【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

自然の性向

2017-02-16 07:11:00 | Weblog

 「人間は栄養学を教育されなくても、足りない栄養分が含まれた食品を自然に選択する」という主張を聞いたことがあります。でも現実は、肥満に悩む人が満ちあふれ、それに向かって「健康食品」の宣伝が大量に流されている社会となっています。
 「子供は無理に教育をしなくても、優れた教材を与えておけば自分で学ぶ」という主張を聞いたこともあります。だけどコンピューターやスマホで子供が立ち上げるのは、教育ソフトではなくてゲームではありません?

【ただいま読書中】『テクノロジーは貧困を救わない』外山健太郎 著、 松本裕 訳、 みすず書房、2016年、3500円(税別)

 貧困や格差の“救世主”としてテクノロジーやインターネットが有効である、という信念が世界のあちこちで語られています。ではその根拠は?
 著者はテクノロジー信奉者で、インドで「テクノロジーによって教育格差を解消する」ためのプロジェクトに喜んで参加しました。2004年のことですが、著者が見たのは「学校で人数にとても足りないパソコンを、強い立場の生徒(多くは上位カーストの男子生徒)が独占している光景」でした。では「テクノロジーの出番」です。著者たちのチームは「マルチポイント」という教育システムを作り上げます。一台のパソコンに複数のマウスをつないで同時に複数の人がパソコンを操作できるシステムです。これは教育界から絶賛され、著者たちは得意満面でした。しかし、実際に各学校にパソコンを配布してしばらくしたら……デジタル教育ができる教師はいません・生徒はゲームには夢中ですが教育ソフトを立ち上げる者は少数派・パソコンが不調になったり壊れたときに修理や調整をする人員も予算もありません。結局パソコンは倉庫にしまい込まれてしまいました。
 そういえば、かつて日本がODAで海外援助をするのに、非常に高額で高機能のレントゲン撮影装置を設置したら、電圧が不安定で不調になったりちょっとした部品が故障したらもう修理できずに使われなくなってしまった、という話を聞いたことがあるのを思い出しました。
 しかし、テクノロジーは教育には有効なはずです。そこで2010年に著者はマイクロソフトを辞め、バークレーの情報大学院に入学します。研究テーマは「テクノロジーの良い影響と悪い影響を簡単に発見する方法」。
 「テクノロジーによって良い効果が出た場合」には「素晴らしいテクノロジー」は必須ではありませんでした。「熱心なリーダー」「サポートする組織」「ユーザーのやる気と社会的背景」が揃っていた場合に「成功例」が生まれていました。つまり“主役”はテクノロジーではなくて人間だったのです。
 テクノロジーの得意技は「増幅」だと著者は言います。すでにうまくいっているシステムに新しいテクノロジーを導入したら、さらにうまくいくかもしれません。しかし、崩壊したシステムを修理することは不得手です。「増幅」する基盤が存在しないのですから。コミュニケーションツールも“仲間”との繋がりは増幅しますが“敵”との交流は増やしません。
 「フェイスブックによる革命」「マイクロクレジット」「デジタル・グリーン」など「現実」を著者は出発点にし、それを「テクノロジーの効果は“増幅”」という考え方で解釈していきます。
 著者の主張をものすごく雑にまとめたら、カントが言うところの「統整的理念(机上の空論的なとんでもない理念)」を持つリーダーがいて、その熱意に打たれた熱心な活動者がその周囲に集結し、その理念を現実に落とし込んだ「構成的理念」を実現するためのツールとして「テクノロジー」を上手く用いたら、「世界を変えること」がはじめて可能になる、ということなのでしょう。ついつい「新しいテクノロジー」「素晴らしいテクノロジー」の方ばかりを向いてしまう傾向がある私としては、新鮮な指摘に感じられました。



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