【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

蜘蛛の糸

2017-04-24 07:13:59 | Weblog

 芥川龍之介の「蜘蛛の糸」で、カンダタが命を救った蜘蛛は「道端を歩いている蜘蛛(巣を張らない徘徊性の蜘蛛)」でした。そして、お釈迦様がカンダタを救ってやろうと使った蜘蛛は極楽で巣を張っている蜘蛛。もちろん「蜘蛛」ですから、どちらも糸は吐きますが、カンダタが落っこちてしまったのは、お釈迦様が「カンダタが救った徘徊性の蜘蛛」ではなくて「巣を張る蜘蛛」の糸を使うという“ミス”を犯したからではないでしょうか? だって「巣を張る蜘蛛」から見たら、カンダタを救う義理はないわけですから。
 ところで、極楽で巣を張っている蜘蛛は、一体何を食べて生きているんでしょうねえ? 食われる方から見たら、そこは「地獄」でしょうに。

【ただいま読書中】『クモの糸でバイオリン』大崎茂芳 著、 岩波書店(岩波科学ライブラリー254)、2016年、1200円(税別)

 約40年前、著者は「粘着」の研究をしていて「クモの糸の粘着性」に注目しました。しかし当時「クモ」は生物学(特に分類学)、「糸」は合成繊維の研究、が主流で、「クモの糸の研究」など誰もしていません。だから著者は自分で研究をすることにしました。
 代表的な蜘蛛の巣は、実に7種類の糸で構成されています。これだと何を研究しているのかわけがわからないので、著者は「牽引糸(蜘蛛がぶら下がるための糸)」に対象を絞ります。
 まずは、フィールドで蜘蛛の採集。次は「蜘蛛とコミュニケーション」。意外な言葉が登場しましたが、蜘蛛に糸を吐いてもらうためにはそれなりの努力が必要なのです。蜘蛛は、甘やかすと人を馬鹿にするし、脅すとヘソを曲げる。逃げることを覚えると逃げ続ける。蜘蛛との付き合いは大変です。
 苦労の末に得た「クモの糸」の特徴は「柔らかさ」と「強さ」が両立していることでした。破断応力も弾性率もナイロンの数倍というのはただ事ではありません。その構造の特徴は、「グリシンに富んだ柔らかい非晶域(結晶していない部分)」にまるで島々のように薄いシート状の「アラニンに富んだ硬い結晶域」が散りばめられていることです。
 クモの牽引糸はそのクモの体重の2倍が支えられるようになっています。電子顕微鏡で見ると糸は2本のフィラメントから成ります。つまり、一本のフィラメントが万一切れてももう一本でクモは安全、つまり安全係数は「2」というわけです。実に合理的な設計です。「想定外の事故」でうろたえる官僚や電力会社の人に教えてあげたい。
 『蜘蛛の糸』のように人がぶら下がることができるか、という実験も著者は行っています。テレビ番組の企画だったのですが、なんと成功していますし、それどころか、2トントラックを引っ張って動かすことにも成功しています。
 クモの糸の工業的な大量生産に関して、魅力的なプロジェクトがいくつも試みられましたが、現時点ではまだ成功はしていないようです。残念。
 そこで話は突然「バイオリン」へ。ウクレレは弾いたことがあるがバイオリンなんか触ったこともないのに、著者は「クモの糸でバイオリンの弦を作ってみよう」と思いついてしまったのです。思ったら行動する。まずは安いバイオリンを購入。音楽大学の図書館や楽器博物館で弦そのものについての情報収集。そして、とりあえず手元にあった短い糸をつないでバイオリンに張って、弾くと……音が出たのです。著者は有頂天になります。ただ、つないだこぶこぶがある弦は「バイオリンの弦」ではありません。次は100cmくらいの長い糸の製作、そのためには糸巻き車の自作、そしてクモのご機嫌取り。話がどんどん“前”に戻ります。同時に著者はバイオリンのレッスンに通います。「音が出る」ではなくて「演奏」を狙っています。なかなか上手くならないためか、レッスンにはなんと6年も通います。クモの糸(弦)は容赦なくぶちぶち切れますが、経験を積むと「どうしたら切れやすいか(逆に言えば、どうすれば切れにくいか)」もわかってきます。
 高い方から2番目の「A線」の製作法。100cmのクモの糸3000本をまず6箇月乾燥すると80cmに縮みます。その糸束を左巻きに捻ると73cmの紐に。その紐3本をまとめてこんどは右向きに捻ると55cmの太い紐(弦)になります。つまり9000本のクモの糸からなる弦です。一番高いE線は2000×3の6000本、D線は12000本、G線は15000本のクモの糸が必要でした。
 さあ「バイオリンの弦」はできました。音も出ました。すると著者が次の目標とするのは「良い音」です。主観的なことを言い出したらキリがありませんが、科学的には「倍音の量」が一つの指標となります。そこで行うべきは「周波数解析」。本書には、スチール弦/ガット弦/クモの糸の弦のそれぞれのフーリエ変換のグラフが掲載されていますが、その結果は意外なことに……
 著者は早速論文(もちろん英文)を書いて投稿しようとしますが、弦の素材や音色を科学的に扱った先行論文がほとんどないことを知ります。著者は「学問における新しい領域」をがんがん開拓しています。しかし世界はどんどん進歩していますね。「論文にオーディオ・ファイルの添付」を求められた、なんて聞くと、まだ頭の中身が「昭和」のままの私は、目をぱちくりさせてしまいます。
 YouTubeにかつてはこのバイオリンの演奏のファイルがあったそうですが、今は残念ながら見つけることができませんでした。どんな音色か、聞きたいなあ。




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