【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

萌え萌え

2019-12-14 07:25:20 | Weblog

 12月8日に読書した『萌えで読みとく名作文学案内』(牧野武文)で「伊豆の踊子」を再読したくなった、と書きましたが、その前にやはりこの本で取り上げられていた「初恋」を先に読むことにしました。問題は『萌えで読みとく名作文学案内』でこの本がどのように評されていたか、私がもう忘れていることです。“カンニング"ができないではないですか。

【ただいま読書中】『はつ戀』ツルゲーネフ 著、 生田春月 訳、 新潮社(新潮文庫)、2014年

 大正三年に「定價弐拾五銭」で発行された文庫本の復刻版です。
 背表紙と扉は「はつ戀」ですが、本文冒頭のタイトルは「初戀」表記となっています。これは何か趣向があってのことか、それともそんなことは気にしない時代だったのかな? 今だったら絶対に編集者のチェックが入りそうですが。
 晩餐会の後、残った友人たちに「初恋の思い出はどんなもの?」と主人が問いかけます。主人が期待したような面白い話が出ませんが、ウラヂミル・ペトロ#ッチ(今ならペトロヴィッチと書くのかな?)はしぶしぶ自分の初恋について白状し始めます。ただし口話ではなくて、思い出をまず手帳に書いてからそれを読み上げる、という形で。
 ではお話の始まり始まり。
 1833年、ウラヂミル・ペトロ#ッチ(16歳、大学に入る準備中)は莫斯科(モスコウ)の両親の所に住んでいました。両親はネスクチニ公園の向かいに別荘を借りていた、というのですが、大金持ち、ということかな?
 父は美男子で厳格で冷淡。父が打算で結婚した母は父より10歳年上で、父の前では控え目ですが、父がいない場所では興奮や嫉妬に苦しめられ、子供にかまう余裕はありませんでした。ウラヂミルにはフランス人の家庭教師がつけられましたが、フランス革命後の時代の変化について行けずやる気を失って終日引きこもってごろごろしている有り様です。ウラヂミル少年、負けるな、と言いたくなります。こんな環境で育ったら、空想の世界に逃避するのも無理ないでしょう。このつまらない現実から自分を救ってくれる、何かはわからないけれど、何か素晴らしいものと出会えるに違いない。
 隣の貸家に貧乏そうなサシエエキン公爵夫人の一家が越してきます。その庭で4人の青年(求愛者)に囲まれて立つ美少女を見た瞬間、ウラヂミルは衝撃に襲われます。美しい容姿、そして、何かにぶつけると高い音が出る花で青年たちのおでこを次々ぺしぺしと叩くそのしぐさ。少年は一瞬で恋に落ちたのです。
 母親の言いつけでお隣を訪れたウラヂミルは、少女が21歳でシナイイデと言う名前であることを知ります。非常に高慢な雰囲気で自分を寄せ付けず、しかし自分の願い(たとえば可愛い子猫が欲しい)をかなえた青年には手への接吻を許す人であることも。自分の目の前でその接吻シーンを目撃することを強いられた少年は嫉妬の沼に沈みます。
 大正時代のツンデレかな? いや、ここまではまだ「ツン」だけですけれど。
 サシエエキン公爵夫人が娘を連れてウラヂミルの家にやって来ます。名門だけれど破産寸前の没落貴族が金持ちの家に近づこうとするのは、大体の狙いは察しがつきます。そして、それが相手にわかっていることはサシエエキン公爵夫人の方も知っています。当然そこでの会話は腹の探り合い。さらに少年が気になるのは、シナイイデが自分にはまったく注意を払わず、時に少年の父親の見つめていること。さらに父親もシナイイデを見つめることがあることです。
 シナイイデはウラヂミルの恋情に気づきますが、彼を求愛者の群れに放り込んでしまいます。伯爵、ドクトル、詩人、退役大尉、竜騎兵からなる群れに。そして、自分(への接吻)を商品として彼らにゲームをさせます。男たちは狂乱しながらシナイイデの愛を勝ち取ろうと努力します。
 彼女の気まぐれに翻弄され慰み者にされながらも、ウラヂミルは隣人という利点を生かしてシナイイデを観察し、彼女が恋をしていることに気づきます。では、その相手は、誰? それを突き止めたとき、ウラヂミルは……
 まあ、衝撃の結果、ということになるのでしょう。令和の時代から見たら、お坊ちゃんの純愛ごっこなのですが、明治の規範で育てられた大正のモボやモガたちにとっては「人を自由に愛する」や「それを広言する」行為自体が文化的衝撃だったかもしれません。




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