人物の協力によって、有力な証拠にたどりつく―。吉川
英治文学賞受賞作。
(内容 : 「BOOK」データベースより)

ハードボイルド系が多い大沢作品というイメージがあったので 実のところ他作品はあまり読んだ
ことは無いのですが、書評を読み興味を持ち文庫版を購読しました。

軍艦島(長崎県端島)はこれまでも多くの映画、ドラマの舞台に、又小説の題材にも使われていまし
たし、近年世界遺産に登録されて以来再び脚光を浴びています。
当時の端島には財閥系の炭鉱に係わる人のみが住んでいた南北480m、東西160mという小さな島に5000人
以上居住しており 当時は世界一の人口密度だったと言われています。 この島には居住者為に郵便局、
病院、映画館、学校等生活に必要な設備が揃っていたとのことです。 日本で最初の鉄筋コンクリート
作りの集合住宅た建てられた場所でもあるとの事。
海から見た姿が旧日本海軍の土佐という軍艦に似ていた事からその呼称となったと言われています。

著者後記で、N県H島のモデルは軍艦島ではあるが 物語の登場人物及びその行動は全て作者の想像の
産物であり、、架空のものである。と記されています。

ただ、島内の各種施設の配置、集合住宅の立地や構造、建物群のつながり状態が荒巻の目を通して描
き出されている状態は 現在の軍艦島の映像、記事の状態と重ね合わせみると、想像しやすくリアル
感が強化されるように感じます。
その昭和30年代の軍艦島を舞台にした今回の作品は当時の島で働く人々の様子、建物の様子、炭鉱で
働く人々の様子等々が詳細に描かれていて 当時の様子がありありと目に浮かぶような描写があり
生きた島の空気を感じる事が出来ます。

ストーリーは、定年退職を迎える 警察学校の校長を務めあげた荒巻の若き日の思い出話として始まる。

警察奉職後数年の荒巻が赴任を命じられたのはN県H島、通称「軍艦島」
この島はM菱の職員を始め、現場を仕切る外勤、鉱山での掘削を行う鉱員、その補助的な作業が中心
の組員という階級社会が形成されており、それ自体が自治体の様な形を持つ特殊な構造で、この閉
鎖環境はある意味密室ともいえる状態でもある訳です。
ここに勤める巡査は荒巻と先輩の岩本巡査の2名のみ。
そんな島である少女が水死体となって発見されます。
事故として処理されたその死因に疑問を持った荒巻は独自で調査を始めますが 鉱山寄りのスタンス
をとる先輩の岩本巡査からの叱責や周囲からの軋轢を受ける中、13年前にも少女が水死した事件が
あった事を知ります。
今回の事件と過去の事件の共通点に気付いた荒巻は これらの事件が殺人事件であり殺人犯が島内
にいる確信し 1人試行錯誤を繰り返しながら捜査を進めます。
外勤の片桐、組負の長谷川等次々疑問を抱かせる人物を調べるうち 長谷川が東京で元刑事であった
事を知り相談を持ち掛ける。

過去を隠し、それぞれ心に秘密を隠した登場人物と、経験の浅い荒巻が独りで始めた捜査活動の試行
錯誤、葛藤、成長のプロセスが克明に描き出されています。
後半部分である程度犯人のめぼしはつくものの、それでもその後の過程が飽きさせる事無く最後まで
引っ張ってくれます。

荒巻の体験を通して学んでいく心理、思考の描写が興味深く、緊張感を孕んだ調査、息をつかせぬ展開
が興味深く 読ませる要素に満ちた作品で、文庫本上下2冊という長編ですが 中だるみも無く一気に
読み通しました。
大沢作品の真骨頂である他のハードボイルド系、警察小説とは一味違ったミステリーであると感じました。